32話 常識を覚えるハンターたち
アリスぼでぃにて、てこてことちっこい手足を振りながら、鏡は孤児院に訪れた。予想通りにマユはいて、孤児院の玄関を掃除している。どうやら燻製肉の件で孤児院に一時的においてもらった模様。
元気そうな様子に少しホッとしてしまう。
「こんにちは、マユさん。初めましてですね。私は銀河を跨ぐハンター。アリス・ワンダーと言います。魔風鏡の仲間です」
近づいて挨拶をすると、箒を持ってせっせと掃除をしていたマユはぴょんと飛び上がり驚く。ジロジロとこちらを上から下まで眺めると、おずおずとした表情で挨拶を返してくる。
「えっと、マユと言いますのです。アリスさんはおじさんの知り合いなのですか?」
「ええ、そうねっ。宇宙を旅するストレンジャー、思議花梨よっ! よろしくね、マユ!」
花梨も話に加わるべく、挨拶をする。腰に手をあてて得意げに決め台詞を決めたわと。たしかにストレンジャーだろう。死んでも蘇る奇妙な旅人であるからして。悪霊だと思われないようにシティでは慎重に行動して欲しい今日この頃です。
「えと、マユになんの御用なんでしょうか?」
不思議そうにするマユだが、アリスの後ろから二人の少女が前に出てきて嬉しそうな声音で話に加わる。
「マユ! 喜んで。貴女を雇うために来たのよ」
「良い話だよ。良かったね、マユ」
二人の少女を見て、マユは目を見開き、今度こそ驚いた。
「茶々姉さんに市姉さん?」
同じ孤児院出身で、数年前に冒険者となったと風の噂で聞いた少女たちが目の前に立っているのだから。
「うぉー、スゲー。冒険者だってよ!」
「これが魔導甲冑かぁ」
「おねぇちゃんたちすごーい」
茶々と市は歓声をあげる孤児院の子供たちにもみくちゃにされていた。孤児院から卒業した中で、二人は出世頭だ。だいたいの子どもたちはくず鉄拾いや、娼婦に身を落とし、貧乏生活をしていく。
そのために冒険者になろうとする者も少なくない。だが、武器も持たない貧乏な孤児が冒険者になったところで、たかがしれている。……だいたいは下水道に潜む大鼠に殺されるか、スリや強盗にその身を落とすか、だ。
その中で『魔物甲冑』を手に入れて、クラン『アリ狩り』に加わった二人は英雄同然である。子供たちはどんな冒険をしたか、話を強請り群がっていた。
「よう、久しぶりだな。うまくやっているようじゃねぇか」
「院長、お久しぶりです」
「うまくいきはじめたのは最近なんだけどね」
テヘヘと照れながら、同じように子供たちにまとわりつかれている少女をちらりと見る二人。それだけで柴田は何があったのかなんとなく推測できた。
破れて綿が飛び出したボロボロのソファに座った艷やかな長い黒髪と眠そうであるが綺麗な瞳、美しいというより、可愛らしい小柄な体躯の幼気な少女。身なりを見ると、ピカピカに磨き上げられた見たことのないタイプの蒼い『魔導甲冑』を装備しており、その下の衣服も新品である。
隣の少女は装備はないが、同様に新品の服を着込んでいる。二人の少女は生活に困ったことのなさそうな余裕の顔つきをしていた。それだけで、この二人が下流地区出身ではないことがわかる。
