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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第2章 銀腕の戦士
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第4話 新幹線の車内で

 夢の中から、意識が現実へと浮上する。


 薄らと瞼を上げるマリア。視線の先には新幹線の窓。そこには高速で景色が流れていた。


 どうやら自分は眠っていたらしい、とマリアは知る。普段、休日は平日よりも長く睡眠をとっていたので、その分のつけが新幹線に乗ったときにやってきたらしい。


「起きたか、マリア」


 聞き慣れた、自分が想いを寄せている少年の声を聞き、マリアは「ふぇっ!?」とパチリと、瞬間的に目を開ける。


 自分の席の隣を振り向くと、そこには、


「し、……しし、志具、君っ!」


 わたわたと慌てふためくマリア。自分の顔が熱くなるのが、否応なしにわかった。


 ……自分のうたた寝姿を見られてしまうだなんて……。


 何という失態……っ! と、マリアは自分の行動を恥じた。


「マリア、話すときは静かな声じゃないと、周りの人に迷惑だぞ」


 その様が滑稽に見えたのか、それとも微笑ましく感じたのか、クスッ、と笑みを漏らし、志具がそうマリアを注意する。


 まるで親が子供を優しく叱るような口調に、マリアはますます顔を赤らめる。


 意識が覚醒するとともに、マリアはここまでの経緯を思い出す。



――――◆――――◆――――◆――――



 新幹線の改札を抜け、広いロビーで待機していると、ふとななせが言いだしたのだ。――「志具の隣の席をかけて勝負しようじゃないか!」と。


 突然のななせの提言に、マリアは一瞬ポカンとなったが、志具の隣を二時間ほどだが占有することができる、ということで、意識はそちらに傾いた。


 ちなみに、志具の隣の席のキップは菜乃が所持していた。菜乃は特に反論せず、にこにこと微笑みながら、ななせとマリアの勝負の行方を見守っていた。当事者になるより、観客でいたほうが面白そう、というのが菜乃の主張だ。


 また何か始まるのか……、と志具はげんなりとした様でななせとマリアのことを見ていたのだが、当事者たちは気づかない。


「それで、いったい何の勝負をするのかな? ななせさん」


 マリアにしては珍しく、眉をキリッと引き締める。これほどまでに気を引き締めたのは久方振りだ。


 ななせはふふ~ん、と口元を緩ませ、マリアを見つめる。


「決まってる。名付けて、『チキチキ! どちらが志具を赤面させられるか選手権』!」


 グッ、と拳をつくり、高々と天に掲げるななせ。


 そのテンションの高さに、志具やマリアはもちろん、周囲にいた人たちも何事かと視線を向ける。


 ポカン、としている一同を無視し、ななせは説明する。


「ルールは簡単だ。交互にあたしたち二人が志具に甘い言葉をかけて、赤面させたほうの勝ちだ」


「なんか……タイトルから受けるイメージそのままって感じだね」


「わかりやすくていいだろ? ――どうだ? この勝負受けるか?」


 挑発的に笑みを浮かべるななせ。


 この勝負に勝てば、自分は志具の隣をゲットすることができる。魅力的だ。マリアは、今回の旅行に勝負をかけているので、彼とより親密になるには、なによりの近道のように思われる。


 だが同時に、この勝負をすることで、志具に迷惑をかけてしまうのではないか、という懸案もある。


 う~ん、とマリアは頭を悩ませていると、


「ちなみに、勝負を棄権した場合、チケットはあたしのものになる」


「なっ……! なんでそうなるの?」


「そりゃ、菜乃はあたしのメイドだからな。メイドのものはご主人様のものだ」


「……ちなみに、ご主人様のものは?」


「ご主人様のものに決まっているだろ?」


 ひどいジャイアニズムを見た、とマリア。


 だが、これで決心もついた。マリアは一歩、ななせに真剣な表情で歩み寄ると、


「その勝負――――受けるよ!」


 志具の安寧の生活は自分が護る、とマリアは決めたのだ。ここでななせに志具の隣を渡したら……。





「し~ぐ♪」


「何だ? 万条院」


「ほら見て。富士山が見えるぞ」


「おっ、本当だな。大きくて勇ましくて神々しい……。さすが、日本を代表する山だな」


「……」(もじもじ)


