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8章 答がない、真夏の不幸なハプニング

◆ 秋月は success のハンコをもらった。


 8月22日(金)午後5時過ぎ、福岡進学塾から雪子が走り出て来た。後を追うように男が追いかけ、雪子の腕を取ろうとした。そこに別の男が現れ、オレの妹に何か用かと迫った。雪子は「お兄ちゃん!」と叫んだ。雪子を追いかけて来た男は去った。

「ユッコ、あいつには気をつけろと言っただろ、あんな男は蹴散らせ! それよりどうした? 秋月さんとうまく行ってるか? どこまで行った? 何ならオレがご指導しようか? そんなに睨むなよ。わかった、わかった、わかりましたよ。今だに清く正しいおつきあいですか?」

 星野を睨んでいた雪子は笑い出した。


 少し離れた木の陰で一部始終を聞いていた秋月は、吹き出したいのをこらえ、あいつらは絶妙のコンビだと感心した。大学でもああやっているのか、あれがイマドキの大学生なのかと羨望した。秋月は雪子に近づき、

「雪子、時間はあるか」

「秋月さん、ユッコにつきまとっているアイツ、志免郡の古谷病院の息子で九大医学部の3年生です。イヤなヤツです。気をつけた方がいいですよ」

「俺は雪子に時間はあるかと訊いている。気をつけろとは俺が気をつけるのか、雪子が気をつけるのかどっちだ?」

「ユッコです。絶対アイツは誘ってきます」

 雪子は笑いながら言った。

「星野さん、私たち本当の兄弟のようにタイミングが合うんですね。ありがとうございました。でもお兄ちゃん、妹は秋月先生と話したいです。今日は帰ってね」

 秋月と星野は顔を見合わせて笑った。


「何だ、あの男は? 古谷とか?」

「先生、気にしなくていいです。何でもありません。高3の講師をしている人です。そんなことより、抜け出して来たのでしょう。大丈夫ですか?」

「大丈夫なはずはないだろう」

「それもそうですね」と、雪子はいたずらっ子のような表情で笑った。

「早く乗れ! 逃げ出そう」

 雪子を抱き上げて助手席に放り込み、走り出した。


 林健太はそれを見ていた。雪子の先生ぶりをからかってやろうと塾の前に来たとき、星野がいた。挨拶しようと踏み出した途端、秋月が視界に入り、慣れた感じで雪子を抱きかかえて車に乗せて走り去った。雪子の表情は見えなかった。

 ユッコは秋月を好きなのか……


 カフェテラスにふたりはいた。カプチーノを前に秋月は無言だった。癇癪モードではないが思いつめた表情をしていた。

「先生、これから難しいオペをなさるのでしょう。大丈夫です、ご自分を信じてください」

「オペだ。なぜわかる?」 

 驚いて雪子を見つめる秋月の手を雪子は両手で包んだ。

「小さくて冷たい手だな……」

「先生、眼を閉じてください」

 雪子は立ち上がり、秋月の額に優しくキスした。

「success のハンコです。もう大丈夫です」

「雪子、ありがとう」

 とても嬉しかった。もし誰もいなかったら抱きしめて泣いていたかも知れない。よし、やってみようと秋月は決断した。

「もう時間がない、悪いが戻る」

 よほど時間が迫っていたのだろう、雪子を残して慌ただしく走り去った。時間がないのに会いに来てくれた。先生、ありがとう。普段は飲まないカプチーノをオーダーしたときに、今からオペなんだと気づいた。オペの日は生ものや冷たい飲み物は決して摂らないことを雪子は知っていた。


 午後7時、林はいないはずの雪子に電話した。雪子はすぐ電話に出た。

「秋月と出かけていたんじゃないのか」

「えっ、見てたの?」

「いや、そうじゃない。秋月の車を見ただけだ。話がある。出て来ないか」

「ごめんなさい。今日はそんな気にならないの。もうクタクタなの。今度、絶対に行くからごめんね」

 雪子は手術が成功しますようにと星空に願った。



◆ 手術成功は大きなニュースになった。


 8月23日(土)、講師控室の隅で弁当を食べていた雪子の耳に、「秋月総合病院の医師、秋月蒼一が画期的な手術法で自民党幹事長の心臓手術を行い、成功した」とニュースが流れた。驚いてテレビを見ると、ちょうど記者会見が始まったばかりだった。カメラは秋月の疲れて不機嫌な顔を映していた。おそらく眠る時間もなかったのだろう。雪子の膝枕で穏やかに眠っていた秋月を思い出した。

 先生、可哀想そう、雪子がポロポロと落ちた涙をそっと拭ったとき、古谷の視線とぶつかった。うろたえて雪子は俯いた。


 最初は突きつけられたマイクに向かって丁寧に解説していた秋月だが、全く理解できない記者に不満の表情を浮かべ、次第に癇癪モードへ移行しつつあった。癇癪を起こすのではないかと心配した雪子は、「先生ダメです、抑えてください!」とつい口走った。控室にいた講師たちが一斉に雪子を見た。雪子は下を向いた。

