25話 交渉はお任せなミラーガール
ざっと10名といったところか。アリスはやってくる者たちを見てすぐに判断した。
皆はプロテクターを着て、小銃を肩にかけている。先頭はごついブーツを履いて、余裕そうな笑みを浮かべる獣のような雰囲気の女性だ。バンダナでボサボサの髪の毛を抑えて入るのだろう。後ろに続く少女二人が手をふっているが、なにか意味があるのだろか?
どちらにしても、その人数と武装を見てアリスは『解析の瞳』を使う。
『女A 総合戦闘力1283』
『男A 総合戦闘力1076』
『少女A 総合戦闘力942』
『少女B 総合戦闘力991』
他も似たりよったりの戦闘力であった。すなわち……
「雑魚ですね」
バッサリ切っちゃう戦闘少女であった。序盤の敵はもう雑魚になったのだ。バトル漫画のようにインフレの激しい世界で生きるアリスたちは、ちょっとレベルが上がると、以前の敵は雑魚に早変わりするのだ。
でも盗賊なら、片付けておこうかなと思い直す。強欲なアリスは小銭も逃さないのだ。ご飯の場合だと、もっと逃さないのだ。
片足を僅かに摺り足にして、身構えようとすると、その行動を見て取ったリーダーらしき先頭の女性が両手を慌てて掲げる。
「おっと。あんたを襲いに来たんじゃないよ。それは少し勘違いさね」
「そうなんですか? もしや銀河を跨ぐ売れっ子ハンターのアリス・ワンダーに依頼ですか? 格安確実、スケジュールはいっぱいですがお受けしましょう。交渉をしますか?」
クエストかなと、目を輝かせちゃうアリスである。ワクワクと輝くおめめを女に向ける。
態度が一気に変わった少女を見て戸惑う女だが、コホンと咳払いを一つしてニヤリと笑う。
「あぁ、交渉に来たのさ」
その言葉を聞いたアリスは、仮想空間に意識を飛ばす。おっさんが既に待ち構えており、片手を上げている。
「アリス!」
「鏡!」
お互いの視線が合い、アリスも片手を掲げて、ハイタッチをしちゃう。
「交渉は任せました!」
「任せろ! 狡猾なる俺の力を見せてやるぜ! アリスの魅力をフルに使い有利にするから任せな」
心強い言葉を告げて、おっさんがアリスの体に取り憑く。おっさんを退治するハンターはどこかにいないか探さないといけない事案ものである。
なんにせよ、鏡は少女になった。混ぜるな危険の少女が再び現れたのだ。
鏡少女はニヤリと笑い、フンスと息を吐く。
「交渉ですね。わかりました。どの敵を倒せば良いのですか? 格安確実な私ですので内容をまずは話してください」
胸を張り、得意げな表情になる少女。その姿を見て女はさらに戸惑う。先程の威圧感が消えるようになくなったのだ。強者の空気が消えていた。
一瞬で気配を消す技も身につけているのかと、女は警戒する。
まさかおっさんが取り憑いたので、スキルが全て封印されて、雑魚キャラに早変わりしたとは見抜けなかった。当たり前の話だが。
それでも気を取り直して、主導権をとるために不敵な笑みを浮かべる。
「あんたはここで狩りをするだけ。そうだろう?」
「いえ? 魔力結晶という物がドロップするまで狩っています。20個で依頼はクリアなのに、1000体近く倒しても、1個も落とさないんです。もしや、スーパーレアなのかと疑っています。そろそろ踊らないと駄目ですかね?」
踊れればドロップ運が上がるんですと、オカルトを持ち出す少女だが、両手を掲げてフラダンスのようにゆらゆら踊るその姿は愛らしくもアホっぽかった。
豪運もあるのになぁと、不満げに幼い顔立ちを不満げにしちゃう。なんということでしょう。やはりおっさんの方がアリスの可愛さを際立たせる模様。さすがは狡猾持ちである。少女を可愛く見せるような狡猾な所はおっさんに必要ではないと思うのだが。
「魔力結晶……解体したようには見えないけど? いや、バラバラになっているのも多いけどね。これだよ、魔力結晶は」
先程ミキサーの刑にしたアイアンアントの残骸へと近寄ると、女は小さな小指程度の水晶を取り出した。なんだあれ?
コテンと小首を傾げる少女へと、苦笑をしてしまう女。
「あ〜……本当に知らなかったのかい。この小さいのが魔力結晶さ。これが欲しかったのかい……それなら、あたしと取引しないかい? この大量のアイアンアント、それを全て解体して魔力結晶を渡そうじゃないか」
ポリポリと頬をかく女。その取り引き内容に鏡は目を鋭くさせる。
「ドロップだけではなく、解体が必要とは……。ガラクタ……使い物にならないゴミと表示されているから、ドロップに引っかからなかったのですね」
ドロップしないなぁと、延々とアイアンアントを狩っていたアリスたちであったのだ。間抜けにも程があるだろう。
チッと舌打ちする。小鳥のような可愛らしい舌打ちなので、威圧感はない。ビルの影に隠れている花梨がヤバと呟き失敗した表情になっているので、今更ながらに解体しないと手に入らない可能性に気づいたのだろう。
だが、疑問も浮かぶ。
「貴女たちにはなにか旨味があるのですか? 私だけ得するような取り引きですが」
「あぁ、こちらはアイアンアントの残骸から採れる鉄を貰うよ。嵩張るし重いけど、そこそこ高値で売れるんでね」
「ふむふむ。そうなんですか」
「それにここを片しておかないと、他の魔物が集まるかもしれないからね。ちょっとやりすぎだよ、これは」
女が手を広げて辺りを示す。アリスの狩場としていた十字路。そこには数多くのアイアンアントの死骸が転がっていた。虫なのでそこまで死臭はないが、廃墟ビルのあちこちに斬られたアリがぶら下がり、地面には死骸の山がある。
実際、1000体近くあります。いつもなら消えるはずなのに、ここのクリーチャーは消えないんだもの。
まさしく地獄絵図である。この死骸の山の中で平気な顔で戦っていたアリスたちでもあった。ハンターは一日で1000体を倒すことも当たり前なので気にしなかったのだ。花梨は微妙に嫌がっていたが。
「えっと。この間助けてもらったお礼もあるの」
「うんうん。あの時は命を助けてもらったしね」
見知らぬ少女二人が馴れ馴れしく話しかけてくるが、誰なのかな?
