4話 おっさん、激戦を繰り広げる
暗闇が広がる空間で、おっさんと少女が対峙していた。おっさんは緊張から身体を震わせて、少女は余裕の笑みを浮かべて。
おっさんと対峙する少女は片足立ちになり、横に翼を広げるようにスッと手をあげる。
「私の鳳凰鶴の舞を見せてあげる。戦慄とともに受けるが良い!」
己に酔っているかのように、ドヤ顔で言う少女の言葉に戦慄を早くも覚えてしまうおっさん。
「鳳凰か鶴かどっちなんだ?」
まさかキメラなのかと身体が震えてしまう。恐ろしい、何という恐ろしさ。鳳凰鶴の舞。アホっぽい構えだが、きっとなにか意味があるのだ。
「りょ、両方の特性を取り入れた私のオリジナル武術よ!」
「鳳凰と鶴の特性だと! どんな特性なんだ?」
物凄い特性なのだろうか? 伝説の武術とかなのだろうか?
だが、問いかけた俺の言葉に、少女は赤面をして身体を震わす。
「ゲームキャラなのに、ツッコミしないでよ! 良いじゃん、私の考えた武術をゲームで使っても!」
「? いや、特性のことを聞いただけなんだが……」
「うるさいうるさいうるさーい! 受けよ、鉄をも断ち切る我が螳螂拳を!」
てやぁ〜と叫び、少女は片足立ちをやめて、右手を揃え手刀へと変えて駆けてくる。早くも鳳凰鶴の舞はどこかにいった模様。
その速さに驚愕する。小さな子供でもその速さを上回るだろう速さであった。しばらく運動をしたことのない人間のような走り慣れていない動き。ドタバタと足音うるさく近づいてくる。
鉄をも断ち切る螳螂拳とやらは、きっとあの速さが必要なのだろう。速さというか、遅さが。
触れた瞬間に部位破壊で腕を切り落とされるかもしれない。恐怖で頭が真っ白になる。だが、負けるわけにはいかないのだ。負けるとしても、せめて一矢報いたい。
長年採掘士をして、ゴツゴツとした手を強く握りしめて相手の動きを見る。見るからにヘロヘロしていて遅い動きなので、カウンターを狙う。
「でやぁっ」
力を込めて右ストレートを繰り出す。あっさりと躱されてしまうだろうが。右足を強く踏み込み、己のできる力いっぱいのストレート。
だが、少女は余裕の笑みで舞うようにヒラリと躱して
「ぶげっ」
躱さなかった。もろに顔面に右ストレートを食らい身体を揺らして蹲った。少女に右ストレートを入れるおっさんの図がここにあった。他人が見たら酷いことをと後ろ指をさされてしまうかもしれない一撃だった。
「余裕のつもりか? ハンデと言うわけか? それなら思いきりやらせてもらう!」
今の一撃が『選ばれし者』に効いたはずがない。きっと余裕から、俺の一撃を受けたのだろう。馬鹿にしやがって。
負けねぇぞと、キックを蹲る少女へと畳みこむように入れる。
「弱キック、弱キック、弱キック、トドメの投げっぱなしジャーマン!」
腰をかがめて、連続で蹴りをいれて、最後に身体を待ちあげて投げ飛ばす。
「ま、待った、ハメ技はひきょ……ひでぶっ」
蹲る少女へとトドメの投げっぱなしジャーマンを食らわすと、床に頭からぶつけられて少女は静かになった。
その様子を油断なく見ながら、俺は困惑する。ピクピクと身体を震わす少女がいつ立ち上がって来るのかと、きっとなんか化け物の姿に変身するのではと。
「うぅ……女の子に容赦がなさすぎる……」
「弱キック!」
うめき声をあげてきたので、とりあえず軽く蹴ると、今度こそ黙る少女。
シンと静寂が辺りを包み込み、まさかとは思うが勝ったのだと俺は思う。まさか『選ばれし者』に勝ったとは……。
「俺って強かったのか! 激戦だった……。危うく命を落とすところだった。そうだ、これをノンフィクションで本にしよう。俺には書き手のセンスはないから、ゴーストライターに頼んで。歴史史上初めての『選ばれし者』に勝った男! 題名は何にしようか……。ベストセラー間違いなし、金持ちへの仲間入りか?」
ウヘヘと笑い、未来に馳せる調子に乗るおっさんがここにいた。ゴーストライターは止めておいた方が良いだろう。
ヒャッハーと拳を突き上げて、年甲斐もなく喜ぶ。まさか、これ、夢じゃないよな? 本当の俺はビッグラットに齧られているとかじゃないよな?
