29話 超古代戦闘生命体の恐怖
赤熱剣を持った盗賊たちがアリスに襲いかかる。二人は剣を振り上げて、その高熱の宿る剣で。振り下ろされれば、少女はあっさりと切り裂かれて、その熱にて灰となるだろうと思われたが、アリスは余裕の笑みを浮かべていた。
『加速重力剣』
アリスは自身にかかる重力を超能力にて無へと変える。羽毛のように身体が軽くなる。腰を僅かに屈めて、そのまま前傾姿勢となり軽く床を蹴ると敵の懐に一瞬のうちに入る。そうしてソードモードの剣を、剣を振り上げる左の男へ袈裟斬りに振るう。
その動きは疾風の如く。風のように振り下ろすと同時に、切り返しで隣の盗賊へと切り上げる。
盗賊たちは剣を振り上げた状態で、あっさりと身体を切り裂かれた。剣を戻してアリスはその横をてくてくと通り過ぎる。その後に盗賊たちは床へと身体を分かち落ちてゆくのであった。その切り口は不思議なことに凍りつき血が一滴も流れることはなかった。
「は?」
他の盗賊たちはその光景に息を呑む。武器を振り下ろす前に、一瞬のうちに少女が、あとから剣を抜いた相手が、先制した敵を倒してしまったのだから。
あまりにも速いその動きは風のようであり、盗賊たちはその姿を視認することもできなかった。
ゴロンと死体となった盗賊たちが床へと落ちた音だけが部屋に響く。
アリスは剣を横に構え直すと、蒼い氷でできた剣に力を込める。剣はチャカチャカと小さな刃へと分離して鞭のように剣身がしなりながら伸びる。
光の糸が氷の刃群の真ん中を通っており、剣が完全にバラバラとならないように支えている。
「くそっ!」
青褪めた銃持ちの男たちが慌ててマシンガンをアリスへと向けてくるが、無造作にその男たちへとウィップモードの剣を振るう。
『雷回転鋸』
剣身に紫電が走ると同時に銃持ちの間を光の輝線が奔る。
「あ?」
「こわな」
「でき」
一体何がと戸惑うままに、銃持ちたちも身体を分断されて倒れ伏していく。
「く、化け物め! 『溶岩弾』」
攻撃することも叶わずに、次々と部下が倒されていく状況に焦りと恐怖を覚え、盗賊のリーダーがワンドを手にして掲げると、バレーボール程の高熱の溶岩の塊がそのワンドの先に生まれる。
「ん? それはもしかして噂の魔法? 貴方は『魔法使い』だったのですか?」
溶岩の塊を見て、僅かに目を細めて、嬉しそうに口元を微かに微笑みに変えるアリス。
「『魔法使い』が真っ当な職につくとは限らねえんだ。喰らいなっ!」
アリスへと溶岩弾を射出する盗賊のリーダー。赤熱する溶岩だは空気を熱し、突風を巻き起こし音速で飛んでいく。盗賊のリーダーの奥の手の魔法だ。
盗賊のリーダーは『魔法使い』であった。ただし体内の魔力が一般人よりも多少多い程度の。魔法が使えるだけの劣等生であったリーダーは落ちこぼれとなり、下流に簡単に流れていき、盗賊のリーダーに収まった。
数発しか使えない魔法であっても、下流地区では圧倒的威力を持つ。なにしろタダで下流地区では使われることのない強力な魔法を放てるのだから。
目の前の少女は危険な相手だが、中級魔法である溶岩弾には敵うまい。今までどんな敵をも焼き尽くしてきた魔法なのだから。
少女はその攻撃をまともに受けて、一瞬のうちに油の染み込んだ薪のように燃え上がった。部下たちもその光景を見て喜びの声をあげる。
「はっ、ざまあみろ」
相手の武装も燃やし尽くすのは勿体なかったかと、残念がり
「これが魔法……なるほど、戦闘力に合わない攻撃力の低さ……。この惑星の総合戦闘力はますますあてになりませんね」
薪のように燃える少女から、平然とした、痛みで呻くような感じもなく、少女の声が聞こえてきて、ギクリと身体を強張らせる。
