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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第1章 群衆を築く妖刀
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第7話 群集を築く妖刀

 その後志具たちは、マリアの屋敷を後にした。あまり長居しても、変に気を遣わせるだけだ。――そんな志具の考えがあったためだ。


 道中でなずなと別れ、志具たち三人は家路に着く。


 家に着き、夕食を済ませた後、志具はななせたちに、マリアのことを話した。一通りの話を聞き終えたななせの表情は深刻な色を見せていた。


 しばし考える時間を要し、その後ななせは、溜息とともに言葉を吐く。


「……まあ、今更どうこう言ったところでどうにもできないことだな」


「そんな……。なにか方法はないのか?」


「ない。『村正』を持っている輩をどうにかしない限りは、マリアは操られる可能性が十分にあるだろうな」


 要は、一刻も早く犯人を捕まえないといけないということか……。


 手がかりなしの状況である以上、その現実は非常に重たいものとなって、志具の背にのしかかった。


 深刻な空気が、場を満たしていた――――そのときだ。


「――っ! 誰だ!」


 ななせが家の庭のほうを振り向いて鋭く叫ぶ。


 つられるように志具もそちらに視線を送った――瞬間、パリイイィィンと庭へと続く戸のガラスが割れた。


 ななせが志具の前にすばやく立ちふさがる。――と同時、


「――来いっ! 桜紅華(おうこうか)!」


 短い叫びとともに、ななせの右手が鮮やかな緋色の炎が発生、まとわりつく。炎は流体のようにうねりながら、ひとつの剣へと姿を変えた。


 半透明の緋色の刀身が中で炎が陽炎のように揺らめいているそれを顕現させると、ななせは正中線で構える。


 志具は知っている。あの剣を。自分を助けてくれた時に使っていた、あの魔剣だ。


 鋭い気迫に満ちた眼差しを向ける先に、ガラスを割った張本人が姿を現した。


 二十代前半の大学生と思われる男だった。片手には日本刀を所持。日本刀の形状から、昨日自分に襲いかかってきた男の人がもっていたものと一緒だということがわかる。どこを見ているのかもわからない虚ろな眼をしているあたり、どうやらこの人も、『村正』に操られているのは間違いない。


「どうやら向こうから仕掛けてきたみたいだな」


 言うや否や、ななせは一足飛びで相手との距離を詰める。それはまるで疾風。狙う相手がまだ定まっていない相手に、ななせは剣での一撃を叩きこんだ。


 どてっ腹に一撃を受けた男は、そのまま塀に叩きつけられ、ぴくりとも動かなくなる。意識を失った男の手から、『村正』の影打が霧のように消え去った。


「呆気なかったな」


「いや、まだだ」


 庭に飛び出したななせは塀に跳びのり、厳しい視線を遠くに向ける。


 視線の先にいたのは――人、人、人。


 道を塞ぐように人という人が志具の家に向かってきていた。主婦やサラリーマン、高校生に大学生……。そのいずれも、手には『村正』を所持していた。


「ここから逃げるぞ、志具! 菜乃!」


 緊迫に満ちたななせの声に二人は従う。靴を履き外に飛び出すと、『村正』の操り人形となった人たちが波のようにこちらに進行して来ているのが見て取れた。


 思わず背筋に寒気を感じる志具。相手の狙いは間違いなく自分だということを、はっきりと思い知らされた気分だった。


「反対側から逃げるぞ!」


 ななせのその言葉に、一行は従う。


 人の波が向かってくるのとは反対側は、対照的に人っ子ひとりいなかった。


 誰もいない閑散とした道を、志具たちは疾走する。


「それにしても、どうしてまた急に仕掛けてきたのでしょうか?」


「さあな。敵さん、もしかしたら焦っているのかもしれないな」


 菜乃の問いかけに、ななせはそう答えた。


 そう彼女が考える理由を、志具は薄々勘付いていた。


 今まで自分の手足として使ってきた駒が、昨日志具の手によってひとりとはいえ無効化されたのだ。自分の駒が潰されるなんてことが今までなかっただけに、相手にしてみれば想定外の出来事だったに違いない。


