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8話 戦闘少女が爆誕する

 花梨はうにゃうにゃと目を擦る。ふわぁと目を覚まして、掛け布団と温かみさにしがみつく。柔らかい感触が返ってきて、二度寝しようよと、眠りの妖精が誘ってくる。


 もう一度眠ろうかと考えるが、高校に行かなくてはならないと、仲良くしたがる瞼をなんとか開けて


「知らない天井だわ」


 花梨的、言ってみたいセリフを口にするのであった。


 周りを見て思う。20畳ぐらいの広さの普通の寝室だ。普通のなんの変哲もないシングルベッドに花梨は寝ていた。普通ではないのは、ベッド以外なにもないところ。


「まだ戻れない、か……」


 嘆息して宙を見ると、ステータスボードにあるログアウトボタンはグレーアウトしていた。




「はんはんはーん。自炊もいいね」


 鏡はご機嫌で朝食を用意していた。脱出計画があると花梨が言っていたので、少し余裕ができたのだ。


 フライパンに燻製肉と先程ポップしていた鶏を倒して手に入れた卵を割って入れて焼く。油がないから焦げるかと思ったが、結構上手い具合に焼けており大丈夫そうだ。恐らくは料理スキルに生産超特化の補正が入っているから、使用素材が足りなくても失敗とならないのだろう。成功率が高い場合、素材が足りなくてもノーマル程度なら作成できるのだ。


 コロニーに戻ったら、料理人も良いかもなと鼻歌混じりに焼いたハムエッグを……ハムエッグを……。


「しまった。皿がねえのか」


 フライパンや包丁、基本的初級キッチン道具は揃っていたので、油断した。皿がない。


「ま、良いか。俺一人分だし」


 ハムエッグを食べれば昼間では保つはず。30%満腹アップだし。


 おっさんは鍋でラーメンを食べることもあるのだ。細かいことは気にしない。


 リビングにフライパンを持って行くと、ガチャリと寝室のドアが開き、寝ぼけ眼で花梨が足を引きずるようにぽてぽてと入ってきた。


「おはよ〜、鏡」


「おう。おはよう。ほら、燻製肉」


 挨拶をする花梨に朝食用の燻製肉を手渡して気づく。フォークとかもねぇや。


「菜箸で良いか。飯食ったら、脱出計画を教えてくれよな」


 フライパンをテーブルに置いて菜箸を取りに戻る。


「わかったわ。ん、なかなかハムエッグも美味しいわね。久しぶりに食べたけど」


 菜箸を取ろうと棚を開けている俺に花梨がよくわからないことを言った。意味がわかるけど、わかりたくないが正確なところだ。


 急いでリビングへと顔を向けると、手づかみでハムエッグを食べる少女の姿があった。……こいつは女子力も5なんだな。


 もう一つ作るかなと、俺はため息をつきつつ、再び卵を取りに小島に向かうのであった。




 朝食を食べ終えた俺たちは居間に移り、これからのことを相談することにした。朝食を食べたし、睡眠もとった。水も飲んだので、しばらくは大丈夫だ。


「で、脱出計画とやらを聞かせて貰おうか、花梨?」


「そうね。私がアリスになっていないのは洗面台の姿見で気づいたわ」


 もぐもぐとバナナを頬張りながら花梨がようやく気づいたようで、言ってくる。こいつ、まだ食べるのか。バナナは10%の満腹アップだが、一房食べないと上がらないぞ? 完全に食べないと満腹率は半分以下になるんだぞ。


 ま、効率だけ考えても仕方ない。飯を食べるのが好きな人は多いしな。


「で、考えたの。たぶん全ての設定は鏡に反映しているって。反映していないのは、私だけだって」


「アホで雑魚で変態なのは反映してただろ」


「変態は入っていなかったわ! こんなプリチーな私に向かって失礼ね!」


 プリチーかどうかはわからないが、黙っていれば可愛らしい方なんだがとジト目で眺めていると、花梨はニヤリと笑って人差し指を俺に突きつけてきた。


「今回のバージョンアップは初心者向けバージョンアップなのよ。超大型バージョンアップウィズ課金」


「そこはマネーと言えよ。で、『宇宙図書館スペースライブラリ』はなにをしたんだ?」


 なんで課金だけ日本語なんだよと苦笑しながらつっこむと、ゆらゆらと人差し指を振って、薀蓄を語りたがる人間特有の自慢げな表情で語り始める。


「もう後発組は、特にいまさら『AHO』をやろうとするユーザーは、絶対に先発組に追いつけないわ。そこでできた救済策。それはキャラに同位存在を与えて、戦闘、生産それぞれ特化キャラをやってもらおうと言う話なの。課金しないと駄目なんだけどね……。へへ、バイト代消えちゃったよ」


