23 VS狂気
少々過激な表現を含みます。読む際は注意して下さい。
時は流れた。
僕は、10歳になっていた。
そう、今まさに結界魔王との最終決戦が始まろうとしていた。
ゲームでの知識があるおかげで先手先手を基本的に取ることができたため、国民の大量死も免れた。
結界魔王の大規模殺戮が急に始まったように見えるものの、事前準備のおかげもあり、戦線の冒険者たちの平均レベルは5以上になっている。
結界魔王の傘下にいるはずの各領主たちはあれこれ理由をつけて、戦争に参加しないようにしていた。
どちらかというと参加しないだけではなく、魔王軍の規律を乱すような動きを一斉に見せ、自国の殺戮の遅延行為の行っていた。
まだ殺戮は行われていない・・・。
あとは、戦線が開かれていないこの状況で先手を打って、前線の敵将を撃ち、各地の軍隊の指揮官もここ数年で育ててきた選りすぐりの冒険者チームに任せている。
ゲームでの戦争開始は正午、対応がちょうど真上に来る頃だった。
そのため、正午に直前に各地の指揮官を同時に抹殺すると指示を出している。
太陽はまだ少し傾いている。
あと1時間以上はかかりそうだ。
こちらの全ての配置が終わるまでは幕を開けてはいけない・・・。
魔王軍はそれぞれ、瞬時に連絡するSKLを所持しているため、下手に予定にない動きをした場合にはどう動くか想像ができなくなるためだ。
ゲームでは、魔王軍が動き出すまでみんな待っていたが、待っているわけにはいかない。
先手必勝だ。
そんなことを考えながら、ふと、両隣に目線をおくる。
両隣には美少女と言って差し支えないだろう見知った少女が2人立っていた。
10歳になると、日本人とは異なり、それなりに発育が良くサリアもエナも胸も大きくなり、身長も大きくなっていた。いつの間にか二人とも僕よりも身長が高い。
「サリア、次の作戦では、いつも通り、後衛から弓で、開戦早々に魔王配下の指揮官を5人撃ちぬいてくれ。SKL:追撃は必ず使ってくれな」
「う、うん」
サリアは相変わらず、おどおどしているが、LEV10であり、弓に特化した練習を続け、今では、自動で発動するSKLも含め、殺傷性のとんでもなく高い矢を500m先まで正確に打ち抜けるようになっていた。
エナは、ロングソード1本に複数のダガーと場面によって使い分ける剣士になっていた。
そう、僕は、10歳になっていた。
莉緒がLEV10になれなかった場合の突然死に怯えながらもこの年になったかと言えば、実はそうでもない。
なぜかと言えば、僕は半ば確信していたのだ。
おそらくサリアは莉緒であると・・・
一緒に過ごすうちに、サリアの行動と幼いころの莉緒の行動が似ているように思えてきたからだ。
証拠となりそうなのはそれしかないが、生まれてから死ぬまで長いこと一緒だった僕の勘がそう告げているのだ。
そう思い至ってからの僕は不安が吹き飛んだことにより、多くの冒険者を鍛え上げてきた。
効率良いLEVアップ方法を伝授したり、イベントが発生したら、それを最大限に活用することができた。
レルカの時の二の舞はごめんだからな。
現在はかつてクエストで手に入れてお姉に渡した【刀】を譲ってもらい、それを使っている。
僕はサリアに話かける。
「サリア、必ず僕の後ろにいろよな?」
「う、うん、前に出ても私じゃ近接攻撃は受けきれないから、いつも通りそうするよ」
「そうそう、いつも通りやれば、大丈夫だから、肩の力を抜いて!」
「う、うん」
そんなやり取りを冷ややかな目で見ているエナ。
・・・ここ1年くらいはこんな感じの一方的な会話が多い気がするな。
僕がサリアに話かけて、サリアはそれを苦笑いしながら適当に返答する。
エナはそれを何を言うでもなく見ている。冷ややかに。
そして、エナとサリアは2人の時は別に仲が悪いわけじゃないが、僕がいるときは全く喋るところを見なくなってしまった。
エナは思春期か何かかな?まあ年齢相応と考えると妥当か。
サリアも僕も、精神年齢はアラサーといっても過言ではないのだから・・・。
そういった意味で、話題に入れないのは仕方ないかなと思う。
僕ら【望撃歌】パーティ3人がいるのは結界魔王のいる王城真ん前の前方1kmほどの地点の森の中だ。
森の中から王城を見ると、城門の前には200体の魔物が整列している。
結界魔王は魔物を指揮することができる配下を数十人抱えており、現在は各地にその配下が指揮官として殺戮に向けて開戦地点に向けて魔物を連れて移動している。
ここにいる指揮官は20人。
