7話 世界は悲しみで出来ていると嘆くおっさん
俺はステータスを確認して、目を疑った。殆ど変わらないステータスなので、久しぶりに見たのだが信じられない。
ステータスはこうなっていた。
魔風鏡
レベル1
体力:50
スタミナ:50
ESP:200
総合戦闘力25
基礎戦闘力25
職業:スーパークラフトマン
特性:小心、怯懦、脆弱、怠惰、狡猾、不真面目
課金特性:同位存在
固有スキル:生産の天才、解析の瞳
スキル:採掘士5(3)、機工士8(2)、鍛冶1(3)、ガンスミス1(2)、化学1(1)、料理1(1)
超能力:空間1(3)
耐性:状態異常大耐性
装備:作業用ツナギ
なにもかも変わっていた。職業どころではない。その全てが変わっていた。どう考えても、こうなった理由は目の前の少女である。
「ちょっとこれ見てよ! おかしくない? ステータスがバグってるわ!」
顔を引きつらせながら、少女がステータスボードをこちらに見せてくる。
俺より先に見せてきたステータスはこんな感じであった。
思議花梨
レベル1
体力10
スタミナ100
ESP10
総合戦闘力5
基礎戦闘力5
職業:ナビゲーター
特性:アホ、雑魚、お調子者、厨二病
特性:アストラル体変化、解析の瞳
固有スキル:ヘルプ参照
スキル:特になし
装備:作業用ツナギ
ふむ、と俺は頷く。
「お前、花梨というのか。どこらへんがバグってるんだ? 普通に花梨のステータスに相応しいと思うが?」
ピッタリじゃん。なにがバグっているわけ? 不思議に思う俺の顔へと自分の顔を押し付けるように近づけて花梨は言う。
「いきなり名前呼びなんて……ナイスよ。私も鏡と呼ぶわね。よろしく鏡」
「あぁ、よろしくな花梨」
赤面しながら、言ってくる花梨。ここらへんは少女らしいんだな。好感度の低さから、特になにもそれ以上は思わない。
話は終わりかと、俺のステータスについて聞こうとするが、花梨は勢いよく横にぶんぶん首を振る。
「それは良いわ。それより、私のステータス! アリスじゃないわ! これ、私の本名だし、戦闘力5って、どこのヤラレ役? てか、アホに雑魚って。これ悪口じゃないのよ!」
「どう見ても花梨に相応しいと思うぞ。アホで雑魚だろ、お前」
「むきー! 運営にクレーム! 本名バレしてるわ、課金は反映してないわ、もう最悪〜! 私のアリスたんはどこにいったわけ〜。エッチな装備とかしたかったのに〜」
床にへたり込み、嘆く花梨。最後の発言が変態ぽい。というか、どこらへんが嘆く場所か理解しかねるが、それよりも俺のステータスだ。確認しねぇと。
「このステータス、お前はなにか覚えがないか? 俺の戦闘力は500はあったんだが? 特性も変わっているんだ。たしか豪傑とかあったような気がするんだが」
おっさんは戦闘力を盛って見栄を張った。そして特性は気のせいである。何もなかったはずである。
「ええ、攻略サイトの最新情報特性組み合わせ、生産者特化を参考にしたの。凄いでしょ」
ケロリとした表情でくりくりした目を向けてくる花梨。そこには罪悪感というものは見えない。というか、フフンとドヤ顔になっていたりする。
「強チョップ」
「ぐへ」
頭へとチョップを叩きつけて打ち倒す。やっぱりお前だったのか。なんというムカつく奴。人のステータスを変えて平気な顔をするとは。やはり『選ばれし者』はヤバすぎるな。
「バッド特性ばかりじゃねぇか。小心、怯懦はそれぞれ戦闘アクションに10%の成功率ダウン、脆弱なんか、体力、スタミナ、………そして戦闘力が半分! 怠惰は外出時に10%の行動失敗確率アップ!」
これだけバッドステータスが揃えば、もはや戦闘ができないといっても過言ではない。恐らく、スクラップルのスラスターが爆発したのは、この特性のせいであろう。俺のせいではない。
おっさんは昼間の失敗を特性のせいにした。合わせて30%ダウンのせいなのだ。きっとそうだと信じることにした。おっさん族の得意技、責任転嫁である。
「痛いじゃないのよ。話を聞きなさいって。たしかにバッドステータスは何も良いことはないように見えるけど、実際は組み合わせで手に入るスキルとかがあるのよ。この場合は超古代文明の超難易度ダンジョンでランダムにしか手に入らない超レアスキル超能力空間ね。あ、戦闘スキルも取れなくなるおまけもあるわ。機工士は別だけど」
頭を擦りながら、花梨が言ってくるが、……ふむ、なるほどなぁ。
たしかにその話は聞いたことがあるが……。これだけバッドステータスをつけないといけないのか……これじゃ一般人は取れない。『選ばれし者』だって、戦闘スキルが無ければ取るのは躊躇うに違いない。
空間超能力を取るのは強くなった後でも取得しようとすればできるだろうしな。
「狡猾は交渉成功率アップ、不真面目は生産で品質は下がるけど量産率アップ。そーしーてー、鏡の手に入れた特性全ての組み合わせ効果で、固有特性の生産の天才取得。高品質、量産率の大幅アップ〜。鏡は課金ジョブ、スーパークラフトマンもあるから、さらに生産大幅補正付き! 生産系超特化になったのよ。いえーい」
ブイと指を付き出す最悪娘。
「いえーい、ボンバーラリアット」
花梨の首元にラリアットを決めて吹き飛ばす。
「ゲハッ」
とりあえずラリアットを入れておくか。ゴロンゴロンと花梨が床を転がっていくのを横目に考える。たしかに生産特化は嬉しいが、いや、超特化か。
