6話 マイハウスを手に入れるおっさん
暗闇の中で二人の人影が見えた。ゆらゆらと蠢くそれは星空が地上を照らす中で、素早く駆けてゆく。
「あいだっ! こけたわ、ねぇ、ちょっとおんぶしてくれない? 足を挫いたかもしれないわ」
まったく素早くなかった。というか亀の方が速そうであった。
影の1つが暗闇で見えなかった足元の瓦礫に躓き、哀れな声を上げて助けを求める。その声を聞き、もう一人は優しいのだろう。もう一人へと近づく。
「弱チョップ」
優しくなかった。容赦を見せずにチョップを入れた。
「なんでチョップ? おんぶって言ったじゃない!」
「落下ダメージもないのに、足の部位破壊が起こるわけないだろ。骨折状態は落下ダメージに付与されるか、敵の特殊攻撃を受けないと発生しない」
「もぉ〜、ゲームキャラはこれだから! まったく、まったくもう! おっさんの背中を堪能したいのと、正直疲れたのよ」
少女らしき声の持ち主が不満げに言うが、もう一人の人影は肩をすくめて、また歩き出す。変態に付き合うのはかなり疲れるのだからして。
というか、おっさんと少女である。
スルー推奨、スキップ希望。俺も『選ばれし者』になったし、その選択ができるよなと、疲れたようにおっさんは息を吐いた。さっきからふざけることしかこの少女はしないのだ。
正直、自我を失わずに『選ばれし者』になるとか嬉しすぎる。コロニーに戻ったら、俺は結婚相手を探すんだ。好感度を上げるアイテムを買えるぐらいには儲かるようになるだろ。
そんな希望ある未来を見ながら少女をジト目で見つめる。
たしかに疲れるとステータスが疲労状態となり、バッドステータスとなるが、疲労状態は1日に6時間寝れば大丈夫。反対に寝ないと疲労状態になるが、まだ時間はあるはずだ。疲れても疲労状態にならなければ大丈夫。
星明りの中で、お互い睨み合うが俺は嘆息しておんぶをすることにした。この少女は不死だ。ここで置いていっても特に問題はないが、俺はこいつの助けが無ければ死ぬだろう。
「ほら、乗れよ」
「キター。ウヘヘ、失礼しまーす」
物凄い変態っぽい笑みを浮かべて、俺の背中に米つきバッタみたいに飛び上がって貼り付く少女。デヘヘとベタベタ肩やら腹を触ってくるが、気にしないことにする。こいつの好感度を確認するのが怖えな……。好感度を測るアイテムを使わなくても高そうだ。
「で、どこに行けば良いんだ?」
そろそろ真面目にしないと、真面目に死ぬ。周囲を恐怖を抑えて見渡す。どこにクリーチャーが潜んでいるのかわからない。
遠くの廃墟ビルの影から小さなネズミが現れたかと思うと風が吹き荒れて切り裂かれて息絶える。そして空からフクロウがさっとその死骸を掴んで暗闇の中に消えていく。
やはりおっさんの死は近いと思う今日この頃です。
「そうね。ポータルを開くには敵も味方もいないところじゃないとだめよ。他人に干渉されない場所じゃないとポータルは設置できないわ」
「他者侵入禁止のマイハウス専用ポータル設置施設みたいにバリア設備がないもんな。石の中にいる、を防ぐための安全弁か」
マイポータルを外に設置するのは厄介なのか。コロニーだと専用施設があるから気にしなかったが、そういう縛りが存在すると。
「そのとおりよ。ってか、そんな古いゲームネタよく知ってるわね」
「コロニー図書館には無料の古代ゲームとか漫画や小説があるからな。暇な時にちょくちょく行ってたんだ」
金が無い俺たちには最高の施設だった。あそこはいくらでも時間を潰せる楽しい場所だった。
俺の言葉に少女はなるほどと頷く。
「『AHO』はゲーム内でゲームや漫画を見れるのが売りでもあったものね。でもゲームキャラまで使えるなんて知らなかったわ」
「『選ばれし者』はあまり俺たちの暮らしを気にしないからな。成長率を抜かせばあまり変わらないんだぞ。まぁ、成長率が違いすぎるから、別の存在に見えるかも知れないがな」
少女を背負いながら草むらに気をつけながら歩く。
「『宇宙図書館』は『選ばれし者』のためにあるのではない。世界の発展や均衡と滅亡を防ぐためにある物だからな」
「『AHO』が流行った理由の一つよね。プレイヤーとゲームキャラの違いがあまりないことが。開放されていくシステムを利用してゲームキャラも育つものね〜」
「ま、精神体のお前にとってはゲームだよな。人の身体を乗っ取るなんて趣味悪いと思うがね」
『選ばれし者』にとっては俺たちの世界はゲームだ。人の体を乗っ取り、殺られても再び他の人に取り憑いて世界を楽しむ。
「リアリティを求めて、キャラが死んだら終わりなサバイバルシステムだから仕方ないのよ。普通に生きているキャラを操るのが売りなのよね。……言われてみると、このシステムは私も趣味が悪いと感じちゃうわね。あんたみたいに自我があるキャラに言われると特にそう思うわ」
「俺はお前に勝利して『選ばれし者』の力を手に入れたから、感謝しておくけどな。後はコロニーに帰れれば鍛えて薔薇色の人生だ」
「……そういうクエストなのかしら。まぁ、良いわ。それよりあそこの倉庫に行きましょ。人気がなさそうよ」
首を振って話を断ち切ると、少女は人差し指で指差した。その先には屋根が吹き飛んだかまぼこ型の倉庫があった。