「僕が、10人倒す。サリアは後方の僕の後ろから付いて来て射程距離に入ったら頼む。エナはいつも通り僕の援護を頼む」
「う、うん」
「・・・ん」
「あと1時間もしないうちに開戦のはず、トイレに先に行ってくるから、2人とも、必要であれば先に行ってくれ」
「だ、大丈夫」
「・・・」
「エナは大丈夫か?」
「・・・ん。大丈夫」
「そうか、じゃあちょっくらいってくる」
そう言って、僕は少し森の中に踏み入れた。
少し奥に入ったあたりで何か鈍い音が3回聞こえたが、随分近いから、サリアとエナが何かの準備をしているのだろう。
そう、楽観的に考えていた。
用を足して戻ると、悍ましい光景が広がっているとも知らずに・・・。
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森から、2人が待つ地点に戻ると、そこには、2人の姿はなく、代わりにここ数年で唯一と言ってもいい悩みの種がいた。
身長は僕と同じくらいだが一回りがっちりした体の男。
「ダラオン!?」
なぜか、今回の作戦にいないはずのダラオンが僕を待ち構えるようにそこに腕を組んで立っているのだ。
ダラオンのいつも戦闘に使うメリケンサックを両手につけて・・・
「あぁ、ロキ、待ちくたびれちまったよ」
「・・・なんでお前がそこにいる」
当然の思い浮かぶその疑問を口にすると、ニヤッと下卑た笑みを浮かべてダラオンは答えた。
「まあ、それが今回のサプライズだよ。あぁ、そうだ、俺がここにいる理由を本当に知りたいか?」
何言ってんだこいつ・・・
「いやもうどうでもいい。2人はどこだ」
ダラオンはしばらくニヤニヤしながら何も答えなる様子がない。
イラつくなぁ・・・頭に血が上ってくるのがわかる。
瞬間的にダラオンに近づきのみぞおちに向けて拳を打ち込もうとしたが、体さばきで避けられてしまう。
「ちっ」
ダラオンはLEV10。現状の最高レベルに到達していて、僕と同レベル。しかし、スピードのステータスが僕より速い関係で先手をとっても避けられてしまう。
「まあ、まてよ。俺は今までお前に勝てなくて辛酸を舐めてきたわけだがよ、今日でそれも終わりかと思うと、なかなか終わりにしたくなくてな」
「は?いつもいつも邪魔しやがって、お前は何がしたいんだよ・・・」
イライラもピークに達していた。それもそうだ。これさえうまくいけば、僕は来月の11歳を迎えることができ、莉緒・・・サリアを救うことができる。この10年間の集大成が1時間後で決まるのだ。それをこんな奴に邪魔されてたまるもんかという気持ちが爆発しそうになっている。いや爆発してしまっている。
「あぁ、そうそう、さっきの質問だが、エナとサリアだったか、あそこだぜ?」
そう言ってダラオンは顎で魔王城の方を向くように促してきた。
目線を向けると1kmほど先の魔物の集まるエリアに・・・脚が血だらけの状態で魔物に襲われそうになっている人間の影が2つ倒れている姿が目に入った。
まさか、まさかまさか!!!!?
「あ、あぁああああぁっ?!!」
その状態の意味を悟り、頭が真っ白になった。
ダラオンなどどうでもいい!!一目散に魔王軍の向かって突っ走ろうとすると、ダラオンが阻むように拳で殴りつけてくる。
これは、何かのSKL付与されてる!打撃増幅?衝撃波?わからないが、ひとまずSKLをキャンセルさせるしか!
抜刀しメリケンサックではなく腕を切り落とそうとすると、すぐにダラオンは気が付き、腕を引き、もう一方の拳を再びSKLを乗せて放ってきた。
「っ!!」
衝撃波で胸が軋むのを感じる。
「いい気味だなロキ!!!いい気味だ!!」
大笑いするダラオンに完全に足を止められてしまった!
「お前まさか!!」
このSKLキャンセル後すぐにSKLを発動するには自分で先にSKLをキャンセルする必要があり、相手に強制キャンセルされた場合、その直後に別のSKLであっても発動ができないのだ。
PvP用に最初からパターンを考えてきてやがる!!
「はっはっはははは!!!お前が鍛えてきた冒険者の何人かこの手で葬ってきたからなぁ、お前の戦い方は予習済みだぜ?俺って頭いいからなあ?」
確かに、今まで突然いなくなった冒険者が4人いたが、こいつ・・・!!
「お前、仲間である冒険者を殺してたのか!!!?」
「仲間ぁ?ふざけるのも大概にしろよ?俺以外はみんな家畜と変わんねえんだよ」
背筋がゾッとするような目線を向けてくるダラオン。
ああ・・・こいつ、壊れてやがる・・・!