 古谷が隣に来た。

「西崎さん、君は秋月蒼一と付き合っているのか? あの男は散々女と夢を弄んだ男だ。僕の姉もそうだった。家族は姉が大病院の院長夫人になる夢を見せつけられたが、夢で終わった。あの男はそんな男だ。悪いことは言わない、被害が小さいうちに別れた方がいい。それを言いたかっただけだ」

「先生はそんな人ではありません。誤解です、失礼です」


「君は秋月の罠を抜け出して早稲田に進学したと聞いた。なぜ秋月の網に戻って来たんだ? 再び抜け出せ! 君なら出来るだろう。秋月も君には惚れ込んでいるようだ。なぜだかわかるか? 若くて何も知らない君を自分好みの女に育て上げたいだけだ。やがてそんなお遊びに飽きた秋月は君を捨てるだろう」

「やめてください。お願いです、お願いです」

 泣いてはいけない、壁を向いて雪子は泣いていた。ほらとハンカチを差し出されて、涙を拭いた。まだ古谷は傍にいた。

「もうすぐ授業だ。授業にアナをあけるな。金を貰うということはプロだ。しっかりやれ」

 古谷は自分が任されている教室に去って行った。


 私情を隠して午後の授業に没頭した。午後5時過ぎ、一人ひとりに声を掛けて小学生を送り出す雪子を、秋月は眺めていた。秋月は一睡もしていない。雪子のあの言葉と success のハンコが迷いを断ち切ったと信じていた。秋月に気づいた雪子は、「おめでとうございます」と微笑んだ。秋月は人眼を気にせず雪子を抱きしめ、いつまでも離さなかった。さすがに雪子は恥ずかしかった。

「雪子から力をもらった。ありがとう」

 秋月は泣いていた。雪子は誰が何と言おうと私は先生を信じている、先生が大好きだと思った。

「先生、私の生徒が心配して取り巻いています。どうします?」

 周りには雪子先生を案じた小学生が秋月を睨みつけ、固唾を呑んで見守っていた。


 古谷は2階の窓からこの光景を眺めていた。雪子の顔は見えなかったが秋月の表情はよく見えた。どうやら今度は本気らしいが、わかったものではない。姉のように捨てられる女を見たくはないと、視線を閉じた。


 秋月の手術成功の噂は広まり県外からも手術希望者が激増し、予約待ち状態が続いた。秋月は極めて不機嫌だった。新聞記者は時間かまわず押し寄せる、医学雑誌のインタビュー依頼が舞い込む、俺はそんなものは嫌だ! 全部キャンセルしろと事務局を慌てさせた。俺が決断したのは success のハンコだ。そして涙をこらえた笑顔と励ましだ。誰にも言えない胸の内を封じるしかなかった。

 雪子と会う自由すら俺にはないのか…… 月末までは講師のバイトをしているが、いつ大学へ戻るのだろうか。秋月はスケジュール表を見た。真っ黒だ。俺を殺す気かと怒り狂った。それにも増して煩わしいのは見合いの殺到だった。総ての見合いを断ってくれと父親に談判に行った。


「父さん、僕には愛する人がいます。その人と結婚します。見合い話は全部お断りします」

 滅多に話しかけて来ない息子が気色ばんだ表情で院長室に入り、藪から棒にそう告げた。

「やっと身を固める気になったのか。それはおめでとう! ところでその人はどんな人だ? どこの病院の娘さんだ?」

「まだ学生です」

「どの医科大だ? インターンか?」

「医科大ではありません。一般大学です、早稲田です。これ以上は言いたくありません。

 その人が僕の背中を押してくれたから、先日の手術を決断できました。自信をなくしている僕を励まして、執刀する勇気を与えてくれました。僕はその人と必ず結婚します。今まで何の疑いもなく父さんが用意してくれた人生を走ってきましたが、結婚相手ぐらい僕に選ばせてください」

「いいだろう、お前はもう一人前の医者だ。そんなお前に相応しい人であれば、女医でなくても文句は言うまい。それでいつ紹介してくれるのかね?」

「必ず紹介しますから少し待ってください。とにかく見合いはストップしてください」

 秋月は父親を睨んで退出した。


 まあ、男は婚期があってないようなものだから、蒼一に頑張ってもらって、この病院の礎をさらに確固たるものにしてもらおう。それにしても、最近の蒼一はおかしい。どんな女に狂っているのか見てみたいものだ。院長はにんまりと笑った。