「……もしくは、今まで私の居場所が知らなかったから、今までは単純に攻められなかったからとか」


「んで、攻められる準備が整ったから仕掛けてきたとかな――――おっと」


 先頭を走っていたななせが、急停止する。


 見れば前方から、日本刀をもった人たちが、こちらに向かってきていた。後ろから追ってきているとは、また別の部隊のようだ。


 いつまでも棒立ちでいるわけにはいかない。逃げ道を塞がれる前に、ななせは迅速に決定を下す。


「こっちだ!」


 ななせはガラ空きになっている道を選択し、そちらに向かって再び走る。


 ふと見ると、菜乃の表情が苦しそうだった。無理もない。なにせここまで全力で疾走しているのだ。見た感じ彼女は運動があまり得意そうではない。持久力のほどを考えると、そろそろ限界なのだろう。


 どこかに隠れて、休む必要があるな。


 そう思う志具だが、簡単にそう実行に移すわけにもいかない。――というのも、志具は薄々勘付いていた。


 敵が、こちらの逃げる道を予測して自分の配下の者を配置していることに。


「――万条院。これはもしかすると――」


「お前の言いたいことはわかっている。だがこうするしか方法がないだろ!」


 うまい具合に誘導されている、と志具は言いたかったのだが、ななせはどうやらそれを知っていたようだ。


 敵の罠に、あえて乗らなければならない、か……。


 その先に何があるか予測できないのが、たまらなく気味が悪かった。敵の手のひらの上で踊らされていることが、こんなにも屈辱的だとは……。


 やがて志具たちは、住宅地からやや離れた場所にある廃病院にやってきた。


 夜の廃病院というものは、現代に生きるダンジョンのような不気味さがある。人為的なものか自然になったものかはわからないが、窓ガラスのほとんどは割れており、建物自体も老朽化が進んでいるようで、建物を覆うように壁に蔦がはりついていた。


 敷地内に入り、乱れた息を整えようと息を吸う一行。


 パチパチパチ……。


 そのときだ。志具たちを歓迎するように、静まり返っていたその場にひとり分の拍手が響いたのは。


 一瞬にして張り詰めた空気になる。ななせは魔剣『桜紅華』を構え、周囲を警戒する。


 志具も目を動かし、どこから拍手の主が現れるか、気をつける。


 やがてだ。拍手をしながら、深く暗い病院の中から人影が現れたのは。


「――――えっ?」


 志具は驚愕に目を見開く。それはななせや菜乃も同様だった。


 雲に隠れていた月が、その人物の姿を明るく照らし出す。


 栗色の髪に小柄な体躯。人懐っこそうな、小動物のように可愛らしい容姿……。


「……な……ずな……」


 名前を口にする志具。


 自分の後輩が現れた衝撃で、志具は思考が停止した。それは、目の前の事実を認めたくない、という現実逃避の気持ちがあったからかもしれない。


 なずなは「あはっ♪」とこの場の雰囲気に不釣り合いな朗らかさで笑うと、


「こんばんは。先輩さんったらいけない子ですね~。こんな夜中に外に出歩いて……許婚さんと真夜中デートですか~?」


 いつもの調子で訊いてくるなずな。


 真っ先に我に返ったのはななせだった。


「そうしたかったのも山々なんだけどな。生憎とそうさせてくれない輩がいてな」


「へぇ~。そうなんですか? そういうお邪魔虫さんって、いつの世にもいるものなんですね」


「まったくだ。あたしらの仲を羨むのは勝手だが、邪魔はしないでもらいたいものさ。最近では、あたしら二人を切り離そうとしているやつもいるみたいで……嫉妬はホント、醜いねぇ」