どうやら、この二人に上手く言い寄って、茶々たちは成り上がったのだろう。悪いことではない。そうでもなければ、孤児は成り上がれないのだから。
「運が良かったみたいだな。で、今日はなんのようだ?」
「あ、それなんだけど、実は……」
茶々が得意げに言う内容。その内容を聞いて柴田は予想外だと驚愕するのであった。
「雑用係として、雇いたい……マユを含めて何人かを3食付き住み込みでか」
「月給1万円だって。かなり良い条件だよね、院長」
興奮気味に身を乗り出しして言ってくる市。たしかにその言葉通りだ。この取り引きは孤児院にとって良い話だ。柴田としても、保護年齢12歳を超えた子供たちを孤児院から卒業という名で放り出すのは気が重かった。
いや、我が子も同様なのだから、気が重いどころではない。だが、柴田の私財も限界はあり、幼い子供たちを守るためには仕方ないことであった。……たとえ、卒業した子供たちの何人かが死んでしまうとしても。
茶々たちの言葉にマユは目を輝かせている。これならば二つ返事で雇われるに違いない。小柄で痩せっぽっちのマユは外の世界で生きていける可能性が低く、殊更に心配していたのだが……強運を持っていたらしい。
「わかった。孤児院から年長組を何人かだそう。マユも良いんだろ?」
「もちろんなのですよ。ヤッター! これで生きていけるのです!」
目の端に涙を浮かべて飛び上がって喜ぶマユの姿に安堵する。孤児院からは同じく、マユのような外の世界では生きていけなさそうな弱い子供をアリ狩りに送りこもうとも柴田は考える。
「良かったですね。私もとても嬉しいです。では、今度は私のお願いを聞いて貰えますか?」
皆が喜ぶなかで、パンパンと拍手をする少女。眠そうな目で柴田へと尋ねてくるが……。
「お願いとはなんだ? 俺たちにできることはあまりないと思うんだが」
警戒心を顕にする。この取引は孤児院にとっては、かなり重要な話だが、金持ちの少女にとっては、端金でのどうでも良い内容だろう。なので、斡旋料などを支払えと言う訳ではあるまいと、聞き返す柴田であったが、コテンと小首を傾げて不思議そうな顔を少女はした。
「教えて貰いたいことがあります。なぜこの惑星は滅びたのでしょうか? 私はその話を聴きたいのです。鏡が言ったと思いますが?」
常識を教えてほしいとの少女の言葉に戸惑いながらも、そんなことかと柴田は語りだす。その話とは魔法全盛となった今の時代に繋がっていた。
内容は簡単だった。
30年ほど前には魔法など存在しない科学世界だったらしい。それが突如として崩れた。他の惑星と融合したらしい。
「他の惑星と? よくそんな馬鹿げた内容が通りましたね?」
アリスぼでぃに居座る鏡は不思議に思う。その問いかけに柴田は苦笑してみせる。
「その頃は衛星も使えたし、宇宙ステーションもあった。宇宙から見たら地球がでかくなったんだとよ。たしかにそのとおり。日本だって、どこだって、世界中でその放送を聞いて納得しちまった。なにせうさぎ小屋が建ち並ぶ家々の間に森ができたとか、ビルに他の見たこともない様式の建物が融合したからな」
「それだけで他の惑星と融合っていう結論は変じゃないかしら?」
花梨の疑問は当然だが、そこらへんどうなんだろ?
