2話 おっさんの日常
漆黒の空間。普通の生命体ならば生きてはいけない場所。
宇宙。
瞬く星の光が一つの小惑星を照らしていた。照らされた小惑星にはいくつものブリキ玩具のような人型ロボットが灯りに集まる羽虫のように張り付いており、鉱石を採掘していた。
その中の一つ。錆だらけで、胴体の元の色もわからず、動きもぎこちない古ぼけた機体があった。
ハァ〜。疲れてきたのか、ロボットに乗っている男は深く息を吐いた。
くたびれたおっさんであった。歳はそろそろ老後を考え始めるぐらいだと本人は語る。もう若くはないと。
オイルなどで汚れた作業用ツナギを着ており、弱気そうな男である。無精髭が生えており、身だしなみを気にはしていないことがわかる。
そんなおっさんの吐く息が目の前にあるスクリーンを曇らせる。白い吐息は今の状態が低温でかなり寒いことを示している。
「温度を上げるか……。でも、余計に金を食うからなぁ」
コンソールに映る温度は5度。寒いはずだと納得するが、だから温度を上げようかというと、まだ耐えられると呟く。
ヒーター代もケチるようになったのは昨日のエイリアンのせいだと舌打ちする。倒されたと思いポップ時間にはまだ早いと油断していたのが悪かった。
まさか『選ばれし者』がスキル上げで離れた場所に釣っていたなんて知らなかったから、いつもと違う時間にポップしたエイリアンを見て、逃げるために慌てて万が一の弾薬を使ってしまったのだ。なんとか逃げ切れたが、機体の耐久力は下がるわ、弾薬を補充する必要があるだわで、雀の涙程の貯金は消えてしまった。
エネルギーマテリアルをケチらないといけない程に。
かじかむ手に息を吹きかけて擦って、少しでも体温が上がるようにする。ほとんど意味のない行動だとはわかってはいるのだが、それでも多少は暖かくなる。『凍傷』状態にならなければ良いが……。
「おーい、動きが止まっているが大丈夫か〜?」
作業用強化服の動きが止まっていることに気づいたのだのだろう。隣で採掘している同僚から通信が入ってきたので、手を振って大丈夫だと答える。
キシキシと軋む音がコックピットに響くので、この機体は駄目かもしれないが。
「もうこの機体もだいぶ古いからなぁ」
もし機体が爆発したら、戦闘力50の自分では宇宙空間に耐えられない。あっという間に死ぬだろう。死んでも家族もいない身だ。惜しむ者もいないだろうが。
「だが、まだ生きているからな。今日の食い扶持を稼がんと」
明日死ぬとしても、今日は腹が減る。腹を空かせないためにも働かなくてはならない。
レバーへと手を添えてひとりごちる。まだ男の愛機はやれるとでもいうように、脳波コントロールに従い小惑星に取り付き鉱石を採取し始めるのであった。
小惑星から鉱石を採掘しおわり、スラスターを噴かせて宇宙港まで戻る。宇宙港は相変わらずごった返している。港に入るのを待っている小型艦や、大型の戦闘艦が出庫していく。
きらびやかな戦闘用ロボットが粒子を翼のように噴き出しながら艦の横を通り過ぎる。港にはいくつものロボットが飛行しており、どれも強力そうなバズーカやレールガンなどを搭載していた。
交易コロニーであるオリハルハは常に騒がしい。
その中には入らずに、隅にある薄汚れたハッチへとおっさんは機体を接近させる。スクラップが辺りを舞っており、薄汚れている裏の港だ。正面の宇宙港とは違うが、そこもまた騒がしい。
きっと戦闘用ロボットがその気になれば、傷もつけることもできずに撃墜されるだろう、どれも古ぼけたボロい機体の群れであった。
無重力空間をスラスターを停止して慣性のままに男は中を通り過ぎていくと、モニターにきちんとした綺麗な制服を着た男が映る。この汚い港で唯一の役人である管制官。
「ナンバー及び所属を言え」
きちんとしているのは制服だけであり、役人自体は左遷ともいうべき場所に配置されて不貞腐れていたが。
乱暴な口調に肩をすくめて答える。
「こちら識別ナンバーO3N、魔風鏡、ボッター商会所属の採掘士」
「オーライ、確認がとれた。通ってよし」
投げやりに間髪言わずに答えてくる管制官に苦笑いになる。こいつは絶対に俺のナンバーをコンピューターに照会などしていない。それを隠す気もないらしい。
「ありがとさん」
それでも一応役人だ。揉めるのは嫌だ。役人はある程度の力を持っているからだ。小心者のおっさんとしては、トラブルはノーサンキューなのである。
常にヘイコラ頭を下げて、エイリアンが現れたら脱兎のごとく逃げる。それが鏡がこの世界を生き抜く術である。
港湾奥に設置されているハンガーラックへと機体を寄せて接続させる。緩衝システムなど搭載されていない機体は、ダイレクトに衝撃を返してくる。身体が大きく揺さぶられるが、なんとか耐えて、シートベルトを外すとハッチを開けて降りる。
桟橋に降りる時にハッチがガタンと斜めに傾いで外れかけてしまう。本格的に限界かもしれない。オーバーホールできるような金はもちろんない。
「こりゃ、本格的にだめかぁ。今日の成果に期待するしかないか」
俺の持つ採掘レベル5は銅鉱石までしか解析できない。いくつか解析できない鉱石が採掘した中であった。高値の物があればと期待するだけ無駄だと理性は理解しているが、それでも期待してしまう。
