21話 冒険者ギルドに入るおっさん
おっさんがどこに行こうかなぁと考えていると、燻製肉を食べている子供がおずおずと問いかけてきた。
「えと、おじさんはどこかに行きたいのですか?」
「ん? あぁ、日雇いの採掘士でもやろうかと思ってな。どこかに資源採掘用小惑星でもないか?」
おっさんは慣れている仕事で日銭を稼ごうと考えた。力を手に入れても、根本的な性格は変わっていない模様。ブラックだからと慣れている仕事を辞めても、再就職先を同じ職種に結局は選んでしまう事と一緒である。
もちろん、子供は小惑星がある場所など教えてくれなかった。何を言っているのだろうと戸惑いながらも、日雇いと聞いて自分の思いつく場所を教えてくる。
「ハローワークならあるのです。通称冒険者ギルドですね。弱者はお断りの場所です」
「そうか。で、他に日雇いの仕事を斡旋する所はないか?」
秒で判断するおっさん。弱者との自覚があるので。さすがは小心者にして、怯懦なおっさんである。
「それと、簡単に大金が稼げると、なお良いな」
怠惰でもあった。
駄目なおっさんの言うことを聞いて、呆れ顔になって少女はこちらを見て言う。
「えとですね。おじさんは身分証明書持ってます? 流れの人ですよね? 中流住民には思えないので、身分証明書はないと思うのです。そうなるとそれ以外なら酒場の怪しい仕事しか」
「で、ハローワークはどこにあるんだっけ?」
おっさんは危機を感知した! というか、さっきの酒場とかだよな。
「即行意見を翻したわね」
「ほっとけ」
花梨のジト目へと半眼で返して、少女へと尋ねる。こっちなのですと、歩き始めるのでここは変だなぁと呟く。
都市の中心には高層ビルと巨大なドームが融合するみたいに建てられているし。なんであんなへんてこな建築をしたのかね。
そうして、少女のあとをのそのそとついていく。少女がおずおずとこちらを見ながら、言いにくそうに口を開く。
「もう一つ……今のを貰えますか?」
「ん? ほいよ」
クエストでなさそうだが、お腹空かせてそうだしな。1個5ゴールドだし、タダみたいなもんだ。
ありがとうですと頭を下げて、腹ペコ少女は燻製肉を夢中になって食べ始める。
「塩味も丁度よいし、燻製されているのに、柔らかいのです。肉の味がバッチリ残っていますし、マユさんはこんな燻製肉は始めて味わうのですよ」
そんな美味しいかねぇと、その様子を見ながら歩く。アリスがわかっていますねと、むしゃむしゃ新しい燻製肉を食べている。食いしん坊が多いことと、肩をすくめておっさんは案内をされるのであった。
ハローワーク。通称冒険者ギルド。なぜ冒険者ギルドと呼ぶのだろうか。おっさんは嫌な予感しかしないぞ?
第六感を働かせるが、逃げてもここよりも酷い環境しかないらしいとも思い出す。さっきの酒場のような所はごめんである。
「ここは最下級民が来るハローワークなのです。かなり危ないですが、それでもスラム街の酒場よりはマシなのです」
「はぁ、そうっすか。マシなのですか」
自分の半分もない背丈の少女へと、口元を引きつらせて見る。だってねぇ……。
「物凄いボロいんだが? コロニーならクリーチャーが出没する危険地域になっているぞ?」
人が住む所だとは思えない。だって、窓は木板で塞がれているのに、壁に穴が空いています。壁際には危険そうな汚れきって元の色がわからない服を着たチンピラたちが立っている。なにかな? あれはおっさんを襲う予備軍かな?
「鏡、ここは面白そうです。私に、私に変わってください」
ふんすふんすと鼻息荒くモニターにウニュウと顔を押し付けて興奮したアリスが言ってくるが……アリスで良いかな?
