9話 戦闘少女は外を探検する
廃墟をアリスは歩く。アスファルト舗装がひび割れて、雑草が生えていても、まだ判別ができることに目を細める。
廃墟ビルも崩れて植物が覆うようになってはいたが、まだ形を遺している。途上に放棄されている車の残骸を見てみると、錆びて真っ赤であるが、機械が残っていた。
ステータスボードを手慣れた様子で操り、マップを表示させる。マップは自身の歩いた、もしくはドローンなどで調べたところか、マップデータを買わないと暗いままだ。即ち、今はほとんどマップは真っ暗である。
だが、地名は表示される。そこには『惑星地球:滅びし秋葉原』と表示されていた。
「ここが失われし地球であることは間違いないみたいですね。データバンクにもその存在はありません」
「ん? アリスたんはデータバンクにアクセスできるの?」
花梨が石ころに躓きそうになりながら聞いてくるので肯定する。
「私は超古代の戦闘生命体です。『宇宙図書館』に蓄えられたマップデータ、クリーチャー、エイリアン、武具、アイテムその全てにアクセスできます。頭が空箱の花梨とは違います」
眠そうな目で花梨に告げる。この娘は知識が偏り過ぎているから。性能だけに偏重しすぎです。
「空箱じゃないよ! 少しは詰まっているから! ちょっと毒舌すぎるよ! うぬぬ、特性の効果だけ見て付けたのが失敗だったよ……」
「今更ですね。『選ばれし者』……。花梨は代表者にはなれないと思いますよ」
悔しがる花梨に肩を竦めてみせて、周りを見渡す。一見長閑だ。クリーチャーの姿は見えずに、反対に鹿やウサギの姿が遠くに見える。
「花梨。総合戦闘力の表し方を勉強してありますか?」
「もちろんよ。私は世界のトッププレイヤーになる予定だからね! え〜と……」
総合戦闘力とは
基礎戦闘力✕自身の持つ最高レベルの戦闘スキル=総合戦闘力+装備品の性能
である。
基礎戦闘力は、攻撃力、防御力、素早さなどのマスキングされたステータス合計である。
スキルレベルは使うごとに熟練度が上がり、一定に達したら上がる。
スキルレベルの横に記載されている()の数値は成長率。
即ち、例えば体術5(2)の場合、スキルレベル5、成長率2となる。熟練度は使用していくと、稀に0.1上がる。その数値と成長率を掛けた物が最終熟練度数値になり、1まで溜まったらレベルが上がる。この場合、成長率は2だから、0.2の熟練度となる。
成長率はレベルが上がるごとに手に入るスキルポイントを振ることにより上げられる。レベルアップ時に貰えるスキルポイントは普通は1ポイント。アリスは古代の戦闘生命体のため、3ポイント。
なので、体術5が最高戦闘スキルであり、基礎戦闘力が100の場合は総合戦闘力は500となる。
基礎戦闘力はレベルが上がるごとに5ずつアップする。各ステータスへの振り分けはジョブにより違い、マスキングされているので不明である。アリスは古代の戦闘生命体なので10ずつ上がる。
「と、言う感じね! インフレが激しいのが、この世界特有なのよね!」
えっへんと胸を反らして得意気に教えてくる花梨に、ふむふむと私は頷く。物質世界に来る前に勉強はしていたみたいだ。そのとおり、この世界は絶望的に戦闘力に開きができる世界だ。
生身で宇宙戦艦も破壊できるようになるし、ハンドガンで基地を吹き飛ばすこともできるようになる。だが、問題もある。
「インフレ激しい総合戦闘力ですが頼りになりません。剣術スキルが一番高い場合、剣を持たねば総合戦闘力のパワーは出せませんからね」
「武器封じのスキルが嫌がられると聞いたことはあるわねっ」
「そのとおりです。なので、封印ができないスキル。体術スキルを上げるのが基本なんです」
