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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第2章 銀腕の戦士
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第2話 ぎこちないキスと魔術修行

 時刻は九時。


 階段の下にある小部屋の前に、志具たちはいた。


 ななせが鍵を取り出し、その部屋の扉を開けると、視界に入ってきたのは地下まで続く階段だった。階段には照らすものが何もなく、ただただ真っ暗。足を踏み入れることが躊躇われるほどだが、


「ほら、行くぞ。――菜乃、あとは頼んだからな」


 と、ななせは志具の手を掴み、階段を下ろうとする。


 ちなみに菜乃は行かない。ななせに家のことを任された菜乃は、「はい。行ってらっしゃいませ」とぺこりと軽く頭を下げた。


 ……が、ふと思い出したようにハッとして頭を上げると、


「あっ! 志具様、お待ちください!」


 呼びかけに、志具とななせの足が止まる。


「どうした? 花月」


 ただならぬ何かを感じ取った志具は、次に来る菜乃の言葉に傾聴する。


「志具様……」


 眉を引き締め、表情を強張らせている菜乃。それほど重要なことを言うつもりなのだろうか……。志具はごくりと、つばを飲み込む。


 時間にして十秒ほどだろうか。それほどの間を置いた後、菜乃は口を開いた。


「くれぐれも…………節度は守ってくださいね」


 …………?


 言っている意味がわからない志具。頭に浮かぶはクエスチョン。


「いくらこれから二人きりになるからといって、いきなり大胆にななせ様を襲うのは控えてくださいね」


 合点がいっていない様子の志具に、菜乃はそんなことを言ってくる。そこで菜乃の言っている意味が理解できた志具は、「なっ……!」と頬を朱に染めた。


 だが、そんな彼にかまわず、菜乃の言葉は続く。


「たしかに志具様は、思春期真っ定中のお年頃。そういう方面に興味が行き、実行に移したいという気持ちはわからなくもありません。……ですが、あくまでそういった行為は、両者合意の上で、かつ避妊をしないといけないと思います。ですから――――はい」


 と、菜乃から手渡されたのは……水が何リットルも入れることができる薄くて細長いゴム――――


「――って、こんなものいらんっ!」


 受け取って即座に、床にたたきつける志具。


 まったく……。いつの間にこんなものを用意していたんだ、こいつは……。


 そういった行為に耽るつもりはないというニュアンスで言った志具だが、菜乃の受け取り方は違ったようだ。大仰に驚きの様を見せる。


「ええっ!? ――ということは、ま……まさかナマでするおつもりなのですか!? 志具様、いくら童貞を脱したいからといって、避妊をなさらないのはどうかと思いますよ。志具様のご両親の手紙にもあったじゃないですか。既成事実なんてつくらなくてもいいと。焦ることはないと思いますよ」


「だから誰もそんなことをするために行くのではない!」


 諭すような菜乃の言葉に、志具の心の叫びが炸裂する。


「菜乃!」


 そのときだった。ななせの鋭い言葉が飛んだ。


 振り返るとそこには、眉を逆八の字にし、厳しく菜乃を見据えるななせの姿があった。


「ななせ様……」


「志具のやつが、そんなことをするやつなわけないだろ!」


 珍しい。菜乃を説教をするななせを、志具は初めて見た。


 普段は二人で私のことをからかうが、万条院はやるときはしっかりとやるのだな。


 そういった思いが、志具の内から出てきた。


「そうだ。私は決して、そのような男ではない」


 ここでしっかりと、万条院のいうことに頷いておかねばならない。


 そう思った志具は、うんうんと頷き、ななせの言葉に同意する。


「そうだそうだ。考えてもみろ。あたしらが来るまで、ひとりでいることが多くて、女っ気がほとんど感じられない灰色人生を謳歌していた志具が、そんなだいそれたことをするわけないだろ!」


