079 共同戦線
ドロセアたちの前から侵略者が撤退したのとほぼ同時に、テニュスたちの前からも敵は姿を消していた。
なぜ消えたのか理由はわからず、警戒しながらも彼女たちは守護者を解く。
「ひとまず安全にはなったみたい、だな」
砕けた石畳の上に立つ彼女は、戦闘の余波で崩れた街並みを眺めながら言った。
そんな彼女の元に、ラパーパが駆け寄ってくる。
「テニュス様ーっ! 無事ですかーっ!」
「おう、無事だぞ」
テニュスは両手を広げてラパーパを待ち受ける。
(抱きつくつもりなんてなかったんデスけど……)
しかしその体勢を取られてしまってはやらないわけにもいかず、胸に飛び込む。
テニュスの少女にしては筋肉質な腕にぎゅっと抱きしめられながら、ときめくラパーパ。
『いやー、お熱いねー』
裂け目の封印を続けるアンタムは、守護者から二人を見下ろしながら言った。
「これぐらいやるだろ。それよりあとどれぐらいで終わりそうなんだ?」
『一時間もかからないと思うよ、そのあとは――』
「団長、陛下の元に戻るなんて言わないですよねっ!」
王魔騎士団の二人組――騒がしい方の女性がそう声をあげた。
もう一人も落ち着いた様子でアンタムに声をかける。
「王国のためを思うのなら、各地に発生した裂け目を封じることに集中すべきかと」
『まあ……そうなんだけどさ』
「あたしらについてこいよ。裂け目の発生頻度は日に日に上がってる、ただでさえ手が足りねえ状態なんだ」
『……』
アンタムは返事をしなかったが、守護者ラトナの視線は彼女を見守る兵士たちに向けられた。
ついていくと約束をした、それを反故にすることに胸を痛めているのだろう。
「ったく、義理堅いやつだ」
「そういうとこが慕われてるんだと思います」
「リーダー向きの人間だからな」
呆れながらも、テニュスもそこが彼女のいいところだと理解していた。
おちゃらけた見た目をしていながらも、意外と真面目なのだ。
でなければ研究員などできるわけがない。
すると、遠目で見ていた住民たちが守護者ラトナに駆け寄る。
「アンタム様、どうか王国を救ってください!」
最初の一人が祈るようにそう言うと、次々と別の住民たちが声をあげた。
「あんな恐ろしい化物に勝てるはずがない。アンタム様を待ってる人が他にもいるはずだ!」
「そうだそうだ! 軍はアンタム様を解放しろー!」
「捕まえるなんて間違ってる!」
同調する住民は次々と増えていった。
ラトナへの接近を兵士が止めようとしているが、手が足りていない。
「あたしが言うまでもなかったか」
「みんな侵略者の恐ろしさを身をもって経験したんデス。救ってくれた人を捕まえてほしいと言う人なんていません!」
テニュスは「だな」と微笑みながら頷いた。
一方で、守護者の中からそれを見守るアンタムは、板挟みになり苦悩している。
そんな彼女の足元に、一人の兵士が近づいてきた。
この街に派遣された部隊の隊長のようだ。
その男は悩んだ末に顔をあげ、アンタムに告げた。
「アンタム様……我々はあなたを捕らえたりはしません。ここでの役目が終わったら、どうぞご自由に行動なさってください」
『それでいーの? クロドに怒られない?』
「怒られるだけで済むのなら大した問題ではありません」
アンタムを見逃したとなれば、実際は処分も受けるのだろう。
そう軽いことではないのだが――今はその好意をありがたく受け取ることにした。
彼女が『ありがとね』と告げると、兵士は満足げに頬を緩めた。
彼は他の兵士たちの方へ振り返り、命令を告げる。
「アンタム様の監視は終わりだ。我々は此度の戦闘で傷ついた街の復興を優先する!」
兵士の中にその命令に異議を唱えるものはいなかった。
住民たちからも歓声があがり、さっそく協力して瓦礫の撤去がはじまる。
そんな中、テニュスはラトナの足元にいる隊長に歩み寄り声をかけた。
「よっ、おっさん。何度か会ったことあるよな」
「テニュス様、いかがなさいましたか」