「融合した建物に他の惑星だと示す天体図やら、様々な資料が見つかったんだ。当時はまだ魔素は世界を覆っていなかったからな。無線やら電波も使用できた」
「魔素?」
「魔法を使うための粒子だ。奇跡の力だと当初は大混乱の最中でも騒ぎになった。すぐにろくでもない物だと判明したがな。魔物たちも魔法を使うし、魔法は物理的防御を魔物たちに持たせた。軍は当初はただ少しばかり凶悪な獣だどばかり思っていたんだ。だが、物理的攻撃を防ぐ魔物たちに苦戦を強いられた……そして、それ以上にまずいことがわかった」
ゴクリと息を呑み、爺さんの御伽話を聞く態勢の少女たち。
ガブリと桃を齧るアリス。相変わらず、仮想空間にいると、何かを食べている食いしん坊である。
「法則が変わっちまったところだ。質量保存の法則は失われて、核分裂反応もなくなり原発は停止した。それどころか、世界に飛び交う電波も無線も使えなくなった。かろうじて有線なら使えるレベルになっていたのさ」
両手を掲げて、お手上げという雰囲気で悲しそうに柴田が言う。
「魔素が広がりきるまで2年ほどかかったか。気づいたときには遅かった。魔物の対処もできない中で通信が不可能となったんだ。魔物との戦争で大部分の都市は崩壊し、大勢が死んじまって政府は瓦解。そうして簡単に世界は滅んじまった。今は異世界にある遺跡から使える道具や技術を獲得して、なんとか暮らしているところだな。お偉いさんは魔法技術の解明にやっきなっているらしいが……。今のところ、政府は中流階級以上しか守ってはいないな」
「小説とかだと、異世界から迷宮が現れたり、ゲートが繋がると、新しい素材や技術で好景気になるのがテンプレなのに、実際は法則自体が変化するから、世界は崩壊しちゃうのね……」
ロマン溢れるふぁんたじ〜はなかったのねと、花梨は嘆息した。そりゃ新しい粒子とかが影響すれば、世界は簡単に崩壊する。現実は厳しかった模様。
「以上だ。この霞が関シティのように、異世界の遺跡を中心にした街はいくつもある。それらを新日本連邦が統括しているというところだな」
「新日本連邦? 日本はなくなったの?」
「魔物の出現、融合した土地の広大さ、それに合わせて遺跡の力で各地域のシティの力が強くなっちまったからな。到底、日本政府が制御をすることは不可能になり、新たにシティの連中の合議制になったのさ。金持ちの金持ちのための政府だ」
皮肉げに言いながら、話は終わりだと柴田が息をつくので、拍手をパチパチしてあげる。幼い少女は面白かったですと、パチパチパチパチ。周りの子供たちも御伽話を聞いたかのように拍手をして、ほのぼのとした空気になるのであった。
「しかし、こんなのは俺でも知ってる常識だ。なんで初めて聞いたかのような態度なんだ、お前らは」
感心する鏡たちを怪訝な表情で柴田は見てくるが、聞いたことがないから当たり前だ。
「それは私たちがコロニーから来たからです。アマルガム星系第三オリハルハ帝国のムガムガ」
「私たちって、勉強が嫌いだったのよっ。でも気まぐれから聞いたわけ。なるほど、勉強になるわねっ」
鏡少女の口を抑えて慌てた様子で誤魔化す花梨。その態度に柴田たちは半眼となるが、変わった奴らだなと特にツッコミはしなかった。
まさか宇宙からやってきたなどとは思いもしなかったからだ。そして花梨の雑な誤魔化し方は、金持ちとはよくわからんなと思われただけに終わったのである。
どちらにしても、ようやく最低限の常識は手に入ったと満足する鏡であったが、モニターに新たにクエストが表示されて驚いちゃう。
『クエストクリア』
『地球の情報を集めよう』
条件:地球の情報を集める
報酬:ハンターギルドへの通信機
鏡少女は提示された報酬を見て、目を鋭くさせる。キランと子猫のように目を光らせてアイテム枠を見ると、たしかにハンターギルドへの通信機が入っていた。
「これって、通信ができぶべら」
通信機を見た花梨が驚きすぎて、まるでアッパーカットを受けたかのように後ろへと吹き飛びゴロゴロと転がったが、それどころではない。
ハンターギルドとの通信は、クエスト受注可能となり……さらにはハンターギルドのお店も使うことができるのだから。
……お金は山とかかるが。基本的にハンターギルドの店売り値段はボッタクリ値段なので。
それでも通信機が手に入ったのは嬉しい。……タイミングが良すぎるが、『宇宙図書館』のやることだ。なんでもありなのだろう。
「申し訳ありませんが、用事を思い出したので帰りますね。また今度来ます」
ペコリと頭を下げて、花梨を引き摺りながら帰ることにした。急に態度が変わった鏡は少女を見て、周りは呆気にとられていたが無視である。
なにしろハンターギルドとの通信ができるのだから。