「この地から脱出しないとならないんだぞ? このスキル構成と戦闘力じゃ脱出できねえ。雑魚な花梨さん、そこらへんわかってる?」
夜はもちろん昼だって、この廃墟は危険だ。無理だろ。スクラップルもスクラップになったし。生産超特化のまま死ぬという悲しい結果になる未来しかない。
「雑魚いうな! そこらへんは考えているわ。私の想像どおりなら、たぶんいけるわ。それよりお腹空いたけど、なにか持ってる?」
ラリアットを食らいながらも、多少痛そうにしていても、結構平気そうな表情で花梨が立ち上がる。こいつ……『選ばれし者』によくある痛覚軽減を自分の身体にしているな? 俺たちと唯一と言っても良いのが、そこらへんの身体改造だ。痛いのが嫌な『選ばれし者』がよくしている改造である。
それよりも、なんとかなるのか? 疑問が表情に出たのだろう。花梨は俺を見てクククと怪しそうな笑みを浮かべて、手のひらを差し出してくる。
「……信じるからな? ほれ、燻製肉」
アイテムボックスから非常食としてとっておいた燻製肉を取り出して渡す。満腹メータが20%上がる食い物だ。999個入れておいてある。安いし。『選ばれし者』がスキル上げに作って、投げ売りしているからな。ちなみに水は重いので99個しか入れていない。
「う〜ん。塩っぱくてまずいわ。でも仕方ないか。コップある?」
燻製肉に齧りついて顔を顰めるが、それでもガジガジと食べていく。
「あぁ、一つしかないぞ?」
銅のコップも取り出して渡す。
「構わないわ。おっさんとの間接キスになるし。ぐふふ」
常に変態的余計な一言と、少女が見せてはいけない笑みを浮かべて、キッチンで蛇口から水を出して飲む花梨。そうか、マイハウスは水があるのか。もう花梨の変態的発言は気にしないことにする。
「燻製肉が無くなる前に脱出したいもんだ」
風呂もあるようだし、入るかとバスルームへと行こうとすると
「あぁ、課金したから、食糧は大丈夫。その奥にある扉がそうなのかな?」
「また課金かよ。どんな課金なんだ?」
『選ばれし者』が時折する『課金』。実際はゴールドじゃなくて特殊なマテリアルを『宇宙図書館』に納めて、通常とは一線を画すスキルやアイテムを手に入れることをしているらしい。
「スタートダッシュのためよ。初期素材アイテムの採取なんか、今更超後発組の私たちはやってられないじゃない? だから、レベル50までの素材は課金すれば手に入れることができるの」
風呂は止めて、花梨が指し示す扉を見る。気づかなかったが、もう一つ扉があったか。
ガチャリとノブを捻り、開けて見ると
「……なるほど、さすがは『宇宙図書館』なんでもありだな」
青空の下、小島があった。
凄すぎるだろ、『宇宙図書館』
呆れちまうぜ。
ザザンと波しぶきが浜辺にかかり、蟹がカサカサと横走りしていく。草木が生い茂り蝶が花の上で飛んでいた。
長閑な風景だ。コロニーではテレビでしか見たことがない、惑星リゾート地みたいな場所であった。
「えっと、たしか直径1キロの無人島設定。倉庫あり。なんでもランダムに採れる果物の木、河川系の生物は池から、海系は海で。草木からランダムで草木素材。岩山からはランダムでなんでも鉱石が。平原には鶏や牛、豚、山羊などがポップ。田畑もなんでも作れると。あ、なんでもはレベル50以下の物だけね。それと1日に採れる量はそれぞれ30回まで。まさにスターターキットという感じよね」
記憶を思い出しながら花梨がサクサクと草を踏みしめて説明をしてくる。
「酷え小島だな。採掘士の仕事が無くなっちまう。が、そこまで多くは採れないのか。今は助かるけどな。釣りスキルないけど」
多少陽射しが眩しい中で、椰子の木のような木を強めに叩く。そうすると、ポコポコと果物が落ちてきたので拾う。
林檎とバナナ。なるほどねぇ。食べ物には困らないわけか。助かった。
「どーよ、どーよ? 課金した私に感謝をしてよいのよ。感謝のキスを歓迎するわ」
腰に手をあててドヤ顔になる花梨。むふーと鼻息荒い。
「へいへい。ありがとさん。この状況に陥ったのもお前のせいだと思いだしてくれると嬉しいんだがな。とりあえず食糧についての心配はなさそうだから安心したよ。それじゃ俺は風呂に入るわ」
肩をすくめて、マイハウスに戻る。あー、今日は疲れた。疲労状態になる攻撃受けていないだろうな。
「あ、待ってよ。私も一緒に入るわ」
てこてこと、ついてきながら花梨が言うので、マジマジとその顔を見つめちまう。
「花梨は羞恥心ないわけ?」
「ん? ん〜、鏡はゲームキャラだしね。興奮しかしないわ」
「お前はほんっとうに変態だなぁ、別に構わないけど」
好感度も低いしな。好感度が上がらない限りこいつに興奮することはない。怒りは覚えるけど。
「……それに確認したいこともあるのよ……このゲームって15歳以上制限で、18禁じゃないのよね……。もしも鏡の裸が見れたとすると……」
「見れたとすると?」
なんだってんだ?
「そこは、え、なにか言ったか? と尋ねるのがテンプレだと思うんだけど」
少し不安げな表情で花梨が苦笑するので意外に思う。なんだかなぁ。なんだってんだ?
よくわからんなと、俺は風呂に入りに行くのであった。
花梨は本当に一緒に風呂に入ってきた。自分の裸体を隠しもせずに、俺の裸をジロジロ眺めてきたりもした。
お巡りさんはどこにいるのかね?