プロローグ 忘却彼方の夢
――第2章 あらすじ――
町を震撼させていた無差別辻斬り事件も解決し、ひと段落した志具。しかし、彼の生活は昔の平穏に戻ることはなかった。許嫁を自称するななせと、その侍女――菜乃のせいで。
そんなななせからある日、ゴールデンウィークを利用して旅行に出かけようと提案される。
ななせの提案ということで、多少の不安を感じていた志具だが、たまには悪くないと思い、彼女の誘いに乗る。
するとそれに、幼馴染のマリアも一緒についてくると言い出し――――!?
夢を見た。
両親がまだ身近にいてくれて、護ってくれていたときの、幼い記憶。
場所は公園。公園といっても、小さな滑り台と砂場があるだけの、小さな公園だ。
住宅街から離れ、少し山の中に入らないといけない場所にあったせいか、そこは普段人が寄り付かず、そのせいで整備もろくにされていないところだった。背丈の高い雑草がぼうぼうと生え、数少ない遊具は長年の雨風で錆びついていた。
そこに、二人の幼子がいた。
ひとりは男の子。幼いながらも、どこか怜悧さを思わせる涼しげな容貌が特徴的だ。
もうひとりは女の子。太陽の陽のような眩しく艶やかな金髪で、可愛げのある顔だ。
二人は砂場で、向き合うようにしてなにかを作っていた。初めは山のような塊だったそれは、二人が汗水を流すうちに、その姿を変えていく。
スコップで砂を盛り、形を整え、その姿があらわになる。
それは、家だった。幼い二人が作ったため、その形はいびつなものだったが、それでも努力のほどがうかがえる力作だった。
二人はその完成した家を見て、満足そうな笑顔を浮かべていた。
二人は家を見て、会話を交わらせている。……が、如何せん昔のことなので、会話の内容をまったく憶えていなかった。なのでその夢での会話は無声だ。
女の子が男の子に、キラキラした目を向け、一大決心をしたような表情で、身を乗り出して言葉を紡いでいる。
男の子はその迫力に押され、身をやや引かせていた。両者とも、その頬が紅潮している。恥ずかしい話をしているのか? なんにせよ、夢を見ている当人にはわからないことだった。
詰め寄る女の子。じりじりと気押される男の子。
やがて男の子は、ふぅと諦めたように溜息をつくと、女の子に返事をする。その返事を聞き、女の子の顔が蕾が花に開花するように眩しい笑顔に変わった。
それから女の子は、再び身を乗り出す。その様子から、おおよその想像がついた。
「本当に? 本当に本当?」
といった旨のことを言っているに違いない。
そこから予測できたのは、男の子が女の子と何か約束を交わしたということだった。何の約束を交わしたのは……残念ながら憶えていない。
男の子は詰め寄る女の子に目を丸くさせながらも、こくこくと頷きを返した。それを見て、女の子は満面の笑顔で立ち上がり、バンザイをしてみせる。
……と、そのとき、足元に置いていたスコップに足を取られ、滑って転んでしまった。その際、時間をかけて作り上げていた砂の家が木っ端微塵になってしまっていた。
言わんこっちゃない。
夢を見ている主は、そう思う。
男の子は心配になり、女の子に言葉をかける。……と、勢いよくがばっと女の子は起き上がり、笑顔を見せる。
その笑顔を見て、ホッと一安心の男の子。
そんなとき、女の子は男の子に小指を突き出した。
そして女の子は二三言葉をかけると、男の子はやれやれといった感じで小指を女の子のそれに絡ませた。
指きりげんまん。
嘘ついたら針千本飲ますというあれだ。
それを交わすと女の子は、にっこりと笑みを強くする。
その笑みを見て、男の子のほうも自然と笑顔になった。
夕日に照らされる公園。
そこで交わされた約束は月日を越え、
男の子の中では、忘れられた存在となってしまっていた――――。