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鬼狩り‐オニガリ‐  作者: 望愛
1/1

◇壱【白髪ノ少年】


―――古来より人々は人を喰らう“(おに)”と云う存在に脅かされていた。

 度重なる戦や飢え、地震、津波といった天災。それら全てと並んで、鬼は人々にとって恐怖そのものであった。鬼の前で人は無力。為す術もなく、喰い殺されてしまう。まさに()()とも呼ぶべき存在。


 それが、“鬼”。


 だが、そんな鬼を狩る強者達が現れた。

 特殊な武具や術を用いて、凶悪な鬼の手から無力な人々を守護る者。


 人々は彼らを、いつからか鬼を狩る者―――通称“鬼狩り(オニガリ)”と呼んだ。

 彼らもまた“鬼”にとっての()()なのである。


◇壱【白髪ノ少年】


 【火ノ国】と【水ノ国】を繋ぐ大きな街道。

 ここを往くは行商人や旅人、飛脚といった者達だ。それぞれが己の目的地へ向けて歩を進め、それなりに人通りはあるので、そんな彼らを狙って街道に沿うように茶屋や旅籠がいくつか建てられ、それなりの繁盛している様子であった。

 そして、この物語の主人公、鬼道丸(きどうまる)もまた長旅の疲れを癒すべく、茶屋にてしばしの休息を取っていた。


 色の抜けたような白髪頭に身に包む装束も白一色、腰に差す一振りの刀も白拵という真っ白な見た目をしている彼はどこにいても目立つようで、街道を往く者達や茶屋に立ち寄った客たちの視線を独り占めにしていた。

 加えて、足には下駄を履いており、街道を歩けば、カランコロンという独特な音を響かせるので、目立つったらありゃしない。

 ここで食い逃げでもしようものなら、どこまで逃げてもお縄に掛かることだろう。

 とはいえ、鬼道丸の所持金は残り少なく、あと串団子一つ頼めば食い逃げするしかなくなってしまう。

 本来ならばあんみつを頼みたい所であったが、鬼道丸はぐっと我慢し、熱い茶と二本の串団子を注文して、空腹を紛らわせることにした。


「はい。お待ち」

 年若い店子がお盆に載せた湯飲みと串団子を持って不意に鬼道丸の横に現れると慣れた手つきで素早くそれらを彼の傍らに置いていく。

「ありがとうございます」

 鬼道丸は礼を言って、置かれた熱い茶の入った湯飲みを持つと少しだけ口をつけた。

 そんな鬼道丸の様子を空になったお盆を抱えたまま興味深げに見詰める店子。その視線に気づき、ふと顔を上げた鬼道丸は「な、何か?」と困ったように問う声を投げ掛けた。

「あ、いえ。珍しい装束を着てるもんだから、つい…それに、その腰のモノ…もしかして…」

「あぁ、これですか?“鬼斬刀(おにきりがたな)”ですよ」

「やっぱり!ってことは、お客さんは鬼狩りさんですか?」

「…えぇ、まぁ…一応…」

 歯切れ悪く答えたものの、店子にとっては関係のないことのようだ。

 くっきりとした瞳を輝かせ、「私、鬼狩りさんに会うの初めてなんです!」と嬉しそうに言った店子が子供のような笑顔を見せる。

「え、でもこんな大きな街道に店を構えて居たら、【四大国】の鬼狩りくらい通るんじゃ?」

「いえいえ!ここら辺は有難いことに平和なもので、ここ数年は鬼被害が出てないんです。だから、鬼狩りさんも滅多にいらっしゃらなくて。しかも、お客さん私と年もそう変わらないのに鬼狩りされてるなんて、凄いです!尊敬します!」

 無邪気な笑みを浮かべながら鬼道丸に迫る店子。

 可愛らしい顔立ちをしており、立ち振る舞いにもどこか品がある。

 余程この茶屋で人気があるのだろう。彼女の背後に座る他の客達は湯飲みを啜りながら、鬼道丸に睨む目を向けていた。

 居心地の悪さを感じる鬼道丸に対して、目の前の店子はそんなことなどお構いなし。

 仕事そっちのけで「鬼を退治したことはあるんですか?鬼ってどんな見た目なんですか」などと質問責めにしてくる始末。


 そうこうしているうちに、業を煮やした他の客の一人がずいと席を立って、鬼道丸の許へと歩み寄ってくる。

 鬼道丸より一回りも大きな背丈に、禿頭に古傷の残るイカつい巨漢。不細工な面には苛立ちを湛え、その男が一歩足を進めるたびにズンズンと地面がわずかに微震する。そして、背後には簡素な衣に身を包む男二人を付き従えていた。