「でしたら、ボクが協力してあげましょうか? 二人きりで旅行できる場所に、案内してあげますよ?」


「気持ちだけもらっておくよ。旅行のプランは自分で決めたい性分だからな」


 校舎の屋上で語らいあっていたときと同じ調子のななせとなずな。


 だが、二人の間にあったのは、ピリついた空気。全身の毛が逆立つような、緊迫とした雰囲気だった。


 二人の会話がひと段落した後に、静寂が訪れる。


 朗らかな微笑みを口元につくっていたななせとなずな。ななせはふぅ、と一息を吐き、瞼を閉じる。


 空気を吸い、瞼を開けたななせの表情は一転、刃物のような鋭さをもっていた。


「単刀直入に訊こうか。――この町で起きている辻斬り事件の犯人はお前だな?」


「はい。そうですよ」


 一切オブラートに包まずに放ったななせの一言。それになずなは、あっけらかんと認めてみせた。


「志具を殺そうとしているのも、お前だな?」


「そんなこと、言わなくてもわかってるでしょ? 許婚さん」


 それはすなわち肯定を意味していた。


「……なずな、どうしてだ? なぜ事件を起こしたり、私の命を狙うんだ?」


 自分の後輩が事件の元凶であることにショックを受けていた志具だったが、いつまでも頭の中を真っ白にしているわけにはいかない。


 志具は意を決して、彼女に問いかけをした。


「そうですね~。まずは辻斬り事件のことでも話してあげましょうか」


 なずなは訥々と語り始める。


「その様子だと先輩さんたちは、今回の事件を独自に調査していたんでしょ? だったらわかってるとは思いますが、ボクのもっている『村正』は、斬った相手の血液を吸って、自分の操り人形とすることができるんですよ。特に重要なのは血のほうでですね、駒を使って人間の血をボクの『村正(オリジナル)』に蓄えて、それを少し実験に使おうかなって思っているんですよ」


「実験? いったい何のだ?」


「――『至高の叡智(アカシック・レコード)』」


 その言葉に反応したのは、ななせだった。


「『至高の叡智』だと? まさかお前、そのための(にえ)に、人間の血を使おうとしているのか?」


「ご名答です。……ですが、全然足りません。本当はもっと……数十万人分くらいの血がほしかったのですが、最近ボクの計画を邪魔するような人たちが出てきたものでして……。――そこで考えました。計画を完全に頓挫する前に、お邪魔虫さんにこちらから仕掛けることにしよう、とね」


 なずなは廃墟の出入り口を一瞥する。見ればそこには、志具たちをここにおびき寄せるために使った人々が、続々と集合しつつあった。


「そいつらをあたしらに吹っ掛けるつもりか?」


「それもいいですけど……もっと重要なことに、この人たちは使うつもりですよ」


「……まさか、『至高の叡智』にたどり着くための生贄に?」


 信じられない、とばかりの声色のななせに、なずなは平然と答える。


「そうです。血だけでは足りないので、いっそのことこの人たちの肉体と魂を、足りない分の代償とします」


「そんなこと……赦されるわけがないだろ! 仮にこの人たち全員を生贄にしても、『至高の叡智』にたどり着けるとは限らないのだぞ!」


「ですが、やってみる価値はあるでしょ? ……良いこと思いつきました。いっそのこと許婚さんたちを死なない程度に痛めつけて、『至高の叡智』の生贄にするのも、悪くないかもしれません。魔術師としての素養はだいぶ高いようですし、何百人分かの魂の代わりになるでしょうね」


 なずなの目は本気だ。目的のためには手段を選ばない。――そう彼女の眼は語っている。


「先輩さんを殺すのも、やっぱりやめます。殺す代わりに、生贄になってもらいますよ。そうすればボクの目的の両方が、一気に片付きますしね。ましてや先輩さんは、『至高の叡智』に最も近づいたとされる真道誠(まこと)の息子。魔術師としての素養も十分にあるでしょうし、さぞかしいい生贄になってもらえるでしょうしね」


