31話 人助けをする鏡の少女
鏡少女がてこてこと店の中に入ると、プティが玄関にすでにいて、ニカリと笑って歓迎をしてきた。
「昨日はありがとうよ、アリス」
「どうもプティさん。お気になさらずに。良い取引でしたので」
ニコリと鏡少女が微笑むと、プティは肩の力を抜く。どうやら、なにか緊張していたみたいだ。アリスが取り引き内容に怒ったとでも思ったのかね。
店内の雰囲気も柔らかくなり、周りの面々も安心したような表情に変わる。
「そう言ってもらえると嬉しいね。まぁ、座っとくれ。お、新しい新装備かい? 似合ってるね」
目敏くアリスの装備が変わったことに気づいたプティが褒めてくるので、鏡はムフフと得意げになっちゃう。この装備を作るのは苦行だったからね! おっさんはかなりこき使われたよ!
「そうでしょう、そうでしょう。この装備を作るのに100個近く同じ装備を作ったんです。いや、作らせたんです。高品質の物ができるまで延々と作らせたんですよ。苦行でしたが、良い性能のものとなりましたよ」
フフンと、鼻息荒くもっと褒めても良いんだよと、スカートをひらめかせて、クルクルとバレエのように回転するご機嫌少女。可愛らしい無邪気な姿なので、中の人はアリスとバトンタッチをしたと信じたい。
それを聞いて、プティは内心で苦笑した。やはり大金持ちの上流階級の娘だと確信する。たしかに見たこともない製品だ。きっとオーダーメイドなのだろう。それを自分が気に入る物ができるまで大量に作らせた? 唸るほど金があるんだろう。羨ましい限りだ。
即ち、アリの儲けなど微々たる物であり、この少女はまったく気にしていないとも理解して安堵する。そうなると何の用件かと積み木屋のオーナーをちらりと見る。
良い話だと嬉しいのだが。これだけの金持ちの娘なら知り合いになっておけば良いことがあるに違いない。
そんなプティの内心は知らずに、鏡はマユを助けるため、プティへと取引を持ちかける。
ニコニコと無邪気な笑みにて
「実はですね、プティさんに美味しい話があります。良い話ともっと良い話。この素晴らしい話に乗るともれなく名声があがります。……たぶん」
営業マンどころか、詐欺師のような口ぶりで話す鏡少女。おっさんの姿ならば警戒されただろうが、幼気な美少女なのでおとなぶりたい背伸びした子供にしか見えなかった。アリスの豪運はしっかりと働いている模様。
「それじゃ良い話から教えておくれ。なんだい?」
苦笑気味に尋ねてくるプティに、ムフンと鼻を鳴らして腕組みをして胸を張り、反らしすぎてコロンと後ろに転がっちゃう。あれれ、俺までアリスみたいなことをやっちゃったよと頭をかきながら椅子に戻る。
「実はですね。私の知り合いを雇って欲しいのです。お腹を空かせた娘なので、雑用係として雇っていただければと。できれば住み込み、3食付きで」
平然と良い話とやらを伝える少女の意外な内容にプティは目を細める。どう考えても良い話とは思えない。
「ん? どこらへんが良い話か……。で、もっと良い話とやらも教えてくれないかね」
怒ることもせずに、冷静に尋ねてくるプティに、鏡はホホゥと内心で感心した。知り合いを雇ってくれとお願いをする立場なのに頭を下げない年若い少女。それなのに、プティは話の続きを聞いてくるのだから。
これならば頭の悪い行動はとるまいと、一応の及第点をつけておく。マユを助けるためなのだから、変なところは困る。
「この潰れ屋の支配人さんが警備員を探しているそうです。月給30万円で5人。弾薬その他は潰れ屋さん持ちですが、予算には上限あり。警備員は人数を揃えてくれれば、人が入れ替わっても可能。ですよね、支配人さん?」
「積み木屋です、アリス様。そのとおりです、今までの警備員が信用できなくなったために、新たな警備員を雇いたく思いまして」
支配人が頷く。なかなか良い話だと俺的には思える。積み木は5階建てで1階はレストランになっている。その上がホテルの部屋となっており、40室160人。1日平均部屋の稼働率80%と考えると128人。一泊2万円なので256万円。1ヶ月でだいたい7500万円の売上。純利益は25%として1800万円ぐらい。
警備員を新たに雇うのに多少は色を付けても問題はないはずだ。これはレストランの儲けなどを抜かしている計算でもあるし。
瞬時に狡猾なる鏡はホテルの様子から、その売上までを計算していた。今までの鏡では決してできない計算であったが、『宇宙図書館』の恩恵は鏡を無意識に変えていた。
これで少女の中に潜んでいなければ完璧であっただろう。中の人はいないことになるので、おっさんは消えていく可能性大。全世界の美少女を愛でる人々はそう願うはずである。
「ふむ……あたしのクランも人手不足でね。警備に回せる人手があるかどうか……」
顎をさすりながら、困り顔になるプティだが、その態度はバレバレだよ。悪いがこの程度の話に無駄に時間をかけるつもりはない。
「提示した金額はわかりやすい駆け引き抜きの金額なんです。このクラン、見たところ、雑用係も全てハンターもどき、いえ、冒険者たちで構成されていますよね? 食事も当番制で。せめて拠点では雑用係は専用の人手を雇い、見習いは訓練に集中させた方がよろしいかと」
「あんたにクランのやり方を教えてもらう義理はないはずだけど?」
眼光を鋭くしてプティは威圧感を籠めてくる。隣の支配人は気絶しそうなほど震えているが、おっさんには効かないよ。なにしろ仮想空間に戻り、アリスとバトンタッチをしたので。
ふふふ、見なければ怖くなどないのだよ。
おっさんは危機を感知するのは得意なのだよと、実に情けないことを口にする鏡である。
「戦闘訓練をせずに、食事や洗濯を任せる。外では雑用係をやらせて実戦に加わらない。これでは戦力が高まることはありません。貴女のクランとやらがレベルアップしない理由をあげるのに、指が足りませんね」
眠そうな目を相手に向けて、アリスは淡々と告げる。その挑発とも言えるセリフに、プティではなく、周囲で話を聞いていたクランの団員が青褪めてしまう。
団長が怒るのは確実だと、聡い者はプティから離れてもいた。が、意外なことにプティは怒らずに椅子にもたれかかり息を吐く。
「言うじゃないか。なるほど、そのために雑用係を雇わないか、という話に繋がるというわけさね」
プティの言葉にアリスはハイタッチをして、鏡へと変わる。威圧感がなくなり、これからはおっさんの出番である。
「そうです。そして、警備員の話は貴女方に良い話です。様々な経験はこれからの糧になるでしょうから。安定収入にもなりますし、警備は信頼にも繋がります。下流地区は治安をお金にできる所のようなので、うまく行けば他の所からも警備の話は来るはず。このクラン、大所帯ですよね」
この間、外で会った時も100人近かった。他にも予備員として多くの人間がいるんでしょ?