「駄目よっ! まだアリスの出番じゃないわっ! 具体的にはこの建物を血塗られた建物へリフォームしそうだしっ」
「良いじゃん、血塗られた建物にしても。儲けられそうだし」
なんか問題あるわけ? ハンターにとっては日常茶飯事だろ。だいたいハンターが絡む時は血だらけになるぞ。
アリスもそのとおりですよねと、カリカリ燻製肉を食べながら頷く。燻製肉の残りが何個か気になるところです。
「ギャー! 怖いっ! ゲームの世界が、ゲームの世界の住人が現実化すると、世紀末伝説よりも怖いっ!」
頬を抑えて叫ぶ花梨。なんだかよくわからないなぁ。だが、わかることは俺ではないといけない模様。花梨の指示に一応従うと答えたし、そうしとくか。
「あの……入ります?」
他者からは念話は何をしているかわからない。なので、空を睨み考え込んでいるように見えるのだ。
「あぁ、入るよ。とりあえずはな」
そっと袖に隠してある腕輪を擦る。冷たい金属の感触が手のひらに返ってくるのを支えとして扉を開ける。ガラスのドアであるが、傾いていた。不安しか残らないぜ………。
取れそうなドアを開けて中に入ると、ちらつく蛍光灯に、カビと汚れで薄汚れている壁。床もコンクリートで、黒い染みがところどころに広がっていた。あの黒い染みはなんだろう。おっさんは理解したくないや。もう少しコロニーの場末酒場でも綺麗にしているぞ。掃除人はなにをしているんだ。
受付カウンターだけは、周りのボロさとは違い、強化ガラスで仕切られており、そこそこ綺麗な制服らしき服を着た男が数人座っている。やる気のなさそうな表情、着崩れた着こなしではあるが。
部屋の隅には西洋甲冑のような鎧を着込んだ男がアサルトライフルを背負い立っている。どうやら、本当に職を斡旋しているらしい。壁には紙が何枚も貼り付けており、こ汚い奴らがそれらを眺めていた。
『解析の瞳』
一瞬、瞳にマテリアル回路が輝き、隅に立つガードマンらしき者を見つめる。
『ガードマン』
総合戦闘力3781
あぁ、この惑星は本当に未開なんだなぁと思う。金を守る大切なガードマンが、たった総合戦闘力3781ぽっちとは。
コロニーならばありえない。ハンター相手の危険な仕事だ。総合戦闘力は10万はないといけない。雑魚ガードマンでそれぐらいだ。小隊長クラスなら20万は軽い。30万ぐらいが平均かな?
少し肩の力が抜けて安心する。まぁ、俺はカスな戦闘力なんだけど。
他にもチンピラっぽい男たちが壁によりかかり、お喋りをしているが、入ってきた俺たちを見て、何やら面白そうな表情をニヤニヤと浮かべる。
なんだろう。おっさんはまったく面白くないよ?
「まぁ、良いや。さてと、仕事を斡旋してもらいますかね」
ハンターギルドとは違い、受付はおっさんだった。そこらへんも未開惑星だ。ハンターギルドなら美女、美少女が受付であるからして。
つまらそうな表情の受付へと向かい、カウンターに肘をかける。
「バーボン、ストレートで」
「あぁ? ここは酒場じゃねぇっ!」
受付が怒ってくるので、意外に思う。これはハンターのテンプレじゃねえの?
「ああっ! 私がやりたかったのにっ! そのセリフは私がやりたかったのに!」
花梨が悔しそうに、ムキーッとハンカチを噛みながら悔しがる。
ほらな、当たり前だよな? なんで、この受付は怒っているわけ?
「あの……受付をからかわない方が良いとマユさんは思うのですが……」
俺の袖をクイクイと引きながら、顔を引きつらせてマユ?と言う少女が言うが、そうなん?