◆ 秋月は遊び疲れた子供のように眠った。


 8月28日(木)、午後5時過ぎ、病院を抜け出して雪子を眺めに行った。爆音ですぐに秋月とわかって、子供たちを送り出した雪子は溢れるような笑顔で近づいた。

「お忙しいのでしょう。さぼってはダメですよ。みんなが困ってますよ」

「うるさい、だんだん生意気になってきたな。さあ、乗れ。どこかに行こう」

「出奔して本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫なわけはないだろう」


 ふふふっと雪子は笑いながら秋月の表情を盗み見た。眠れないのだろうか、疲労が溜まっていて顔色が悪く、苛立っているようだ。

「先生、車を停められますか。私は行きたいところはありません。無理しないでください」

 車は派手なブレーキ音を放ち、暗がりの空き地に寄せられた。

「なんだ? さっさと帰って仕事しろと言うのか、冷たいやつだ」


「いいえ、少し眠りませんか、眠れてないのでしょう? 何時に起こせばいいのですか? 私は隣で見張ってます。少しでも眠ってください」

 隣で見張っているという言葉に苦笑した。最近の秋月は眠ったとしても浅い眠りのまま、不愉快な夜明けを迎えている。

「先生、シートを倒して眠りましょう」

「こうか?」

「目を閉じて深呼吸しましょう。そして楽しいことを思い出しましょう。そう、ゆっくりと……」

 秋月はこのインチキ催眠術師のセリフがだんだん面白くなって、微笑んだ。やがて雪子の手を握って本当に眠ってしまった。雪子は疲れを溜めて眠ってしまった秋月の寝顔を見つめていた。


 見慣れた車が停車しているのに気づいた古谷は、ふたりは車の中でいちゃついているのかと興味津々で静かに近づいた。秋月の姿は見えず、ウィンドウが半分開いた助手席に雪子がいた。ノックすると、シーッと人差し指を口に当て、「起こさないでください。先生は疲れてお休み中です」と言った。夕暮れどきのオレンジ色の中で、秋月は遊び疲れた子供のようにぐっすりと眠っていた。

「そうか、またな」と通り過ぎて、古谷は考えた。西崎を来年度も講師に推薦しておこう、ふたりがどうなって行くのかが気になった。


「インチキ催眠術師のお陰でよく眠れた。疲れが取れた、ありがとう。僕はプライベートタイムも与えられず、働かされている。つくづく思う、医者なんてなるんじゃなかった。今日は眠ってしまって悪かった。インチキ催眠術師さん、また頼むよ」

 久しぶりに機嫌がいい秋月の声が電話から聴こえた。

「とにかく今晩は気持ちよく眠れそうだ。雪子の催眠術がまだ効いている。お休み、雪子」  



◆ 秋月は雪子を信じて待とうと思った。


 日曜日だというのに8時に開始したオペが終わったのが正午近かった。今日の午後だけは時間をくれとわめいてやっと都合できた時間だ。雪子と唐津の「虹の松原」に行くつもりだった。白い砂浜と見渡す限りの黒松の林、遠浅のきれいな海岸線が続く海だ。


 出発してすぐに渋滞に出会い、遅々として進めない。そろそろ癇癪モードに入るかと覚悟したとき、眉間にしわを寄せて「つかまれ!」と乱暴にUターンした。車はアップダウンの激しい山道を疾走し、まるでジェットコースターのように車体は上下に翻弄され、右に左に振り回された。雪子はダウン寸前の状態だった。やがて眼下に海が見えた。あれが虹の松原だと秋月が指差した先に、白砂青松の大パノラマが広がっていた。


「あーっ、気持ち悪いです。ふーっ」

「ははは、さすがにインチキ催眠術師には無理だったか」

 ふらふら状態の雪子を抱えて波打ち際へ連れて行った。旧盆を過ぎた浜辺には人影は見えず、大きくうねって泡立ち、海鳥は急転直下して小魚を追っていた。

「ほら、雪子が大好きな波の音だ。しっかり記憶に残しておけ。東京の海はこんなに大きくない」

「そうですね。この浜からも太閤秀吉の命令で多くの船が朝鮮に出航したと聞きます。どうしてそんなことをしたのでしょうか」

「なぜそんなことが気にかかる?」

「私が学んでいる社会科学という学問は社会の真理を問う学問です。どうして動乱や戦争が起こったのか、なぜ国家間に貧富の差があるのかなどを学び、過去と現在を検証して、よりよい未来を拓くための学問です。ただ私はさっぱりわかっていません。もっと勉強します」

