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神奇世界のシグムンド  作者: 上川 勲宜
第1章 群衆を築く妖刀
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第8話 怒りの大剣

 ダンスでも踊るかのように舞い、炎のように激しく攻撃を浴びせる。――それがななせの戦いのスタイルだった。その戦い方はまさに優雅の一言に尽きる。


 そんなななせは、内心焦り始めていた。


 魔力が尋常でないほどの勢いで、自分の身体から『桜紅華』に吸い取られている。今はまだ大丈夫だが、このまま持久戦に持ち込まれれば、間違いなく不利だ。


 炎は、初めのうちは勢いよく燃え上がるものだが、燃やせるものがなくなれば、あとはただただ鎮火するのみ。ななせはまさにそれだった。


 『桜紅華』に注ぐ魔力の量の調節ができていないのも、ひとえにななせの実力不足が挙げられる。戦闘術は幼少から――魔術師になると決めたときからそれなりの研鑽を積んできたのだが、『桜紅華』に認められ、魔剣のマスターになったのは、実のところまだ日が浅いのだ。己の意思を持つヒヒイロカネから鍛え上げられた『桜紅華』に認められたのはいいが、それだけでしかない。


 『桜紅華』の加護のおかげで、身はまるで羽毛にでもなったかのように軽い。動きに重さを感じさせない上、火力も上がっている。だが、それでも不釣り合いに感じるほどに、魔力の減少が激しい。燃費の悪いのだ。


 ――早いとこ決着つけないと――。


 そう思いと同時、動きにさらに無駄がなくなった。その分、魔力の消費量が増える。


 内心で舌打ちするななせ。『桜紅華』からどれだけ力を引き出せるかは、マスターの想いや感情に大きく左右されるようだ。さきほど強く思ったせいで、その分の魔力が吸い取られる。


 ――ここらで決めるっ……!


 一瞬、ななせの動きが数段跳ね上がったため、なずなは防御のタイミングを逃した。ななせは下段から魔剣を逆袈裟に振るい、『村正』を上に跳ね飛ばす。


 なずなは、ぐっ……と歯を食いしばる。


 懐が完全にがら空きになった彼女を、ななせは一文字に斬りつけた。


 紅い紅い、鮮血が宙に飛び散る。


 だが、致命打にはなっていない。斬撃が来る前、なずなは強引に地面を蹴り、後方に飛び退いたのだ。傷の深さは、さほどない。


 無理やりの行動だったため、なずなはまともに受け身も取れずに、地面を背から滑る。……が、すぐに身体をしならせて体勢を立て直した。


 なずなの腹部からは、血がポタポタと流れている。だが、傷が浅いことを、ななせは手ごたえで知っていた。あの傷も、魔力による新陳代謝能力の向上によって、すぐに血自体は止まるはずだ。


 腹部に手を当て、その手についた自分の血を見て――――ペロリとなめるなずな。


 なずなは狂気的な笑みをつくると、


「へぇ~。許婚さん、なかなか容赦ないんですね。敵とはいえ可愛い後輩を斬りつけるだなんて……」


「そっちは命を狙ってるだろうが。お互い様だ」


 冷たく言い放つななせに、なずなは「そうですね」とさほど気にした様子もなく言う。


「――しかし、困りましたね。このままだと本当にボクの計画が頓挫させられそうです。許婚さんの攻撃がこれ以上続いたら、ボクとしても防ぎようがなくなりそうですし……」


「そう思うのならおとなしく降参すればいいさ。今後一切こんな真似はしないと誓うのなら、今回のことは目をつぶってもいいぞ」


 どうやらなずなには、『桜紅華』の弱点がまだわかっていないようだった。ななせはこれ以上の戦いは無意味だということを知らしめるために、見せかけの気迫をまとう。


「それはできませんよ。ボクにはもう後がないですし、組織を保つためにも、ここらへんで成果を上げませんとね。――許婚さんたちもどうですか? ボクのこと、見逃す気はないですか? 今なら見逃してあげてもいいですよ」