「そういや、課金特性とかあったな、同位存在? どういうものなんだ?」


 意味がわからない。どういうことなんだろうか? 首を傾げる俺に、花梨は人差し指を振る。


「とりあえず同位存在を押下してくれない? そうすればわかるから」


「はいはい、どんなスキルなんだよ。説明しろよ、な……」


 スキルボードを押すと同時にクラリと意識が失うように、俺は暗闇の中へと眠りにつくのであった。




 部屋がおっさんを中心に光り輝き、眩しさで花梨は手で目を覆う。別におっさんが禿げているわけではない。おっさんはふさふさです。


 予想通りのことが起きると思い、花梨が鏡を見ていると光に包まれたおっさんが段々と小柄になっていく。


 180センチ近くの身長が130センチ程度に、光に覆われた髪の毛がぐんぐんと腰まで伸びていき、一際強烈に輝く。


「目がぁ〜、目がぁ〜」


 雑魚な花梨は手の指の間から眺めていたが、その光にやられてゴロゴロと転がってしまう。家具がないことが幸いしていただろう。壁にぶつかりゴゴンと痛そうな音をたてるだけであった。


「YOJ5963、個体名アリス・ワンダー起動開始」


 鈴音がコロコロと鳴るような可愛らしい少女の声が部屋に響き渡った。


 光が収まった場所には、身長130ぐらいの幼気な少女が立っていた。腰まで伸ばした濡れ鴉のような艷やかな黒髪を伸ばし、眠たげなつぶらな黒目。整ったお鼻に小さな唇。顔立ちは全体的に見たら悪戯そうな少女であった。


 着ている服はセーラー服風だが、金属製の肩当てと胸当て、小手と脚甲が備え付けてあり、腰には長剣とホルスターに銃が収められていた。


 ゆっくりと眠たげた目を花梨に向ける。目を擦りながら花梨はその様子をゴクリとつばを呑み込み見つめる。


 想像と違う。きっとおっさんが少女になると思っていた。いや、実際に変わっているが。


 同位存在とは二人のキャラをアカウントを変えずにマイハウスで切り替えるだけで使えるシステムだ。戦闘用と生産用、それぞれ特化したキャラにすることで、先発組に追いつける可能性を持たせるスターターキット。戦闘用も生産用も譲渡不可の専用アイテムがあるからこそ、このシステム 両方を扱えて無駄にならないことから、先発組に対抗できる可能性を持っていた。課金しないとだけど。


 だが、キャラが切り替わってもおっさんの意識は残ると思っていた。だからこそ、少し驚かそうと説明もせずにスキルを使わせたのだが、様子が違う。


 可愛らしい瞳からは、凍えるような視線を感じる。こちらを排除対象にして襲いかかるロボットのような無感情の瞳。


 課金特性に思い当たる特性をつけた覚えのある花梨は痛覚が50分の1まで抑えられているにもかかわらず、身体が震え恐怖を覚えた。


 こんなことなら、安易に同位存在スキルを使わせなければ良かったと後悔する中で、アリスは足を踏み出し始めた。


「うぃーん、がしゃん。うぃーん、がしゃん。スーパー古代人アリス出撃します! ウィーンガシャン。そういえば音楽の都ウィーンコロニーには美味しい食べ物が多いらしいですね。今度行きましょう」