「そこで催眠術を習ったのか?」

「そんなあ、いじめないでください」

「でも今日はダメだよ、そんな術をかけられたらすくにでも寝そうだ。僕が寝てしまったら、ふたりとも帰れない。困るだろう。ところで大学へはいつ戻るのかい?」

「2日のフライトで戻ります。あっ、そうだ! 生徒さんに人気があったと、古谷さんが来年の講師に推してくれたそうです」

 こんなに若くて可愛い先生ならガキに人気があるだろう。当然だと秋月は思った。古谷? 古谷病院? どこかで聞いた。そうかあの女か…… 思い出した。


「古谷くんは他に何か言ってなかったか?」

「いいえ、別に……」

 あんな男とは別れろと言われたのだろう。「別に……」と語尾を濁したことでそう思った。

「僕は古谷くんのお姉さんと付き合ったことがある」

 雪子は小さな指で秋月の口を止めて、

「やめましょう。先生は私に言ってくれました。今のままの私でいいって。それと同じです。それより、せっかく連れて来てもらったんです。遊びましょう。あんなに波が輝いています。行きましょう」

 

 誰もいない海で水をかけ合い、走って、浜辺にバタンと寝転んだ。波を被ってずぶ濡れになりながら、真っ暗くなるまでふたりは遊んだ。

「はぁ~ 疲れました。もう子供のようには走れません」

「子供が何を言っている?」

 この笑顔を見ていると、俺はしばらく頑張れそうだ。今度会えるのは4カ月先か。好きなだけ勉強して戻っておいで。篠崎さん、俺は雪子を信じて待つことにした。

「悪いが空港へは送って行けない。朝からオペがお待ちかねだ。元気で頑張れ!」

 引き寄せて、世界が燃え尽きるほどのキスをした。ああっ…… 雪子は夢心地に漂っていた。

 


◆ 健太の衝動、真夏の最悪な出来事。


 9月1日(月)、健太の家族に食べてもらおうと思って、朝からコロッケを作って箱に詰めた。

「おばさん、雪子です。コロッケを作りました。いますか?」

 声を掛けても返事がなかった。置いて帰ろうとしたとき浴室から健太が現れた。


「なんだユッコか、どうした? コロッケか、オマエが作ったのか? どれどれ毒味をしよう」

 コロッケをひとつ摘んだ健太はシャワーを浴びたばかりで、短パンを履いていたが上半身は裸だった。1年前の夏のアクシデントが雪子の網膜に浮かび上がった。アポロンの彫像を思わせるほど逞しく鍛え上げられた健太の体に恐怖を感じた。


「何をぼんやりしている、上がれよ」

「おばさんは?」

「ああ、長野まで行った。親戚の葬式でみんな出かけている。オレはバイトがあるから留守番だ。ビール飲むか?」

「ううん、いらない。帰る。じゃあ、おばさんによろしく言って」

「ちょっと待て、ユッコ、秋月と付き合っているのか? アイツは恐ろしい男だ。アイツからボロボロにされた女の話を聞いた。付き合うのはやめろ! いい加減に眼を覚ませ! これ以上近づくな! ユッコがもてあそばれるだけだ。遊ばれて捨てられるだけだ」

「ケンタ、違う! そんな人じゃない。1日18時間も働いてあの大きな病院を支えている人なの。悪口を言わないでよ。ケンタは先生のことを何も知らないくせに、そんなこと言わないで! 許せない! 私、帰る」


 くるりと踵を返した雪子を健太は軽々と持ち上げ、茶の間の畳の上へ投げ出した。

「何度言ったらわかるんだ! アイツの評判は悪すぎる、あんな女たらしと付き合うな!」

 雪子の瞳に恐怖と軽蔑を見た健太は、心と体の渇望を抑えることが出来ず、押し倒して覆い被さった。

「ケンタ、何するの! 帰してよ!」

 組み伏せられた雪子が健太の背中を叩き、蹴飛ばし暴れても男の体はびくともしなかった。

「イヤーッ! やめてー!」」


 雪子は絶叫した。叫んだ雪子の口を塞ごうと自分の唇を被せたが、雪子は頑として歯をくいしばったままで唇を開こうとはしなかった。健太は右手で雪子の口を抑え、左手でスカートをめくって下着を引き下ろした。下半身が剥き出しになった。ようやく雪子の抵抗がやんだ。健太は短パンを脱ぎ捨てた。


「先生、ごめんなさい、ごめんなさい」

 雪子は泣きじゃくり、絶望した瞳を閉じて舌を噛もうとした。

 このとき、悪夢から覚めたように健太の全身から力が抜けてしまった。卓袱台に転がっていた台拭きを雪子の口に押し込んだ。

 なんてことをオレはしたんだ。ユッコを暴行しようとした自分を責めた。引き下ろした下着を戻してスカートを被せた。

「こんなのケンタじゃない」


 健太は慌てた。こんなつもりじゃなかった。コイツが秋月を庇うから、ついカッとなってこんなことになってしまった。自分がやってしまったことを後悔した。

 どのくらい時間が経ったのだろうか。雪子は夢現ゆめうつつでゆっくり立ち上がり、ふらふらした足取りで帰って行った。

 雪子の恐怖に見開かれた眼は健太の瞼に焼き付いて、拭い去ることは出来なかった。すまないユッコ、許してくれとは言えない。自分が情けなくてどうしようもなかった。

 