 なずなはそう言うと、腰からさげている鞘から、刀を抜いた。幾千幾万もの人々の血を吸い、魂を削った妖刀――『村正』を。


 鋭利な金属質な光を帯びた刀身。今まで人々を斬ってきたわりには、まるで新品のような輝きをもっていた。ひとえに所有者の管理が行き届いているのだろう。


 手になじませるように、なずなは数度、無造作に虚空を斬るモーションをしてみせる。そして満足そうに頷くと、


「――では、恨まないでくださいね。皆さん♪」


 直後、なずなとななせが衝突する。


 彼我の距離のちょうど中心で、ななせの『桜紅華』となずなの『村正』が交差した。


 響く金属音。夜闇を一瞬照らす火花。


 鍔迫り合いをする両者。互いに額がつかんばかりの至近距離。


「あはっ♪ さすがですね、許婚さん。さすがヒヒイロカネから造った魔剣に選ばれただけはあります」


「こっちのことはリサーチ済みってわけか? 馬鹿そうに見えて意外と用意周到なんだな」


「そりゃそうですよ。そうでなくちゃ、この世界は生きていけません――」


 なずなはななせを力づくで押し、その反動を利用して後方に下がり、距離をとった。――が、ななせはそれを許さない。


 押されたことで一瞬ひるむものの、すぐに体勢を立て直し、突きの構えでなずなに突撃するなずなは地に足をつけるや否や、刀を前方に一文字にして正面に突き出す。ななせの魔剣が妖刀に触れた瞬間――、


 なずなは身を半身に逸らし、刀の刀身側を傾けて、突きの勢いを逸らした。


 受け止めるかと思わせて、受け流すその方法に、ななせの片眉が動く。


 ななせはとっさに、『桜紅華』を横殴りに振るった。突きから一転させた脇からの斬撃。やられると身体がうまく反応できないそれを――なずなは止めた。


 突きを受け流した刀を、とっさに地面と垂直になるように構えて。


 刀身と刀身が交わる。ななせの想像以上の力になずなは踏ん張りがきかずに地面を滑る。止まったところで体勢をすかさず直すと、さらにななせが肉薄してきた。


 ななせの攻撃方法は、さしずめ烈火のごとくだった。


 炎のように激しく、一度火が付いたら止まろうとしない。


 ひたすら相手に肉薄し、相手に体勢を立て直す時間をとことんまで短く、可能ならばゼロにさせる。


 そして相手が攻撃に転じてくると、空を舞う蝶のように回避する。


 まるで舞踏。そう志具に思わせるほどに、ななせの戦い方は鮮やかであり、果敢さを感じさせた。


 二人の攻防を菜乃とともに見守っていた志具だったが、


「……どうかしたのか、花月」


 菜乃の表情が浮かないことを知り、志具は彼女に言葉をかける。


 突然言葉をかけられた菜乃は、一瞬驚きを見せたが、すぐに元の表情に戻ると、


「いえ……。ななせ様、あのように戦って、最後までもつかどうか、不安で……」


「どういうことだ?」


 ななせとなずなの戦いを見たところ、勝利の分はななせにあるように思える。実際なずなは、ななせの間髪なき苛烈な猛攻に、ひたすら防御に回っている状況だ。


 志具の疑問に、菜乃は答える。


「『桜紅華』です。あれは主に、所有者の能力を数倍に向上させるブースターのような役割をするのですが、代わりに主から膨大な魔力や体力を吸い取るんです」


 なるほど。まるで炎のような戦闘スタイルとは、あながち間違っていないようだ。


 ガソリンを注いでいる間は、それに見合うだけの馬力を出せるが、ゼロになれば動きを停止してしまう。


 だけどそんなことは、考えてみれば当たり前のことだ。本当に重要なのは、そんな彼女の言葉に隠された、裏の情報――すなわち、真に伝えたい事柄だ。


 菜乃は要するに、『桜紅華』の力を、まだ十分に扱いきれてないということを暗に言いたいのだろう。――それが、志具が思考し、得たものだった。


 『桜紅華』を使って、ななせの剣術の腕まで向上するかどうかは、志具にはわからない。だが、ななせの戦いぶりを見る限り、彼女の戦闘能力のほどは相当なものだ。常人が為せる動きの域を超えていると言ってもいい。


 それはなずなも同様なことが言える。ガードに回ってばかりいるなずなだが、ななせの烈火のごとき攻撃に対応できているのは見事としか言いようがない。


 二人の間に割って入るのは、自分たちには無理だ。


 そう結論が出ている以上、志具と菜乃はただただ繰り広げられる剣舞を見守ることしかできなかった。

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