 見れば、それぞれ腰には粗末であるが一振りの刀を差している。

 おそらくここらを根城とする“野良狗(のらいぬ)”の一派だろう―――【元老院】に鬼狩りと認められず、無許可で鬼を狩る流浪者の総称。

 主に用心棒や賭博で生計を立てる彼らは金に汚く、粗暴な者が多いことから近隣の人々からの評判は悪く、敬遠されるような存在だ。

 厄介事になりそうな雰囲気を醸すその男衆を見遣り、鬼道丸は内心ため息を吐きながら、皿に載った串団子を手早く掴み、手遅れになる前に一気に頬張った。

「リンちゃんリンちゃん。俺の注文も取っておくれよ。」

 熊のように大柄な体躯をよじらせ、店子に不気味な笑顔を見せた大男が不意に鬼道丸へとわらじのような大きな顔を振り向けると、「こんなガキの相手なんてせずによぉ」と低い声を響かせる。

「おい、ガキ。目障りなんだよ、とっとと立ち去りな。怪我ァしたくないだろう?ん?」

 もぐもぐと頬一杯にだんごを詰め込んでいる鬼道丸の間抜けな顔を覗き込み、大男がニタリと黄色く汚れた歯を見せながら笑う。その背後では子分らしき男らがケタケタと同じように嗤って、「そうだ。消えちまえ」などと煽っている。

「ちょっと。熊次郎さん!鬼狩りさんに失礼ですよ」

 常連なのか、リンと呼ばれた店子は臆することなく大男に食って掛かり、彼の前に立ち塞がった。

「おいおい、こんなガキの肩を持つのかい?全身真っ白の間抜け野郎だぞ?その腰の刀もホンモンかどうかも疑わしいぜ。ほれ、何なら抜いてみな。ガキんちょ」

 店子が立ち塞がっても熊次郎と呼ばれた男の巨体の前では意味がない。

 熊次郎はなお鬼道丸を挑発するようにニタニタと下衆た笑みを浮かべ、ふと鬼道丸の腰の刀へと手を伸ばした。

「何なら俺が確かめてやる。ごっこ遊びはお(うち)でやんな…」

 毛むくじゃらの丸太のような腕が伸び、鬼道丸の腰に差す刀の柄へと近づいていく。―――その次の瞬間であった。これまで椅子に腰掛けていた鬼道丸の姿が忽然と消え去り、ふわとわずかに風が吹いたかと思うと、熊次郎の巨体は空中で半回転し、ドスンとそのまま地面に倒れ込んだ。

 あまりに一瞬の出来事にそこにいた者達は一同、何が起こったのかを理解できず、呆気に取られることしかできない。

 気付けば、大量の土煙を巻き上げて地面に倒れ込んでいた熊次郎、そしてその傍らにはいつの間にか鬼道丸が悠然と佇んでいた。

 純白の羽織を風になびかせながら、鬼道丸は静かに熊次郎を見下ろす。

「僕の刀に触れるな」

 鬼道丸は先ほどまでとは別人のような気配を纏い、有無を言わせぬ威圧を以て低い声を響かせた。

「次はない。さっさと立ち去れ…“野良狗”」

 殺気にも似た鋭い声音を発し、鬼道丸は鈍い光を宿す眼で無様に倒れ込む熊次郎を睨み据える。

 もはや熊次郎とこの子分たちにこの場での立つ瀬はない。怯え切った様子で鬼道丸を見上げる熊次郎は腰が抜けたのか、子分たちの手を借りてようやく立ち上がると、「ヒ、ヒィイ」と情けない声を上げながら脱兎の如く雲一つない晴天の街道へと消えていった。


 静まり返る茶屋。先ほどまで賑やかな雰囲気であったはずの店内は今やお通夜のように静かだ。

 そんな店内を見渡し、「あ、あの…お騒がせしました…」と居心地悪そうに会釈した鬼道丸は先ほどとは打って変わって、ペコペコと頭を下げながら、己が座っていた椅子に代金を置くと、そのまま足早に茶屋を後にした。

 立ち去る彼の純白の背を目で追う茶屋の客達、そのうちの一人がぼそと「何者だ、あの子…」と呆けたように呟く。

 そして、それに対して店子は期待と高揚感を湛えた眼をキラキラと輝かせながら、「鬼狩りですよ」という一言を口にし、次にぐるんと踵を返して、店の奥で同じようにきょとんとした表情を浮かべる店主を見遣った。


「これまでお世話になりました。私、今日でここ辞めます!ありがとうございました!」

 ぺこりと丁寧にお辞儀をすると、持っていたお盆を放り投げ、結っていた髪の簪を引き抜いて青みがかった艶やかな髪の毛をさらりと流す。

「待ってよ、鬼狩りさぁん」

 そのままリンは迷うことなく鬼道丸の後を追って街道へと駆け出して行った。



―――◇壱【白髪ノ少年】 完

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