 灰色人生で悪かったな、と文句のひとつでも言いたかったが、ここで否定すれば流れが変わってしまう。


 ここは耐えて、うんうんと頷く志具。


「それに志具って、性格もクールと言えば聞こえがいいけど、ぶっちゃけ性格暗いんだぞ!」


 どこかで聞いたような台詞だな……。たしか……そう、両親の手紙に書かれていたことだ。


 なんとかして言い返したかったが、悔しいことに事実と大差ないので、首肯せざるをえない。


 ……というか、ななせは志具をかばっているつもりなのだろうが、実のところ攻撃しているということに、当人は気づいていない。


「それにだ。――いざというときはあたしから襲うから大丈夫だ」


「そうそう。いざというときは万条院のほうから襲ってくれ――――って、そんなわけあるか!」


 ここまでの流れで、うっかり頷きかけた志具。危ないところだった。


 志具のツッコミに、ななせは「チッ……」とあからさまな舌打ち。


「駄目か。このペースならうまく頷かせることができると思ったんだけどなぁ」


「ななせ様。もう少し乗せたらよかったんですよ。そしたら志具様、間違いなく頷いていましたよ」


「頷かんわ!」


 この二人、いったいどこからそんな自信が来るのだろうか……。しかもこの二人の様子からして、あらかじめリハーサルを行っていたに違いない。まったくもって油断ならない……。


 志具は「はぁ……」と溜息をつく。


「……修行するつもりがないなら、私はここで失礼させてもらうが」


「ああ、悪い悪い。――んじゃあ菜乃、家のこと、今度こそ任せたぞ」


 今度こそ、ななせは志具を引っ張って、階段を下りていった。



――◆――◆――



 階段は暗く、目を凝らして見ないと数センチ先も満足に見えない。ななせが手を掴んでいなければ、満足に階段を下りることすらままならないだろうと、志具は思った。


 つい先刻、この階段を志具は下り、魔術師としての道を歩むきっかけを得たわけだ。そう考えると、感慨深いものがあった。


 ななせが言うには、この階段は現世と幽世の狭間――通称ホライゾンスペースと呼ばれる場所で、現世――肉体が存在するこの世と、幽世――霊体、魂が存在するあの世の中間の空間であるという。ここは、この世とあの世の区別が非常に希薄らしい。


この世であってこの世でない。


あの世であってあの世でない。


この世ではないが、あの世でもない。


この世でもあるが、あの世でもある。


 そういった場所ゆえに、『存在』というものが非常に希薄なものとなり、なにもせずに放っておけば『存在』そのものが消えてしまうことがあるらしい。『存在』が消えるということはすなわち、現実世界――この世での『死』を意味している。実はけっこう危ない空間なのだということを、ななせに聞かされたとき、志具は初めて知った。


 だが、これを利用する手もある。なにもせずに放っておけば、前述したとおりになるのならば、なにかを行えばいいのだ。


 ここで重要になるのは、『想い』である。


 ななせ曰く、『想い』とは、この世でもあの世でも唯一不変のものらしい。どちらにいても、決して想いだけは変化することがないのだ。幽霊が強い想いに縛られて、自縛霊となったりするのは、これが原因らしい。


 これを利用すると、人は行きたい場所に自由自在に移動することが可能という。想いに魂が引っ張られ、その土地まで移動できるのだ。なおこの際、身体の一部が他者と触れていると、その者も一緒に移動することが可能だという。


 それを利用すると、やがてななせが歩みを止める。


 目を凝らして見ると、ななせの前には扉があり、ななせはその扉のドアノブに手をかけ、開けた。


 そこから溢れる光に一瞬、目を細める志具だが、すぐに慣れた。というのも、さほど強い光ではなかったためだ。空には星が瞬いており、辺りはとても静かだ。


 ななせに引かれて到着した場所は、どこかの庭だった。それも広い。3、4軒の家が建つくらいのスペースがある。


 周りは壁に囲まれており、地面にはちょうどいい長さの芝生が生えている。


 さらに敷地内には、赤レンガの壁の大きな屋敷があり、豪奢で荘厳な雰囲気を誇っていた。


 辺りを見渡す志具。背後を見ると、先ほど自分たちが出てきたのであろう、古ぼけた扉が、開いた状態でそこにあった。どうやら昔から使われているものらしく、扉の色は陽ではげ、日々の雨風で傷んでいた。扉だけが突っ立ってそこにあるというのは、どうにも奇妙な感じがする。