「もしクロドのとこに帰るなら気をつけろよ、今のあいつは何をやるかわからねえ」
「何をおっしゃっているのですか、陛下は――」
「さっきの侵略者が使ってたやつ、見ただろ。あれは王魔騎士団の人間を細切れにしてつなぎ合わせた化物だ」
「馬鹿なッ!」
「王魔騎士団の人間の顔や名前、思い出せるか?」
テニュスにそう言われ、彼は何のことかと疑問を抱きつつも想起する。
だが当然、消された騎士たちのことは思い出せない。
「っ……こ、これは、どういう……」
「クロドの侵略者としての能力だ、人間を食って存在ごとそいつを消せる。何なら存在を奪うことだってできる」
「そんな……陛下が、そんなはずは……」
「ひょっとすると、国王も本来はあいつではなく、別の人間だったのかもしれねえ」
「理解……できません」
「理解しなくていい。だが今は、クロドのとこに戻るな。部下の命を大事にしろ」
「しかし、それでは――」
「近いうちに大きな戦いが起きる、それまで粘ればいいだけだ」
隊長はごくりと喉を鳴らした。
今日の戦いも、彼にとっては十分に大規模な戦いだった。
だがテニュスの言い方から察するに、これから起きる戦いは比べ物にならないほど大規模らしい。
「今、ここで死ぬことほど無駄な行為もない。どうしても命を賭けたいなら、その時が来るまで取っとけ」
そう言い残し立ち去るテニュス。
隊長は何も言えずに、わずかに視線を下に落とした。
◇◇◇
ドロセアとリージェは、ミダスと別れてエレインたちのいる屋敷へ戻ってきた。
馬車なら一日以上かかるところ、守護者なら数時間とあっという間の帰還である。
玄関ではマヴェリカが出迎える。
「おかえり、ドロセア。リージェ」
「ただいま」
「ただいま戻りました。あの、本当にわたしたちだけ戻ってきてよかったんですか?」
ドロセアは無表情に、リージェは戸惑いながら答えた。
その問いに淀みなくマヴェリカは答える。
「クロドはドロセアの手が届く範囲であれを使いたがらないだろうという判断だ。エレインも納得している。それより――」
彼女は後ろを振り返った。
そこには隅っこの方に壁にもたれ、暗い表情を浮かべるエレインの姿があった。
「おいエレイン、せっかく仕事を終えて帰ってきたんだ、労いの言葉の一つでもかけたらどうなんだ」
「……そんな気分じゃないのよ」
確かに顔色は悪い。
リージェはエレインの身を案じるように、マヴェリカに尋ねる。
「エレインさんはどうしたんですか」
「悪い夢でも見たんだろうさ」
「おひるね?」
ドロセアの純粋過ぎる言葉に、マヴェリカは肩を震わせ笑ふ。
「ははっ、白昼夢ってやつかねえ」
そのジョークに、エレインはなぜかむっとした様子だった。
そのまま四人はいつもの部屋に移動する。
中にいると思っていたイナギとアンターテの姿は、そこにはなかった。
「あれ、みんな出かけてるんですか?」
「二人が出向いてる間に、概ね全員に守護者習得の目処が付いた」
「概ね、ですか?」
「ガアムのやつだけ不安定なんだよ」
「ああ……」
「安定してる連中は外で実戦訓練中だ」
耳を澄ますと、遠くから地響きが聞こえる気がする。
さすがに屋敷の近くで守護者同士がやりあうと危険という判断だろうか。
すると口を閉ざしていたエレインが語る。
「……ドロセアも戦力になるとわかった以上、もう待っている必要はないわ」
「クロドと戦うんですね」
「ミダスが戻り次第、ドロセアの存在質を取り戻しに行きましょう」
今日中にはミダスが行っている裂け目の封鎖は終わるはずだ。
今日の夜に戻ってくるとなると、明日決行ということだろうか。
「急に他の場所で裂け目が発生したらどうするんです? 延期ですか?」
「もう塞ぐ必要はないと思ってるわ」
ドロセアは会話にはあまり参加しないが、視線だけをエレインに向ける。
「王国南東部の上空に大規模な断裂を観測したの」
彼女はそう言って、空中に映像を浮かび上がらせる。
そこには青空の風景に不自然に生じる黒い亀裂が映し出されていた。