「ん? どうした? 万条院」


「……あ、あたしたちも、あの富士山みたいな日本一の夫婦になりたいな……なんて……」


「……万条院……」(じっと見つめる)


「な、なに……?」


「私たちは、もうなっているではないか。誰もがうらやむパーフェクト夫婦に」


 そう言い、高級そうな小さい黒い箱を取り出す志具。


 それを手に取り、中身を見るななせ。


「こ……これは……っ!」


「これが……私の気持ちだ。――受け取ってくれるか?」


「……うれしい……。この日をどれだけ待ちわびていたことか……っ!」


 熱を帯びた目で、見つめ合う二人。やがて二人の顔は、徐々に近づき、そして――――





 ――って、ナンナンデスカアアァァ――――!!


 近くにあった柱に、頭をガンガンと打ち付けるマリア。


「マ、マリア! どうしたんだ?」


 突然の奇行に、驚く志具は、マリアを無理やり柱から引っぺがす。


 はぁはぁ、と肩で息をしていたマリアだったが、時間が経つにつれ平常心を取り戻し、身体に込めていた余計な力が抜けていく。


「……もう、大丈夫だから」


「そ、そうか?」


 本人の言うことを信じて、志具はマリアの身体から離れる。


 するとマリアが振り返り、決然とした表情を志具に向ける。


「志具君。わたし……志具君の平穏を、この勝負に勝って護ってみせるからねっ!」


 両手に拳をつくり、そう語るマリア。


「……その勝負、私の意見は当然のごとく無視されるのだな……」


 なにやら志具が呟いたようだが、彼から背を向け、ななせに振り返ったマリアには、すでに聞こえていなかった。


「さあ、準備はいいよ。ななせさん!」


 臨戦態勢に入ったマリア。


 そんな彼女を、満足そうに見つけるななせ。


「――よし。じゃあ、まずはお手本も兼ねて、あたしが先手を取らせてもらうぞ」


 言うとななせは、何かを諦めたような表情の志具に歩み寄る。


 また何か来るのか!? と、嫌な予感に身体をこわばらせる志具。


 マリアはななせが、いったい何をしでかすのか、その目に野獣の光を宿す。


「し~ぐぅ~」


「……な、なんだ?」


 甘ったるい声色のななせに、志具は明らかに警戒しているようだ。今までが今までなので、当然の反応というべきか……。


 ごくり……、とマリアは固唾を呑む。マリアがひとり、緊張の糸を張り詰めている中、ななせは砂糖のように甘い声で、志具を誘惑する。


「ベッドでお前の花火を、あたしに打ちあげてみないか?」


「却下」


 普通に拒否されていた。赤面もなしだ。それどころか、ななせの話を聞き終えるや否や、彼女から背を向けて距離を取る始末だ。


「ああっ! 志具、そこまで引くことないじゃないか!」


「君のその節操のなさにはほとほと呆れるばかりだ」


 本気で拒絶されたことに、さすがにななせもそれなりに傷ついたようだ。普段とは逆の力関係になっていることに、マリアは驚いた。


 ただ、本人たちはそのことに気づいていないらしい。ななせが必死になって弁護しているのを、志具は腕を組みそっぽを向きながら耳を傾けている。


 その様子を、遠くから微笑ましいとばかりに口元を緩めている菜乃。菜乃は果たして、志具かななせの、どちらの味方なのだろうか。ひょっとすれば、彼女は単に面白ければなんだっていいのかもしれない。いつもは、ななせについてまわったほうが楽しいからそうしているのであって……。


 ――……なんだろう……。


 志具とななせの今の状況を見ると、マリアはなにか釈然としないものを感じた。


 志具がななせのことを嫌っているということはすなわち、マリアにもまだチャンスがあるということ。彼の心を、自分に振り向かせることができるということ。


 なのに……なぜなんだろう。マリアの心は、細い針でチクチクと突かれているように痛むのだ。


 マリアの気のせいかもしれない。だが、志具とななせの間には、表面的には距離感があるように見えて、その実、見えない何かが二人を近づけているような感じがした。


 ――……気のせい、だよね?


