27話 怪しさの塊なおっさん
孤児院は大騒ぎであった。久しぶりの肉。しかもカビの生えていない真っ当な肉なのだ。そして、一人一枚食べられるとなれば、子供たちは初めてのことなので狂喜乱舞していた。
それを見て、無理もないと思いながらも、院長である柴田はつるりと禿げ上がった頭を撫でて怒鳴る。
孤児院を守る爺さん。元冒険者の柴田という名前の強面のスキンヘッドの爺さんだ。チンピラ程度なら、あっさりと倒すことができる腕を持っている。
「お前らっ! こんな幸運は二度とないかもしれんからな、味わって食べるんだぞ!」
「は〜い」
「うめえ!」
「お肉〜」
子供たちが笑顔で燻製肉を食べるのを微笑ましくみてとると、隣に座る少女をジロリと睨む。
「で、マユ? あの男は何者だ?」
その重さを物理的に感じるほどの凄みのある視線に負けて、マユは首をすくめて、ぽつりぽつりと鏡と言うおじさんと出会った状況を話すのであった。
「はぁ〜ん、なるほどねぇ……。『魔法使い』か。それならあの傍若無人な態度もわかるが……なんでこんな底流にウロウロしてやがるんだ?」
マユの話を聞いて、顎をさすりながら疑問を口にする。どんなに落ちこぼれの『魔法使い』でも、中流階級以上にいれるはずだ。殺人鬼など、ヤバい奴なら身を隠すから、あの男みたいに堂々と外を出歩くことはしない。
「俺も冒険者の時に『魔法使い』を見たことは何度かあるが、いけ好かないが、金は持っていたし、階級も高かった」
「あのおじさん、身分証明書が欲しいと言って、スラム街の人間用の役に立たない木板の身分証明書をギルドから貰って満足していたのですよ。役に立つ身分証明書と思っていたみたいです」
マユの言葉にますますよくわからなくなる。あの歳で役に立たない木板の価値を知らないなんてあり得るのだろうか? 話しぶりから頭が良さそうな狡猾そうな奴と思ったのだが。
う〜むと、頭を悩ます爺さんであるが、まさか出身がゲームの世界からだとは思いもしなかった。当然である。そんな予想をした人間がいたら、周りの人はまずは病院をお勧めするに違いない。
「……まぁ、考えても仕方ねぇか。念の為に『魔導甲冑』の手入れでもしておくか」
冒険者時代の骨董品を整備しておくかと考えつつ、燻製肉を齧る。柔らかな感触と、肉の旨味が口内に広がり顔を顰めてしまう。
「この燻製肉は旨すぎだ。ほんとに、奴は何者なんだ?」
こんな燻製肉はありえない。口に入ると一瞬で柔らかくなり、普通の肉の旨みが感じられる燻製肉……どのような魔法を使ったのか問いただしたいところだ。
燻製肉を置いていった意図も問いただしたい。善意からでは決してないだろう。燻製肉をどこからか魔法で取り出した男は、なにか他の目的があるように見えたのだから。
燻製肉を置いて、さっさと去っていった男をいるかのように、部屋の扉を柴田は睨むのであった。
最下流専用冒険者ギルド。そのボロボロのギルド内で受付の男は暇そうに欠伸をした。ゴミばかりがたむろしているホールーを見て、なぜ自分がこんな場末の危険な事務所に配属されてしまったのかと、愚痴を吐く。
「世の中、金、金、金。ちくしょうめ。上司に渡せるほど金があったら、俺だって……」
男は上が腐っていると頑なに信じており、自分の能力が低いなどとは考えていなかった。なので、こんな場末の危険な事務所に配属されてしまったのは上司に、もっといえば面接官に渡せる賄賂がなかったからだと信じていた。
本来の男の能力はギルドに雇われただけ幸運な、能力の低い下流階級の男であったのだが。自分は下流階級であり、賄賂を渡せるほど貯金もなかったせいだと、決して自らを省みることはしなかった。