「強引に首を突っ込めば、傷つきながらも大型侵略者が入ってこれるぐらいのデカさだ。もっとも、それをやればこっちの世界に侵入する前に三割程度は脱落するだろうけどな」
「つまり七割は、入ってこれちゃうんですね」
「ああ、その気になれば数で押し潰せるだろうな」
「侵略者はどうしてそうしないんですか?」
「あいつらから見たこの世界は、数ある獲物のうちの一つに過ぎないんだろうさ。ここを食ったらまた次の世界を食いに行く。その度に三割も兵隊を失ってりゃいずれ息切れしちまうだろう?」
なるほど、と頷き納得するリージェ。
“こちら側”から見ると、侵略者は無限に等しい戦力を持っているようにも見える。
だが限りはあるのだ。
そもそも無限という概念に触れられるのなら、他の世界を食らって奪う必要などないのだから。
「それなら下手に刺激をするより、時間が来るまでわたしたちの戦力を整えた方がいいんじゃないですか?」
「いや、逆に減ってもらいたいんだよ。兵隊を失ってでも攻め込まなければならない、そういう状況を作りたい」
「果たして本当に侵略者が焦っているかは未知数よ。ただ、クロドの行動から焦りは感じるわ――ドロセアによる侵略者の模倣も、彼に相当のプレッシャーを与えられたはずよ」
ドロセアたちの前だけでなく、テニュスたちの前からも撤退したのがそれを証明している。
「つまり、クロドを殺して存在を奪うついでに、彼を追い詰めて……強硬手段に出させたい、ってことですか」
「正解だ」
「でもその場合、わたしたちはどうやって対抗するんです? 十億もいるんじゃ、いくら守護者でも対抗できないと思います」
「私たちも強硬手段に出るわ」
「全人類の守護者化……大気中に浮遊する魔力を利用し、人間の脳に守護者の使い方を強引に叩き込むのさ」
魔女と賢者、二人が密かに進めていた計画を第三者が知るのは、これが初めてだった。
人類の守護者化――あまりのスケールの大きさに、リージェはすぐに理解はできない。
ドロセアは話自体にはあまり興味がないようで、リージェの顔をじっと見ている。
困惑の末、一つ生じた疑問は――
「そんなことして大丈夫なんですか?」
体の心配だった。
守護者を扱うのには、それなりの経験と知識が要求される。
それを一気に頭に流し込んで、問題が起きないはずがない。
「現状、マヴェリカのおかげで成功率は99%まで上がっているわ」
「1%は失敗するんですね……それってどうなるんです?」
「運が悪けりゃ頭が破裂して死ぬ」
悪びれる様子もなく、マヴェリカはそう言い切った。
リージェは「え……?」と短くつぶやくことしかできない。
「運が良ければ外見上の変化は無いまま死ねるんじゃないか」
「1%って、この大陸だけでも六十万人、ですよね」
「ええ、それだけの人間が耐えきれずに死ぬことを前提とした作戦ってことよ」
「そ、そんな……」
「もちろん時間をかければ、限りなく100%に近づけることはできる」
「でも私たちには時間が残されていないわ」
「こういうときは逆に考えるんだよ、99%を救えたってね」
物は言いよう、とは言うが――六十万人が死ぬという具体的な数字の前に、リージェは不安を拭えない。
「安心しな、すでに守護者を使える人間には影響はない」
「でも……家族は……お父様やお母様……それに、おじさんもおばさんも、魔術師じゃないから……」
「まあ、死ぬ可能性はあるねえ」
「っ……」
「だが、守護者を使えなければ100%死ぬ」
リージェは息を呑む。
残酷に聞こえるかもしれないが、ほんの数体の侵略者を相手に大勢の人間が死んできたのだ。
十億という数を考えれば、それこそが紛れもなく現実である。
「99%を救えたってのはそういうことだ。億単位の侵略者が攻め込んでくれば、生身で地上にいる人間は例外なく全滅する」
「……わかり、ました。納得するとか、しないとか、そういう次元の話じゃないんですね」