「そういうことは、自分の立ち位置を考えてものを言うんだな」


 従う気なし、ということをはっきりと口にするななせ。


 なずなは溜息を漏らす。


「……仕方ないですね。こうなったらボクも、奥の手を使うことにしましょう」


 言うが早いか、変化はすぐに起きた。


「な、なんだ⁉」


 声は志具のもの。


 ななせはとっさに振り返ると、先ほどまで出入り口を塞いでいただけのなずなの駒が、ゆらゆらと影打の『村正』をもって志具と菜乃に向かって行っていた。


「――っ。お前っ、駒は使わないんじゃなかったのか?」


「言ってませんよ? 要は死にさえしなければいいんですから、使うときは使いますよ」


 したり顔のなずなはさらに、廃屋の陰に向かって手招きする。それに導かれるように、陰から姿を現したのは――


「――マリア!」


 ここにきて、ななせはチッと舌打ちをひとつ。マリアが『村正』の被害者であることは、先刻志具から聞いたばっかりのことだ。


 マリアの瞳に光はなく、ただ虚ろ。魂の抜けきったマリオネットのように、操り主に近づくと、なずなはそんな彼女の首筋に、刃をあてる。


「許婚さん、大人しくしていてくれませんか? ボクももう、退くに退けない状況なのは、さっき言った通りなんです。もう生贄になれとは言いませんから、邪魔はしないでくれません?」


 なずなの瞳には、刃物のような鋭さと残虐さが宿っていた。


 本気だ。こちらが断った場合、なずなは本気でマリアの首をはね飛ばすつもりだ。……いや、マリアだけじゃない。志具や菜乃の命も……。


 だけど、ななせも退くわけにはいかない。なずなの行おうとしていることを見逃せば、駒として使われている人たち全員が、『至高の叡智』にたどり着くための生贄とされてしまう。その中には当然、マリアも含まれるはずだ。


 ななせは歯を食いしばる。どちらも選べるわけがない。だけど、どちらを選ばなければ、なずなは交渉決裂ということにしてしまうだろう。


「さあ、どうしたんですか? 早く選んでくださいよ~、ほらほら~」


 『村正』の刀身が、マリアの首筋の皮を薄く斬った。いたぶっているのを見て、ななせは心底、なずなのことが憎らしく思った。それに呼応するように、『桜紅華』がななせの魔力を一層吸い取っていく。


 このままでは駄目だ。このままではみんなお陀仏になってしまうっ!


 それはわかっているものの、突破口が見つからない。


「どうしました? 決められませんか? 許婚さん。…………仕方ありませんね~。ここはひとつ、タイムアップをもうけましょう。そうしたら、許婚さんも決めざるを得なくなるでしょ? もし決められなかった場合は……わかってますよね~」


 狂気的な、悪魔の微笑をもって、なずなは言う。


「では後三分にしましょう。それ以上は無理です。待てません。――では、スタート!」


 ななせの了承を得ることなく、勝手に始めるなずな。それはそうだ。ななせには、選択肢など、ほとんど与えられていないに等しいのだから。


「……どうしてだ。どうしてそこまで『至高の叡智』にこだわるんだ? 魔術師としての箔をつけたいのなら、もっとほかにも方法はあるだろ!」


「それが一番手っ取り早いからですよ。『至高の叡智』を手に入れれば、誰も文句は言わないでしょうし」


 なにをわかったことを、と言わんばかりのなずな。


「もう時間がないんですよ。ボクの……玖珂家の存続をかけた大一番なんですよ、今回のこれは」


「玖珂家……」


 ななせは考える。


 玖珂家……。なにかが引っかかっている……。


「まさかお前……あの玖珂家の……」


 思い当たる節を見つけたななせ。


 なずなは、ふっ……、と口の端を一層緩めると、


「やっと思い出せましたか? ……いや。今ではずいぶんと落ち目となったボクの家のことを思い出せたんですから、さすがというべきですね」


 自虐的な色を含んだ声……。


 ななせは玖珂家のことを思い返す。


 玖珂家は、日本を中心に活動している魔術組織――『東方呪術協会』をまとめている、日本でも強大な力をもっている魔術師の家系のひとつだ。……いや、「だった」というべきか。


 詳しい話はななせも知らないが、風に流されてきた噂によると、家の中でいざこざがあったらしい。その騒動というものが、『東方呪術協会』を一気に衰退させてしまう起爆剤となってしまったらしいのだ。


 『村正』も、もともとは『東方呪術協会』が所持、管理していたものだ。だが、魔術的な価値とポテンシャルを高く持っている『アーティファクト』を、衰退して沈みかかっている船に乗せておくのはあまりにも危険だ、ということで、ある時期を境に、様々な魔術結社、組織が『東方呪術協会』に『アーティファクト』を委託するように求めたのだ。委託というより、事実上の没収である。