「なんて、なんて糞!!」
「ははっはは!!!お前に教えてもらったんだけってなぁ?この戦い方、この武器もお前からもらったもんだっけな、この武器を使ってお前から奪ってやろうってずっと思ってたんだよ!!」
次々とSKLをクールタイムが切れると同時に放ってきているとしか思えないよほどの効率のいいSKLラッシュを食らうが、全てを刀で防ぎきることに成功した。
拳闘士系のSKLは連続攻撃に向いている。だが、1つ1つはさほど強くはない。
だから防御にそれほど自信があるわけではない僕でも受けきれるし、例え1発くらいなら喰らっても致命傷にはならない。
・・・とはいえ、すでにその1発を先手で喰らってしまっているので、基本的には全部防がないと・・・
厄介なのは、連続SKLを受けている最中はなぜか相手SKLの切れ目でしかこちらはSKLが使えないバグが当初はあったのだ。つまり、それが今まさにそれだ。
いや、こんなことしてる場合じゃない・・・!!
サリア、エナ!!
「おいおい?いいのか?こんな防戦一方でよ?エナもサリアも利き手の肩に1撃しか入れられなかったが、砕いた自信はあるぜ?最後はど派手に敵さんに投げ飛ばしてやったから、打ちどころ悪けりゃ至るところで骨折れてるだろうから魔物の攻撃なんて受けきれないぜえ?いいのか?いいのかぁ??」
下品極まりない歪んが顔で涎を垂らしながら目を輝かせるダラオン・・・
「お前、本当に人間かよ・・・」
「どうだろうなぁ?お前らよりは上位の何かだとは思うぜぇ?はっははははは!!」
あぁ・・・こういう、狂った人間を、僕は知っている。
前世で死ぬ間際に目に焼き付くほどに嫌というほど見た。
灼熱のような憎悪、背筋の凍り付くような怖気。目の前にあるのはそれ互いに感じる存在・・・狂気、これは狂気だ。
・・・何かに執着している人間のなれの果て。
前世で言えば僕と莉緒を殺した久里浜さん、そして、今生での鬼畜ダラオン・・・
僕はこの狂気たちと向き合わなければならないらしい。
そして、僕はまた、莉緒を失いそうになっている。
「許せないよ」
「おうおう!!良い目だぜ!!かかって来いよ!オラァッ!!!?早く来いってんだよ!!!!」
連続攻撃は防ぐので精いっぱい?いや、そんなことはない。
これはゲームではない。たしかに限りなくゲームに近いが、ゲームではできなかったこともできる。
例えば、砂を巻き上げたり、石を投げたり。
「っ!!まじめにやれこの糞野郎!!!」
ダラオンの目が怒りに染まるのを僕は見逃さなかった。
そう簡単に人間は変わらない。
怒りでそれまで繋いでいたクールタイムの把握が違えば・・・
SKLは不発に終わる。
「なっ!?」
「SKLが途切れれば、こっちもSKLが使えるんだぜ?僕の番だぜ」
ダラオンが受けきるのかはわからない。受けきれなけばこの刀の攻撃力も相まっておそらくダラオンは受けきれず、死ぬだろう。
だがそれはもういい、もういいのだ。
こいつは許してはおけない・・・!
攻撃を武器越しでも受けると30秒の麻痺を伴うSKLを付与し、初手でダラオンのメリケンサックに当てて身動きを封じる。
「な、な、なんだこれ!!う、動かない!?俺が、この俺が、負ける!?し、死ぬ!?」
ダラオンの目が、身動きが取れずに恐怖に怯え始めた。
「自分だけは死なないと思っていたのか?」
僕は、斬撃のSKLを付与してダラオンの首に目掛けて刀を振り下ろそうとした、が、その瞬間、魔王城の方から矢が飛んできたのがわかり、僕は慌ててSKLをキャンセルして回避に移る。
なんだ?矢?いったい誰が・・・!
目線を向けると、サリアがこちらに向けて弓を構えているのが見えた。
「な、なんで・・・?!」
その躊躇の間に麻痺が解除されたダラオンは「ちっ!!」っと舌打ちをして一目散に森の中に飛び込み、逃げてしまった。
一瞬の出来事に呆然としていると、次の瞬間、矢が通った軌道上にSKLの発動を意味するうっすらとしたピンク色の線が浮かび上がる。
「これは・・・逆追尾SKL・・・ということは!」
空間に浮かび上がる線をなぞるように、人間が吹き飛んでくるのを確認して、僕はその人物をキャッチすることができた。
何かを叫びながら飛んできたのは、エナだった。
逆追尾・・・直接SKL付与された対象物1個を矢が飛んだ軌道を追尾させるというもの。これは人間も適用可能だ。
だから、エナに付与してサリアが飛ばしたのだろう・・・
・・・だが、これは問題だ、サリアは近接攻撃をほとんど持っていない。そして利き手はダラオンの話では砕かれている。
そして、あの場にいる魔物は200体、指揮官も20人もいる。
このSKLのクールタイムは5分と長い。
つまり・・・!
僕は息を呑む。
目の前で、遠くだからわからない、が、いやわかりたくなった、しかし、明らかなその状況を見て僕は絶叫してしまう。
複数の魔物によって、手足が、頭がもがれるのをまざまざと見せつけられたのだ。遠くからでも分かるほどに、食い散らかされるのを・・・!
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