9 町の外
ラーラさんの持ってきたという依頼を受けるため、僕は朝からラーラさんの自宅前に来たわけだが、ぞろぞろと孤児が集まってくるではないか。
いじめられっ子サリアはもちろん、その他のいじめられっ子やダラオンを筆頭とするいじめっ子たちまで、勢揃いである。
いじめっ子というのも、少なくとも、ほかの子供から金銭を巻き上げたり暴言を吐いたり暴力を振るったりしているのを見たことがあるから、僕の基準からすればいじめっ子と断定できる。
僕を含めて子供の数が35人。この町の孤児全員集合というところだろうか・・・。
てか、こんなにいたんだ。
いつも一緒に行動してるわけじゃないから知らない人も多い。
まあこれだけの報酬を突き出されたらみんな来るわな。
ラーラさんの家の真前をダラオンたちが7名が陣取っておしゃべりしていた。
いじめっ子はいじめっ子同士で気が合うのかもしれないね。類は友を呼ぶていうか。
それに引き換え、残りのサリアたちいじめられっ子組はみんな少し離れたところで誰かと喋るでもなく、それぞればらけてじっとしている。
みんな、人間不信になっているのだろうか・・・こういうのを見ると前世での莉緒を思い出す。
足を失い、歩くこともできなくなってからすぐの小学校1、2年生頃の莉緒はそれまでの友達との関係が悪くなり人間不審に陥っていた。
あれは・・・見るのも辛かったな・・・
僕は莉緒の影を感じる子供たちに「よっ」「元気?」「ご飯食べてる?」と挨拶だけしていく。
ちなみにあんまり反応は返ってこなかった。いやぁ前世を思い出すなぁ。
まあ不審に思っている時はあんまり急に近づき過ぎないことも重要だったと莉緒との関係という経験上は結論づけているので、これくらいの反応は予想通りではある。
そんなことを思いながら最終的にはダラオンたちとサリアたちの間くらいに陣取り、ラーラさんが出てくるまでの間にいざこざが起きないか見守っていた。
・・・だが、やっぱりというべきか。ダラオンは他のいじめっ子たちを連れて後方のいじめられっ子勢の方へと悪そうな顔をしながら移動し始めた。
さすがになにが起きるのかが想像しやすいので、先んじて行動させてもらうことにした。
「みんな揃ってどこへ?依頼は受けないの?」
というか、一番近い僕に向かって来ていたようなので、行動というか、口を開いただけだけど。
「あ?お前何?」
「良い服着てんじゃん、てか、剣も持ってんの?いいじゃん」
「殴られたくなかったらその剣寄越せよ」
いやはや、怖いもの知らずというのは恐ろしい。
たしかに僕の方が何歳か若いからか小柄だけどさ。
この中の一番強いダラオンでもステータス見たら僕と4倍は違うんだけどな。
あ。そういや僕のステータスは昨日取得した盗賊SKL『隠蔽』『改竄』で年齢相応に見せてるんだった。もしも何らかの方法で僕のステータスを見ようとしても本当のステータスは見えない。
LEVやEXP、SKLも全部隠している。
隠しているということはステータスを見た者からしてみたら、実質ゼロという風に見えることだろう。TTLは冒険者『見習い』だけつけてある。逆にこれがないと今の僕の立場では不自然だからね。
ステータスを隠したのは見られて損することはあれども得することはまずないからだ。
莉緒もこの町にはいないだろうし、ステータス開示状態にしている理由もない。
そもそも鑑定SKLを持っている人間に出会ったことはないし、持っていな方が自然だろう。
ということで、ステータスの差も理解せず突っ込んでくるのが出てくるのも仕方ないわけだけど・・・
