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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第2章 銀腕の戦士
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幕間1 出会い

 マリアの家庭は、とても裕福だ。マリアが生まれたときには、父親が経営するIT企業は、日本の中でもトップクラスの大企業にまで発展させることに成功して、そろそろ世界に進出でもしようか、などという話が、ちらほらとささやかれるようになっていた。


 両親は、初めてできた娘に溺愛し、雇っていた使用人から「親バカですね~」と、微笑ましく言われるくらいだった。


 だが、それはあくまで身内の中に限られていたように思われる。


 幼少時の頃を、マリアは思い出す。家庭内では特に問題はなかったが、ひとたび外に出ると、周りの空気はガラリと変わった。


 家がお金持ちであることから、同い年の子供からは嫌味を言われたり、仲間の輪から外されることなんてざらにあった。そして、その子の親たちは、少しでもマリア――厳密にはマリアの両親――につけいり、何かしらのおこぼれをもらおうと、自分の子供を必死にアピールする始末。幼い心ながら、そんな周りの意地汚さに、心底嫌気がさしていた。


 そんな中だった。両親が北欧に進出しようと、本格的に活動し始めたのは。


 それが現実味を帯びてきたとき、父親はマリアに言った。「住み慣れた場所を、親の勝手で離れさせてしまってごめん」と。


 申し訳なさそうに言う父親に、マリアは「仕方ないよ」と返事をした憶えがある。ただ、両親には悪いと思うが、マリアはちょうどいい機会だ、と内心北欧行きを楽しみにしていた節があった。それは、今の自分の状況が、少しでも変わるのではないか、という、未熟な心ながらに思ったためだ。


 そんなときだった。彼――真道志具と出会ったのは。


 引越しまで一ヶ月を切った頃、マリアはひとり、町中を探索していた。とは言っても、SPがひとり、ついてのことだったが。いくらなんでもお金持ちのお嬢様、それも幼児を、ひとりで好き勝手に行動させるわけにはいかない、ということなのだろう。マリアも、特に文句を言わなかった。


 せっかくだから、人目のない、静かなところまで散歩に行こう。


 そう思ったマリアは、近くの山に向かっていった。


 思えば、SP付とはいえ、こんなに自由に行動できるのは初めてだった。いつもは車での送り迎えがあり、必要なものや欲しいものがあれば、それを使用人の方が買ってきてくれていたからだ。


 山に向かう道中、真っ黒な服を着てサングラスをしているSPを引き連れているためか、奇異や好奇の視線が、無遠慮にマリアに向けられたが、かまうまい。どうせ近いうちに去る町だ。今更どう思われようが、どうでもいいことだった。


 山に近づきにつれ、人気が少なくなっていく。到着したときには、すっかり人の姿は見受けられなくなっていた。


 そんなところに、小さな公園があった。公園、といっても、滑り台と砂場しかない、至ってチープな公園だ。年季が入った滑り台は錆びだらけで、公園の敷地内も、いたるところに雑草がぼうぼう生えていた。


 普段、こんなところで遊んだことがなかったマリアは、そんなボロ臭い公園でも新鮮で魅力的なものに見えた。


 だからマリアは、SPを公園の外で待っているように指示すると、そこでめいいっぱい遊んだ。何十回と滑り、尻が痛くなったりもしたが、それでも楽しかった。普段、令嬢ということもあり、お淑やかに振る回らないといけないと、自分を縛り、それをよしとしてきた分、ここでタガが外れた。


 こんなところ、他の人たちには見せられないな。


 そんな思いが、心の内に表われていたときだった。



 彼と出会ったのは――――。



――◆――◆――



 公園の出入り口で、ひとり突っ立って、その男児はいた。


 幼いながらも利発そうな容貌の彼は、マリアの姿を見て、心底驚いているようだった。


 しかし、それはマリアも同様だった。ここなら絶対に人が来ない、と思った矢先にこれなのだから。


 二人は、互いに目を合わせ、無言だった。両者ともにポカンと口を半開きにさせて呆気にとられている姿は、第三者の目線からしてみれば、なんとも滑稽に映っていた。


 両者が膠着状態の中、先に口を開いたのは、男の子のほうだった。


「……こんにちは」


 驚きながらも、落ち着いた声色の男児に、マリアは少し気後れしながらも、挨拶を返す。


 誰? この子。


 マリアは頭を回転させるが、男児の姿に見憶えがない。少なくとも、マリアを虐めたり、遠巻きに無遠慮に興味と奇異と憐れむような視線を送る幼稚園児に、彼の姿はなかったように思われる。