◆ 9月3日(水)、ゼノール湿布薬は何を語るのか。


 早稲田通りの「西北診療所」から薬袋を抱えて出てきた雪子と、大学に行こうとした星野がばったり鉢合わせした。西北診療所は大学指定の診療所で、学生証を提示すると医療費の大半は大学が支払った。雪子の左手には包帯がぶ厚く巻かれ、ゼノール湿布薬の強い臭いがした。

「ユッコ、ババアみたいな臭いさせてどうしたんだ?」

「えへへっ、階段から落ちて手の甲を打ったみたい。痛くて眠れなかったから病院で診てもらった。骨折してるって言われた。私ってドジだから……」

「ふうーん、どこの階段だ?」

「住んでるとこの……」

「荷物は持ってやるから大学まで一緒に行こう。何か今日は大学がうるさそうだ。大学の上をヘリが飛んでいる」


 肩を並べて歩き始めたが、雪子の顔色が冴えない。信号が変わろうとし、「早く、早く」と言いながら手を引っ張ったら、雪子は驚いて拒絶した。そして星野を見て、ふーっと安心した表情になった。

「秋月さんなら包帯を解いて質問攻めして、怒り狂うだろう。オレにとばっちりが来ただろう。まったくドジなヤツだ」

 雪子は無言のまま下を向いていた。ユッコは何だか元気がない、おかしい、そう感じた。

 ふたりが大学に着くと、機動隊の装甲車がずらっと並んでいて、大隈講堂周辺は新聞社やテレビ局の取材陣が一般学生にマイクを向けていた。

「ユッコ、歩くのも辛そうだから帰ろう。ここにいたら危ない。送ってやろうか。ひとりで帰れるか」

「うん、平気」



◆ 同日、ついに大隈講堂のバリケードは陥落した。

 

 大隈講堂の屋上に革マル派の男が立った。どの大学の学生なのか、学生であることすらもわからない。彼らはタオルで顔を隠し、ヘルメットを被っていたので全くわからなかった。

 機動隊は屋上めがけて放水したが、革マル派は機動隊の頭上に火炎瓶を投下した。機動隊は、一般学生も混じった背後からの投石に手を焼いたが、梯子を架けて大隈講堂の屋根によじ登り、革マル派と称する学生達の大半を逮捕した。だが、彼らが投じた火炎瓶で第二学生会館は燃え上がってしまった。消防車のサイレンが騒がしく鳴り続くなかで、屋上で抵抗を続ける学生が機動隊が架けた梯子で投降した。まだ屋上で抵抗している者がいるらしいが、まもなくギブアップするだろう。星野は腹ただしい思いで見ていた。オレたちはこの4月、大隈講堂で健康診断を受けた。勝手に占拠して封鎖するなよ! バカタレどもがと怒った。


 マルクス・レーニン・トロツキー! プロレタリア世界革命! ふざけんなよ! 絵に描いた餅は食えない! アンタらのマスターベーションで迷惑したんだ。それがわかるか? セクトに参加しない学生をノンポリだの軟弱だの、早稲田魂を忘れたかなんてよく言えるな! 早稲田魂を忘れたのはアンタらだ! 星野は憮然として、革マル派対機動隊の攻防戦を見ていた。「早大奪還集会」だと言って大勢の学生が集まっていたが、星野は無視した。



◆ 9月9日(火)、雪子の報告は秋月を淋しくするばかりだった。


 …………………………………

 秋月蒼一 様


 Guten Abend! wie geht es dir mein lieber. (=こんばんは、おげんきですか)

 第二外国語はドイツ語を選択しました。先生がカルテをドイツ語で書いているのを見ました。素敵でした。私も先生のようになりたいと思ってドイツ語にしました。でも難しいです。教えてくださるのは大槻真一郎助教授です。I・E・A・O・Uの発音が最低だと指摘されて、毎回リーダー役を指名されます。もう地獄です。あーあ、先生教えてください。トホホです。大槻助教授は両肩をいからせて力強く発音されます。


 前期の成績が出ました。やりました! 学科は全て優でした。トランポリンを選択した体育は良でした。星野さんは私と一緒だった4つの授業は優をもらったそうですが、私にノートだけ作らせた5講義のうち3つが可だったと、文句を言いに来ました。だって、私は授業を受けていないのに文句を言うなんて、もう知りません。兄弟の縁を解消したくなりました。でも星野さんがすぐ謝ったので、許しました。


 後期は難波田教授の『社会経済学原論』と山岡教授の『憲法概論』、大谷恵教助教授の『政治学1』は絶対に学びたいと思っています。早稲田大学そのものは荒れています。授業妨害も度々あります。タテカンも乱立しています。学生会館もそのままです。「学びたい人は学びなさい、いつでも教えますよ」というのが早稲田魂だと感じました。本当に学びたい学生は教授の自宅に押しかけているという話を聞きました。また、クラスメートが時子山総長に電話したら、総長自ら学生の言葉に耳を傾けられたそうです。感激していました。あー眠くなってきました。

 先生、ご飯はちゃんと食べましょう!