少し不安に思いながら周囲を見渡す。この暗闇はいつ消えるのかな?
『ログイン完了。それではアウターオブハンターの世界をお楽しみください』
再び『宇宙図書館』の声が頭に響き、暗闇が溶けるように消えていき、辺りに陽射しが戻ってくる。
その眩しさに目を細めつつ、俺は本当のところ、今の体験は何だったのだろうと疑問に思いながら、元の世界へと戻るのであった。
「どこ、ここ?」
辺りは廃墟が広がり、草木が生い茂るどこか違う場所だった。
どうやら戻ってはいないらしい。
一面見渡す限り廃墟であった。崩れ落ち、外壁のないビルや、燃えたのであろうか、店らしき建物から棚が窓に焦げた色で倒れかかっている。
アスファルトはひび割れて、雑草が伸びてきて、蔦がもはや電気の通っていないだろう信号機に絡みついていた。タイヤのない錆びついたシャーシだけの廃車が通路にぽつぽつと置かれ、虫が花の周りに飛び、遠くでは鹿が草を食べていた。
「廃墟……? コロニーじゃない?」
空を仰ぐと青空が広がり、陽射しが眩しく太陽があるのがわかる。地面は土が剥き出しになっており、空気はコロニーの作られた空気ではなく、草木の匂いがしてくる。
ここはどこなのだろうかと、背筋を冷や汗が伝う。ヤバさを感じる。いや、この状況でヤバさを感じない人間などいないだろう。コロニーに戻っていないのだから! しかも廃墟の様子から推測するに、ここはハンターが狩場とする惑星ではなかろうか?
誰かいないかと、焦りながら見渡すと
「うぅ……」
少女の声がしてくる。というか、暗闇で出会った少女が倒れていた。
「弱キック」
とりあえず蹴りを入れておこうかなと、再び足を振り上げるが、少女はゴロゴロと地面を転がり躱した。チッ、まだ生きてたのか。『選ばれし者』は死なないとはわかってはいるが。
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよっ! あんた、少女に対して容赦がなさすぎない? こちとら、女子高生よ? 時代が時代ならお金を払わないとおっさんは喋りかけることもできないのよ?」
「女子高生とやらはわからんが、古代のことなぞ知らんよ。まだ俺の身体を乗っ取るつもりか?」
こいつ、あまり強くないなと、内心で安堵をしながらも油断はできないと警戒しながら話すが、少女は首を横に振って否定してきた。
「なんだかよくわからないけど、乗っ取ることはできないみたい。アリスの肉体にはなっているし、ま、まぁ、良いか。課金で固めているのはこのキャラだしね。おっさんは諦めるとするわ」
ゆっくりと立ち上がりながら、ため息を吐き手をグーパーとしてなにかを確かめる少女。ふむ……先程とまったく身体は変わらないが、その身体を乗っ取ったということなのだろう。
俺は自身の身体が乗っ取られなかったことに心底安堵をして、力を抜いて
「いやいや、そうじゃねえ。なぁ、あんた? ここはどこだよ? 殴ったのは謝るから元のコロニーに戻してくれないか?」
ここはクリーチャーやエイリアンが徘徊していそうな雰囲気がビシビシする。ハンターでもない俺は美味しくクリーチャーに食べられるか、エイリアンに殺されるかが末路になるのは想像に難くない。
乗っ取ってこないと理解すると、途端にこの少女に触ることが悪いことに思えて、言葉だけで尋ねる。本当は肩を掴んで問い詰めたいところだが。おっさんは小心者なのだ。きゃー、この人痴漢ですとか言われたら衛兵が飛んできてしまう。『宇宙図書館』製のドローンポリスは無敵なのだ。
この状況を変えるには、少女しか頼りになるのはいない。必死な形相で尋ねると、余裕ぶって大物のように鼻をピスピスさせながら俺を見てくる。
「仕方ないわね。この世界の主人公となる私が助けてあげるわ。わーたーしーが。さっきハメ技コンボを受けたのに、許してあげるわ、感謝をするのね」
くっ、なんてムカつくやつ。こんな奴に頼らなくてはならないのかと、悔しく思うが背に腹は変えられない。こちらは揉み手をして、機嫌をとるしかない。
少女はフンスフンスと鼻息荒くステータスボードを宙に表示させると、内容を確認する。マップが映っているのが見える。
……変だな? ステータスボードは他人には許可を与えないと見えないはずなのに、この少女のは見れるぞ? 乗っ取られかけた後遺症か?
