3、祝福をうけた野ばら
美しい薔薇の季節に。
あるところに、気高く清らかな野ばらがありました。
その野ばらは、五つのつぼみを持っていて、つぼみは皆兄妹でした。
柔らかなつぼみたちは、今か今かと花開くのを待っていて、上の者から順に花開いていったのです。
一番上のお兄さんのつぼみは、太陽の祝福をうけました。
金色の温かな光を浴びて、たくさんお昼寝をしたつぼみは、兄妹の中で一番輝く花を咲かせました。
二番目のお姉さんのつぼみは、風の祝福をうけました。
ふうわりとした優しい風にゆりかごのように揺らされたつぼみは、兄妹の中で一番優しい花を咲かせました。
三番目のお姉さんは、雨の祝福をうけました。
優しい雨にそっと打たれて、朝に雫をつけて光るつぼみは、兄妹の中で一番瑞々しい花を咲かせました。
四番目のお兄さんは、土の祝福をうけました。
枯れた土地で栄養が十分とは言えない中でも大地の恵みを目いっぱいうけたつぼみは、兄妹の中で一番大輪の花を咲かせました。
五番目の一番下の妹は……というと、かわいそうなことに祝福をうけられませんでした。
太陽、風、雨、土ときて、残るは人。
そう、人から祝福をうけたかったのに、妹はうけられなかったのです。
というのは、兄妹が育った所は山の中の急な崖の下。
人など全く来ません。
妹は(私だけきれいに咲けないわ。きれいに咲けないなら、このままつぼみのままでいい)と悲しさのあまり固くつぼみを閉じました。
お兄さんやお姉さんは心配して、
「大丈夫。きっときれいに咲けるよ」
と励ましますが、妹は黙ったまま、つぼみをさらに固くするのでした。
そんなある日のこと。
それは突然やってきました。
石や土が前触れもなしにぱらぱら落ちてきたかと思ったら、「うわああああ」という声とともに、ズズズ、ドスンと大きな音がしました。
「うう、痛い」
何事かと思って野ばらが見ると、そこには人間の若い男性が手や足から血を滲ませて体を起こそうとするところだったのです。
大方、崖の上を歩いていて、足を踏み外したのでしょう。
「だめだ。足を折ってしまった。くっそ。この崖も登れないか。携帯も通じない」
足を動かせない男性を見て、兄妹たちは心配しました。
ここは、人など来たことがありません。
それほど深い山の中で、急な崖です。
この人は生きて帰れるだろうか。
ここで死なれるなんて、兄妹たちには耐えられないことでした。
一番目のお兄さんが言いました。
「お前たち、この人を励まそう。ぼくたちにできることはささやかだが、生きて帰ってもらえるようにできることをしよう」
「賛成!」
「それに、一番下の妹よ。この人が助かる目途がたてば、この人から祝福されるかもしれない」
(この人は命がかっているから、よほどのことがないと祝福してくれないと思うけれど……)と妹はどきどきしましたが、頷きました。
まず土の祝福をうけた四番目のお兄さんの力で、男性の足の痛みが軽減されるように足の下の土をふかふかにしました。
そして、風の祝福をうけた二番目のお姉さんが、野ばらの香りを男性に届けました。
「あれ?なんだかよい香りが……。こんなところに野ばらが……信じられない」
男性は、目を見開きました。
「コンクリートの隙間から生えたものに出会うより、レアな出会いだな」
兄妹たちは精一杯、愛と励ましの気持ちを込めて、一番きれいな自分を見せました。
ところが……
「野ばらが咲いていたって、助かる手段が見つかるわけでもない」
兄妹たちはがっかりしました。
特に一番下の妹の落胆ぶりは見ていられないほどでした。
それでも風の祝福をうけたお姉さんは優しい心根で
「この人は命がかかっているのですもの。仕方がないわ。私たちのこの人を守りたいと思う気持ちに偽りはないのだから、私達らしく励ましましょう」