「魔法はこれからも色々と調べないといけませんね。情報がなさすぎます」
スッと右足を前に出すと、その動きにあわせるように炎はかき消えた。まるで最初から炎などなかったかのように、少女の服にも肌にも焦げ後一つなく。
「化け物め……」
必殺であった筈の溶岩弾が毛ほども相手にダメージを与えることができなかったことを見て、恐怖で顔を歪め呻くリーダーへと、アリスはクスッと笑って教えてあげる。
「違います。化け物ではなく、私の方が戦闘力が高いだけです。その装備も扱う能力も。残念でしたね、盗賊さん」
腰を落とし、大きく横薙ぎに紫電の奔っている剣をアリスは振るう。
身構えることもできずに、バチリと雷光が音をたてて、リーダーたちは他の盗賊たちと同様に身体を切り裂かれて、断末魔をあげることもできずに倒されるのであった。斬られた断面を凍らせて。
シャランと剣を鳴らし引き戻すと、ウィップモードからソードモードへと戻し鞘に戻す。その刃には一滴の血もついておらず、氷の冷たい輝きだけがあった。
「鏡。アイシクルスーツとアイスチェーンソードは素晴らしい性能です。舐めたら甘ければ、もっと完璧でしたが。個人的にバニラ味を希望します」
「刀身を舐める少女とか、危なすぎるだろっ! どんな武器だよそれ」
ペロペロと剣身を舐める幼気な少女……サイコすぎる光景であるからして。
「それじゃ、後でソフトクリームを作ってくださいね」
モニター越しにツッコむ鏡へと、悪戯そうに愛らしい笑みを魅せるアリスであった。
レベル15となったので、鏡に装備を一新してもらったのだ。高品質ができるまで延々と。レベル15の超能力が付与されている武装はなんと、ノーマル武装ならレベル30に匹敵する武装が作成できるのである。
こんな感じに出来上がった。
氷鎖剣(攻撃力3200:氷属性。時折、敵を凍結状態に変える)
朝倉コーポレーション製15式氷装甲鎧(防御力2900:氷属性。氷系の能力に小補正)
これにより、あっという間に総合戦闘力に加算すると1万近い戦闘力になったアリスである。潜在能力を引き出す宇宙人の長老に頼らなくても良いだろう。
おっさんは高品質ができるまでひたすら作成して、グッタリとしていたが。無理もない、高品質など作成レベルよりも高くないと簡単には作れない。なので、小島でカキンコキンと懸命に採掘して、素材が集まると作成。ノーマルの場合は分解して、もう一度足りない素材を採掘。そして作成……。強制労働所で働くおっさんみたいな感じで、ものすごーく苦労したのであった。
だが、その甲斐あって、盗賊たちを軽くあしらうことができた。結果にアリスは満足である。アイテム枠から燻製肉を取り出して、ハムハムと食べ始めちゃう。戦ったらお腹が空いちゃったのだ。
「『魔導甲冑』を着ていない『魔法使い』でも、戦闘力2000超え……。しかも盗賊に落ちぶれた奴でしょ? 本来の『魔法使い』はどれぐらい強いのかしら?」
「たしかにそうだよな。でも中流地区以上にいるんだろ? 会うこともないだろ?」
一般的常識は一応プティたちに聞いておいたのだ。なので、のほほんとおっさんはフラグを口にした。花梨はそれに気づいて頬を引きつらせたが。
「クエストなら受けるまでですね。それよりも眠いです。おやすみなさーい」
もう少女はおねむの時間ですと、ベッドに潜り込んでアリスはスヤスヤ寝息をたてて眠る。
「あ〜危険が迫ると睡眠が解除される仕様だもんね。改めてゲーム仕様って、チートよね」
花梨も寝るわとモニターを消して、おっさんだけがうんうんと頷く。
「死体、邪魔じゃね? ……ま、いっか」
