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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第2章 銀腕の戦士
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第5話 海上都市――エデン――

 エデンは、日本国内だけでなく、世界からも注目されている、海上都市だった。


 海を埋め立てて造られたものではなく、エデンは「海に浮いている」のだ。エアポートの中には、こういった海上を浮いている人工島も珍しくはないのだが、エデンのような人が居住し、高層ビル群が立ち並び、さらにテーマパークなどがある人がたくさん寄り集まるような海上浮遊人工島は、世界中を探してもここにしかない。


 波の影響を受けないように特殊な技術が施されているようだが、それは外部には一切漏れていないらしい。徹底的な情報秘匿がなされており、エデンの高度な科学技術を外に持ち運ぶのは、現在まで一度としてないのだ。


 そうした徹底した情報の隠ぺいが可能になっているのも、すべてはエデンの高度な科学技術のたまものだった。


 実現は現在の技術ではまだ不可能とされているはずの量子コンピュータによる高度な演算、それによって可能となった、外部からの情報解析が事実上不可能となった情報の暗号化。


 エデンを行き来するのが可能なのは、物資の輸送船と新幹線しかないのだが、それらにもエデンオリジナルの特殊なセキュリティによって、不審者が侵入することができなくなっている。噂によると、エデン行きの新幹線に細工がしてあるとかなんとか。なんにせよ、それは憶測の域を出ていないので、信用するに値しないことだった。そもそも、そんなことをすれば、新幹線の管理者がすぐにわかるはずなのだから。


 輸送船のチェックも厳しく、エデンから許可を受けていない船は、そもそも近づくことすら許されていない。仮に余所の国がエデンの情報欲しさに不法入国を果たそうとするものならば、命はないと言われている。嘘か本当かわからないが、外国のスパイがエデンに侵入したが、その後の連絡が一切取れていなかったりするらしい。そんなことをされれば日本に抗議もしたくなるが、如何せん不法入国をしている上に、情報を盗み出そうとしていた身分なので強くも言えないのだとか。どこまでが本当なのかわからないが。


 そういう陰の部分があるエデンだが、表向きにはまさに夢の世界だという。


 原理が全く不明な不可思議な掃除ロボットにコミュニケーションロボット。


 エデン内を移動するのに便利なリニアモーターカー。


 大きなショッピングモール内部の移動に、エレベーターの代わりとして試用運転されているものとして、トランスポーターというものがある。エレベーター内部程度の大きさで、その中に入り、目的地を設定すると、一瞬でその場所に移動できるというものだ。


 その他にも、色々と超技術があるのだが、挙げ出したらキリがない。


 ただひとつ言えることは、この海上都市は色々な意味で、明らかに「浮いている」ということだ。


 だが、それが同時に、人々を魅了してやまないのも事実であった。かくいう、志具たちもそうである。


 新幹線からおりた一行は、階段を下り、新幹線の改札口へと向かう。エデン駅構内は広く、人でごった返しており、人混みがやむ気配は微塵も感じられない。東京駅といい勝負だった。


 ただ、それなりに慣れ親しんだ土地での出来事と、見慣れない土地での出来事では、同じ出来事でも衝撃の度合いが違うというものだ。それは、旅行をしているという空気感も、それなりに関係しているのかもしれない。


 新幹線の改札口を出、続けて案内板の指示に従って歩いて行くと、目的の改札口へとたどり着いた。エデン駅の改札口は三つあり、西口、東口、北口がある。志具たちが通過した改札口は、北口だった。


 北口は、最も人の出入りが激しい出入り口だ。というのも、北口はエデンの北から南へと続くメインストリートへと繋がっているためだ。


 エデンの都市は、メインストリートが都市の中心をまっすぐ突っ切っている。そして、都市の中心で、東から西へと一直線に繋いでいるメインストリートと交差するようになっている。上空から見れば、メインストリートが十字に見えるようになっている。


 そうして、メインストリートを北へとまっすぐに突き進んでいくと、エデンの目玉でもある巨大テーマパーク――グエディンナがある。


 ……が、そちらに向かう前に、まずはするべきことがある。


「まずは荷物をホテルに預けに行こう。手荷物は少ないほうが動きやすいからな」


 志具の提案に、女子三人に異論はないようだ。


「ふふふ……。ついに始まるんだな。志具とあたしの、ハネムーン旅行が」


「始まらんからな」


 即座に返す志具。しかし、ななせの耳には届いていない。


「日中は外を出歩き、互いの好感度を高めあい、イチャラヴを衆目に存分に見せつける。そして夜は、好感度MAXの状態で二人でベッドイン! 志具の花火を、あたしの中に打ち上げ――」


「ち、ちちちちちちょっとちょっとななせさんっ!」


「ん? どうした~? マリア」


 ななせがマリアを見やる。マリアは顔を真っ赤にさせて、口を酸欠状態の金魚のごとくパクパクさせていた。身体も小刻みにプルプルと震えている。


「こ、ここ、こ……公衆の面前でなに言ってるの! は、破廉恥だよぉ!」


「破廉恥とは失礼なやつだな。欲望に忠実と言ってくれ」


「……それは、表現としてまともになっていると言っていいのか?」


 呆れ気味につっこむ志具。そんな志具の肩に肘をかけ、ななせは妖艶な流し目を彼に向けると、


「志具も、期待しているだろぉ? 自分が、脱童貞できることをさ」


「してない! どうして君は、そういうことしか考えられないんだ!」


「許婚だからだ!」


 ドヤ顔のななせ。


 だが、


「いや! まるで意味がわからんぞ!」


「わかるように努力するんだな」


「努力してもわからんわ!」


 と、ここで志具は周囲の視線に気がついた。


 ここは人の出入りが激しい北口。行きかう人々が何事かと、志具たちに奇異の眼差しを向けている。


 ――くっ……。どうして私がこのような目に遭わねばならんのだ!