「ああ、それ以外に選択肢は無いってことさね」
深呼吸をするリージェ。
ドロセアはそんな彼女の背中を撫でた。
魔法のように気持ちが楽になる。
その優しさに微笑みを返すと、ドロセアもわずかに笑ったように見えた。
「別の質問、いいですか」
「なんでも答えるわよ」
「そんな方法で守護者を習得できるなら、みんながここで訓練している理由って何なんでしょうか」
「強制的に使えるようになった人間と最初から使える人間とでは練度が違うわ。それに、先陣を切って戦う人間がいなければ、この方法には意味がないもの」
戦える手段だけが用意されても、人は戦うとは限らない。
絶望を前に無抵抗での滅びを選ぶ者もいるだろう。
そういった人間を少しでも減らすために、最初から勇敢に立ち向かう象徴が必要だった。
無論――単純に戦力として、前もって守護者を使えた方が優れている、という意味でもあるが。
「クロドを倒したあと、すぐにそういう戦いになる可能性がある……」
「もし彼が強硬手段に出た場合は、そうなるわね」
「と言っても、何も起きなかった場合も最終的にやることは同じだ。敵の数は変わるかもしれないけどな」
「クロドとの戦いって、全員で王都に攻め込むんですよね」
「そうよ、簒奪者を含む全員で潰すわ」
「戦力って、そんなに必要なんでしょうか。ドロセアさんがいれば、あの気持ち悪い守護者みたいなのは使えませんし、クロドの“存在を食べる”能力も守護者相手には使えなかったはずです」
「問題はクロド自身というより、守護者を使える兵士がどれぐらいいるか、よ。今の彼は国王だもの、命令を出せばそれに殉じる兵士は大勢いるでしょう」
エレインの言葉に納得すると同時に、なぜクロドが国王になろうとしたのか、その理由を察する。
要するに違和感なく動かせる大きな戦力がほしかったわけだ。
「真っ当な守護者同士の戦いになるってことですか。そうなると、逆にこちらの戦力が足りない可能性が出てきますよね」
王国軍内部で守護者を使える人間がどれだけいるのか――エレインの“目”をもってしても、それを完全に把握するのは難しい。
決行まで時間が無いため、今から追加で調べても間に合わないだろう。
「そのために協力を要請するの。私が自ら頭を下げて、ね」
少し疲れた様子で、エレインはそう言った。
◇◇◇
翌日の朝――テニュス、ラパーパ、アンタムの三名は王都の東南東に位置する村を訪れていた。
そこにいるとある人物と会うためである。
「お、いたいた」
テニュスは村の宿に入ると、椅子に腰掛け、難しい顔で腕を組む青髪の女性に声をかける。
ぴくりと反応した彼女は、少しいじわるそうに頬を緩めた。
「この野性味溢れる匂いは……テニュスか」
「声でわかんだろうが」
「テニュス様はいい匂いですよ、あと昨日は一緒にお風呂に入りました!」
「そーゆー話ではないと思うけど……」
アンタムは、テニュスとラパーパの仲の良さを短期間で嫌というほど見せつけられていた。
「相変わらずお熱いね。それで、全員揃ってスィーゼに何の用かな」
「南東部に集中して裂け目が発生してるって話を聞いたんだ」
アンタムが裂け目を閉じたあと、一旦近辺の村まで移動した三人。
酒場で食事をしているときに、近くにいた商人が王牙騎士団を見たという話をしていたのだ。
さらに詳しく話を聞いてみると、その周辺で複数の裂け目が発生し、それに対応するために騎士団が滞在しているという情報を得ることができた。
「堂々と動いていたからね、どうしても目立ってしまうよ」
「何で裂け目の場所じゃなく、その手前の村で止まってんのかはわかんねえけどな。現地の領主と交渉中ってところか?」
「交渉決裂、というところさ」
「何で拒むんだよ」
「それこそ侵略者だから、だったりしてね」
南東部を支配する貴族の名はイグノー。
クロドの父であり、奇跡の村で生まれた侵略者であった。
もちろんスィーゼたちがそれを知る由はないし、真実を知る者はみな死んでしまった。