 Gute Nacht (=お休みなさい)


 雪子より

 …………………………………



◆ 9月12日(金)、秋月のたった1行のラブレター。


 秋月から初めての手紙には、たった1行が記されていた。


 …………………………………

 雪子へ


 ich lieb dich (=愛している)


 蒼一

 …………………………………


 1行しか書かれていない手紙を抱きしめて雪子は泣いていた。私も先生を大好きです。でも、愛していると言葉にしてしまったら、私の心は砕けてしまいます。尊敬している先生の足を引っ張りたくありません。嫌われたくありません。学ばせてください。この手紙の返事は書けません。許してください。


 9月17日(水)。篠崎から秋月に連絡が入った。

「西崎の『スクール紹介』の放映の日時が決まりました。9月23(祝)の午前10時ジャストです。もちろんテレビ西日本です。他の学校は10分のワクですが、西崎の授業は20分間いただきました。やはり厳しい入試を突破した先輩、ぶっつけ本番の授業、手垢にまみれた現役教師と比較できない新鮮な感覚が、テレビ局の共感を得たようです。あっ、それから西崎は被写体として魅力あるそうです。映像をよく見ると1コマ1コマの表情が違うそうです。秋月さん、聞いてますか?

 ああ、申し遅れましたが、先日の手術のご成功、おめでとうございます。聞いてますか?」


 聞いてはいたが、篠崎さんの言葉が頭に残っていたから、雪子に手も足も出せずに大学に逃げられてしまった。篠崎さん、わかるか? 今の俺の後悔を…… 秋月はそう思った。

「聞いてます。オペが入ってなければ見ようと思います」

「えーっ、祝日に執刀しなければならないのですか? それは大変ですね。ご高名の賜物です。ところで西崎は大学に戻しましたか?」

「生意気なことを言って勝手に戻りました」

「まあ、そうでしょう。とにかく西崎の『スクール紹介』を観てください。それと西崎の写真があるので、送ります。それではよろしく」

 くそーっと思いつつ、放映日をスケジュール表に赤のボールペンで書き入れた。



◆ 雪子の『スクール紹介』が放映された。


 …………………………………

 秋月蒼一 様


 Guten Morgen.(=おはようございます)

 この前の『スクール紹介』が放映されることを篠崎先生から手紙をいただいて知りました。大学の授業や暮らしぶりを心配してくださってました。


 本当に久しぶりにボン丸に会いました。ダッシュして走ってきました。この日はザーザー降りの雨だったのでボン丸の家に招かれました。

 古いピアノがぽつんとあって、随分昔に結核で亡くなられたお嬢さんの遺品だそうです。弾かせていただきました。永いこと弾き手がいなかったらしく、少しくたびれたメロディになりますが、10年くらい鍵盤の前に座らなかった私にはぴったりでした。


 兄が口ずさんでいた『Tennessee Waltz』や私が好きな『Blown by the wind』を弾きました。ボン丸に『子犬のワルツ』を披露したかったのですが、指が追いつけずリズミカルに弾けません。右のモノローグと左のリズムがバラバラでした。でも楽しみが増えました。

 先生、アメリカ民謡の『House of the Rising Sun』のレコードを聴きました。とても哀しい歌です。先生のところへ帰りたくなります。何かしていないと先生を思い出してしまいます。


 雪子より

 …………………………………


 秋月は雪子の手紙が腹立たしかった。 

 『House of the Rising Sun』は娼婦に身を落とした女性が半生を悔恨する歌だが、なぜ雪子はこれを聴いて俺のところへ帰りたくなるのだろうか、秋月はじっと考えた。そうか、俺と同じようにアイツも孤独なのか、そう思った。帰って来ればいいじゃないか、簡単なことだ。なぜ帰って来ない? 俺は喜んで抱きしめるのになぜだ? あの意地っ張りめ! 俺の返信を無視してピアノなんか弾くなと腹を立てた。


 9月23日(祝)10時、ロビーのテレビは観たくなかった、静かに観たかった。秋月は院長室を訪れ、失礼しますとテレビをつけた。父親は何事かと息子を見た。

 『スクール紹介』のタイトルと同時に雪子の顔がアップで映し出され、「今年の激戦入試を勝ち抜いた女神が、台本なしのぶっつけ本番で授業をしました。歴史ある朋友学園の新しい幕開けを飾ったのは、早稲田大学1年生、西崎雪子さんです」とナレーションが流れた。


「知り合いか?」と尋ねた父親を無視して、秋月は画面を見つめていた。

 雪子は眼を閉じて徒然草の冒頭を暗唱した。女神のように思えた。次々に本文を読み上げて解説する姿は迷いを振り切った穢れない女神だった。最後に笑顔で自説を述べる雪子に秋月は微笑んだ。

