3話 おっさん、絶望的戦いに挑む
『選ばれし者』
彼らは超古代文明にて作られた世界の理すらも変えることができる機械仕掛けの神と言われる『宇宙図書館』に選ばれし者たちだ。
時に理を変えて、スキルの内容を変えたり、世界を滅ぼさんとするエイリアンや悪漢を察知して教えてくれる『宇宙図書館』。
『宇宙図書館』を創りし超古代文明の生き残りとも、その強大な精神の残滓とも言われるのが『選ばれし者』。人々の身体を乗っ取り活動する者たち。
それだけ聞くと、恐怖の存在と思われるが、実際は善人、悪人、多数が存在する。
共通するのは、スキルレベルが10以下の者にしか取り憑かないということと、取り憑かれた者は圧倒的成長をするということ。
たった一年で国の将軍をも簡単に超える成長をする。名工が一生をかけて研鑽して手に入れた鍛冶や機械の技術を数年で上回る者たち。
恐らくは世界の天秤を司ってるのだ、いや、世界の救世主として『宇宙図書館』に創られし存在とも言われる。
『選ばれし者』は善人が多く、困っている者を助けるのを始まりに、世界の脅威であるエイリアンの軍団を撃退したこともある。
そして乗っ取られた者たちは使い切れない金と、美しい女たちを手に入れたり、コロニーを造り国をも建国したりする。
底辺に生きる者たちの中には『選ばれし者』に乗っ取られたいと願う者も多数いるが……俺は嫌だ。地道でも良い。己の手で人生を過ごしたい。
……急成長だけはしたいが。まぁ、宝くじに当たるようなものだ。くたびれたおっさんの俺には無関係であろう。
買ったばかりなのだろう新品の銃を肩にかけて、ピカピカのプロテクタースーツを着込んだ若者はバーテンダーまで、周りに目もくれず歩いてゆく。
「やばいぞ、あいつ『クエスト』をやるつもりだ」
「あ、あぁ、だがお使いクエストかもしれないぞ?」
この場を離れるか躊躇う。まだ料理もビールも残っている。みみっちいかもしれないが、俺たちの貴重な給金から支払ったのだ。残して帰るのはもったいない。
もしかしたら、手紙を誰かに届ける『クエスト』を選ぶかもしれないと、カウンターに腰掛けてバーテンダーに話しかけている『選ばれし者』を眺める。
俺たちも『選ばれし者』には詳しい。ここオリハルハコロニーは彼らに初心者の街とか呼ばれており、乗っ取りが多いのだ。そして勇気ある者が『選ばれし者』と友人になり、どうやって急激な成長をしているのか聞いたことがある。
なぜ乗っ取るのかは聞けない。言葉がでないので、恐らくは『宇宙図書館』にそれは禁則事項にされているのだというのが、一般的説だ。
それによると『クエスト』というシステム恩恵を『宇宙図書館』から受けているらしい。なにか困った内容が『クエスト』となり、それをクリアすると経験値が大量に貰えるとのこと。
俺たちでは一生かけて手に入るかどうかわからないほどの経験値を数個の『クエスト』で手に入ることができるらしいから、なるほど急激な成長ができるはずだと、その話を聞いたときには納得したものだ。
『クエスト』の中には配達系、生産系、討伐系、特殊系がある。バーテンダーの親父は常になにがしかに困っているから、初心者の『選ばれし者』が来ることが多い。
ゴクリと息を呑み込み、討伐系はやめてくれとバーテンダーを見ながら祈る。息を潜めて周りも眺めているが、無情にも祈りは通じなかった。
「ほら、あれだよ、退治してくれ!」
バーテンダーが指差す先には子供が通れそうな排水口がある。そこから10匹近くのビッグラットが現れたのだ。キィキィと鳴きながら、人を簡単に殺すことができる鋭い齒を剥き出しに周りへと広がる。
「ちきしょー、ハズレだ!」
「ポップしていたのか。逃げるぞ!」
酔っ払いたちの怒号が響き渡り、テーブルがひっくり返されて、料理やビールが床に落ちて、ガシャンと砕け散る音が響く。
俺ももちろん逃げて、隅に置いてある樽の影に身体を滑り込ませる。ケチ臭いかもしれないが、あっさりとビッグラットを倒してくれれば、残りの料理やビールを回収することもできるし。