 それがきっかけで『東方呪術協会』は勢力を瞬く間に減衰させていき、今では風前の灯状態だという……。


 あまりにもそんな片鱗を見せなかったため、ななせもなずなのことを、そんなに気に留めていなかった。今としてみれば、大いなる失態だ。


「ボクは何としても、この計画を成功させないといけないんです。魔術師として……玖珂家の誇りにかけて」


 言葉に迷いは感じられなかった。なずなの眼に濁りはなく、本当にそう思っているということが伝わってくる。


 有無を言わせぬ気迫に、ななせは何も物が言えない。なずなが行おうとしていることは当然赦せない。だが、彼女を説得させるだけの材料が、ななせにはなかったのだ。


 力ずくで押そうにしても、向こうにはマリアがいる。こちらが何らかの異常なアクションを起こそうものなら、マリアは……。


「――ふざけるな」


 そんなときだ。二人の会話に割り込む声がひとつ、やってきたのは。


 ななせは驚きに振り返る。なずなも、そちらへ視線をやる。


 二人の視線を浴びながらも、その声の主は怯む気配を見せない。


 敵意と殺意に満ちた二人の間に堂々と割って入ったその人物は――――志具だ。



 ――◆――◆――



 志具は二人の視線を受けても、動じる様を見せなかった。


 今までただ静観することしかできなかった志具。そんな彼が、危険を冒してでも会話に割って入った理由はひとつ。


 怒り。


 自身の後輩に対する、純粋な怒りの感情によるものだった。


「玖珂家の誇り? よくもそんな言葉をしれっと出せるものだな。これだけの人間を巻き添えにして、傷つけて、挙句の果てにマリアを使って脅迫か……。君の言う誇りなんぞ、紙よりも薄く、脆いな」


 怒りを感じながらも、志具の頭は恐ろしいほどに冷静を保っていた。


 周りのなずなに操られている人たちが、いつその得物を振るわんとしている中でも、志具は後輩に、はっきりと言ってやらないといけないことがあったのだ。


 なずなの顔に、憤怒が宿る。眉を吊り上げ、怒声を上げる。


「先輩さんに何がわかるんですか! 玖珂家(ボクたち)がどれだけ辛酸を味わってきたか……。成果を出せない魔術師なんて家畜にも劣るとまで言われたボクたちの気持ちが……」