 ロボットのようにカクカクと身体を動かして歩き始めるアリス。そこにはロボットごっこ遊びをする少女の姿があった。極めてアホっぽい。


「あ〜、こんにちは、アリス。私の名前は花梨、思議花梨よ」


 気のせいだったかと、こんな小さな少女に恐怖を覚えたことに赤面しつつ、立ち上がり花梨は手を差し伸べる。


 その様子を一瞬冷たい視線になったアリスは、表情をニコリと可愛らしい笑みに変えて答えて、握手をする。


「大丈夫、知ってます。私の意識の半分は鏡ですので。特性が大幅に変更、超古代戦闘生命体である私の意識が融合しただけですから」


「それは大丈夫というのかな? 本当におっさんの意識があるの?」


「必殺チョップ」


「ひでぶ」


 めしゃ、と花梨の頭を叩く。この人は黙ったまま同位存在を使わせて何も起こらないと思っていたのだろうか。


 アリスは深くため息を吐いた。『宇宙図書館スペースライブラリ』の知識からサルベージされた私が暴走したらどうするつもりだったんだろうか? 鏡の意識がなかったら、死んでいてもおかしくないのだが。死なないみたいだけど、次元の狭間に捨てれば問題ないだろう。


 それかコロニーに戻ったら、この少女は捨てようと決意をする。段ボール箱に仕舞って、誰かに拾ってもらえるようにお祈りをしておいてあげよう。


 私はこの世界を、人生を手に入れた力でぶいぶいと謳歌するのだ。コロニーに戻れば薔薇色の人生だ。狩りを楽しみ、世界を自分の造った宇宙船で旅しよう。


 むふーと、微笑むアリス。可愛らしいが中身に雑音が入ったので、多少残念な性格になっていた。


 ピクピクと床に突っ伏して動かない花梨を見ながら、私はステータスボードを開く。


「なるほど。なかなか考えましたね。組み合わせは合格点ですね」


 気絶状態にある花梨へと告げて、さて、どうしようかと私は腕を組む。


ステータスはこんな感じであった。


アリス・ワンダー 

レベル1

体力:600

スタミナ:400

ESP:600

総合戦闘力100(+100)

基礎戦闘力100


職業:スーパーウェポンマスター

特性:節制、強欲、直感、慈愛、傲慢、悪戯者

課金特性:同位存在、超古代文明の戦闘生命体、極、豪運

固有特性:戦闘の天才、解析の瞳

スキル:体術1(4)、鎖剣術1(4)、運転1(3)、銃術1(3)

超能力:雷1(3)、重力1(3)、精神1(3)、回復1(3)、

耐性:物理・超能力・状態異常中耐性

装備:鉄鎖剣(攻撃+50)、5式ハンドガン(攻撃+50)、バトルセーラー(防御+50)


 

 節制にて、スタミナ、ESPの消費減、強欲でボス戦でのステータスアップ、直感はあらゆる戦闘アクションに+補正。慈愛は超能力の回復力アップ。傲慢は雑魚敵へとダメージアップ。悪戯者はトリッキーなアクションの成功率に+補正。


 超古代の戦闘生命体、即ち私は全てのステータス2倍、レベルアップ時のスキルポイント、戦闘力上昇度も2倍。


 極はあらゆる戦闘アクションに大幅+補正。豪運はドロップ率大幅アップだ。戦闘の天才にて、さらに戦闘に+補正。


「これならかなりの格上にも勝てますね」


 おっさん時は生産、私の時は戦闘。なるほどなるほど。


「よくわかりました。花梨、褒めてあげます。今の状態だと詰んでいる可能性がありましたが、これならなんとかなるでしょう」


「あ、ありがと」


 突っ伏しながら、花梨が答えてくるのを聞き流しながら、最優先事項を浮かべる。


「最優先事項を確認。行動を開始します」


「ん、外に出るの?」


 ようやく立ち上がった花梨へと、涼やかな視線を向けてアリスは答える。


「私は朝ご飯を食べていません。鏡とは別枠なんです。ということで、存在を変更します」


 ポチリと同位存在を押下して、おっさんに戻ってしまう。


 もちろん、おっさんは再度花梨にチョップを叩き込んだ。

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[気になる点] ぎゃ〜!今度こそ例の展開はないだろうと思っていたらば(°4°)ましゃかバッド先生はオッさんをTSしなければ死んでしまう病いにでもかかっておられるのでは? ログアウト出来ない状況にわりか…
[良い点] やっぱりオッサン少女じゃないか!(歓喜 アリス可愛いヤッター(大歓喜
[良い点] そういえばゲーム名AHOって酷いなw [一言] 同時に操作できないと追い付くの無理じゃない? 並列作業できないし。
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