鏡の言葉にプティは迷う素振りを見せる。さてどう出るのだろうか? ハンターたちには様々なクランが冒険者のように存在する。レアクリーチャーやエイリアンを倒すのを目的にするクランから、全てのアイテムを集めるコレクター集団。ただゴールドを集めるだけの奴等から、治安を守るための集団まで。
冒険者とやらも同じだろうと予測しちゃう。
プティの集団はアリを狩ることを目的としているらしいが……正直儲かっていないと思うのだ。効率が悪すぎる上に、大人数すぎる。
「あんたの利益。アリス、あんたの利益はこの話のどこにあるんだい? この話はあたしらと、元孤児、そして積み木屋の支配人しか得しない」
たしかにそのとおり。まったくアリスには利益はない。この話に絡む理由がない。斡旋料をとるわけでもないのだから。
プティが疑うのも無理はない。人は自分の利益にならないことに首を突っ込む輩を疑うものなのだ。
だが、鏡少女はニッコリと無邪気な笑みにて答えた。涼やかな声音で、眠そうな目を向けて。
「慈愛の心からなんです。マユさんがこのままだと死んじゃいそうなほど困窮していましたし」
あの生きるのが下手くそそうな少女は助けないとすぐに死んじゃうだろう。カトンボトールの作り方を教えても良いが、この街で売れるとは限らないしな。
俺がこの街にいつまでもいるわけではない。定職は必須なのであるからして。それに、他の孤児たちもうまく行けば雇ってくれるだろうから。
「マユは可哀相な娘なのよ。だから雇ってくれると嬉しいんだけど」
会話から忘れられた影薄い少女、花梨がバンと机を叩く。周りの人々はいたのかよと驚きの表情を見せる。もしかして、花梨は強力な隠蔽能力持ち?
素で気付かれない花梨。嘆いても良い影の薄さである。
「あんたたちの利益を教えてもらわないと、頷くのは難しいね。正直なところ、どうなんだい?」
プティは机をトントンと指で叩き、あくまでこちらの思惑を測りたい模様。マユを助けたいと正直に話しても駄目かぁ、駄目だとは思ってたけどねっと。
なんと答えようかと迷っちゃう鏡少女であるが、モニターが突如開いてきたので、周りに悟られないように読む。
『名声を高めよう』
条件:アリ狩り、孤児院、積み木屋それぞれに利益を与える取引をさせよう
報酬:名声
また名声か……。名声は高くなればなるほどハンターギルドからの信頼度や、起こるイベントの種類が増える。お金では手に入らない物の一つだ。
名声を高めないと、恒星間定期便に乗るためのパスも手に入らないしね。コロニーではカニの甲羅をたくさん持って、マラソンクエストをしているハンターをよく見かけたものだ。
それが手に入るとなれば、この取引は絶対にまとめなければなるまい。というか、纏めるための答えも貰ったしね。
「私がこの取引を纏めたい理由は、自分の交渉力の高さと、困窮している娘を助ける良い子だと見せつけちゃうためです。えっへん」
名声、名声が欲しいのですと胸を張る。名声とは言わないけど遠回し的に。
「はは〜ん、なるほどねぇ」
椅子にもたれかかり、アリスの答えを聞きプティは納得した。
金があって、高価な武装もある。そして、冒険者に憧れている、と。そんな少女が次に求めるのは何か?
名声だ。きっと下流地区で人助けをしたのですと、家に戻ったら喜んで報告をするのだろう。
この話はたしかに得する内容だ。アリ狩りの団員の月給は20万ちょい。警備の仕事が手に入れば、経営にもかなり余裕ができる。ノウハウはないが、そこらへんは情報を集めれば良い。
資金に余裕ができれば、もっと良い武装も買えて、より高額な魔物も退治できるようになる。この取引を受けても良いだろう。
身体を揺らして、ワクワクとした表情で答えを待っているアリスをちらりと見る。アリスの言う雑用係としての雇用。それも、アリスがいなくなっても大丈夫なように、プティたちに雇わせるという形だ。炊き出しなどよりもよほど良い話だ。
この少女は頭が良い。それか、他の者に入れ知恵されているか。どちらにしてもこちらに損はない。アリスとの縁も作れるだろうしね。
「わかった。話の詳細は詰めるとして、その取引受けたよ」
「取引を受けてくれてありがとうございます。これで私の名声も少し上がるでしょう」
鏡の少女はニッコリとプティの答えに微笑んだ。
大丈夫そうだ。マユをどうやら助けられそうだね。