おっさんは命と料理を天秤にかけたのだ。アホかもしれないが、それだけ懐が寒いのだ。
「へっ、いい経験値稼ぎだ、おらおらぁ〜」
肩にかけた小銃を手に持ち、発砲する『選ばれし者』。凶暴そうな嗤いを見せて、ビッグラットへと銃弾をぶち込んでいく。高速で銃弾は飛んでいき、たいした戦闘力ももたないクリーチャーたちは簡単に倒されていく。
鮮血が飛び散り、ビッグラットが次々と倒されていくが、今回は数が多かった。いつもなら多くて5匹が良いところなのに、今日は10匹。『選ばれし者』でも初心者は弱い。装備は良いが俺たちとあまり変わらない。
銃弾から逃れたビッグラットにより、体当たりからの噛みつきを受けて怯む。出血が止まらずに、膝をついてしまう。ビッグラットは『出血毒』持ちだ。まずい展開になってきた。
「あらら、マジかよ……。いきなり死亡なんて笑われちまう」
ダメージを負って耐えられなくなった『選ばれし者』は、死にゆく肉体を気にもしないで苦笑しながら倒れて息絶える。
あの肉体の持ち主には可哀想だが、ハズレの『選ばれし者』であったのだろう。たまにあっさりと死んでしまうのがいるのだ。肉体を変えれば良いと考える『選ばれし者』は初心者程、死ぬことに躊躇いはない。これが強くなると死んでも復活できるように様々な保険をかけていたりもするのだが。
『選ばれし者』を倒したビッグラットたちは、キィキィとガラスを引っ掻くような鳴き声をあげて、周囲へと目を向ける。
ヒィと身体を竦めるが、それではビッグラットから逃れることはできない。こちらへと気づいて走ってくる。
「しくじっちまった! 逃げるんだよ〜!」
昔に見た古代漫画を思い出して、手を斜めに突き出して酒場から逃げる。顔を歪めて、強張った身体に叱咤をいれて走り始めるが、キィキィと鳴き声をあげてビッグラットは迫ってくる。
汚れた通路を走り抜け、ゴミ箱を蹴倒して逃げまくる。誰か助けてくれと周りを見るが、クリーチャーを見た住人たちは誰も彼も家屋に逃げ込み、扉を閉めていた。
「あのバーテンダーめ! いつか、排水口を小さくしろって言ってやる! なんで酒場にあんなバカでかい排水口を備えつけているんだ!」
ヒィヒィと息を切らせながら走る。ステータスボードを表示させると、スタミナゲージがどんどん下がっていくのが映し出された。やばい、やばいやばい。このままだと殺されちまう。
細道をコケないよう走り抜けるが、ビッグラットはまだ追いかけてくる。俺ってなにかヘイトを稼ぐようなことをしたか?
息が切れそうになり、身体が酸素を求めるのがわかる。スタミナゲージが無くなりそうになり、死の足音が聞こえてくる。
俺はこんなところで終わりかと、絶望で悲しくなるが、突如として頭になにかが響いてきた。
『O3N魔風鏡に接触。システム設定変更を開始』
一生に数度しか聞こえない『宇宙図書館』の声だと気づく。この非常事態になんだろうと酸素の足りない頭で考えるが、意識がなにかに侵入される感覚にゾッとし始める。
『思議花梨にて導入開始……設定を決めてください』
淡々と機械的音声が頭に響いてくるので、ビッグラットに襲われていることも忘れて、叫び声をあげる。
「まさか、まさか俺が? 別の意味で命のピンチじゃねーか!」
『選ばれし者』に乗っ取られる寸前だと、昔聞いた話を思い出して頭を振る。乗っ取られないように懸命に振るが、意識はどんどんと薄れていってしまう。
「う、うぉー!」
最後の足掻きになるかもしれないが立ち止まったら、ビッグラットにより死んでしまう。乗っ取られれても意識が残ることを祈りながら、目の前にあった雑居ビルの裏口に飛び込むように身体を飛び込ませるのであった。
暗闇が扉の先には待っていたことには気づかなかった。
床に飛び込んだ俺はゴロゴロと転がって止まる。
「いってぇ〜……。だ、大丈夫だったのか?」
床に転がったにしては、身体に痛みを感じずに不思議に思い立ち上がる。パンパンと汚れを手で叩いてとりながら周りを見るが……。周囲は真っ暗であった。光のない漆黒の世界。電灯が壊れたのか? だが入ってきた扉から灯りが漏れてきても良いはずだが?