なので、仕事の態度も悪く成績も悪い、常に愚痴を口にする男は出世できないと、周囲の人間も理解しており、毎度愚痴がうるさいと眉を顰めるのみである。
そんな男の趣味は受け付けに来る貧乏な冒険者を見下すこと。この受け付けに来る奴らは依頼を受けて半分が数日で死ぬ。武器も持たずに着の身着のまま、金になる仕事を探しに来るからだ。
そいつらを侮蔑しながら、自分はガードマンに守られる裕福な存在だと、優越感を得て自尊心を満たし仕事をこなす。それが男の日課であった。
だが先週、男を不愉快にさせることがあった。自分を上回る人間など、この地区にはいないはずなのに、なんと『魔法使い』が現れたのだ。
自分をからかい、肥大していた自尊心を粉々に砕いた男。最初は安物の古びたツナギを着ていることから、食い詰めた無職かとせせら笑いながら下水道で死ねとばかりに、安いネズミ退治を押し付けようとしたのだが、それを見た他の冒険者、俺にいつも媚びてくる奴らが、からかった男を半殺しにして、俺へと媚びを売ろうとして……。
あっさりと倒された。しかも生身でコンクリートにヒビを入れて。
文句を言うことも、弁償しろと騒ぐこともできなかった。いつもなら荒くれ者たちに睨みを利かせるガードマンは素知らぬふりをして腰が引けていた。『魔法使い』だからだ。
自分だって『魔法使い』の危険性は充分に承知している。一応防弾ガラスの仕切りはあるが、あっさりと砕いて自分を殺すのは簡単だろうとも。
ギルドは場末のギルド員が死んでも、相手が貴重な『魔法使い』ならば見てみぬふりをするだろう。
自身の立場が揺らぎ、恐怖が心を襲った。しかし、明晰なる自分はこの男が変なことに気づいた。なぜ、『魔法使い』であるのに、しょぼくれた貧乏そうな服装なのか? その顔立ちは狡猾そうだが………。なにかしら、勢力争いに負けて落ちてきた人間なのでは、と。
なので、自分を怖がらせた仕返しにアイアンアント狩りを勧めることにした。いかに『魔法使い』であろうとも、都落ちをした素寒貧の人間ならば、死ぬ可能性は極めて高いと内心でほくそ笑みながら。
何しろ奴らは数がいる。いかに強力な魔法を使えても、数に押されてすぐに魔力が尽きて死んでしまうに違いない。
木板のゴミの身分証明書を渡すと、これが身分証明書なのかと珍しそうに見ていたので確信する。この男は下流階級の常識を知らないと。ならば死ぬ可能性は高いはず。俺を驚かせ、命を喪う恐怖を味合わせたことを恐怖するがいい……。
そうして1週間。あれから男は来なかった。死んでしまったのだ! 俺に逆らうとこうなるのだと、思い出しながら自分の頭の良さに愉悦に浸る。俺に媚びる冒険者たちも、俺の力を見て、ますます媚びるに違いない。
クックと含み笑いをしている男であったが、ガタンと音がしたので、音のした方向へと顔を向けて……ポカンと口を開けた。
立て付けの悪いガラス扉が完全に外れて床に落ちていた。それは良い。壊したのかと、冒険者へと小金をせびるためにそうしているのだから。
だが、壊した男が問題であった。
「ふむ……完全に外れてしまったな。ま、最初から壊れていたんだ。仕方ないな」
壊れたガラス扉をつまらなそうに見下ろしながら、鋭い目つきの油断のできない狡猾そうな顔立ちの男がリュックを担いで入ってきた。見覚えのある顔だ。……生きてたのか! ちくしょう!
ホールに屯していた冒険者たちも、男を見てざわつく。同じように死んだと考えていたからだ。魔風鏡。『魔法使い』め!