 番組が終わると、失礼しましたと言い残してさっさと院長室から出て行ってしまった。院長が息子に言葉をかけるしまもなかった。


 蒼一のあの様子は何だ? 西崎雪子と紹介されたあの女子大生は誰だ? 愛する人がいると言っていたがあの人か? 大学の1年生らしい。そうだ思い出した! 現場の苦情を振り切って病院を抜け出し、教えていた子だ。だが蒼一とは年が離れすぎてはいないか。色白で大きな眼、まるで日本人形のような子だ。そうか、蒼一はそういう趣味があったのかと、息子の鬱積した孤独に気づかない父親は猥雑わいざつに口元を歪めて笑った。


 翌日、院長は若先生づきの看護婦長に昇格した山川に訊いたが、「そのような方はいっこうに存じません」とあしらわれ、女とは堂々と嘘をつく生き物だと感心した。蒼一と並んで点滴を受けたという話を聞き込み、カルテを探させたが何もなかった。隠したな、どこまで本気なのかと案じたが、その娘は東京にいる。蒼一の不機嫌はそれが原因だと思い込んだ。


 俺はこの病院に婿養子として迎えられた。病院を大きくしたが、今では年上の妻とは仮面夫婦だ。蒼一があの女性と結婚したいという気持ちをわからなくもないが、妻は猛反対だろう。愛情だけで結婚は出来ないことを蒼一はわかっていない。妻に隠れて何度も小切手を女の家族に渡してやった、高い月謝を払ってやった。それを忘れたのかバカ息子! それにしても本人に会いたいものだと思った。


 …………………………………

 秋月蒼一 様


 Guten Abend. (=こんばんは)


 この前、大学の西門の近くにあるジャズ喫茶『MOZZ』にクラスの今井くんが連れて行ってくれました。窓がなくて、煤けた壁の薄暗い店でした。今井くんはジャズが大好きな人で、こんな話を聞きました。


 今年の7月、黒ヘルの反戦連合の学生が大隈講堂からグランドピアノを盗み出して、民青が封鎖している4号館の地下ホールに運び込み、ジャズコンサートを開いた話です。反戦連合は、中核派から分かれたセクトなので民青とは敵対しています。そこに中核派も乗り込んで、一触即発の雰囲気の中で演奏が始まりました。すると不思議なことに、みんなが静かに聴き入ったらしいです。1時間以上も演奏が続いたと言ってました。うちの大学のセクトの人って、一人ひとりは静かでおとなしい人が多いんですよ。


 このことを星野さんに言ったら、今井くんは隠れ中核派だから近寄るなって怒りました。そう言えば、星野さんは怒ってばかりいます。振られたみたいです。

(このジャズコンサートでピアノを弾いたのが山下洋輔で、企画したのが田原総一郎だった。どこまでが真実でヤラセなのか、現在でもわかっていない。田原は早稲田大学文学部卒業である)


 週に1回ですが、文化人類学の講義で「聞き取り」に出かけます。今週は中野にお住いの村上さんを訪ねました。戦争を風化させないための授業です。耳を塞ぎたくなるような話を伺いました。もし私が男の子の母になったら決して戦場に送り出したくありません。そして女の子の母となっても銃後の守りをさせたくありません。兄は特攻を志願した最後の幼年兵だと教授に話したら、お兄さんの話をよく聴いておくようにと言われましたが、そんなこと聞けません。人って本当に辛いことは言えませんよね。


 先生は何をしてるのかなって考えます。まだ18時間も働いているのかと心配です。オペで疲れた体を早く癒せますように、ちゃんと食事を摂ってください。いつもお星様にお願いしています。私だけの「願い星」を見つけました。風が強い天穹が澄み切った夜にしか見えない小さな星です。いまにも消えそうで頼りない星です。どの星なのか今度会えたときに教えます。

 Ist einsam. (=淋しいです)


 雪子より

 …………………………………


 秋月は山川が届けてくれる雪子の手紙を心待ちにしていた。山川は手紙や書類の束をテーブルに置くと、ドアに入室禁止のプレートを掛け、しばらくは顔を出さない。手紙を開いては怒ったり、泣いたり喜んだりしている秋月をよく知っている。声を殺して泣いても、10分も経てばいつもの不機嫌な秋月で部屋を出て来ることもわかっている。オペの前はなおさらだ。可能な限り心を鎮めて執刀して欲しいと山川は願っていた。

「教え子さんが合格しました」と報告したとき、オペ中の秋月は「バカ野郎」と確かに言った。それを忘れてはいない。有り余るほどの物を持ちながら、何ひとつ自由にならない若先生に同情していた。あの手術の成功以来、満足にお休みになれていない。西崎さん早く帰って来なさい。あなたがいれば若先生は元気になれるのだから。若先生だっていつまでも無理は出来ない、西崎さんの力を貸してあげてね、雪子から届いた封筒を見つけると話しかけていた。



◆ 大学生の「愛」と大人の「愛」は違うのだろうか?