「ビッグラットはついてきたのか?」
そこでビッグラットが入ってこないかと慌てて振り向くが、不思議なことに入ってきたはずのドアはどこにもなかった。ただ暗闇が見えるだけであった。
なんだ? もしかして俺の身体は乗っ取られて、意識が暗闇に存在するだけとなったのだろうか? そうだとすると、残酷だ。身体を乗っ取られた挙げ句に、意識は何もない暗闇で過ごすなどと。
おっさんだけど、泣きたくなる。おっさんだって泣きたくなる時はあるのだ。泣いても誰もいないし、涙を流しても……。
「おっさんの名前はデフォルトで良いわね。ぐふふ、このおっさんは磨けばかっこよくなるはず。攻略サイトに載っていた生産特化にと。課金して手に入れたのはアリス、と。これは戦闘特化にして、昨日の大型バージョンアップでできたジョブと武器スキルをつけて、と」
後ろから、ブツブツと呟く少女の声が聞こえて、不審に思い恐る恐る振り向く。
そこには肩まで伸ばした黒髪の少女がステータスボードを前に厭らしそうな笑みを浮かべて指を忙しなく動かしていた。誰だ、こいつ?
「おーわりっと。これで設定は終了。後発組どころか、2周ぐらい周回遅れのスタートだけど、運営の初心者歓迎スタートダッシュボーナスと大型バージョンアップでできた新ジョブを活用して攻略組に追いつくもんね。貯めたバイト代を駆使したし、追いつけてもおかしくないよね」
黒髪の少女はクリクリとした黒目のそこそこ可愛らしい少女であった。身長は150センチぐらい。スレンダーな身体で太ってもいなく、痩せてもいない。作業用ツナギを着たどこにでもいそうな少女だった。笑みが変態っぽい厭らしそうな感じを与えてきたが。
「おっさん専と百合専の私には涎が垂れそうな設定だよね。ぐふふ、それじゃゲームスタート!」
勢いよく人差し指をステータスボードに突き立てて叫ぶ少女。だが、すぐに訝しげな表情へと変わり、繰り返しステータスボードを押下する。
「あれぇ? キャラ設定が終わったのにゲームが始まらないよ? え、もしかしてフリーズ? バグ? 1時間以上かけて設定したのにマジで〜?」
悲痛な叫び声をあげながらステータスボードを押下し続ける少女。まさかと思うがこいつは……。
ゴクリと息を呑み、意を決して口を開く。
「な、なぁ、あんたは『選ばれし者』か?」
「ドヒャー! な、なになに? え? な、なんで私のキャラがここにいるわけ?」
ぴょいんと飛び上がって驚く少女。驚く表情そのままでこちらへと体を向けてくる。
「あんた……『選ばれし者』、か?」
まさかまさかと思いながらも話しかけると、少女は顎に手をあてながら俺を見て言う。
「ふ〜ん……。新しいクエストかな? ゲーム前に始まるなんて斬新ね。さすがは斬新すぎるゲーム『AHO』ね。あ〜、たしかプレイヤーはあの世界だと『選ばれし者』と呼ばれているんだったわよね」
ニヤリと笑い、少女は胸を張り腕を組む。
「そうよ、私は『選ばれし者』。貴方を操り世界を楽しむ予定よ」
「まさかと思ったがやはりそうなのか……。それじゃ負けられねぇな」
拳を握りしめて、少女を睨みつける。意識を乗っ取られる前なのだろう。ならば無駄かもしれないが戦いを挑む。勝利したという話は聞いたことはないが、それでも戦いを挑むのだ。
俺が身構えるのを見て、面白そうに冷笑にて少女は答えてくる。余裕そうに、負けることないと確信の笑みにて。
「良いわ。チュートリアルということね。私の力を見せてあげる」
見たくねぇよと思いながらも、俺は絶望的戦いを挑むことにするのであった。