5話 愛機にておっさんは戦う
チュインチュインと銃弾が地面を弾く音がする。小石が弾けて、砂埃が僅かに舞い、小さな穴が空くのが目に入ってしまう。
恐怖で身体を強張らせながら、俺は銃弾が飛んでくる中で、堂々と立つ少女を見つめる。
それは強者の姿であった。『選ばれし者』に相応しい恐怖を笑い、死の危険を楽しむ勇気ある者がいた。
年甲斐もなく、期待と尊敬の目をおっさんは向けて、内心で応援をしていた。声に出すとクリーチャーに見つかるので。こっそりと壁に隠れながら。
相手はビルの影から無防備に飛び出してきた。次点で盗賊かもと考えていたが違った。銃を装備しているクリーチャーだ。エイリアンではないと思う。エイリアンの場合、武器を持つほどの知性があるやつなら、もっと強力な火器をもっているはずだからだ。たぶん地面にクレーターを作るレベルの強力な火器を使うはずだ。俺たちは既に灰となっていると思う。
敵の姿は普通だった。1メートル程の体躯をした緑色の肌を持つクリーチャーだ。服を着てはおらずにボロい布きれを腰に巻いて、口からよだれを垂らし迫ってきていた。
肌が不気味に蠢いていたり、見つめると気が狂いそうになったりはしない。普通のクリーチャーだ。ちょっと安心する。弾けて自爆することもなさそうだし、死体に取り憑いてクリーチャー化もさせそうにないし。
うん、極めて普通のクリーチャーだな。
おっさんはクリーチャーを見ただけで精神をおかしくした男を見たことがあるので、胸を撫で下ろして安心した。何気に安心するレベルが高かったおっさんである。
手にはお粗末なエアガンを持っているが……少しエアガンにしては変だな? 銃声がしないから火薬式ではないと考えたのだが……。エネルギーマテリアル製か? それにしては威力が弱いが。
どちらにしても、現れたのは5匹。銃を持っていることからも、おっさんでは戦えない。連続で当たれば死ぬ。せめて銃があれば牽制して逃げれたのだが。
もちろん倒すことなど考えない。5対1で銃撃戦をやるほど無謀ではない。戦闘力が高いわけでもないし。
少女はどうやって倒すのだろうか。今は50メートルぐらい離れており、敵の下手くそな腕では命中しないだろうけど、距離を詰めてきているが。
「はっ! アリスの力を冥土の土産に見せてやるわ」
片手をツイッと、胸元まであげて少女は得意気に言ってきて、うんうんとなにか気合を入れ始めた。ぶんぶんと手を振り始めもして、ステータスボードを開いて首を傾げてもいた。
そうしてクルリと俺へと振り返り
「ねぇ、私ってチュートリアルをやっていないから、超能力の使い方がわからないの。貴方知ってる? ヒャッ、銃弾怖っ」
足元に銃弾が着弾して、少女は驚き飛び跳ねたりもした。
「こっちみんな」
それは弱者の姿であった。『選ばれし者』に相応しくない恐怖を見せて、死の危険の前で戦い方を知ろうとするアホな者がいた。こいつアホなの?
「俺は超能力使えないから。おっさんは平凡なおっさんだから」
貯金もないし戦闘スキルもないので、平凡より下と思われるが見栄を張るおっさん。もちろん生産スキルもない。でも、普通と言いたい。おっさん的には普通なのだと目を瞑って顔を背けながら言っておく。
「はぁ? あんたには空間を操る超能力を取得させたんだけど? だから超能力を使え、ゲフッ」
俺の言葉に文句を言おうと口を尖らせる少女であったが、頭が弾けて鮮血と肉片を撒き散らし倒れた。
どうやら頭部に銃弾が命中してクリティカルが入ったらしい。クリティカルで死ぬ場合はグロい姿で死ぬ場合が多いのだ。
たまたま命中したのだろう。粗末な銃を振りかざし、30メートル程離れた位置にいるクリーチャーたちが喜んでいる。
「こいつに頼った俺が馬鹿だった。乗っ取られた少女よ。近年稀に見るアホなハズレ『選ばれし者』に当たって残念だったな。ゴーストにならずに成仏してくれ」
片手を上げて黙祷すると、脱兎の如く俺は逃げ出すことにした。コロニーに戻る前にこんな所で死んだら元も子もない。
足を踏み出し、逃げ出そうと壁の影から隙を見図ろうとしたら、目の前に呼んでもいないのにステータスボードが開き驚く。
いったいなにがと、ステータスボードを閉じようとして、記載されている内容を読む。そこにはこう書かれていた。
『チュートリアル 敵を倒そう!』
ゴブリンガンナー5匹を倒そう!