 午前2時、電話が鳴った。あっ、先生だと思った。

「眠れないのでしょう?」

「雪子なぜ僕の手紙に返信をくれない? ピアノを弾いた、優をたくさんもらった、そんなことはどうでもいいんだ! 頑張っていることはよくわかっている。今の僕はキミみたいに強くない。早く雪子の顔が見たいだけだ」

「先生、お酒飲んでますね。どうしたんですか? しっかり学んで来いと言ってくれたじゃないですか。元気を出してください。眠れないときはいつでも電話ください」


 秋月は夜更けや夜明け、とんでもない時間に電話をかけて甘えていた。雪子は電話の傍で耳を澄まして待っていた。


 ある日、大谷助教授の講義中に雪子は眠ってしまった。大胆にも机にばさっと頭を落として突っ伏し、そのまま眠ってしまった。隣に座っていた星野が慌てて起こそうとしたが、大谷は「そこの女子、どうした!」と近づき、寝顔を見つめた。雪子はスヤスヤと眠っていた。大谷は「講義を続ける」と教壇に戻って行った。

 講義が終わるころ、やっと雪子は眼を覚ました。

「オマエ、何やってんだよ。大谷が怒ってた、もう最悪だ!」

「私、何してたんですか?」、寝ぼけまなこで聞いた。

「バカ! 授業中にグーグー寝てたんだ。呆れたぞ」

 雪子は恥ずかしくて下を向いた。


「ユッコはそんなに睡眠不足なのか? 何をやっているんだ。いつもぼーっとしているし、心配してんだぞ」

「ごめんなさい。何でもありません」

「いいか、オマエが何でもありませんと言ったときに、何でもなかったことが一度でもあったか? 言えよ、秋月さんか?」

「いえ、そうではなくて、かかってくる電話を待ってるだけです」

「ちぇ、そんなときは12時までしかダメですと言え。シンデレラだってそうだろ、魔法は12時に解けるんだぞ。オマエは一晩中待ってるのか、呆れたヤツだ。秋月さんとユッコは違う、年も立場も環境も違う。いくら秋月さんがプロポーズしたってユッコがピンと来ないのは当たり前だ。悪いことに秋月さんは自分の家庭が欲しくなる年齢だ。おそらく、あのお方は相思相愛の妻がいて子供がいる幸せな家族をお望みのはずだ」

「…………」


「よく聞けよ! 秋月さんが描いている夢はユッコが犠牲になった夢だ。他の男とデートも恋も出来ないまま、秋月さんの囚われ人となってしまう。ユッコ、これだけは守ってくれ! どんなことがあっても大学は卒業しろ! 早稲田の卒業証書1枚でかなりの企業に就職できる。まして数少ない早大女子だ。わかってるのか。

 オレは秋月さんは嫌いではない。だがオレたちとは違う。オレたちはもっと自由に未来を選んでいいはずだ。ユッコが秋月さんを好きなら抱かれろ。抱かれろの意味はわかるな。抱かれてから考えればいい。幾人かの男に抱かれてから選べばいい。オマエは自由だ。秋月さんの呪縛にとらわれる必要はない。いいか、もっと自由に跳べ。


 オマエが自由なスタンスにいるから秋月さんは、ナーバスになっている。確かに秋月さんはユッコを愛しているだろう。本人がそう言っているからそうだろう。だが、あの人が言う『愛している』と、オレたちが思う『愛してる』とはまったく違う。大人が言う『愛している』は、オレたちが思っているものより深刻でシンドイものだ。20歳やそこらでそんなものが受けとめられるか? 無理だ、やめろ、やめろ。


 最近、オレは兄貴目線でユッコを見ている自分を発見することがある。こんなにバカでも可愛い妹が欲しかったからだ。秋月さんよりも自分を大切にしろ。男はワガママで移り気な動物だ。振り回されるな!」

 星野は昨夏と同様、雄弁に語った。雪子は黙って聞いていた。


 秋月からの電話が途絶えた。雪子は心配になって恐る恐るコールした。

「悪かった。どうも僕は甘えていたようだ。星野から言われた。『妹を眠らさない気ですか、壊す気ですか』と。アイツのいうことは正論だ。だが星野が何と言おうと僕の心は手紙に書いた、変わってはいない。さんざん痛いことを言われたが全て忘れてしまった。

 酒はやめた。嫌われそうだからだ。心配しないでいい。篠崎さんから雪子の授業の写真と録音テープが届いた。それを聴きながら眠っている。悪かった、許してくれ」

「先生……」

「泣くな、笑え、そう言ったはずだ」

「はい、約束します。眠ってください。私も寝ます。お休みなさい……」

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