「ここは?」


「あたしんの別荘だ」


「別荘?」


「そっ。森の中にある、な。ここなら人も寄り付かないし、魔術の修行をするにはうってつけさ」


 そう。魔術師になると決めた日、留美奈町を震撼させていた事件を解決した翌日から、志具はななせに頼んだのだ。魔術師としての研鑽を積みたい、と。


 志具の後輩――玖珂なずなが引き起こした事件を、志具たちは解決したわけだが、正直、運がよかっただけだと、志具は思っていた。


 日頃、剣術武道を行っていない志具が、命をかけたあの戦いに勝利したのは、ななせのがんばりがあったのと、志具が所有している『アーティファクト』の能力が理由だ。


 聖剣『グラム』。


 北欧神話に登場する、オーディンがシグムンドに託した伝説の大剣。誰も使用したことがないため、その能力は未知数。ブラックボックスの塊ともいえるその聖剣は、魔術の無効化の能力を持っているようだ。今回の戦いも、そのアドバンテージが大きく働いたおかげで、勝利を得ることができたわけだが……。


 ――いくら武器が万能でも、持ち主が駄目なら宝の持ち腐れだ。


 『グラム』のハンデがなければ、あのとき自分はなずなによって殺されていただろうと、志具は思う。


 いや、自分だけじゃない。万条院や、その場に居合わせた花月もだ。


 武器の能力に頼り切りでは、いずれは打ち負かされる時が来る。ましてや自分は命を狙われている身。負けはつまり、『死』を意味している。

 そのことを志具はななせに話したが、彼女は「いざというときはあたしが護ってやるよ」と言ってくれた。それは素直に嬉しいと思う。……が、いつも頼り切っていては駄目だ。誰かを護りながら戦うというのは難しい。護る対象に意識がいってしまい、その分動きが制限されてしまうからだ。そんな負担を、志具は減らしたかった。


 それに……、と志具。


 表向きには、「魔術師になって自立したい」という理由を掲げているが、裏では「同年代の女の子に男の自分が護られるのは嫌だ」という、いじっぱりな理由があった。当然、このことはななせには言っていない。なぜか? 絶対にからかわれるからである。


 そういった考えがもろもろにあり、志具はななせに修業――ちなみに本日が初めて――を頼んだわけだが、


「……別荘なんて、持ってたんだな」


「言ってなかったか? あたしんち、金持ちなんだ」


 あっけらかんと言うななせ。


 ……まあ、自分専属のメイドを雇っているくらいだから、薄々そうではないかという気はしていたが。


 へぇ……、と屋敷を見上げる志具の肩に、ななせは腕をまわし、顔を近づけると、


「こんな美人で金持ちの許嫁を手に入れられて、志具は幸せ者だなぁ」


「別に。君を許婚と認めてなどいないからな。私は」


「冷たいなぁ。それに、もっと派手なリアクションが欲しかったのに」


「それは残念だったな」


 まったく感情がこもっていない口調で、志具は言ってのけ、急接近しているななせを引っぺがす。


 あぁ……、とななせ。すると、


「そんなに無下にあたしを扱うんだったら、修業させてやらないからな」


「それで困るのは君自身だろ。いちいち私を護らないといけなくなるのだから」


「あたしは別にかまわないぞ、それで。っていうか、そのつもりでお前のところに来たんだし」


 それとも~、とななせは口の端に笑みを浮かべ、


「同い年の女の子に護られることが、恥ずかしくなくなったのかなぁ」


 ピクリと、志具は眉を潜ませる。こいつ……、気づいていたのか。


 それで推測が当たったと確信したのか、ななせは一層、笑みを深めると、


「大丈夫だって~。昔、流行ってたじゃないか。ヒモな男を女がペット感覚で養うってやつ。だから志具、気にしなくていいんだぞ~」


 志具のプライドを逆なでするような、ななせの言葉。男としてこの発言は、それなりにいら立つものがある。


 ここで無反応で流す手もあるだろうが、そうなれば最後。ななせは修業を打ち切って、志具を文字通り、ペット扱いしかねないだろう。ただでさえ志具は、ななせにからかわれて遊ばれているのだから。