「しかし妙な話だよな、複数発生してんのに被害とか出てねえのか?」
「裂け目が発生したからといって、必ずしもそこから戦力を送り込む必要があるわけではない。スィーゼたちがそれを塞ぐ手段を持っているとなればなおさらに」
「入り口を複数作って、一気に攻め込もうとしてるってことか」
「あるいは、防げないだけの数を揃えようとしてるのかもね」
「小賢しいな」
「しかし現状、スィーゼたちは個別に対応していくしか――」
そんな二人の会話に割り込むように、その場にいる人間の脳に声が響いた。
『聞こえるかしら、騎士団長さん』
「何か言ったかい?」
「そりゃこっちのセリフだ」
「ワタシにも聞こえました、女性の声デス!」
「あーしも聞いたよ。でも知らない声だったけど……」
実際にその声を聞いたことがある人間は一人だけだ。
テニュスが虚空に向かって声を荒らげる。
「あたしは知ってるよ。エレイン、お前だろ!」
『声を覚えていてくれて嬉しいわ、テニュスさん』
「生きてたんデス!?」
「あれだけ派手に負けたくせに懲りねえやつだ」
『その一件は謝るわ、ごめんなさい』
宣言通り、素直に頭を下げるエレイン。
その予想外の反応に、テニュスは複雑な表情を浮かべた。
「……素直に謝られると気持ち悪いな」
「そのエレインさんとやらが何の用かな、スィーゼたちは忙しいのだけれど」
『王国南東部に複数の裂け目が発生しているのはこちらでも確認済みよ。今から対応しようとしても無駄でしょうね』
「だから煽りに来たってか?」
『勘違いしないで、侵略者を倒したいという思いは同じよ。そのために協力してほしいの』
「信用できねー……」
「一応聞かせてくれるかな」
『侵略者のリーダー格であるクロドを殺すわ』
途端にスィーゼの表情がこわばる。
『その反応……やっぱり騎士なのね。国王に刃を向けるのは気乗りしないってところでしょう?』
「声だけかと思ったら見てるのかよ」
「それが騎士という生き物さ」
『理解してるわ。だから、あなたたちには露払いをお願いしたいの』
「露払いだぁ?」
便利に使うようなその言い方が気に食わず、思わずガンを飛ばしてしまうテニュス。
荒々しいテニュス様もいい――ラパーパがそんなふうにときめいていた。
『国王を狙えば間違いなく軍が動く。あなたたち王牙騎士団の中にも守護者を扱える人間が複数名いるようだけど、より規模の大きい王国軍ともなればさらに大勢の守護者使いが生まれているかもね。侵略者との戦いを前に、そんな彼らと潰し合いになるのはできるだけ避けたいの』
「身内と戦えって言うのかい」
『足止めの方法はあなたたちに任せるわ、別に説得してもらっても構わないわよ』
「頼んでるくせに随分と上から目線で来るじゃねえか」
『今さら殊勝に振る舞っても気味が悪いだけでしょう』
「はっ、それもそうか」
「クロドが消えれば、戦いは終わるのかな」
『いいえ、始まるのよ。クロドを殺す目的は、彼に“食べられた”とある女の子の存在を取り戻すためよ。彼女がいないと、侵略者との戦いに勝てないもの』
「十億の敵を迎え撃つ準備はできてんのか」
『全ての人間を魔物化するよりは希望のある方法があるわ』
自虐めいたそんな言葉に、テニュスは「はっ」と鼻で笑い肩をすくめた。
「あたしらがあっちこっち飛び回ってる間に準備は万端ってことか。あんた一人でやった……とは思えねえな」
『マヴェリカやリージェもここにいるわよ』
「無事なんですね!」
『元気すぎてこっちが困ってるぐらいよ』
リージェやマヴェリカもいるということは、エレインの『協力したい』という言葉は事実のようだ。
しかしスィーゼはそう簡単には受け入れられないようで――
「どうする、スィーゼ」
「テニュスたちはどうするつもりだい」
「エレイン個人としては信用できねえ。だが、マヴェリカやリージェもいるとなれば話は別だ」
「クロドに存在を奪われた女の子もさー、あーしらの手で助けなきゃって気がしてるんだよねー」