「その通りではないか」


「え?」


 あまりにも当然とばかりの志具の言葉に、なずなは素っ頓狂な声を上げた。そんな彼女にかまわず、志具は続ける。


「無関係な人たちを巻き込んで、有無を言わせず自分の目的を達成するための犠牲にしようとしている。私に言わせてみればなずな、君の価値など家畜以下だ」


 後輩を家畜以下と言ってのける志具に、ななせは驚きと戸惑いの色を顔に浮かべていた。


 対しなずなは、顔を赤くさせ、頭に血をのぼらせているのが、目に見えてわかった。


「……何も知らない人がぬけぬけと……っ!」


 なずなの手元が怒りに震え、マリアの首筋付近をカタカタと微動する。


「志具っ!」


 ななせが制止の声を上げる。


 それ以上はやめろ! と言いたいことが、志具には理解できた。


 だが、志具はかまわない。仮にここでなずながマリアの首をかき切るようなことがあれば、彼女は本当の意味で「家畜以下」なのだ。


「そうだ。私は君のことなど何も知らない。君が話さないのだからわかるはずがないだろう。ひとり殻に閉じこもって、メソメソと泣いて、勝手に暴走している君が悪いのだ」


 あくまで冷静に、淡々と言い放つ志具。


 なずなは瞳に怒りの炎を燃え上がらせ、志具を睨みつけていたが、


「…………そうですか…………」


 突然、寒気がするくらい平坦な声になった。


 糸の切れたマリオネット。……いや、違う。あれは、なにかこれから行うことを決めたのだ。しかしそれは、あまりにも暗い……。


 なずなはマリアを無造作に壁に放り投げた。壁に背を強くぶつけ、マリアはその場に崩れ落ち、意識を失う。


「決めました。――許婚さん。アナタの始末は後回しです。まずはそこの……ろくでなしの先輩さんから片付けることにします」


 なずなが暗い光を、その瞳に宿らせる。


 それはウサギを狩るハンターの瞳というには、あまりにも残酷。


 ただ憎くて殺す。それ以上でもそれ以下でもない。


 それを察したのか、ななせが動こうとするが……その場に片膝をついた。『桜紅華』に魔力を吸い取られ過ぎて、身体が満足に動かせないのだ。


 志具はそれを菜乃の言葉から察する。


「志具! 逃げろ!」


 代わりに彼女の口から、必死の叫びが上がる。


 だが――。


 悪いな、万条院。君の言葉に従うつもりはない。


 なぜなら――、


「道を踏み外そうとしている後輩を折檻する必要があるからな」


「折檻ですか? あはっ♪ 先輩さんったらそんな趣味をお持ちで? でも残念ですね。なにもできない、口先だけの木偶の坊は、ただ狩られるしか道はないんですよ」


「誰が木偶の坊だ? 口のきき方には気をつけるんだな、なずな――っ!」


 瞬間、志具の身体が閃光に包まれる。


 夜闇を一転して昼にするような、そんな眩い光。


 突然のことに、なずなは困惑の色を隠し切れていなかった。ただ、なにか仕掛けるつもりだという危険を察したのか、志具との間合いを広げる。


 だが、志具にはわかっていた。


 自分の気持ちに、『あれ』が答えてくれているのだと――。


 輝く左胸に志具は手を突っ込み、勢いよく抜き出した。


 青白い光が、志具の手の中で徐々に形を作り始める。巨大な、身の丈を超す大剣の形を――。


 やがて光が止んだ後には、志具の手には『グラム』が握られていた。


 それを見てなずなは目を細める。


「『アーティファクト』……。先輩さんを襲わせた駒を潰したやつですね……」


「ほぅ? 私がこれを持っているのを知っているのか?」


「ええ。駒の視覚や聴覚といった五感は、主であるボクにもわかるようになってるんですよ」


 ちなみに、先輩さんの家の場所とかも、駒を通じて調査した結果、知ったんですよ、となずなはその言葉の後に追加した。


 なるほど。薄らと疑問に感じていたことがこれで消えた。


 だがなずなは、これが『グラム』だということに気づいていないようだ。まあ、今まで誰にも触れられることなく、封印されていたものだ。知らないのも当然か。


 ……まあ、だからといって私にもなずなにも、何のメリットがあるわけがないのだが……。


 『グラム』のその能力を、志具は知らない。志具どころか、誰にもわからないのだ。


 ブラックボックス状態の『アーティファクト』を使うことが、どんなに恐ろしいことか志具にはわからないが、それでも、こうして自分の気持ちに応えてくれるように現れた魔剣だ。不利に働くようなことはないだろう。


 志具はそれを両手で構え、正眼に構える。その正面に立つのは――なずなだ。


「……あはっ、そうですか……。先輩さんは、よっぽど痛い目に遭いたいようですね? Mなんですか? そうなんですか?」


 なずなの軽口に、志具は応じない。応じる気など、とっくに失せていた。


「いいですよ。相手にしてあげますよ。その『アーティファクト』がどういうものか知りませんが、先輩さんに使いこなせるはずがありませんしね」


 なずなは言うと、『村正』を志具と同じく正眼に構える。


 彼女がその身から放つのは――殺気。もう生贄にしようなんて考えは失せているのだろう。邪魔する者を斬り捨てる。――そんな気合いが感じられた。


 余計なことを考えず、志具はなずなに意識を集中させる。精神が研ぎ澄まされ、雑念が消えていく……。


 両者睨みあいの中、先手を打ったのはなずなだ。


 下段に妖刀を構えた直後、鉄砲玉のごとく志具に突撃した。


 彼我の距離は十メートル程あったが、一瞬で距離が詰まる。


 志具はとっさにガードした。なずなに意識を集中させていたので、彼女の挙動にすばやく対応できたのだ。


 だが、なずなの攻撃は止まらない。すかさず二撃、三撃を繰り出して行く。


 流れるような――まるで水が上流から下流に流れ行くような、よどみのない連撃に、志具は適切に対応する。大剣の重量はまったく感じられないゆえに、できていることだった。


 隙のない連続攻撃を繰り出していたなずなだったが、突如志具との間合いを広げた。不審に思った志具が、彼女の様子を見ると、なにやら異変を感じ取ったような顔色で、『村正』の刀身を眺めていた。