と言って香りを届け続けました。
一番下の妹も
「そうね。私は祝福を受けたくて、この人を励まそうとしたのではないもの」
と言い、兄妹たちも頷きました。
そして、健気にも野ばらはさらに美しくあろうとしたのです。
待てども待てども助けがこない中で、心細くなってきた男性はじっとしていました。
そのような状況で、野ばらの香りだけが優しく、良い実感として感じられたのです。
「いい香りだな。何だろう?野ばらが光って見える。こんな状況でも美しいものは美しいのだな」
一番下の妹のつぼみがかすかに緩みました。
「こんな誰も見ていないところで健気に咲いて……僕を励ましてくれているかのようだ。そう思うと、心に明かりが灯ったような気持ちになる。ぼくも頑張ろう」
その言葉を聞くや否や、一番下の妹のつぼみが光り出しました。
「だんだんお腹もすいてきたな」
一番下の妹は、自分がお腹の足しになるならと、そっと柔らかくなったつぼみを差し出しました。
それを知ってか知らずか、男性はそっとつぼみに触れ、言いました。
「何だか一人じゃない気がするよ」
しかし、暗い顔もしました。
「もしかしたら、ここで夜を明かすことになるかも。寒くなりそうだ」
太陽の祝福をうけたお兄さんが、まるで大丈夫だよというように、さんさんと太陽の光を男性に浴びせました。
そして、土の祝福を受けた四番目のお兄さんと協力して、土を温かな布団のようにふかふかにしました。
「何だか暖かい。大丈夫のような気がしてきた」
「何だろう?この野ばらを見ると希望が湧いてくる」
野ばらはまた精一杯、思いやりを込めて咲いた姿を見せました。
「あぁ、きれいだ」
すると、一番下の妹の固かったつぼみが徐々に開かれていくでありませんか。
「咲ける!私、咲けるわ!」
一番下の妹は喜びの声をあげながら、さらにきらめきます。
その様子を見て、男性はさらに目を見張りました。
「なんと!つぼみが咲くところを見られるのか!なんという命の力だ」
通常より短時間で、一番下の妹の花は咲きました。
その姿は、きらきらと美しく、力強いものでした。
命の輝きを目いっぱい感じて感動した人の祝福をうけた妹は、兄妹の中で一番生命力の強い花を咲かせたのです。
感動した男性は、一番下の妹にそっと手で触れて、
「きれいだ。ありがとう」
と言いました。
しばらくして、リュックをガサゴソしていた男性はがっかりした声を上げました。
「もう水筒の中に水がない。喉が渇いた」
雨の祝福をうけたお姉さんは、ほんの少しの間雨を降らせました。
男性は大きな口を開けて、口に雨を含ませました。
「生き返った。でも、雨に濡れて少し寒いな」
太陽の祝福を受けたお兄さんが、太陽を真夏のようにサンサンとしたものにしました。
(私にできることはなんだろう?人の祝福をうけた自分にしかできないことがしたい)
一番下の妹は考えました。
そして(最善はこれしかない!)と思い、妹は願いました。
すると、しばらくして声が聞こえました。
「おおい!山下!どこだ、聞こえるかー!返事をしてくれ」
うとうとしていた男性ははっと目を覚ましました。
「おおい!ここだ!ここだ!」
風の祝福をうけたお姉さんが、声を崖の上へ届けました。
「声がする!どこにいる?うわっ、すごい崖だ」
「その崖の下だ!ここに僕がいる!」
こうして男性は救助されたのです。
男性は去り際、友人たちに頼んで、野ばらを土ごと持ち帰りました。
「こんな美しくて清らかな花はない。そして、自分を励ましてくれた大事な花だから、こんなところに咲かせておくには忍びない」
こうして、自分の家の庭に植えたのです。
野ばらの兄妹は、そこでもたくさんの祝福をうけ、人々から愛され、長いこと美しく咲き続けたそうですよ。
おわり
最後までお読みくださり、ありがとうございました!