 逡巡すること数秒。志具は「はぁ……」と、降参だ、とばかりの溜息を吐くと、


「…………すまない。私が悪かった」


「言葉だけじゃ、足りないなぁ~」


 頭を下げる志具だが、ななせはそれだけで許すような女ではなかった。


「ではどうしろと?」


 そんな態度に志具はむかっ腹が立ちながらも、理性を保ってななせに次の言葉を促す。


 そうだなぁ~、とななせは考え始める。割合、真剣に考えているようだったので、志具は横槍をいれずに待つ。


 やがてななせは、ポンと手を叩いた。妙案が浮かんだらしい。


 ななせはコホンと咳払いをひとつし、かしこまると、


「じゃあ志具、――あたしにキスをしろ」


 ……。


 …………。


 ……………………は?


 先ほど言ったななせの言葉が理解できず、志具の思考は真っ白になった。


 きょとんとしている志具に、ななせは再度、言葉を紡ぐ。


「だから、あたしにキスをしろと言ったんだ」


「…………キス、だと……?」


 そうだ、とななせは首肯。


「恋人同士の仲直りの定番といえばキスだろ。本当はもっと、情熱的なものでもいいかなって思ったんだけど……今回はキスで勘弁しようじゃないか」


「恋人同士って……。そもそも私たちは、恋人同士じゃ――――」


「キスしてくれないなら、修業はこれまでだな。はい、お開き~」


 パンパンと手を叩いて、本気でやめようとするななせ。彼女の足取りが、古ぼけた扉に向かおうとする――――


「わ、わかった! キスをすればいいのだな?」


 志具に振り返り、うん、と頷くななせ。次にななせは目で、「……んで? どうするんだ?」と尋ねてくる。


 挑戦的なそれに、ぐぬぬぬ……、と歯ぎしりしたい思いをこらえる志具。どうやら、折れるしかなさそうだ。


 えへん虫を追い出すように咳払いをすると、志具はななせに歩み寄る。するとななせは志具に向き直った。


 面と向かい合うと、志具はじっとななせの顔を見る。


「ちなみに、キスは口にしてくれよな」


 いざキスをしようとした段階で、ななせは思い出したようにそんなことを言う。その口元は、これから起きる出来事が楽しみなのか、それとも単に志具をからかうのが楽しいためか、緩んでいた。


 ななせの言葉に、志具は一瞬目を丸くさせた後、苛立たしげに、自分の髪をくしゃくしゃと撫でる。


 もうこうなればやけくそだ。


 どうにでもなれ、という心境のまま、志具はななせの顔にそっと手をかけ、彼女の顔を固定させる。


 ななせは小さく「……ぁ」とかよわい声を漏らした。普段の彼女からは想像がつかない声に、志具はどきっと鼓動が高まるのを感じる。


 ななせの瞳はかすかに水気を帯び、頬はほんのりとピンク色。瑞々しい唇がかすかに震えている……。


 なんだ? 目の前にいるのは、本当にあの万条院なのか? と疑いたくなるほどのしおらしさ。普段あれだけ攻めてくるだけに、このしおらしさは反則だった。


 思わず固唾をのむ志具。ななせの魅力に、心が奪われそうだった。


 ――いかんいかん! 煩悩に流されるな!


 心の中で、志具は首を左右に振る。


 これはきっと万条院の作戦なんだ! 普段見せない姿を見せることで、こちらの気を引き、その気にさせようとしているんだ!