 ……が、それも数秒の話。なずなはキッと表情を鋭くさせると、


「――行け!」


 短くなずなが叫ぶと、それに応じるようになずなの駒が動いた。


 三ケタに届く勢いのその人たちは、ゆらゆらと幽鬼のように志具ひとりに襲いかかろうとする。


 圧倒的な数の暴力。しかし志具は怯まなかった。今の自分なら、なんだってできる――! そんな自信がどこからともなくあふれていたのだ。


 先陣をきってやってきた相手の得物を、『グラム』で一刀両断する。斬ったときの感触は、まるでない。水を斬っているかのようだった。


 『村正』を失ったその人は、プツリと糸が途切れたようにその場に倒れ込む。どうやら『村正』の影打を処理していけば、操られている人たちを傷つけずに済みそうだ。


 そう確信を得た志具は、次々と迫りくる相手を対処していく。数は多いものの、的がひとつなので、向こうは思ったように動けず、志具は想像以上に一度に相手をする人数が少なかった。


 だが、それも限界が来ていることを感じる。


 無限と思えるほどに次から次へとやってくる敵に、志具は徐々に包囲されつつあった。攻撃が来る方向が正面からではなく、後方や横からもやってくる。いくら気持ちの上では「いける」と思えても、こっちは身体ひとつで対応しているため、限界が生じるのだ。


 円状の包囲網は徐々に狭まってくる。このままではなぶり殺しにされるのも時間の問題だ。


 辛酸をなめたような苦々しい表情になる志具。突破口を見つけたいが、自分ひとりではさすがにどうすることもできない。だが、諦める気は毛頭なかった。


 どうするか……。思考をフルに回転させ、打開策を考えていると――、


「おりゃああああぁぁぁぁ――――!!」


 気合一発な叫びとともに、ななせが空から降ってきた。その際、身近にいた敵の『村正』を叩き割る。


「――万条院!」


「まったく……。無茶が過ぎるぞ、お前は」


 言うとななせは、志具に自分の背をくっつけ、お互い視覚がないようにサポートし合う。突然の乱入者に、駒は戸惑いの様を包囲網を広げるという形で見せた。


「身体は大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃないけど……未来の伴侶がピンチなときに何もしないのは性に合わないもんでね。こいつらはあたしがなんとかするから、お前はなずなを相手にしろ!」


「だが……」


 志具は言い淀む。自分がある程度捌いたとはいえ、敵の数はまだ多い。これだけの数をななせひとりに任せていいものか、志具は悩む。


 それに、なずなのところまで行く道がないのも問題だ。進路を開く必要があるが、力ずくでいけば反撃されるのは必至だ。


 そんな志具に、ななせは言う。


「未来の嫁を信じろ! あたしはこんなとこでくたばるようなやつじゃない!」


 その声色は、緊迫感がありながらも、いつもの彼女らしさがあった。少しも無茶をしているとは思えない、そんな声。


 志具は数秒の思考の後、その言葉を信じることにした。


 ただ、ひとつ訂正するところがある。


「誰が――私の未来の嫁だ!」


 直後、志具とななせは動いた。


 ななせはなずなのいる方向を確認すると、そちらに向けて『桜紅華』を一旋させた。


 熱波の衝撃波が進路上にいる敵を包み込み、ある者は吹き飛ばされ、ある者は熱さのあまり進路を譲る。


 そうしてできた道を、志具は疾走した。


 進路の先にいるのは――なずな!


 なずなは向かい来る志具に驚愕するが、体当たり同然の志具の初手を捌くと、後方に飛び退いた。


「……へぇ。やりますね、先輩さん。正直、あまく見てました」


「そう思うのなら降参するのだな」


「それは無理って言ったはずですよ。――それよりいいんですか? 可愛い将来のお嫁さんがミンチにされますよ?」


「大丈夫だ。あいつはこの程度で死ぬようなやわなやつではない」


「へぇ……。信じているんですね、許婚さんのことを。――さすがは将来、夫婦になる仲ですね」


 はっきりとそう言ってのける志具に、なずなはからかいの言葉をかける。……が、志具は取り合わない。


 なずなも期待していなかったのだろう。それ以上の言葉はなかった。


 両者は再び睨みあう。志具の後方では、ななせとなずなの駒が作曲した戦闘のBGMが流れていた。


「まったく……。先輩さんたちのせいで、ボクの計画が台無しですよ。こんなんじゃ、仮に先輩さんたちに勝てても、計画を実行できません」


「そう思うのなら――」


「――降参しろ、ですか? いい加減しつこいですよ。ボクは降参しません」


 言うとなずなは、『村正』を構えた。


「ここで降参なんてしたら……本当に玖珂家の誇りが地に落ちてしまいます。こうなったら、意地でも勝ちますよ。――アナタに。先輩さんに勝って、少しでも魔術師としての箔をつけてみせます」