「んん……なにこの表示?」
不思議そうにコテンと首を傾げる少女。それを見て俺は心に焦りが生まれる。
「な、なにか問題があったのか? 俺を戻せないのか?」
明日も採掘の仕事はある。クビにはならないが、稼がないと生活費に困ってしまう。
少女は肩を震わせて、ガバッと顔をあげて輝くような笑みを見せて叫んで喜びの声をあげてきた。
「新マップキター! 攻略サイトには全然載っていなかったから、私が初めてね! きっとおっさんと戦うあのよくわからないクエストがキーポイントだったんだわ。いえ、きっと負けないといけなかったのね。さすが私、わざと負けて良かったわ!」
ヒャッハーと喜んで踊る少女。先程の負けはワザと負けたらしい。物凄い自然に負けたように見えたが、演技だったのか。さすがは『選ばれし者』、その名は伊達ではないのだな。
「で、戻れるのか? すぐに戻れたりするのか?」
だが、そんなことはどうでも良い。俺を元の場所に戻してくれ。
俺の言葉にキョトンと表情を変えて、少女はあっさりと告げてきた。
「今は戻れないわ。ランダムテレポートされたみたい。今まで実装はいつになるのかと、ユーザーの間で噂されていた場所にね」
「はぁ? はぁ……?」
今なんつった?
「聞いて驚きなさい! ここは滅びし秋葉原! 私たち失われし地球に来たのよ! たぶん私が一番乗り!」
ブハハハと少女にあるまじき哄笑をあげながら腕を腰にあてて嬉しそうにする少女。俺はその言葉になんとなく嫌な予感を覚えてしまう。予感ではなく確信だが。
「戻れないのか?」
「えぇ、宇宙港があるかもわからないわ」
なるほど……なるほどな?
「弱チョップ」
「いだっ!」
チョップを思わず少女に叩き込む。戻れないとかありえねーだろ! おっさんはこの地で生き残れる自信がねーよ!
「なんとかなるんだろーな? 俺は戻れるんだろうな?」
声高に頭を抑えて蹲る少女の肩を掴んで問い詰める。もうドローンポリスに逮捕された方が良いかもしれない。牢屋で数泊すれば元の場所に戻してくれるかもしれないし。
「もー。このゲームのキャラってAIが個別設定されていて面倒くさいわね。わかったわよ。どうせこういうパターンの時はすぐに元の場所に戻れる施設とかあるからそれまで我慢しなさい」
少女は嫌そうな目つきになり、ため息を吐くが、それでも戻してくれると聞いて安堵する。今日はジェットコースターのように俺の心は上がったり下りたりだ、まったく。
「一応言っておくが、俺は全然戦えないからな?」
「知ってるわ。あんたに戦闘スキルを乗せないようにしたのは私だし。固有スキルを手に入れるのに必要だったんだけど……。せいぜい足手まといにならないようにお願いするわ」
ヘヘンと、嫌味ったらしく言ってくる少女。クロスチョップを入れても良いだろうか? というか、やけに自信ありげだな? さっきのヘボい動きは本当に演技だったのか?
疑問に思った俺であったが
チュイン
と、目の前の地面が弾けた。はぁ? 何だ今の?
チュイン、チュイン
……これはまさか……。あれだけこの少女が大声で笑っていたからな……。
「銃撃だ! 銃声が聞こえないし、ビーム系でもなさそうだから、エアガンレベルだとは思うが」
なぜかすぐに相手の武器を予測できた俺は、崩れ残った壁の残骸の影に飛び込み少女に伝える。エアガンレベルでも俺みたいな弱い人間には致命傷になる可能性が高い。
少女も隠れるかと思いきや、フッと笑い髪をかきあげてこちらを見て言う。
「良いわ。私が守って上げるから好感度爆上げよろしくね」
そう言って、銃弾が飛んでくる方向へと体を向けて不敵な表情となる。
「私がたっぷり課金した少女、アリスの力を見せてあげるわ!」
そう言って、ドタドタと走っていく少女。
「うむ、まったく動きが変わっていないが……きっと大丈夫なんだろうな」
俺は心強さを感じて、走る少女へと応援するのであった。