「えっと……。マリアちゃん、だよね?」


 なのに彼のほうは、自分のことを知っているようだ。恐る恐るながら男児の口から出てきた言葉に、マリアは驚きを隠せなかった。


「……どうして知ってるの? わたしの名前」


 その言葉には、少なからず棘があったと思う。この子もまた、自分を虐めに来たんじゃないか? そんな邪推があったから……。


 すると男児は言う。


「だって僕たち、同じ幼稚園だし」


「嘘よ。だってわたし、貴方のことなんて知らないもん」


「それは……」


 マリアの言葉を聞き、言葉をもごもごさせる男児。


 そんな態度に、イラつきを覚えたマリアは、


「――なによ。はっきり言いなさいよ」


 怒気の入り混じった声に、男児は、ビクリと身体を震わせる。


 そうして十秒ほどの間を置いてから、男児は口を開く。


「――げが……いから……」


「聞こえないわ」


「か……が、……すい……」


「はっきり言いなさいよ!」


 言いづらそうな男児の様子に、普段の鬱憤が爆発したように、マリアは声を荒げる。


 すると、


「影が薄いからだよ!」


 男児のほうも、我慢できなくなったように、大声を出した。


 それにびっくりするマリア。……だが、彼の言った言葉を頭の中で反芻させる。


 影が薄いって……。


 まさかそんな返答がやってくるなんて、思いもよらなかった。だが、次第に彼の返事がおかしく思えてしまい、


「――ぷっ」


「ああっ! 今、わらったな!」


「ごめん……。自分で自分のことを『影が薄い』だなんて言って、恥ずかしくないのかなって思っちゃって……」


「君が言えって言ったんじゃないか!」


 男児の憤りの言葉は、至極もっともなものだった。なのでマリアは謝るのだが、男児の機嫌はあまりよくならない。


 さてどうしたものか、とマリアは考え、


「と、ところでさ、なんでここに来たの?」


 話を逸らすことにした。


 それはあまりにも露骨なものだったが、男児はそこまで考えが行き届かなかったらしく、機嫌を損ねながらも、律義に答える。


「ここ。僕の秘密基地なんだよ」


「秘密基地?」


 うん、と男児。


 秘密基地。それは幼い子供にとっては、何とも魅力的なワードだ。幼少時代を送るとき、男女問わず憧れるもの。


「そういう君こそ、どうしてここに?」


 次に、男児がそう訊いてきた。なのでマリアも答える。


「散歩の途中で、ここに立ち寄ったんだよ」


「ふ~ん。そうなんだ」


 納得の様を見せるものの、ほかにもなにか言いたげな様子の男児。おおよそ、「ここは僕の秘密基地なんだから、出ていってよ」とでも文句を言いたいのだろう。男児にとってしてみれば、自分の部屋に勝手に土足で踏み入った侵入者程度にしか、思っていないはずだ。この歳の子は、だいたいそういうものだ。


「悪かったわね。貴方の秘密基地だって知らずに、勝手に遊んで」


 なのでマリアは、立ち去ろうとする。文句を言われるのは、あまり気分のいいものではないから……。


 男児の脇を通り過ぎ、背を向けたときだった。


「待って」


 突然、男児から呼び止められた。


「……なに?」


 振り返るマリア。見ると、男児はなにか決心したような表情で、こちらを見ていた。


 幼児ながら、その表情の真摯さには、どこか魅かれるものがあった。


 視線を交差させて、数秒の間を置いて、男児は口を開く。


「よかったら……遊ばない?」


 その申し出に、マリアは驚いた。マリアにしてみれば、それはあまりにも想定外の言葉だったからだ。


 今まで、誹謗中傷の声しかほとんどかけられなかったマリアに、男児のその言葉は、まるで乾いたスポンジに水がしみ込むように、冷めきった心を溶かしていくようだった。


「……いいの?」


「うん。ひとりだと、あんまり面白くないし」


 男児の言葉には、裏表がまるでなかった。本心でそう言っているのだろうことは明白だ。


 それに気づいたとき、マリアの眼からは、自然が熱いものが流れ出していた。


「ち、ちょっと! どうしたのさ!」


 突然泣きだしたマリアに、男児は狼狽。男児は駆け寄り、マリアに心配そうな表情を向ける。


「うん……。ごめん……。なんでもないから……」


 そう言うものの、マリアの目からは涙が止まらない。今までの辛い思い出が、ため込んでいたものが、涙として現れているようだった。


 男児は困ったような顔をしていたが、やがてマリアの背を、ぽんぽんと軽く叩く。まるで母親が、泣いている自分の子供を安心させようとするかのように……。


 ひたすらに泣きに泣いた結果、涙はすっかり枯れ果てた。マリアの目は真っ赤になっていた。……が、男児はそれを指摘してからかったりなどしなかった。


「そういえば、貴方の名前、聞いてなかったわ」


 本来なら、もっと早い段階で訊くべきだったことを、マリアは今更ながらに思い出した。同時に、名前も知らない相手に、涙を見せたことに、わずかながらの恥ずかしさというものが湧いてくる。


 だが、男児は特に気にした様子もない。マリアと向き合い、相手を安心させる大人な微笑みを浮かべると、


「僕? 僕は、真道志具。これからよろしくね、マリアちゃん」


 男児――真道志具は、マリアに手を差し伸べた。


 友好的で、優しさに満ちたその手を、マリアはしばらくじっと見つめていた。……が、志具と視線を合わせると、


「うん。こちらこそよろしくね。志具君」


 陽だまりに咲くたんぽぽのような笑みで、彼の手に、自分の手を重ねるのだった。


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