「ワタシも同じデス! たぶん……お友達だったんだと思います!」
思い出せない誰か。
けれど失われたままではいけない――その感情は、ドロセアと親しい全ての人間に共通しているものだった。
「スィーゼにはそれがない。団員を説得して、軍と衝突させるだけの理由も見当たらない」
「わかった、ならあたしらだけで――」
「だが、それは騎士団長としてのスィーゼの話だ」
「個人なら変わるのか?」
「陛下の元を離れてから、ずっと考えていたんだ。スィーゼはどうするべきだったのかと。騎士として国王を殺すべきではない。偽物の記憶“かもしれない”としか言えない曖昧な理由を根拠に、陛下を殺せるはずがない。だからスィーゼは王牙騎士団を王都から逃がした。しかし――」
それは軍に従事する人間なら誰もが思っていることだし、騎士はより強い忠誠心を持つ者ばかりだ。
クロドに違和感を覚えても、殺そう、とはならない。
「クロドが侵略者のリーダーだというのなら、スィーゼはジンを愛した人間として、ジンの尊厳を貶めた人間を殺すべきだ。道理や理屈など関係なく。直に手を下すことはできずとも、その一端に触れていなければ、自分の感情に嘘をつくことになる!」
一方で、スィーゼの忠誠心はジンにも向いていた。
何なら国王よりも彼に向けた想いの方が遥かに強いぐらいに。
「だから、スィーゼだけでも協力する。騎士団長の役職を返上してでも」
彼女のそんな決意に対し、テニュスは思う。
「それ、騎士団の奴らに話せばいいんじゃねえの」
スィーゼはゆっくりと首を振り否定した。
「いや、このような個人的な感情を――」
「みんなジンのこと慕ってたんだよ。お前みたいに欲望丸出しってわけじゃないが、ジンを尊敬してない団員なんて一人もいない」
「それは間違いない、が……」
「死んだ今も……いや、あんな死に方をしたからこそ、あの人のために何かできないかって、モヤモヤした気持ちを抱えてるんじゃねえか。現にあたしもそうだしな」
「陛下を慕う人間も強引に連れ出したんだ、納得してくれるのか?」
「あーしが思うに、最近のスィーゼって妙にまともなことばっか言ってるから、騎士たちに不気味だと思われてるカモ。いーんじゃない、そっちのがスィーゼらしいし」
「安心しろ、あたしらも協力する。つか、今なら王魔騎士団のことを話せばだいたい納得してくれるだろ。あれは違和感がありすぎる」
アンタムの表情が険しくなる。
死んだ騎士たち――存在すら忘れられ、弔うことすらできない人々の姿を思い出し、唇を噛んだ。
一方でスィーゼは今までよりも肩の力を抜いて、ため息までは行かないものの、疲れた様子で軽く息を吐き出した。
「そんなものか……」
「ああ、そんなもんだよ」
「スィーゼは……団長がいない分、自分がやらなければ――と気を張りすぎていたのかもしれない」
「お前らしくやれよ、それでもお前を慕うやつはいる」
「君とは相性が悪かったけどね」
「今も水と油だろ」
違いない、とスィーゼは笑った。
わずかに空気が和んだところで、エレインの声が響く。
『話はまとまったようね』
「聞いての通りだ、王牙騎士団の全員が参加するとは思わないでくれ」
『軍を足止めしてくれれば十分よ。決行は明日の夜、今日の夜にでも細かい部分を詰めましょう。それまでにこちらの話し合いは終わらせておくわ』
エレインとの会話が終わる。
「一方的に期限まで付けられちゃいましたね……」
「負けたくせにえらそーだし」
「慣れちまってんだろ、人間より上位の存在として振る舞うことに」
ラパーパ、アンタム、テニュスは不満げである。
だがスィーゼはそれどころではなかった。
「明日の夜か、それまでに連絡がつくといいけれど」
「集まれるやつだけでいいだろ、義理は果たせる」
スィーゼは立ち上がると、騎士たちと話し合うべく、テニュスたちと共に宿を出た。
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