多勢に無勢というか、そんな奴らでも7人で寄ってたかってきたらちょっと不安はある。
もちろん、そんな連携取れた動きができるとは思えないけど、一応念には念を、戦わないで済ませたいところだ。
「落ち着こ。今から依頼でしょう?体力消耗したくないよね」
「ふん!1発殴られたいらしいな!」
そう言ってダラオンが殴りかかってきた。
頭に血が上っているのか話し合いなどできそうにもないね。
てか動き、遅・・・
かなり簡単に避けることができた。魔物に比べると人間の子供は動きが遅い。
てか、何をどう捉えたら僕の言葉が、『殴られたいのか?』という結果に至るのか。本当に謎だ。
「は?避けた?!」
「そりゃ、痛いの嫌だし」
誰が好き好んで殴られるんだよ。
てか、避けるくらいそんな驚くほどでも・・・あ、そっか、ダラオンのステータスだと全体的に他の子供より高いし、その上特に素早さやAGIや物理攻撃に影響するSTRは特に高いから先手必勝スタイルで負け知らずだったのかもしれない。
僕には通用しないけどさ。当たらないし、当たってもそんなにダメージがないとは思う。
「てめえ!おい!お前ら!囲んでやっちまうぞ!!」
ダラオンが背後にいるいじめっ子6人に声をかけ、危惧していた事態になってしまった。
本当に囲い込むように僕の周りに回り込んでくる。
こういう時、本当に悪い顔をしているよね大勢になると気分が良くなっちゃうのかな。
実際悪いことをするわけだから、そういう顔にもなるのか?単対多に対して罪悪感が少なからずあるのだろうか?
いや、でもラスボス級の敵はかなり笑顔で人畜無害感あることも多々あるし・・・
そんなことを思いつつ、どうしようか考えていると急に背後から声がかかった。
「何してんだ?弱いものいじめは感心しないぞ!」
「「「「「「あぁ?!」」」」」」
6人が声を揃えてギロっと振り向く。完全に不良のそれである。
僕も苦笑を浮かべながら振り向くと見慣れない女の子が立っていた。
この町にはこんな子もいたのか・・・年は同じ、か。
鑑定してみたが驚いたことにAGIとSTRが年上の男であるダラオンよりいくらか高い。
彼女のAGEは僕の1つ上。
負けん気の強そうなその少女、エナが腰に手を当てて、ニヤッと不敵に笑う。その腰には1本の刃渡り20センチほどの短剣が差してある。
武器を持つ子供は初めて会った気がする。
「女は黙ってろ!!殺すぞ!?」
「まったく、ぎゃーぎゃー騒ぐんじゃないぞ、ちび助」
ダラオンが即座にかみつくが臆する様子もなく不敵な笑顔を浮かべてエナは言葉を返す。
確かにエナの身長は僕よりは高いが、ダラオンよりは低いのだが・・・ものすごい挑発だな。なんと危うい女子だ。どうなっても知らないぞ・・・?
ダラオンは頭に血が上ったらしく自慢のAGIを活かして突進するが、エナは軽々と避けるどころか足をかけてダラオンを転ばせた。
「な!?っつ!!!」
頭から地面に突っ込むダラオン。振り向いた顔からは血が滴っている。
うわぁ・・・これは・・・
「ぶっ殺す!!!!!」
ぶちギレるダラオンはさらに立ち向かおうとするが、その時、ラーラさんが家から出てきた。
「お~たくさん集まってるな!」
飄々としてラーラさんが出てきたわけで、いじめっ子もいじめられっ子もすぐにラーラさんの前に集まりだす。
ダラオンと僕、エナだけがみんなと少し離れた場所で膠着状態になっていた。
え、なにこの状態。
でも、少しの間が空いてからダラオンがしびれを切らして舌打ちをして怒鳴る。
「てめぇらの顔は覚えとくからな!」
てめぇ『ら』?