首を傾げながらも、カウンターへと視線を戻す。
「それじゃ、なんだっけ、仕事を世話してくれ」
「……あぁ? そうだな、流れ者か? なら……『魔導甲冑』も持っていない雑魚だから、下水道の大鼠退治はどうだ? 大鼠20匹につき、500円だな」
からかうように言ってくる受付の言葉を聞いて、素早くステータスボードへと視線を移すが『クエスト』発生の表示はない。ハンターギルドなら、依頼内容とクエストは必ず同調するはずなのに。
チッと舌打ちをして、顎に手をあてる。『クエスト』が同調しなければ、経験値報酬が手に入らない。即ち、この安いだろう依頼をするだけ無駄だ。マジか、本当に未開すぎだろ。
「おう、おっさん。なにか不満そうじゃねぇか? あぁっ?」
後ろから野太いにやけ声がかけられるのでゆっくりと振り向く。大柄の筋肉が武器だと示す男と取り巻きらしき男たちがニヤニヤ嘲笑っていた。
『チンピラ』
総合戦闘力368
素早く解析をかけて表示された戦闘力に鼻で笑ってしまう。
「なるほど? 殴り合いのチュートクエストというやつかな?」
冷たい声音で答える。小心者らしからぬ態度だが、小心者だからこそ、舐められないようにしないといけないのだ。狡猾なおっさんは毅然とした態度をとるのだ。
その態度に顔を顰めたチンピラは、怒ったのか拳を強く握りしめて後ろに引く。
『エマージェンシー 自動戦闘開始』
危険が迫ったと判断して、マテリアル回路が体内を駆け巡り、身体が勝手に動く。
「雑魚なおっさん、身の程をしりなっ!」
右拳を突き出して、鏡を殴ろうとしてくるチンピラ。以前のおっさんなら殴られておしまいではあるが
パシッ
乾いた音をたてて、軽く突き出した鏡の手のひらがあっさりと受け止めた。
「なっ?」
動揺するチンピラに腰をかがめて、足払いを食らわす。簡単に足を払われたチンピラが倒れ込むので、大きく足を振りかぶってその身体を踏み潰そうとするが
「鏡っ、ステイッ」
また慌てるように花梨が止めてくるので、仕方なくチンピラの顔の横に振り下ろしておく。
振り下ろした箇所のコンクリート床に足は僅か沈み、蜘蛛の巣のようにビッシリとヒビが入っていった。
「ひ、ひいっ! 生身でコンクリートをっ! こ、こいつ『魔法使い』だっ!」
驚愕と恐怖。死の危険を理解して、後退るチンピラ。
「ふん、この床が弱いんだ。あぁ、弁償よろしく」
つまらそうな表情で、金が無いんでと内心で付け加えておく。その言葉をコクコクと頷き了承しながら、取り巻き共々慌てて逃げていく。
ふ、雑魚がと、内心でにやつきなから、誰よりも雑魚なおっさんは逃げていく男たちを見送る。
「さすがはスターターキットね! 雑魚な鏡をここまで強くするなんて」
「凄いな、この『栽培戦士の腕輪』」
花梨の言葉に鏡も同意する。初心者応援キットの一つ。総合戦闘力を1500に上げて、オートで敵を倒してくれる腕輪型アイテムである。これで君も一時間でレベル10に! というやつらしいけど。
装備している間は栽培戦士マンに変化しており、総合戦闘力1500、体術、剣術、銃術をスキルレベル10まで上げてくれるのだ。『選ばれし者』がその総合戦闘力、レベルを超えると無効化されてしまうが、それまでは心強いアイテムです。
鉄だけで作れる不思議なアイテムである。それを聞いて、即行作りました。花梨も装備したがったが、なぜかできなかった。たぶん使用キャラのみとテキストに書いてあるせいだと思われる。
これならレベル10の格上をレベル1で倒せちゃうのであるからして。おっさんは手放すつもりはありません。
お喋りがなくなり、静寂が支配する中で、俺は再びカウンターに肘をつける。
「で、仕事は大鼠退治だったかな?」
面倒くさいけど仕方ないなぁと、つまらそうに問うと、なぜか受付は慌てるように紙束を捲り始めた。
「ま、まて。いや、少し待ってください。そ、そうですね。大鼠退治はもう終わっていました。次はこのアイアンアント狩りがよろしいかと。奴らは体内に魔力結晶を生成していることがありますから。報酬は10万。アイアンアント20体退治で。証拠として、魔力結晶を倒した数だけですね」
「ありがとう。それで……俺は身分証明書も欲しいんだが?」
なんだか知らないが、ラッキー。