 そう心の中で結論付けると、志具は精神を静める。心を落ち着かせ、ななせの誘惑から逃れようとする。


 そうして心を落ち着かせると、志具はななせに顔を近づかせる。


 ただでさえ近い互いの距離がさらに近くなる。ななせの顔が迫り、彼女の可愛らしい唇に、自分のそれを――――重ね合わせた。


 瑞々しい唇の感覚はまさに吸いつくよう。まるで柔らかい果実を唇に当てているようだった。意識を油断させたら、そのまま貪ってしまいそうな衝動に駆られる志具だが、理性をもって全力で阻止した。


 ん……、と彼女のかすかなうめき声が聞こえる。しかしそれは嫌がっているためではない。もっともっと、とせがむようなニュアンスを含ませたものだった。


 ななせの息が、キスを通じて志具の口腔に入ってくる。甘く優しいその吐息に、志具の脳はとろけてしまいそうだった。


 ――これは…………まずい……っ!


 ななせに対する意識が改変してしまいそうな危惧を感じ取り、志具はななせとのキスをやめた。ななせは残念そうに、「あ……」と短い声を出すが、志具にしてみればしったこっちゃなかった。


 志具は恥ずかしさから、とっさに数歩、ななせから後退する。対するななせは、志具とのキスの余韻が残っている自身の唇に指をあて、撫でる。


「ざっと五秒か……」


「…………不満か?」


「不満だ。せめて十秒はがんばってほしかったな~」


「時間制約はなかったはずだぞ」


「そうだな。次からは時間も指定しないとな」


 そう言い、口元を緩めるななせ。


 志具は、そんなななせの顔を一瞬見ただけでそっぽを向いた。


 そんなだったからだろう。


 ななせの頬が、かすかに朱に染まっていたことに、志具は気づけなかった。



――◆――◆――



 魔術というのは、単純明快に言ってしまえば、ななせ曰く「想像を創造する」ものらしい。


 自らの思念を魔力で錬成し、顕現させる。顕現する姿は千差万別で、それこそ人の「想い」の数だけ、星の数ほどあるらしい。


 呪いのように、目に見えない形で機能する場合もあれば、炎や水のように、目に見える形で機能する魔術もある。昔ははるかに前者の魔術のほうが多かったのだが、時代の流れとともに後者の魔術が広がりを見せているようだ。


 今回、志具がななせから教わる魔術も、後者のものである。ななせがなぜ、そちらを選んだのかいうと、彼女いわく、見た目的に成果がわかりやすい、とのことだ。実はその理由が、後者の魔術が広がりを見せている理由のひとつでもある。目に見えて成果として「かたち」が現れるのだから、士気も上がりやすいというものだ。


 とはいえ、何の前準備もなしに、魔術がいきなり使えるはずもない。そのためにななせは用いたのは、触媒だ。


 ななせは、屋敷に保存していた魔術の触媒を志具に渡した。見た感じは栓のしている試験管の中に、真っ赤な液体が入っているというものだった。


「んじゃ、それを使って、火の魔術の練習をしようか」


 簡単に言ってのけるななせ。


「いきなりそんなことを言われても……。やり方を教えてくれないか?」


「ああ、そうだな。一回実演を見たほうがやりやすいか」


 そう言うとななせは、試験管立てから志具と同じものを取った。


「いいか? 魔術っていうのは、『想いの錬成』だ。強く想う気持ちが、魔術を発動させるんだ」


 いきなりそんな抽象的なことを言われても……、と志具。もしそれだけで魔術が行使できるのなら、一般人にだってやってのけれるというものだ。


 するとななせは、


「細かいことはおいおい説明してやるさ。今は『そういうもんだ』って、割り切ってくれ」


 いまいち納得できない志具だが、あとで説明してくれると聞き、素直に応じることにした。


「志具。『炎』と聞いて、真っ先に思いつくことはなんだ?」


「思いつくこと?」


「なんだっていい。言ってみてくれ」


 いきなりの問いかけに、志具は首を傾げながらも、考えてみる。


「…………熱い、とか……燃焼、とか……?」


 断片的に出される志具の単語に、ななせは「まあ、そんなもんでいい」と頷き、試験管をくるりと宙で一回転させ、持ち直す。


「そういった想いを、頭の中で集中するんだ。連想される考えを一纏めにして、一点に凝縮するような感じで。そうしたところで、『どんな“カタチ”で現実に引き出すか』を瞬時に想像するんだ。すると――」