「・・・え、僕も?」
巻き添えを食らった気がする。
「めんどくさいちび助だ」
ちらっとエナの方を見ると、やれやれとばかりに相変わらずの不適な笑みを浮かべている。
おいおい、そういうの、よくないよ・・・
さらに視線をずらすと、その様子を見て顔を引きつらせているダラオンが目に入った。
「な!!?てめぇ!!」
再びいざこざが勃発しそうではあったが、ラーラさんがすぐに出発すると宣言したためその場は仕舞となった。
このエナという女子・・・やたらと上から目線なんだが、どういうことなんだろうか。
ステータス的には本当にLEVが0なのかと疑いたくなるけど、そういう子もいるのかもしれないという程度だ。逸脱して強いわけじゃない。
エナという少女のことは見たことなかったけど、身なりも汚くはないから最近冒険者『見習い』になったのかもしれない。
僕と同じで親はいる可能性もある。
そんなことを思いながら、いつのまにか動き出したラーラさんにと子供達に続いて僕も移動を始めた。
・・・そう言えば、エナとダラオンたちのことに気を取られてどこに行くかは聞きそびれた。
まあみんなについて行けばわかるか。
移動中もダラオン達が何か仕掛けてくるのではないかとヒヤヒヤしていたが、案外大丈夫だった。むしろ何故だかみんな緊張している感じがする。
しばらくして、周りの様子を確認すると歩くにつれてより一層緊張感が増したような気がした。
なんだろう?
そう思っていると、なぜか外と町の出入り口である門まで来ていることに気が付いた。
ん?なんで門?
そう思っているとラーラさんは門番に何かを見せる。
門番はそれを見ると一瞬眉をひそめていたが、後ろに連れている孤児たちを見るや訝しげな表情をしつつもすぐに門を通って良いと告げた。
孤児たちにも一層の動揺が広がる。
というか僕も少し驚いていた。
冒険者『見習い』とはいえ、ラーリアの町の外へ出ることは今までなかったから当然だろう。
身分のしっかりしていない孤児には外へ出ることができないからね。
「今から外に出るけど、間違っても私から離れないように!魔物が襲ってきたら逃げきれないからね!」
「「「「はい!」」」」
みんながうなずく。
本当に外に出るのか?こんな大勢でいったいどこに向かうのだろうか。
そう思いながらもラーラさんの後をついていく。
子供たちに聞けるほど、仲の良い子供もいないしな・・・
僕は途中からは最後尾についていた。というのも、最初は街道沿いを歩いていたはずなのにいつの間にか警備目の一切届かない、道なき道を歩き始めていたからだ。
周りは荒野で、拓けた状態ではあるが、警戒の意味も込めて僕は動きやすい最後尾に着いたというわけだ。
ラーラさんが先頭を歩き、その後ろをいじめっ子集団が、さらにその後ろにはいじめられっ子たちが付いている形だ。
よって、目の前にはいじめられっ子勢がいる。そして、エナも最後尾近くをすまし顔で歩いていた。
先頭の方では、ラーラさんといじめっ子たちが楽しそうにしているのが見えた。遠足みたいだな。
その様子を羨ましそうにいじめられっ子たちは見ている。
いじめっ子たちはラーラさんを独占したいのだろう。いじめられっ子たちが近づかないように近づく者を時折睨んでいた。
「親を独り占めしたいって感じか」
「ん。言えてるぞ」
エナが僕の独り言に反応した。
ずいぶんと客観視できる子だな・・・と感想を抱いたが、別に僕とエナのやり取りは移動中これしかなかった。
それにしても、本当にどこに行くんだ?こっちには何もないはずだよな?
僕はPWKでのマップを思い出していた。
たしかにかなり先に進めば町はあるが、別の領土だしな。この速度だと3日くらいかかりそうだ。
なんというか、それまでに魔物に出くわして全滅する未来が見える。
ラーラさんのステータス的には魔物を1対1なら倒せるかもしれないけど、みんなを守りながらいくつもの魔物と戦えるとは思えないし・・・。
となると、ラーラさんの向かう場所はその他領土ではないだろう。
この辺りは僕がプレイを始めた段階ですらなにもなかったのだから、何もないはず・・・いや待てよ?例外はあるか。
イベント時に出現するエリアとかもあるのだ。もしくはもともとあったが、イベント後に崩壊して入れない状態になる建物や洞窟など、か。
僕がプレイを始めた段階でもいくつかそういうのがあったっけ。
となると、もしかすると、ラーラさんが向かっているのは僕がプレイを始める前、最初期の段階でのイベントに使われた場所か?