 目立つのが苦手な性分の志具は、羞恥に頬をやや朱色に染め、無言でキャリーバッグを引きずって、その場から離れようとする。


「志具~。行き先はそっちじゃないぞ~」


 背後からそんなななせの声。それはどこか志具を、からかっているような声色だった。


 志具は無言で舵を取りなおすと、今度こそ目的のホテルを目指して、はや歩きをするのだった。






 そんな彼の後姿を見て、微笑ましさと意地悪さを混ぜたような笑みをつくるななせと、そんな彼女を見てご機嫌な様子の菜乃。そして、幼馴染みの何気ないドジっぷりに萌えを感じていたマリアだった。



――◆――◆――◆――



 エデン駅北口。


 島への出入りがこの駅でしかできないということもあり、雑踏がすさまじい。


 まるで、蟻の大群を眺めているようだ、と少年は思う。


 その少年は、噴水の傍に設置されているベンチに座っていた。


 黒髪は見栄えがする程度にはねさせている。鼻は高く、顔立ちはワイルドさを醸し出したような、肉食系のそれだった。だが同時に、人によっては不吉な剣呑さを感じさせる何かもあった。


 鋭利な刃物を思わせる切れ長の目。その視線の先には、言い争いをしている少年ひとりと少女がひとり。そして、その連れだと思われる少女二人の姿があった。


 そんな四人を、少年は遠目で眺めている。


「へぇ……。あいつがそうか……」


 ぼそりと、少年は呟いた。


 旅行会社から個人データをとあるルートで入手し、彼らが今日、ここに来るのを、少年はあらかじめ知っていた。新幹線がここに来るまでの橋に設置されている、エデン製の個人識別をするスキャンでも、それは確認が取れていた。


「あの人たちがそうなの? イザヤ君」


 少年――イザヤというらしい――の隣に座っていた、日傘をさしている少女が尋ねる。


 腰まで伸びている長い灰色の髪は、陽の光を浴びて銀色に光っていた。さながら銀糸のように。


 瞳はルビーのように丸く綺麗で、肌は色白だ。やや幼さが残った可愛らしい容姿で、抱き締めれば折れてしまいそうなほどに、体躯は華奢だった。


 そんな少女の疑問に、イザヤは確信をもった声で返答する。


「ああ。間違いねぇよ、まひる。あいつが、あの真道の息子だ」


 へぇ~、と少女――まひるは視線を四人に向ける。


 公衆の場だというのに、騒々しく言い争っている。周囲の人たちの好奇心の眼差しに、気づいていないようだった。


「……なんか。女の子をいっぱい連れてるね」


 鈴の音のようなまひるの声に、あきらかな嫌悪の色が滲んでいた。


「好色家なのかもな。さすがは、王の剣の所持者といったところか」


 皮肉混じりに言うイザヤ。もっとも、当人が聞けば、猛反発しかねないが。


 眉根を不快に寄せるまひるは、


「む~。だらしがないなぁ。せめてひとりに絞りなよ」


「そういうな。王様っていうのは女好きが多いんだよ。女の数が、己の力の大きさのバロメーター的な役割を果たしているのさ」


「そういうものなの? それにしたって前時代的だよ」


「前時代でもなんでも、見た目的にわかりやすいだろ。力ってのは、振るわなけりゃその程度がわからねーものだからな」


 と、イザヤ。


 だが、人によっては、その力をひた隠しにするものもいる。いざというときにならなければ、力を見せない者が。


 能ある鷹は爪を隠す、というやつだ。そういう人間は、見てくれでは決して判別がつかない。巧みに鋭利に研がれた己の爪を隠し抜き、油断をしている者の首に突き立てようとする。そういう力を行使する者は大抵、尊敬の念を抱かれるか、侮蔑の対象とされるのかのどちらかになる。


 要は力の使い方が問題なのだ。どんな力も、使い方次第では毒にも薬にもなる。そのさじ加減が、善人か悪人かの違いなのだと、イザヤは思っていた。


「どうするの?」


 どうするの、とは、四人に対してどのような対応を取るか、という意味が含まれている。


「今はまだ、手はださねぇさ」


 と、イザヤは言う。


 この海上都市は観光都市としての側面が強いということもあり、人の波が日中はとにかく絶えない。こんなところでドンパチを繰り広げれば、騒ぎになるのは確実だ。いくら情報が外に流れないように超高度な情報操作・秘匿・機密制度がこの都市に敷かれているとしても、限度というものがある。


 上層部の人間たちからも、それは耳にタコができるかと思うほどに忠告されたことだ。


 それに、とイザヤ。それを抜きにしても、標的とは無関係な人間を巻き込むのは、彼の矜持に反するものだった。


「やるなら――夜だな」


 そう。自分たちが行動するとするなら、それは夜。


 他人の邪魔が入らない場所までターゲットをおびき寄せ、そこでお手合わせ願うことにしよう。


 そう考えるイザヤ。……だが、問題はそれを、やつが許してくれるかだ。自分たちが手を出さないことをいいことに、横槍を入れてくる可能性は、十分にある。


 そのときは、どうするか……。


 四人を視界にとらえたまま、イザヤは己の考えを纏め上げていく。


 やがて得た結論。それにイザヤは、口元を緩ませる。



 ――まあいい。俺は俺のやり方で行かせてもらうさ。




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