5話
「いいからフェリ! お前はさっさとどっか行け! 」
アリシアが空色の髪を逆立てて猫のように威嚇するが、フェリは構わず彼女に突進して抱きつく。ひとしきり彼女といちゃいちゃした後、フェリの朱色の瞳が俺の目を刺した。
「んで、新入りくぅん。君ってホントに強いのお? ねね、ウチのアリシアに一矢報いたってのはホントかい? このフェリちゃんの綺麗なまなこで見ていないから分からないんだが……」
「ホントだよ……」
「ほうほうそうかい! なら私と今から――」
「――戦えってか? 今ベッドから起き上がったばかりなんだけど……」
朱色の髪をくるくるといじりながら、フェリというその女性はにたりとしたその笑顔を崩さずに、そんなの男の子なんだから大丈夫でしょう、と吐く。その髪と同じ色をした瞳を見つめると、自分の考えていることが全て見透かされているかのような心地だった。
「さ、そうと決まればさっさと戦やろうぜ、ランくん」
「はいはい……俺がもし勝ったらアンタの財布の中身全部貰うからな……怪我人に無茶させやがって」
俺と同じ苦労人の気配がするルイスの部屋を、俺たちは後にした。
第六騎士団の団員が生活する宿屋の裏には、先ほどアリシアと戦った闘技場よりは流石に小さいものの、しっかりとした造りの闘技場が構えていた。その中央に俺とフェリが向かい合って立っている。
「んじゃ……とりあえず始めろよ。言っとくがお互い殺すのはナシだからな。私はどっちが勝とうがどーでもいいがな」
何故かフェリが現れてから不機嫌になったアリシアが俺たちに念を押す。眉間に皺が寄り、観客席に座る身体は小刻みに揺れて貧乏揺すりをしているのが見て取れる。
「なんでアリシアはあんなにイライラしてるんだ……」
「あはは、君が万が一にも勝ったなら、私の財布の中身だけでなくみんなの団長アリシアちゃんの秘密その1を教えよう。もし君が負けたならアリシアちゃんの秘密その2を教えてやろう」
勝っても負けても俺が支払うものは無し、おまけにどちらの場合でも小生意気なアリシアの弱みを握れるときた。この誘いに乗らない手は無い。無茶苦茶な条件を提示された途端第六騎士団長サマの綺麗な顔が歪んだ。
「はぁ!? おいちょっと待てフェ――」
「――はいよーいどん! 試合開始! 」
フェリの開始の合図と共に俺は彼女の間合いに突っ込み、その右手に握られた剣を吹っ飛ばそうと剣を振るう。身体強化魔法で人ならざる速度で迫る剣撃は、彼女の剣を容易く吹き飛ばすかと思われたが――
「ほい」
「なッ!? 」
俺の動きを読んでいたかのように直前で剣を逸らし、剣閃をかわした。元から彼女の身体を斬るつもりなどなかった俺の剣は彼女の剣に当たることもできずに虚しく空を切る。俺の初手はあっさりと彼女にかわされてしまった。脳をフル回転させて次の案を考えている最中に、顎に鈍い衝撃が走った。
「がはッ――」
彼女の拳が俺の顎を下から勢いよく打ち上げる。彼女も同じく筋力を強化しているようで、骨は砕けずとも俺の身体はふわりと宙へ舞った。
「あは、もう終わり? 」
耳にこびり付くような煽り文句を受けながら、歯を食いしばって腹と脚に渾身の力を込める。勢いをつけて上手く反転し、無事に俺の身体は足から地面に着地した――と思った途端。
「はいよく体勢を整えた、ところにどーん」
眼前に拳が迫るのが見えた瞬間、激痛が走る。着地の瞬間に顔を思い切り殴られたのだということを理解するのが一瞬遅れ、足がふらつく。直後に目の前のフェリの姿が消えたかと思えば地を舐めるような低い回し蹴りで足を取られ、再び俺の身体は地面に崩れ落ちる。
「んー、普通に強いね、君。アリシアより少し強いくらい……かな? ほら、そろそろ降参するかい」
「いやまだだ」
手足に再び力を込めて地を蹴り、一旦フェリから距離をとる。この女はとんでもない、俺がやっとの思いで倒したアリシアの何倍も上だ。こうなっては残るアドバンテージはお互いの異能がまだ分かっていないことだが――。
「――おいラン! フェリの顔に傷をつけちゃうんじゃだの、手足を切り落としてしまうんじゃだのは今考えなくていいぞ。心臓が潰れたとしてもこのルイスが痕も残さずに治す! 」
俺が攻めあぐねていると会場にアリシアの怒声が響き渡る。彼女の隣にはルイスが呆れたような表情で座っていた。
「そうだ、団長の言う通りボクの異能『治癒』なら死んでいない限りなんでも治せるよ。ある程度なら、遠慮なく戦ってくれていい。応援してるよ、ラン君」
アリシアが仕事をまた押し付けた事に関してはいい気分ではないようだが、ルイスは俺のことを快く思ってくれているのか、激励の言葉を俺に送ってくれた。
「ありがとうございます、ルイスさん! 」
怪我をどれだけさせても良いとくれば戦い方が変わってくる。アリシアの間合いの外で、俺は懐から短刀を取り出した。
「贄は血、赤く燃え、その炎で以って爆ぜろ! 血爆ッ! 」
詠唱をしながら左手首に軽く刃を当てると、そこから流れる血が生き物のように動き始め、短刀全体をうっすらと覆った。これで任意のタイミングでこの短刀を爆発させることができる。
「ふぅ〜ん爆発系の魔法か。でも魔力の消費激しくて大変でしょう、それ1発で私を倒せる訳でもないんだし」
「そうだな――」
強化魔法がかかった腕で投擲した短刀は、彼女の足元に目にも止まらぬ速さで飛んでいく。当然持ち前の反射神経でそこから飛び退くフェリ。
「1本しか無いとは言ってないけどな」
彼女の方へ向けて右手をかざすと、掌から先ほど投擲した紅い短刀が射出される。爆発魔法を付与した、先ほど渾身の力で投擲した直後の短刀を複製したのだ。魔法の刻印も運動エネルギーもそのまま全て複製されている。
「んなっ、手から!? 君の異能は――」
2本目の短刀も避けたフェリだが、明らかに表情には焦りが見てとれた。構わず彼女の周囲の地面に爆発魔法付与の短刀を間髪いれずに撃ちまくる。砂埃と金属が地に刺さる音で彼女の周りは溢れる。
「――待った、分かった。降参だ」
いつ爆発するかも分からない短刀に周りを囲まれ、フェリは両手を挙げて降参を宣言した。どうやらこの騎士団に入って最初の恒例行事と思われるこの決闘には、気づけば多くの団員たちが観戦していて、彼女の降伏宣言に彼らは驚きと賞賛の声を上げた。
「すごいじゃないかラン! いやぁフェリに入団直後に勝った団員なんて多分君が初めてじゃないかなぁ! なあ団長? 」
ルイスがクマの目立つ顔を綻ばせながらこちらに走ってくる。その後ろを歩いてこちらに向かってくるアリシアに同意を求めると、そうだな、と微かに頰を緩めた。