そんなことを考えていると、僕と同様に最後尾を歩いていたサリアがつんのめって目の前の子供にぶつかった。エナのかかとを踏んだらしい。
「ご、ごごめんなさい・・・」
「ん。足元、気を付けないとだぞ?」
謝るサリアを嘗め回すように足元から顔に至るまで眺めてから、にやっと不適に笑うエナ。誰にでも突っかかる危険な女子かと思えばそうでもないらしい。
そんな失礼なことを思っていると、30人以上連れた列が急に止まった。
「ここが目的地だ!みんなには今からここに入ってあるものを見つけてもらう!」
先頭で話をするラーラさんの横には荒野にポツンと空いた穴がぽっかりと開いていた。
なんだこれ・・・イベントでもこういうのは見たことがない。洞窟でも、建物でもない。
明らかな異質な存在感。
「これは15歳以下でしか入れない特殊なゲートだ!」
ゲート?そんな用語あったか?そもそもこんなものがあるのを聞いたことがない・・・
15歳以下しか入れないということはそもそも本来プレイヤーは入れない。
プレイヤーは皆冒険者になれる成人年齢からスタートするのだ。
てなると、これは本来のプレイヤー用のイベントではなさそうだ。え?なんだそれ?プレイヤー用じゃない?そんなものがあるのか?
「特に害があるかどうかはわかってないが、不味そうであったらすぐに戻ってくるように!」
「「「「「はい!」」」」」
みんな良い返事でラーラさんの言葉に従う。
ここまで来たからにはゲートに入らない手はないけどさ・・・
「見つけてもらうのは『刀』という物だ。剣と同じような形らしいが少し違うのは、細身で、少し反っているということだ。それを見つけて持ってきてくれればいい」
・・・刀?確かにPWKの世界でも日本刀のようなものはあったが、僕がプレイを始めてからずいぶん後になって、それこそ僕が高校に入学する少し前あたりに出たきたと思ったが・・・
いじめっ子組のうちの一人がラーラさんに話しかける。
「ラーラ!見つけたら追加で何か報酬があるんだろ?」
報酬?そんなこと、グラニーさんから聞いてないけど?
「もちろんだ。手に入れた者には追加で20万エル渡されることになっている!」
「「「「「おおお!!!」」」」」
結構高い額だな・・・孤児にそれほど渡すのか?
「みんなが戻ってくるのを待ってるよ」
「「「はいっ!」」」
そんなわけで、みんなのやる気は上々だった。
次々と意気揚々といじめっ子もいじめられっ子も関係なくゲートと呼ばれた穴の中に入っていく。
ゲートか・・・いったいなんだろう。
そう思いながらもみんなが入るのを見ていると、最後にサリアが残った。
ダラオンたちはもちろん、エナはとっくに入っていた。
「・・・く」
サリアはゲートに入るのを躊躇しているようだ。
そりゃそうだよな。
「まあ怖いよね」
「え、えっと・・・でも、お金がないと生きていけない、ですから・・・」
「・・・ラーラさん。この中に入らないと報酬はでない?」
「そうだな・・・この中に入った子たちだけにしか渡せないことになってるから・・・」
となると、ここまでサリアも入らないと来た意味がないか。
僕が悪者になってやるしかないか。
「よし、怒ってくれていいからな」
「え?えぇ!??」
僕はサリアの背中を押して穴に落とした。一応強すぎない程度に押したから怪我はしてないと思うけど、どうなのかはわからない。
「これで、サリアが戻ったら報酬は出る?」
「そうね、君は他人を思える人間だな」
やれやれとばかりに苦笑を浮かべるラーラさん。
「それほどでもない。ここまで来たら公平公正にみんな一緒に報酬をもらいたい、ということで」
「そう」
それだけ伝えると、僕もゲートの中に飛び込んだ。
これが、この世界に来て初めての僕の初めてのダンジョン入場だった。
層願うのであった。