知らない人だよと、不思議そうにする鏡少女の態度にショックを受けたように、慌てて自分を指差す二人。
「茶々だよ!」
「市です!」
強調するように顔を近づいてくるので
「あ、あぁ〜。はいはい。コロニーで会いましたっけ? 酒場の店員さん?」
おっさんは適当に誤魔化した。少女のぼでぃなのに、コロニーで会ったよねと。
アリスはコロニーにいたことはないのだが。
「ちがーうっ! ほら、私たちを屑冒険者から守ってくれたでしょ?」
「はいはい。そんなこともありましたね。もちろん覚えてますよ。屑鉄集めで御一緒した茶々さん」
ようやく思い出したよと、鏡は記憶を捏造した。アリスが知っているかとモニターを見るが、お腹が空きましたと、ベーコンステーキにかぶりついていた。もはや、こちらを見もしない食いしん坊ガールである。
「本当に覚えていないんだ……。ほら2万円渡したでしょう?」
ため息を吐き、半眼になる茶々は諦めとともに言うが、その言葉で鏡は思いだした。絵札を手に入れたクエストの子たちだ。マジか、この少女たち、クエストが終わっても存在しているよ。学会のクリーチャー説は消えたな。
「思い出しましたよ。泡のように消えたと思っていたのに生きていたのですね。ほほーっ」
ようやく思い出したのねと苦笑する茶々と市。もしかしたら、ランダムクエストに見せかけた連鎖クエストだったのかしらんとも考えて、ここにこの二人がいる理由にピンときた。
「なるほど、貴女たちが私の知り合いと考えて、そこの方は交渉に来ましたか」
目つきを多少鋭く変えて確認すると、苦笑しながら女はあっさりと頷く。
「そうさね。全く覚えていなかったようだけどね。ま、それは良いか。あたしの名前はプティってんだ。下流地区のちょっとした顔役でもあるさね。どうだい、取り引きに乗らないかい?」
ふむ、と考え込む。どうやらこの惑星では今までの常識が本当に変わっているようだ。どうしようかなぁと、迷っているとモニターが開いた。
『アリ狩りと知り合いになろう』
条件:1000体のアイアンアントを渡す
報酬:ミサイルアントの鍵、名声
ピクリと眉を動かして鏡少女は、口元をニヨニヨと笑みに変えちゃう。これはラッキーな『クエスト』だ。この報酬は金にはならないが、それ以上の価値がある。
幸いアイアンアントも1000体はいるだろう。
「良いでしょう。魔力結晶は私に。残りは貴女たちにあげます。交渉成立ですね」
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ。ありがとさん。すぐにうちのもんたちを連れてくるから待っていてほしいさね」
プティという女が一瞬狡賢そうな、してやったりという表情をしたが
『アリ狩りと知り合いになろうをクリアしました』
交渉が成立した途端に、アイテム枠にミサイルアントの鍵が入って、鏡は内心で小躍りした。
仮想空間でアリスと一緒におててを繋いで。取り憑いている最中は鏡も仮想空間でアリスの姿になっているので、可愛らしい双子がダンスを踊っていたりした。
「さすがは鏡です。信じてました」
「ふふふ、任せろと言っただろ」
ランランランと小柄な体躯で、嬉しそうに踊っちゃう。
どうもプティは狡猾なる交渉で儲けることができたと思っているらしいが、金では手に入らないアイテムがあるのだ。
鍵。異空間にてボスと戦えるトリガーアイテムである。最低でも店売りよりも強い武具や素材が手に入るのだからして。
「ねぇ、トリガーボスって、パーティー単位じゃないと無理じゃない?」
モニター越しに花梨が尋ねてくるが、たしかにそのとおり。高レベルのボスならばだけど。
「花梨、低レベルボスなら1人で倒せます。安心してください、花梨も連れていきますので。いつものように蝶のように舞ってくれれば大丈夫です」
しれっと答えるアリス。もはやボス退治は確定事項なのだ。
「全然大丈夫な感じがしないわっ。……ま、アリスなら大丈夫か」
「装備も一新させるしな。レベル15からは装備の能力も大幅に変わるし」
諦めのため息をつく花梨へと、鏡も告げておく。もう初期装備ではきついだろうから。
「とりあえず、交渉能力のある鏡にシティなどでのやり取りはお任せします。私だとボッタクられる可能性がありますので」
「あぁ、任せな。拠点を手に入れたらアリスでも街で活動できるからな」
効率をメインとするアリスは躊躇いなく鏡に身体を任せることにした。なので、街では鏡がアリスぼでぃを操作することが多くなることが決定した。
悲報:おっさんが少女の身体を操る機会が多くなりました。