 うん。そうだよ。気のせいだ。自分はただ、日頃から二人のやり取りを嫌というほど見せつけられているから、無意識のうちにそんなことを思うようになってしまっているだけなんだよ、うん。


 自分をそう納得させたマリアは、それ以上この話題には深く考えないようにすることを決めた。


「まったく……。今後はあれだ、そういう発言は自重するようにしてくれ」


 マリアが思案に暮れている間に、二人の決着はついたらしい。志具がななせに、諌めの言葉を言いながら、マリアに近づいてきた。


 ななせは「わかった。気をつける……」と反省したような沈んだ声。……が、その目はしてやったりといったニュアンスが含まれた光が宿っていた。


 マリアは思った。――この人、全然反省してない! と。


 いっそのことそのことを志具に言いつけてやろうか、とも考えたが、知恵の回るななせのことだ、うまく事態が悪化するのを回避することだろう。その演技力、その気になれば女優になれるのではないか、と思えるほどだ。実際彼女は、見た目は誰が見ても文句なしの美少女なのだから。


「じゃあ、マリア。今度はお前の番だぞ」


 と、ななせ。どうやら、ゲームの進行を促しているらしい。


「……なんだ? まだなにかやるつもりなのか?」


 嫌そうな顔をする志具。感情をあまり強く表に出さない彼にしてみれば、かなり珍しいことだった。……もっとも、最近はそうでもなくなってきているが……。


 志具の顔を見て、マリアは良心の呵責に苛まれた。彼の嫌がることをしでかすのは……。


「う、ううん。そんなことしないよっ。――ごめんね。変なことに巻き込んで……」


 そう言い、マリアはななせに向き直ると、


「ななせさん。わたしこの勝負、棄権するよ」


 え? と目を丸くさせるななせ。さすがに予想外だったらしい。菜乃も同様に、まあまあ、といった面持ちでマリアを見やる。


「たしかに、志具君の隣には座りたいけど……志具君を困らせてまでその権利を獲得したいとは思えないよ……」


 そう言葉にするマリアだが、勝負が始まった当初は、まったく別の思いだった。好きな人の隣に座りたくて、ななせの言うがままに勝負を引きうけた。それ以外は、眼中に入っていなかった。


 だが時間が経ち、頭がある程度冷えてくると、それは間違いではないかと思うようになった。本当にその人が好きなら、その人が嫌がっていたら、たとえ欲しいものがあったとしても退いたほうがいいのではないか、と。


「だから、ななせさん。志具君の隣のチケット、もらってもいいよ」


 本当は少し心残りだったが、それも仕方ないことだ。そう思い、諦観するマリア。


 ななせはじっと、マリアを見つめていた。そして、う~ん……、とポリポリと自分の後頭部を掻くと、


「――志具」


 ななせが志具の名前を呼ぶ。


 突然指名されたことに驚く志具。


「……なんだ?」


「……浮気、するんじゃないぞ」


 は? と志具がわけがわからないといった感じの声を上げるものの、ななせは無視。次に彼女は、


「菜乃」


 と、自分の使用人の名前を呼ぶ。


 すると、呼ばれた本人はそれだけで、ななせが言わんとすることを理解したらしい。はい、と笑顔で返事をすると、菜乃がマリアに近づき、新幹線のチケットを手渡した。マリアがそのチケットを見ると、それは志具の隣席の番号が記されていた。


「え? これは……?」


「ななせ様からの気持ちです。――ですよね?」


 振り向き、菜乃はななせに確認をする。


「まあな。まあ、あたしは普段、志具と一緒にいるわけだし、今回くらいは譲ってやってもいいと思っただけだ」


 目を逸らし、頬をやや朱に染めて早口で言葉を並べるななせ。


 今まで意地悪な態度を見せられ続けていたマリアにしてみれば、これはなかなか想定外の出来事だった。


 だが、それはななせなりの善意の印であることに変わりはない。花開くように表情を明るくさせたマリアは、


「ありがとう! ななせさん!」


 ななせに、満面の笑顔を向けた。


 その笑顔をそっぽを向きながらも、横目でちらりと確認するななせ。心なしかその表情は、悪くはない、と言っているようだった。



――――◆――――◆――――◆――――



 以上が、事の成り行きである。


 マリアは向かい側の席に座っているななせと菜乃を一瞥する。ななせは先ほどのマリアと同じようにくうくうと寝息を立てており、菜乃は文庫本を読んでいた。自分がこうして志具君の隣にいられるのはななせさんのおかげだ、とマリアは彼女に再度、感謝した。