爽やかな風が髪の毛を絡みとるように吹いてくるので、そっと手で抑えて、情報のないこの地を見渡す。
「体術に成長率を振ったのはナイスです。褒めてあげても良いでしょう。まずは体術スキル上げをしたいと思います」
自然な動きで、剣を引き抜き頭の前に翳す。
キィンと剣から火花が散って、地面になにかが弾かれて土埃が舞う。
「へ? 今のなに? ゲフ」
いきなり剣から火花が散ったことに花梨が驚くが、弾かれたようにくの字になり倒れ込む。地面にはドクドクと血溜まりができる。銃弾が命中した模様。
その様子を見ても、まったく動揺も見せずに、アリスは剣をスイスイと動かしていくと、その所々で火花が散って、地面にボスっと何かがめり込む。
「弾丸をパリィすると、熟練度が上がりやすいんです。しかも剣を利用しているので、鎖剣術の熟練度も上がるんですよ」
ふふっと微笑み、前方へと身体を向き直ると、廃墟ビルの陰から、バタバタと昨日出会ったゴブリンガンナーとかいうクリーチャーたちが現れる。
「最低3にはしたいのですが、弾丸をそれだけ持っているのか不安ですね」
ギャッギャッと嗤うゴブリンガンナーたちへと、アリスは悪戯そうな可愛らしい微笑みを見せるのであった。
「お、おっさんより酷い……。でもそれが素敵」
身体を半透明にしつつ、どこかの少女が呟くが雑音だから気にしないで良いですよね。
廃墟ビルに隠れていたゴブリンガンナーたちは、獲物が来たと喜びながら、骨の銃で狩りをしようと醜悪な笑みを浮かべた。
時折、なにかを採取にくる無防備な人間がやってくるのた。それを甚振ったあとに食べるのがゴブリンガンナーたちの好物である。
ギャッギャッと廃墟ビルから銃口を向けて、ニタリと嗤う。人間の少女たちはこちらに気づいた様子もなく話し込んでいる。馬鹿な人間だ。女らしいので、きっと柔らかい肉だろうと期待を持って引き金に指をそえる。
銃弾を放つ寸前であった。話し込んでいた少女の片方がこちらを見て、剣を抜いたのだ。
気づかれたのかと思ったがもう遅い。周りにいる仲間へと視線を送り、引き金を引く。
圧縮された魔力風が銃口で弾けて、押し出された骨でできた弾丸が発射される。自身でもどこに当たるかわからないその一撃。
だが、自然な様子で少女が頭の前に翳した剣に命中して火花を散らす。
「ぎぎぃ?」
その様子に戸惑う。もう一人の少女は腹に命中して倒れていた。たまたまかと思い、仲間と共にもっと近づくことにしてバタバタと足音荒くビルの影からゴブリンガンナーたちは飛び出す。
そこに死神がいるとも理解できずに。
アリスは剣を柳のように揺らしながら弾丸を弾いていた。キンキンと火花が散る中で、正確に自身に命中する軌道の弾丸だけ弾いていく。
まだアリスの戦闘力はたった100である。なので、高速で接近してくる弾丸を見切ることはできない。
しかし、敵の銃口を見れば、その向ける先が、放たれる銃弾がどのような軌道を描くのか、正確に予測できた。古代の戦闘生命体であり、各種戦闘特性を持つ私にとっては楽なものだ。
「『解析の瞳』発動」
一瞬、瞳の中に複雑なマテリアル回路が光る。そして敵の正確な戦闘力を計測する。
『ゴブリンガンナー』
『総合戦闘力124』
簡素にして、単純な計測であるが充分だ。格上の敵であれば、熟練度は上がりやすい。敵の数は5匹だが、1匹計測すれば充分だろう。
足を少しずらしながら、身体の向きを変えて、剣を翳して受け止める。その姿は第三者から見たら、弾丸が剣に当たるように飛んで来るようであった。
アリスがダンスを踊るようにステップを踏みながら受け流し、受け止めた際に発する火花が彩りを添える。