 決意に満ちたその言葉。ここまで来ると、称賛の言葉を送りたくなる。


 だが志具はそうしない。なぜなら、ここで飴を送れば、折檻にならないからだ。


「できるならやってみせろ。私は……全力で阻止する」


 フッとなずなの口元が緩んだ――瞬間だった。二人の戦いが再開したのは。


 大剣と妖刀が幾度となく交差し、その度に夜の闇を彩らせるための火花を散らせる。


 互いに全力。出し惜しみはなし。


 ひとりは家の誇りのために――


 ひとりは道を外した後輩のために――


 刃を交じり合わせる。


「――なるほど。どうやらその『アーティファクト』、魔力を吸収する能力をもっているようですね」


 そんな中、ひとりごとのようになずなが呟く。


 『村正』の影打は、叩き斬られたのではなく、正確には『グラム』に魔力を吸収されたから、その姿を保てなくなっていたのだ。


 考えてみれば、大剣の肉厚な刀身で、なにかを斬るなんてことができるわけがない。バイキングソードの強みは、その肉厚で重みのある刀身で、相手の得物を叩き折り、使い物にならないようにすることだ。


 僅かながら疑問に感じていたことが、これでやっと晴れた。……まあ、疑問が魔術なんてオカルト的な解釈で晴れるなんて、いささか奇妙な感じもするが。


 なずなが志具に苦戦しているのは、それが理由だ。『村正』に蓄えられていた膨大な魔力が、『グラム』と交えるたびに徐々に吸収されていき、その能力を使えなくなって行っているのだ。


 切れがあったなずなの動きが、徐々に緩慢になっていく。対し志具の動きは、一向にその衰えを見せない。疲労がないわけではない。ただそれを、『グラム』が補っているのだ。


 どちらが勝者で、敗者なのか。その結果が、徐々に色濃くなっていく……。


 志具は押し、なずなが押される――


 ――瞬間、夜空に一本の日本刀が舞った。


 空中を円運動を描きながら舞い、『村正』は地面にその刀身を突き刺した。


 なずなの鼻先に、大剣『グラム』の切っ先を向ける志具。


 なずなは放心状態。やがて、すべてを理解したなずなは、がくりと両膝を地面につけた。


「あ……はは……。負けちゃいましたね……ボク……」


 自嘲気味に笑うなずな。彼女から、戦いの気迫が薄らいでいくのが、目に見えてわかる。


「いけなかったんですか? ……家の名誉を、誇りを護ることが……そんなに……」


「悪くはない。ただ、方法が悪かっただけだ」


 抵抗は見せないと判断した志具は、『グラム』をおろすと、なずなに近づき、手を差し伸べる。


 その手に視線を落とすなずな。


 優しさを込めた声色で、志具は言う。


「もっと別の方法を考えればいい。見つかるように、私も協力するから」


「……あはっ。先輩さん、甘すぎですよ。命を狙っていた相手に向かって、そんな甘言を口にするなんて……」


 俯いているため、なずなの表情は志具からは見えない。ただその声色に失笑が滲んでいた。


 志具の甘さ、愚かさ、無謀さ。――そういった意味合いが失笑に込められていることは、志具にも理解できていた。


 なずなはしばし、差し伸べられた手を見つめていたが、


 その手を――払いのけた。


 ペシン、と乾いた力ない音が、静まり返っていた空気を振動させる。


「――嫌です。拒否します。そんなの……ボクが赦しません。敵に情けをかけられるなんて……戦士として最大の恥です」


 ゆっくりと立ち上がったなずなは、志具に背を向け、地面に突き刺さっていた『村正』を鞘におさめた。


「……今回は諦めます。でも……玖珂家を立て直すためにも、ボクはこれからもなんだってしてみせます。人に害を加えることも、手段として用いるかもしれません」


「そのときはまた、私が阻止してやるまでさ」


 ……いや、正しくは私たちが、か。


 志具は戦闘で疲れきっているななせや、彼女を介護している菜乃を一瞥して、心の中で訂正した。


「……そうですか。そういえば先輩さんって、怒ると怖いんでしたね。……でも、できるものなら……やってみせてくださいよ」


 言うとなずなは、志具の脇を通り、廃墟を後にした。


 志具はその背が見えなくなるまで、じっと見続けていた。

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