 と、ななせは試験管を放り投げ、指をパチンと鳴らした。


 直後、試験管中の液体が赤く発光したかと思うと――





 ――パアアァァン!





 試験官が突如として爆発し、オレンジ色の炎が空中に踊った。炎の火力が弱かったため、周囲に燃え広がるというようなことはなく、炎はすべて空中で飛び散った際に消えていった。


「――と、まあこんな感じだ」


 実演を見せると、ななせは志具に視線を向ける。「こんどはお前の番だ」と、その目が語っていた。


 志具は「む……」と唸り、頭をポリポリと掻く。


 魔術が、目に見える形で見れたのはいい。……が、見たところで得たのは感動くらいであり、やり方まではつかめなかった。……まあ、魔術とは『想いの錬成』らしいから、無理もない。想った『結果』が、先ほどの爆発であり、その『過程』は目に見えるものではない。


 そのため、いまいち要領を得ていない志具。


 だがななせは、自分の仕事は終わったとばかりに、志具にやってみろと指示をする。


 ――ものは試しか……。


 失敗したところで何にも起きないはずなのだから、やってみるだけやってみよう。――そう思い、志具は瞼を閉じ、意識を内に集中させる。


 顕現させるは炎。先ほどの炎から連想される単語を思い出す。


 熱い。燃焼。さっきの万条院のように、爆発もあり得るか。色でイメージするなら、赤系だな。だけど、血液のような赤ではない。夕陽のような茜色や、オレンジ色。『カタチ』は……どうだろう。炎に決まったカタチは、水のような液体のようにないように思える。でも、あったほうがイメージしやすいのは間違いない。とりあえず、球体ということにしておこう。


 と、ここまで考えたところで、志具は先ほど考えた想いを、一纏めにしていく。


 うねる炎が一点に凝縮し、サッカーボールほどの大きさの球体になるのをイメージする。その考えを幾度となく想像し、確固たるものへと変えていく。


 頭の芯が熱されているように暑くなり、カチリと、頭の中でスイッチが入る音が聞こえた気がした。――直後、


「へぇ~」


 感心と驚きのこもった、ななせの声。


 志具が瞼を上げると、手に持っていた試験官が割れ、代わりにオレンジ色の炎が、志具の正面に浮かんでいた。


「これは……」


 自分が、創り出したものなのか……?


 信じられない気持ちになるが、現に想像した通りのものが、目の前にある。


「へぇ~。思った以上だな。今日中には無理だと思っていたんだけど……まさか一日、それも一発で発動できるなんてな。やっぱり魔術師の家系だから、魔導核コアができているのか」


「コア? コアとはいったい……――――あっ」


 知らない言葉が出てき、志具が意識をななせに向けると、正面に浮かんでいた火球が消えてしまった。


「あ~あ……。意識を集中させないからそうなるんだぞ」


 でも、初めての割には上出来のほうだな、とななせは志具を褒めた。


 そのことに志具は、若干照れくさくなりながらも、


「それより万条院。コアとは何のことなんだ?」


「ん~……。そうだなぁ。やっぱり話してたほうがいいか」


 ぽりぽりと後頭部を掻くと、ななせはコホンと咳払い。その後、屋敷の壁にもたれかかり、芝生の上に座ると、ちょいちょいと志具に手招きをする。隣に座れと、そういうわけらしい。