ステップを踏みながら、軽やかに舞うアリスにゴブリンガンナーたちは、諦めることを知らずに銃の引き金を引く。
5匹からの銃弾は性能が悪いからであろう。ほとんどは外れるが、命中しないためにゴブリンガンナーたちは段々と距離を縮めてくる。
じきに無数の弾丸がアリスの身体に向かうだろうことは明らかであったが、アリスは楽しそうに笑うだけで焦りを見せない。
キンキンと火花が散るごとにゴブリンガンナーたちは一歩ずつ近づいてくる。
段々と弾丸を弾く火花が多くなり、命中範囲に入ってきたことがわかる。
アリスとの距離はいつの間にか10メートル程度となっていた。
「ようやく命中弾が多くなってきましたか。弾丸が尽きないようで安心しました」
ステータスボードを見ながら、私は薄く笑う。火花が散る中で稀にログが表示されるのを見て、むふふと微笑んでしまう。
『体術熟練度が0.4上がりました』
『鎖剣術熟練度が0.4上がりました』
『体術熟練度が0.4上がりました』
『鎖剣術熟練度が0.4上がりました』
『体術熟練度が0.4上がりました』
『鎖剣術熟練度が0.4上がりました』
『体術レベルが2となりました』
『鎖剣レベルが2となりました』
『総合戦闘力が200となりました』
『体術熟練度が0.4上がりました』
『鎖剣術熟練度が0.4上がりました』
『体術レベルが3となりました』
『鎖剣術レベルが3となりました』
『総合戦闘力が300となりました』
ずらすらとログが並び、敵の総合戦闘力をあっという間に上回る。銃の攻撃力を加算した敵の総合戦闘力は124。それを体術レベルが上がったことにより上回る。
敵が格下となったことを確認する。格下からはほとんどスキル熟練度は上がらない。もうこれでこの敵の役目は終わりである。
「さて、お疲れ様でした。もう貴方たちは用済みです」
もはやいらないと、目の前にいるゴブリンガンナーたちへと冷ややかにアリスは伝える。ラスボスなような冷たい言い方をする少女であったりした。
敵はいくら近寄っても命中しないことに混乱して気が狂ったように銃を撃ってきているが命中することはない。
それだけアリスの動きは機械のように正確で、確実に弾丸の軌道を読んでいた。焦ることなく恐怖することなく。
そしてアリスは僅かに足を弛めると、地を蹴り間合いを詰める。敵は躱していただけの少女が眼前から消えたように見えたのだろう。身体を強張らせるが、懐にアリスは腰をかがめて入っていた。
ギザギザのくの字の刃が無数に組み合わされたような剣を素早くアリスは振るう。横薙ぎに一閃すると、同時に横にずれてもう一撃。
2匹のゴブリンガンナーが胴体を分かつのを確認せずに、残りの3匹の間を鋭角に跳ねるように通り過ぎながら剣を振るう。
そうして、5匹のゴブリンガンナーはなにが起こったかも理解できずに、胴体をずらして地へと伏すのであった。
ヒュッと血のついた剣を振るい血糊を落として、アリスは顎にちっこいおててをそえる。
「こんなものでしょうか。とりあえずは。……経験値とドロップアイテムがしょぼいですけど」
勝利した高揚感も見せずに、ステータスボードを見て不満げになっちゃう。アリスは強欲なのだからして。
『ゴブリンガンナーの群れを倒した! 経験値10、10ゴールドを取得した』
ログの表記は、雑魚に相応しい。
「か、かっこいー! アリスたん、かっこいー! ひゃー、さすがは課金しただけはあるわ! さすがは私! そこに痺れる憧れる〜」
ヒョー、とアストラル体の花梨が飛び上がって喜ぶので
「当然です。私は古代の戦闘生命体。かっこいーに決まってます」
エヘンと胸を反らして、反らしすぎてコロリンと後ろ回転をしちゃうのであった。