カサカサと虫が草むらから飛び出して逃げてゆく。リーンリーンと虫の鳴き声も聞こえてくる。
倉庫の床もひび割れて土が剥き出しになり、草が生い茂っていた。今鳴いた虫は超音波攻撃をしてこないだろうなと警戒しながら、恐る恐る倉庫に入りながら思う。
コンクリートの壁が所々砕けており、屋根は既に存在しない。鉄骨が剥き出しになっているところもあり、既に放棄されて久しい建物である。
「帰ったら、必ずエネミーセンサーを買うぞ? 一番安物でも良い」
ビビリなおっさんだと、笑いたければ笑え。ここは地獄の一番地。歩き方を間違えたら死んでしまう場所なのだ。
「はいはい。基本装備だものね。とりあえずステータスボードからポータルを使いましょ。私のステータスボードはほとんどグレーアウトして使えないのよね。貴方と私のステータスボードの仕様がバグで入れ替わったのだと思うんだけど。ログアウトも運営への連絡もできないし」
「俺のには運営とログアウトのコマンド自体ないけどな。それにしても、『選ばれし者』のステータスボードはたくさんタブがあるんだなぁ」
俺たちのステータスボードはほとんど何もできない。スキルポイントを使用するか、ステータスを見るぐらいだが、新たなるステータスボードはたくさんのタブが一覧と共に存在していたので感心する。お、亜空間倉庫はステータスボードの一覧からも使えるのか。
「感動は安全地帯であるマイハウスに入ってからよ。夜なのに襲われないのは奇跡に近いわ」
「そうだな。それじゃ、離れてくれるか? ポータルを起動するのには、他者がいると駄目なんだろ?」
当たり前の理論から、少女へと告げると、キョトンとした表情になり、じわじわと怒りの表情へと変わってゆく。
「はぁ? ふざけないでよね! シャワーやお風呂は? 私は疲れているんだけど? 無駄とは知ってもおっさんと風呂に入りたいんだけど?」
離れないからねと、妖怪子泣き少女になって、手を回して強くしがみついてくる少女。
「ふざけんなよ、俺が死ぬじゃねぇか。マイハウスに入れないじゃん! 俺に死ねと?」
身体を振って落とそうとするが、齧りつく少女。畜生め。騒いでいたらクリーチャーが来るだろ。おっさんはもう限界なんだよ。
「バグってるけど、たぶん同じキャラ扱いになっていると思うのよね。使ってみなさいって、ほら」
「そうなのか? 仕方ねぇなぁ」
使えなかったら、この少女はどこかに捨てて来ようと心に誓いながらポータルのボタンを押下する。
と、目の前に複雑な回路から作られる立体型マテリアル陣が現れた。青い光が辺りを照らし、ポータルが形成される。
『マイハウスに移動しますか? Y/N』
やったなと安堵しながらイエスを選ぶと、輝く青い粒子が俺を覆い、次の瞬間、景色が変わるのであった。
マイハウス。『選ばれし者』しか使用できない亜空間に存在するルームだ。『選ばれし者』以外は入室禁止の場所であり、どんな攻撃も届かない絶対安全地帯。
ただ、大きさは2LDK程しかなく、『選ばれし者』を束ねる『クラン』を設立する際は外に作るしかない。それだけ施設を置く必要があるからだ。
あくまでも探検時や、初心者用の宿屋として使われるらしい。少し小金が貯まれば外の普通のホテルに泊まるらしいが。食事などを自炊しないといけないので、最終的にはアイテム倉庫になるんだと。
ちなみに交易品も入れることは可能らしいが、だいたい最低数トン単位なので、そんなちまちま運び入れるようなことはしないらしい。亜空間倉庫でもない限り、『選ばれし者』でも持てる量は数百キロが限界だし、宇宙船と宇宙港を交易品は行き来するだけだもんな。亜空間倉庫でも出し入れが面倒だから、大量の交易品は船にいれるだけらしいけど。
以上、そんなことを目の前の少女は教えてくれた。なるほど。
ふへぇと、少女は居間に寝っ転がって寛いでいた。家具の何もない部屋だ。天井が明るく光り、部屋を照らしているが何もない。リビングルームも寝室も。キッチンシステムが初心者用になっているのが救いか。
冷蔵庫すらない。もちろん食べ物もない。引っ越し前の空き部屋という感じだ。
それでも、安全だ。俺も安心して床に座り込む。一気に疲れが身体を覆うような気がする。ステータスボードをみると、起きてから18時間経過とわかる。24時間を超える前に寝れば問題ないだろう。超えると少なからずバッドステータスがつく。
「あ〜疲れた。なんでアリスの力を使えなかったのかしら。ステータスを見てみましょ」
少女はポチと寝っ転がってステータスボードを叩いていた。
それはきっとアリスとやらの身体ではないからだと、喉まで言葉が出かけるが、ゴクリと飲み干す。俺、し〜らね。
というか、俺も自分のステータスを見てみるか。
暫しの静寂と、ステータスボードを操作する二人の音ずれだけが部屋に流れて……。
「ななな、なによ、これぇ〜!」
「なんじゃこりゃ〜!」
とおっさんと少女の悲鳴が響き渡るのであった。
マイハウスでなければ、隣の住人がクレームを入れに訪れるだろう大声をあげて、お互い顔を見合わせる。
「ステータスもバグってるわ!」
「俺のステータスになんかしただろ、お前!」
果たして、おっさんたちはなにに驚いたのかというと、考えうる限り最悪のことである。