報酬:経験値500、5万ゴールド
※このクエストは特殊クエストです。拒否不可。
「……マジかよ。これがクエストってやつか。なるほど、初めて見るけど凄いもんだ」
特に経験値が凄い。俺の稼ぐ2年分の経験値が一回のクエストで手に入るらしい。
金も手に入るし『選ばれし者』がクエストを夢中でやるのもよくわかる。これは凄い。凄いが……武器がないんだよなぁ。なんで俺に『クエスト』が発生したのかもわからない。俺は『選ばれし者』ではないのに。
クエストを見て思い悩む。そうこうしているうちにクリーチャー、ゴブリンガンナーとか言うやつもここに来るだろう。迷うがやはり逃げるしかないか。
「なんであんたにチュートリアルクエストが発生しているわけ? ヤバ、これきっとバグだわ」
ヌッとステータスボードを突き抜けて、半透明となった少女が現れた。
「よう、やはり死んではいなかったんだな」
特に驚くことはなく片手をあげて言う。ちらりと見ると少女が倒れていた場所には何もなかった。血の跡一滴すらも。
なんか違和感を感じたんだよな。こいつ、アリスとかいう人の体を乗っ取っていないだろ。暗闇で、出会ったままの姿だし。たぶん精神体のまま、俺たちの世界へと降り立ったんだと思う。
「う〜ん……このゲームって死んだらマイホームに戻る筈なんだけど、ポータルを作らなかったせいじゃないかしら? ゴーストみたいになったわ。って違うの! 今はそうじゃなくて、なんであんたがチュートリアルを受けているかってところよ。たぶんバージョンアップ後の新クエストだからバグったんだわ」
「お前自体がバグだろ。知ってるか? バグって虫と言う意味なんだ」
「良い度胸ね。貴方の身体を頂くわっ!」
口元を引きつらせて、少女は俺へと頭から突撃してくる。突然のことで油断していた俺は乗っ取られたかと目をきつく閉じたが……特に何も起きなかった。俺の腹に頭を突っ込んでいるゴーストモドキがいるだけだった。
その姿はどことなく滑稽であり、笑ってしまう。
「おかしいわね? やっぱり乗っ取ることはこの状態でも駄目かぁ。いよいよ本格的にクレーム入れなくちゃ」
俺の腹に頭を何回も突っ込みながら言う少女。
「でもおっさんの腹に頭を突っ込む……ウヘヘ、なんか背徳的ね」
「バグはバグでも腐ったバグか。除虫剤は何を使えば良いんだ?」
少女が見せてはいけない表情となり、よだれを垂らしそうになっているので、ツッコミを入れる。なんだかなぁ、こいつ本当に『選ばれし者』なのか?
まぁ、他の『選ばれし者』も変な奴らは多いけどな。気にしていても仕方ない。そろそろ逃げるとするか。
ゴブリンガンナーとやらが、死体が消えたことにより騒いでいるのをチャンスと、俺は足に力を入れて一気にその場から離れる。
……いや、離れようとした。
「ぐは」
壁から壁へと伝わって、辛うじてビルとわかる半ばほどから折れた廃墟ビルに逃げこもうとしたが、透明ななにかに弾き飛ばされてしまった。前傾姿勢で走ったので思いきり頭をぶつけて痛い。
「な、なんだこれ?」
そっと手をなにもない空中へとつけると、透明な壁が仄かに光って現れた。光らなければわからないレベルだ。
これじゃ逃げられないと焦りながら、ハッと気づく。この現象は見たことがある!
「マジかよ。俺は本当に『選ばれし者』になったのかよ!」
時折、『討伐系クエスト』を受注して、敵の強さに逃げる『選ばれし者』がいるのだ。特にエイリアン戦では多かった。俺が採掘している時に何度か見た。だが、俺たちは逃げれたのに、『選ばれし者』は逃げれなかった。透明な壁が行く手を阻み、勝つまでは強制的に戦わないといけないのだ。
世界の維持をする『宇宙図書館』が恩恵を『選ばれし者』に与える代わりの制限だ。それは呪いのような義務であった。
『戦闘エリア外には移動できません。クエストをクリアしてください』
メッセージが目の前に映し出されて、『宇宙図書館』が告げてくる。ちくしょー!
俺はなぜか『選ばれし者』になったらしい。バグらしいが、途轍もなく困る。死の秒読みが始まったのだ。
壁に跳ね返されて、痛さで声をあげた俺に、クリーチャーたちは気づいて銃を向けてきていた。
黒色のマズルフラッシュが光り、俺の周りに着弾する。
「ぐ」
右腕に命中して、痛みを感じる。皮膚に血が滲みダメージを負ってしまったと理解して、慌てて近場の壁に身体を投げ出す。
地面に服が擦れて、汚いツナギがますます土まみれになってしまう。ちくしょー、今度洗濯しないと。
「待ってよ〜」
半透明の少女がてこてことのんびりとした口調でこちらに近づいてくる。スカスカと銃弾が透過していくので、ダメージは無い模様。
「こっち来んな! 適当に陽動を仕掛けてくれよ」
「嫌よ。戦いの最前線で観戦したいの。やっぱり実況動画より、実際に見た方が感動するわね」
ケロリとした表情で、俺を追い詰めてくる少女。『選ばれし者』はこれだからタチが悪い。俺が死にそうなのが見えないわけ?