 とはいえ、だ。


 自分が恋焦がれている人が隣にいるというのに寝てしまうとは、なんという失態。それもこれも、自分が寝不足だったせいだ。時間がまき戻ってほしい、とこれほど切に思ったことはなかった。


「私たちが住んでいた場所とは、ずいぶん景色が変わってきたな」


 窓から眺めることができる景色を見て、志具は呟く。


 マリアもつられて見ると、なるほど確かに。


 マリアたちの住まう町は関東にあるものの、首都の東京都と比べると田舎だった。


 だが、目の前に広がる関西の――大阪の町は、自分たちの見てきた町とは違っていた。


 東京はどちらかというと、整然とビル群が建てられているが、大阪はそんなものは関係なしに、大小様々な建物が立ち並んでいた。新幹線に乗っていてもわかるほどの人の活気。それは、東京のとはまた違う賑やかさがあるように感じられた。


 新大阪の駅に到着すると、人の出入りが一気に行われた。一度にたくさんの人が席を立ったかと思うと、別の人が入れ替わりでその席に座っていた。


「マリアは、関西に来るのは初めてだったか?」


 外の景色から視線を外し、マリアにそう話しかける志具。


「うん。正直、日本の国内は旅行をしたことがないんだ」


「そうなのか?」


 意外だな、とばかりのリアクションの志具。


「てっきり私は……いや、なんでもない」


 志具はなにか言いかけたが、マリアの顔を見ると、それ以上言葉を続けるのをやめた。


 気になり、マリアは尋ねる。


「……? どうしたの?」


 志具はやや、マリアの顔色を注意深くうかがっているようだった。言っても大丈夫だろうか? という、相手の気遣いが感じられる、そんな眼差しだった。


 逡巡する間を置いた後、志具は気まずそうに口を開く。


「……いや……。君はその……そういう扱いをされるのを嫌がっているような気がしたんだ」


「そういう扱いって?」


「だから……お嬢さまって目で見られるのを、君はあまり快く思っていないだろう?」


 言いづらそうにそう言葉を口にした志具は、それっきり口を閉ざした。


 その言葉を聞き、マリアは先ほど、志具が何を言わんとしていたかを察した。


 マリアが、日本の国内旅行をしたことがない、と言った後に、志具が言った言葉。


 てっきり私は……。


 その「私は」の後に続こうとした言葉は、


 ――てっきり私は、君がお嬢様だからどこにでも行っているものだと思っていた。


 という意味合いのことを言おうとしたのだろう。


 だが、その言葉は志具の中で止められた。


 なぜか? 決まっている。マリアが傷つくかもしれない、と不安に感じたからだ。


「マリア、その……。気を悪くしたなら、謝る。――すまない」


 申し訳なさそうに、志具はマリアに頭を下げる。


「そ、そんなっ……。そこまで気にしなくていいよ。志具君だって、悪気があって言おうとしたわけじゃないんだからっ」


 わたわたとするマリア。まさか、頭を下げられるとは思っていなかったからだ。


 だが、これが彼のいいところだといううことを、マリアは知っている。非を認めたときは、素直に相手が誰だろうと謝罪する。それは、頭で理解しても、なかなか実行にはしにくいことだった。


 なにより、彼が自分のことをそこまで懇意にしてくれているのがわかり、嬉しかった。そっけない彼だが、その心根はやはり、誰よりも澄み切ったものをもっていることを、マリアは察した。


「あっ、志具君! 見て見て!」


 なにか場の空気を元に戻そうと考えたマリアは、ふと外の景色を見やり、それを見るように志具を促した。


 それに志具はつられ、外の景色を見る。


 広がる景色は、青一色だった。海の上に造られた橋を、新幹線は走っているのだ。


 大阪をあっという間に通り過ぎ、その大きさが小さくなっていく。


 そうして……見えてきた。


 新幹線の進路先にある、巨大な人工島が。



 ――『エデン』。



 大阪湾につくられたその巨大な海上都市を、人はそう呼んだ。


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