 ここで断ればまた何らかの制裁を加えてくるのは間違いないので、志具は大人しく、彼女に従い、隣に座りこんだ。


「魔導核――あたしたちはコアって呼んでいるんだけど…………、まあ、平たく言ってしまえばそれは、魔術を発動させるための器官のことだ。――コアは現世と表裏一体で存在してる幽世って場所にある魂の中に存在していてな、普段は見れたり触れられたりできるものじゃない。コアってのは基本的に遺伝されるものでな、お前のコアも、両親から受け継いだものなんだろうさ。――まあ、考えてみれば、お前がコアを持っているのは無理もない話だったな。両親が魔術師の上に、『アーティファクト』にまで選ばれてたんだから」


 『アーティファクト』に選ばれたことが、どうしてコアをもっていることになるのか。いまいちわからない志具。


 そんな彼に、ななせは説明する。


「『アーティファクト』には、神格化されたものはもちろんのこと、そうでないものも少なからず意思というのをもっているんだ。少なくとも、自分の持ち主を選ぶ程度にはな。んで、『アーティファクト』のほうも、使われる以上は長持ちしたいわけだ。もし、ずぶの素人に使われて、あっという間に壊されたら『アーティファクト』のほうも嫌だろ? 社会に飛び出した社会人が、会社にこき使われた上に捨てられたらたまったもんじゃないように。だから『アーティファクト』は、ある程度持ち主を選ぶ。お前の『グラム』のように、神格化されたものはなおさらその傾向が強い」


 はぁ……、と志具。どうにも、このようなオカルトには、まだ慣れない。ましてや、武器が自分の意思をしっかりと持っているだなんて、にわかには信じられない話だった。だが同時に、ななせの言うことは、すべて真実なんだろうな、と感じる自分がいるのも事実だ。


「お前が『グラム』のマスターに選ばれたことで、『銀の星』はてんやわんやさ」


 と、ななせ。


「そんなになっているのか?」


「今はまだ一部の人間だけどな。外部の組織に情報が漏れないようにはしているけど、いつまでも隠し通せるものじゃない。そのうち有名人になるぞ、お前は」


「有名人って……。いくらなんでも大げさすぎではないのか?」


「いんや、決して誇張したわけじゃないぞ。お前の所持する『グラム』は、けっこう有名どころの聖剣だからな。名前だけは知れ渡っているんだ。――知ってるか? 『グラム』っていうのはな、王の剣でもあるんだよ。人々を魅了し、引き連れ、引導させていく、王様のな。だから『グラム』は、『力』の象徴としてとらえられることもある。それもあって、お前が手に入れるまでの間、『グラム』を狙うような輩も多かったんだ」


 まあ、ことごとく失敗してたけどな、とななせ。


「まあ、要するにあたしが言いたいのは、魔術師として生きていくのなら、それなりの覚悟をしておけよってこと。有名人になれば、それなりに苦労も増えるだろうさ」


 それなりの苦労。それがいったい何を意味しているのか、聡い志具には容易に想像がついた。


「そう考えると、お前が魔術の特訓をするのも、悪いことじゃなかったのかもな。いざというとき、自分の力だけで降りかかる火の粉を払うことができるようになれるだろうし」


 すると、ななせは「よっと」と立ち上がり、尻をパンパンと払って土や草を落とす。そしてくるりと志具に振りかえると、


「さ、この話はここまでにして、修行の再会と行こうぜ、志具。強くなって、自分の身ひとつは護れるくらいになろうじゃないか」


 手を伸ばしてきた。


 志具は自分に向けて、差し伸べられた手を、じっと見る。


 ななせからの話で、事の重大さを痛感し、やや気が沈んでいた志具。不安が靄となって思考を覆い、それにのまれそうだった。……が、そんな不安を、頭を左右に振って、靄をはらった。


 そうだ。今は余計なことを考えている場合ではない。魔術師としての道を歩むために、自分の身を護るために、ゆくゆくは両親の行方を探し出すために、今はがむしゃらになっていればいいんだ。


 そう思うと、志具はななせの手に、自分の手を伸ばす。するとななせは、その手をしかと握ると引っ張り、志具を立たせたのだった。

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