「あ〜、あんたはたしかに戦闘スキルはないけど、機工士があるでしょ? それで戦えない? ハンガーからロボットを取り出せば良いと思うわ。亜空間倉庫が無い?」
「亜空間倉庫? そんなのは空間系統の超能力者が持つ……持つ……な、なんで俺は持っている?」
少女の言葉に反応しようとして気づく。ごく自然に記憶には空間系統の超能力の知識があった。その使い方も。俺が使えることも。
亜空間倉庫。空間系統超能力の基本。『選ばれし者』でもあまり持っていることはないレアな超能力。だいたい空間系統超能力を持った『選ばれし者』は貿易で活躍している。その超能力が俺に宿っていた。
思考を深く深く落とし込む。神経のシナプスとかなんかがピリピリと俺に力を与えてくる。亜空間倉庫に愛機の作業用強化服が出番を待って待機していることに気づく。
おっさんはあまり化学に詳しくなかったので適当に考えた。とりあえずシナプスとか言っておけばかっこいいかなとか思ったりした。
「そうか、俺は超能力者になっちまったか……。参ったなぁ、人生設計変えないと。高給で雇ってくれる商会にでも」
フンスと鼻息荒く将来設計を考え始める。おっさんにとっては、それだけ嬉しかったのだが、チュインと壁に穴が空くので現実に戻った。
「まずここは危機を脱出しないとな。ハンガー射出、こい、スクラップル!」
自分の身体に新たなる力。超能力が駆け抜けて発動をする。理を捻じ曲げて、空間からずんぐりした作業用強化服が出てきて、ズシンと地に降り立つ。
常日頃お世話になっている小惑星資源採掘用作業用強化服、スクラップル。錆だらけで今にも壊れそうだが、それでも俺の大切な相棒だ。
「いよう、相棒。どうやら俺たちはちょっとした苦労を背負い込むことになったみたいだぜ」
先程とうって変わって、クールぶりながらおっさんはハッチを開けて、颯爽と乗り込む。実際はオンボロなので、ハッチが取れないように、そ~っとだが。
今のおっさんは映画の主人公のような気分となっていたので、颯爽と乗り込んだことに脳内変換した。知り合いに見られたら、恥ずかしいことこの上ないに違いない。その場合は、ドッペルゲンガーだよと誤魔化す予定である。
誤魔化し方も雑なおっさんであった。
「やるぞ。俺がこの世界の主人公になる!」
先程、どこかの少女が言ったような気がしたが気のせいだろう。俺は空間系統の超能力者になったのだ。準主役でも別に良いかな。
テンションマックスで、パネルのスイッチを入れていき、コンソールに起動コマンドを入れていく。コックピット内が明るくなり、モニターに外の様子が映し出される。
「初陣だ。行くぞクリーチャー!」
レバーを握りしめて、脳波コントロールに切り替えて、俺は吠えながら敵へと突撃をするのであった。
空がオレンジ色になっていく。太陽が沈んでいくのだ。
「初めて見るなぁ。これが夕方というやつかぁ。お、鳥が飛んでいくぞ。生きているのは初めて見るなぁ」
コロニーでは金持ちでもないと動物はほとんどみない。だいたいクリーチャー化したネズミや、忍び込んだエイリアンだ。だいたい出会った人は殺されるおまけ付きでもある。
辺りに散らばるクリーチャーの肉塊を見て、俺は息を吐く。宇宙と違い寒さをあまり感じない。酷い時は氷点下まで落ちるのが宇宙だ。あの環境と比べると今はどうなんだろうなと、フッとニヒルに笑う。
「ねぇ、浸っているところ悪いんだけど、そろそろ移動しないと、夜はヤバいクリーチャーが現れると私は思うわけよ」
再び肉体を取り戻した少女がこちらへと窺うように尋ねてくるので、俺は深く嘆息した。うん、泣きたい。
「相棒が名前のとおりにスクラップになったよ! レンタルタンク屋に回収お願いしないといけないよ! 金そんなにないよ!」
おっさんは崩れ落ちた強化服の上に座りながら少女へと悲しげに怒鳴る。おっさんが悲しんでも誰も同情はしないだろう。現に少女はジト目で、壊れた強化服を叩く。
「宇宙用なのに、地上でなんでスラスター吹かせたわけ? というか、スラスターを吹かせたら爆発するとかどれだけオンボロなのよ!」
「しょうがないだろ! 良いじゃん、倒したんだから。クリーチャーが集まっていたから、結果オーライだったろ! 爆発しながら突撃。うん、この機体の最強の技だったよ! ところで、お前金持ってる? 修理費折半しない?」
「あ〜、もう! クソゲー。クソゲー確定! やり直しを要求するわ! 私が課金した金返せ、うんえーいっ!」
戦いは終わり、悲しみだけが残った。やはり戦いは悲惨さしか残さない。それを二人は体現したのであった。
少し意味合いが違うかもしれない。