買取業者の前に他の採掘士と同じように並ぶ。ザワザワと皆が仕事の終わった開放感から機嫌良さそうにお喋りをしている。
周りを見たが知り合いはいない。他の買取業者の所に並んでいるのだろう。
どんどんと行列が捌かれていき、自分の番となる。買取業者は事務的に真っ黒に汚れた節くれだった指で、テーブルに積まれる鉱石を片付けていた。
「早く出しな」
くぐもった疲れたような声音で買取業者が聞いてくるので、持っている鉱石を出すためにアイテム欄を呼び出す。空中に表示されたのは正方形の枠だ。その数は30枠。その枠は全て鉱石で埋まっている。
トントンとタッチをしていくと鉱石が出てくるので、テーブルに並べていく。ジャラジャラと音をたてる鉱石を見ながら、緊張気味に買取業者へと頷く。
それが全てを取り出した合図だと買取業者も理解しており、素早く石ころにしか見えない鉱石を触って解析をしていく。
なにか驚きの表情でも見せないかと期待をしながら眺めるが、無表情しか表情のパターンが無いとでもいうように、買取業者の表情はピクリとも動かないので、こっそりとため息を吐く。
駄目そうだ。わかってはいたけど。世の中はそんなにうまくはいかないということだ。
「22000ゴールドだな」
「あぁ、それで頼む」
値段交渉などできやしない。そんなスキルがあれば採掘士にはなっていない。相手もそれがわかっているので、ぶっきらぼうにテーブルにいくつかの水晶を放り投げるように置くと、俺から買い取った鉱石を仕舞い始めた。
俺も同じように、小さな水晶を手の中に仕舞う。水晶はアイテムとは別枠であり重量もないのでいくらでも持てるが、銀行に預けないと簡単に盗まれるので、注意しなければならない。
疲れた身体を引きずって、今日の収支を計算する。エネルギーマテリアルはもちろんのこと、そろそろ作業用強化服の修繕費も工面しなければならない。
正直頭が痛い内容だ。手元には多少しか残るまい。
「おい、しけた面してんな! 今日はどこの店に行く?」
仲間の男がニヤけながら肩をバンバン叩いてくるが、やめてほしい。痛いのだ。ダメージを負ったらどうするつもりだ。
おっさんはひ弱なので口にはもちろん出来無いけど。戦闘スキルは無いしな。この挨拶はどうにかならないのだろうか。誰が肩を叩く挨拶を考えたのだろうか。最悪の挨拶手順だとおっさん的には思います。
「そうだな。Eブロックの酒場にしないか? あそこは安いしな」
「良いな、あそこは『選ばれし者』たちが経営する店じゃないしな」
「あんな高いところに行けるか。俺たちの懐は軽さには自信があるだろ」
「ちげえねえ。そんじゃ行くとするか」
二人のおっさんは顔を見合わせて笑い合い薄暗い汚れた通路を歩いていく。貧乏人たちが集うブロックを。
酒場に到着して、テーブルに座り料理を注文する。周りは皆、俺と同じような貧乏人ばかりだ。その日暮らしの貯金を持てない人間たち。汚れた服に無頓着で、ゴワゴワの髪に、無精髭を生やしている。
ボロっちいヒビだらけの壁に、切れかけて消えそうな蛍光灯が酒場の隅で瞬く。灯りに蛾が寄ってきているが店主は気にもしない。
お待たせと恰幅の良い女将が荒々しく料理を運んでくる。塩っ辛いザワークラウトに、焼きすぎてパサパサしたソーセージ、酒の肴にそれらを食べてビールで流し込む。
アルコールが身体に行き渡り、酔いが微かに体の疲れを誤魔化すように消してくれる。明日の不安もついでに消してくれると有り難いが深酒するほど金もない。
ちびちびと飲みながら世間話をしていたが、ふと思い出したように口にする。
「鏡。そういやロイドを覚えているか?」
「あん? 採掘士になったばかりの小僧だろ?」
少し前に成人して、採掘士になった若者だ。結構な二枚目であり、女にもてそうだなと思ったが……そういや、最近顔を見ないな?
「ロイドの奴……『選ばれし者』になったらしい」
声を潜めて告げてくるその内容に、苦々しい表情となってしまう。たしかにそれならもう採掘士はやらないだろう。あいつは二枚目だからな、『選ばれし者』に狙われたか。
「幸運なのか、不運なのか……。わからないな俺には」
「そうだな。幸運であれば良いけどな」
お互いが沈黙し、気まずい空気が流れてしまう。『選ばれし者』には当たり外れがあるが……どちらなんだろう。
「お〜、採掘士を出身にすると、ここが最初のクエスト場所になるのか〜」
酒場の空気を壊すようなノー天気な声音がトビラから聞こえてきたので、皆はその男に注目する。
小綺麗な服装。ここらへんでは見ない少し高価な重火器、そして気楽そうに辺りを見渡す無防備さ。
すぐに気づく。
あれは高位精神生命体『選ばれし者』だ。人の身体を乗っ取り、殺しても他の肉体に乗り移る恐ろしい不死者にして、寄生生命体。
栄華も不幸も普通に暮らしたら手に入らないのに、やすやすと手に入れる者たちだ。
関わり合いにはなりたくないと俺は思い、顔を俯ける。こんなおっさんを乗っ取ろうとはしないだろうが。
臆病な俺は恐怖をどうしても持ってしまう。知り合いの若者、酒場の看板娘、唐突に性格が変わり、たった一日で途方もない成長をしていくのを何回も目の当たりにしていたのだから。
なによりも、元の人格はほとんどなくなり、知り合いの記憶もなくしてしまう。
それが『選ばれし者』なのだから。