辺りには盗賊たちの死体がゴロンゴロンと転がっている。
そうして3人は転がる死体を放置してあっさりと眠るのであった。ハンターならこれぐらい普通だろうと思うので。
ドロップは経験値とゴールド、低レベルの使わない武器が多少でした。
そして夜が明けた。
「申し訳ありませんでした〜っ!」
目の前には土下座をした夫婦がいた。アリスが朝食を食べようかなと、こしこしオメメを擦りながら起きたところ、不思議なことにまだ死体が転がっていたので、受付へ備え付けの電話で連絡したのだ。
ちょっと盗賊の死体が邪魔ですので片付けてくださいと。そうしたら不思議な表情で従業員がやってきて、そして凍りついた死体を見て、悲鳴をあげた。
その悲鳴は周りへと響き渡り、慌てて支配人たちがやってきて状況を知って、謝罪をしてきたのだった。
「お気になさらないでください。銀河を跨ぐアリス・ワンダーは気にしません。面倒くさいと考えて、おやすみなさいと寝ちゃうぐらいに気にしてませんので」
ニコリと微笑み、アリスはモニターを睨む。そこにはスヨスヨと寝ているアリスが映っていた。お分かりだろうか? 面倒くさい交渉になるので、鏡にバトンタッチして眠りについたアリスである。
なので、今のアリスぼでぃは鏡が操作していたりする。特性怠惰。どうやらアリスに奪われた模様。アリスはシティアドベンチャーに毛ほども興味を持たない戦闘生命体なのでと、ウルウルとオメメを潤ませるので、美少女の頼みは断れないよなと、鏡が変わったのだ。
ちなみに朝食は起きてくる予定。色々と酷い娘であるが、うにゃーんと子猫のような微笑みを浮かべるので、仕方ないなぁとあっさりと許しちゃうのであった。
好感度が高すぎるわと、好感度底辺の少女が歯噛みしてウキーとモンキーになっていたが、第一印象から最悪だったので自業自得である。
「しかし、これでは気が済みませんっ。江戸時代からやってきた積み木屋の暖簾にかけましても」
さらに言い募る支配人を眠そうなオメメで鏡少女は見る。そりゃそうだろうなぁ、話に聞いた限りでは下流地区は治安が悪い。その地区で一番のホテルということは、安全も売っていると言うことだ。それが客が襲われたにもかかわらず、警備は気づきもしない。
銀河連盟ならホテルランキング大幅ダウン間違いなしであるからして。
『積み木屋に信用できる警備先を教えてあげよう』
報酬:経験値3000、警備チップ
「……なんとまあ、こんなクエストがあるんですね」
ほうほうと目の前に表示されたクエストに納得する。全ては連携していたのかと。
「と、すると結構長いミッションストーリーの予感がしますね。しちゃいますね。これは楽しくなってきましたよ」
自然と口元がニヨニヨしちゃう。面白そうなクエストだ。もちろん受領する。
「わかりました。わかっちゃいました。なら、こうしましょう。私がお勧めするハンター……ではなく冒険者のクランを使ってみませんか?」
「は、はぁ? 冒険者ですか?」
「ノウハウは警備会社に負けると思いますが、真面目に仕事をしてくれますよ、きっと」
この間の仕事っぷりを見る限り、魔力結晶をちょろまかすようなこともしなかったしね。
戸惑う支配人に、ちっこい人差し指をビシッと突きつけて告げる。
「最低でも警備会社は変えないと駄目でしょう?」
「まぁ、そうですが……それでよろしいので?」
疑い深そうに見てくるので、花咲くような無邪気な笑顔でウインクする。
「私としても人脈を広げたいと思ってましたので。それで充分なんですよ」
そう告げて、平坦なる胸をそらして、すってんころりんと後ろに転がっちゃう鏡少女であった。