「あぁ、ちょうど良い。依頼をクリアしてきた。金を貰えるかな?」
周囲のざわめきを気にもせずに、鏡は受付の目の前の椅子にドッカと座り、カウンターに肘をつく。
生きていやがったかと、内心で歯噛みしつつ、ことさら笑顔で応対する。
「それはおめでとうございます、魔風様。貴方様なら簡単に依頼をこなすと信じておりました」
「それはどうも。だが、この依頼をクリアして少し疑問に思ったのだが聞いても良いかな?」
目を細めて、眼光を鋭くする鏡に受付の男は身体を震わせながらも頷く。鏡はできるだけ猫なで声で問いかける。本人的には猫なで声だが、実際は威圧するドラ猫声である。
「アイアンアントの依頼はソロには出さないらしいじゃないか? どういうことなのか説明をしてくれると嬉しいのだが?」
ギクリと身体を硬直させる。このクエストの裏に感づいたらしい。誰かに聞いたのだろう。
ガードマンへと視線を向けるが、あらぬ方向を見ていた。助ける気は皆無なのだろう。
ヤバいヤバいと焦りながら、考える。どうしたら良いのか? このままでは殺される!
「ま、魔風様ならお一人でクリアできると思っておりまして」
応えながら相手を見るが、鏡の視線は変わらない。殺意の伴う視線だ!
「で、ですので、たしかに当方のミスでありましたので、え〜3倍の金額を謝罪を籠めて支払いたいと思うのですがどうでしょうか?」
早口で言葉を連ねて、殺されないように提案をする。
「ほう……少し多目に狩ってきたのだが、それも全て3倍で?」
「もちろんでございます。全て今回に限り3倍で」
自分の裁量を超える支払いだ。ギルドの金ではなく、自分の貯金で補填しなければならないだろう。しかし命には代えられない。
だが、その提案に鏡は満足したらしい。多少視線を緩めて肩の力を抜く。
「それなら問題ない。この話はここまでだ」
ありがとうございますと、切り抜けたと安堵をする受付であったが……安心するのは早かった。
次の瞬間、息を呑む光景が目に入ってきた。
「3倍の報酬。計1048個あるからな。全て換金でよろしく」
担いでいたリュックから、ザラザラと魔力結晶をカウンターにぶちまける鏡を見て、受付の男は絶望の表情となるのであった。
鏡は受付の男が死んだような表情で、震える手で手渡してきた札束を無造作にリュックに仕舞って、冒険者ギルドをあとにした。出る瞬間に気が狂ったような哄笑が聞こえてきたが、きっと幻聴だろう。
「くぅ……。ハードボイルドね、鏡」
モニター越しに感心の表情で……いや、良いものを見たわと変態な表情で花梨がデヘヘと口元を緩ませて言ってくるので、得意げに頷く。
「だろう? 練習してきた甲斐があったよな」
押し問答集を作り、花梨と練習してきたおっさんであった。プティからソロでアイアンアントの依頼はギルドから勧められることがないと言われて考えたのだ。
腹式呼吸まで練習して頑張ったのだ。腹式呼吸は関係ないと思うのだが。
「ふ。ギルド員のミスを最大限に用いる俺……狡猾だよな」
ギルド員が間違えて斡旋したのだろうと、その明晰なる頭脳で見抜いたのだ。受付もやべーと顔を青褪めさせていたし、間違いない。俺の頭の良さが怖いな、ククク。
ギルド員のミスだと信じるアホなおっさんがここにいた。
「でも、紙切れではいまいち儲かった感がないですね」
アリスもモニター越しに話しかけてくるが、そうだなぁと頷く。なんか玩具のお金を扱っているようで、儲けた感がまるでない。
なので、適当にリュックに押し込んでおいた。これ、大金なのかなぁ?
「亜空間倉庫も使ったら駄目とか言うし。面倒くさいんだが? アイテム枠も使ったら駄目なのか?」
「うん。この世界にアイテムボックスがあるかを確認したあとにしましょ。それより拠点作りよろしく」
「ホテルならいけるかなぁ? とりあえずホテルを探すかね」
花梨の言葉を受けて、おっさんはのんびりとホテルをさがしに歩き出す。マイハウスが使える拠点をまずはこのシティで作りたいのだからして。




