19話 おっさん、戦闘少女に取り憑く
アリスは身体の操作を一時的に鏡に預けた。これから交渉するためである。おっさんに少女の操作を与えるなんてと、他人が聞いたら止めるだろう暴挙であるが、アリスはお金のために躊躇はしない。
鏡は自分の半身であることも理由の一つだが。そのため、アリスは鏡に身体の操作を明け渡すこともできるのだからして。
というわけで悪魔がアリスに乗り移った。悪魔ではなくおっさんなので、悪魔よりも酷いことは間違いない。
『同位存在が使われました。おっさんがアリスの体を一時的に使用します。おっさんなので、アリスの特性、スキル使用不可。おっさんのスキルも使用不可となります』
なんだか凄い悪意のある言い方を『宇宙図書館』はしてきた。なぜなんだろう。きっとおっさんだからであろう。でもおっさんの特性は使えるらしいから、交渉はできる模様。
小柄なアリスの体躯。ちっこいおててをグーパーして鏡はニヤリと笑う。
「ククク、これが戦闘力560のぼでぃか。素晴らしい!」
額に手をあてて、足を絡ませたへんてこな立ち方で含み笑いを始める。
なんか小芝居も始めた。かなり調子に乗っているおっさんである。少女略取の罪で通報されたほうが良いと思います。
というか、仕事もなくアリスの意識にいた鏡は『宇宙図書館』のデータベースを流用。仮想の部屋を作り、そこでソファに寝っ転がりながら古代アニメとかを見ていた。
無職で一日中アニメを見るおっさん……。駄目人間代表である。現在見ているアニメは主人公が敵キャラに身体を乗っ取られた回の模様。
「どうだ、花梨? 俺の戦闘力はもう500を超えたか?」
フハハと可愛らしい幼気な少女は得意げに笑う。アリスよりも表情豊かで可愛らしいのが、また他人から見たら頭にくるおっさんである。
花梨はモニター越しにノリノリでピピッとか呟き、耳元を叩きながら答える。
「隊長、せ、戦闘力5です。蛙のほうがマシですよっ」
「ふざけんなよ、戦闘力5はお前だろ。なんで蛙のほうがマシなんだよ」
唇を尖らせて文句を言う鏡少女である。いいじゃない、蛙のほうが強いかもよと花梨が答えて、コントを要してきたが
「鏡、真面目にやりましょう」
冷たい声音のアリスからのツッコミにより、いえっさーと敬礼を返す。お金がかかるとアリスは怖いと記憶にメモしておくおっさんであった。
「ま、交渉だけだしな。任せろよ。あと、盗賊からアイテムも回収しておくぞ」
盗賊の死体へと、身体をかがめてパタパタ少女は叩く。死を冒涜しているのではなく、意味がある行動だ。
ステータスボードが開き、手に入れたアイテムが表示された。
『鉄板入り革ジャン』
『GOMマシンガン』
『5式弾丸33発』
「初級メディカルキット」
死体からのドロップである。弱いクリーチャーはゴミしか出ないが、弱くても人間なら武器防具が期待できるのである。
もう一人も同じようなドロップであり、半透明化している。すぐに実体化させておく。アイテム枠はまだまだ余裕であるからして、ゴミアイテムでも素材などになるので回収しておくのだ。
だが、そこで頭をコテンと少女は傾げて不思議そうに呟く。
「なんで裸にならないんだ、こいつ?」
「変ですね。通常はパンツ一枚になるはずなのに」
鏡の疑問にアリスも不思議そうにする。死体から服を回収すると裸になるはずなのだが、その姿は変わらなかった。
もしかして、まだドロップかあるのかなと、小柄な少女はパタパタともう一回叩くがドロップはなかったので、回収終了らしい。
まだ、敵は装備を持ったままなのだが。その武器も含めて。
試しにポイと落ちている武器を拾いアイテム枠に放り込むと、スクラップとしか表示されなかった。完全なるゴミらしい。
「変なの。この惑星は少し変だよなぁ」
「そうね……う〜ん、これはもしかして……ゲーム設定があるのはアリスたんたちだけだとか……。現実の中に私たちはゲーム設定を持ち込める……?」
考え込む花梨を横目に鏡少女は足音に気づき、そちらを向く。
「あ、ありがとう。本当に全員倒したんだね」
「良かったぁ。心配したよ」
笑顔で現れたのは、先程助けた少女ABであった。
「いえいえ、お気になさらずに。通りすがりのハンターですので。助けるのは当たり前です」
アリスの口調を真似て、ニコリと微笑み鏡少女は少女たちへと答える。
「報酬もありましたしね。たしか日本絵札ですよね?」
物凄い貴重かもしれないアイテムだ。帰ったら数千万ゴールドで売れるかもと、キラキラと目を輝かせちゃう。
「えっと、それがですね」
「ちなみに報酬をクリア後にケチろうとする依頼人はどなたも同じ末路となっていますので、ご注意を」
躊躇う素振りを見せた少女Aへと、5式ハンドガンの銃口を突きつけて教えてあげるアリス。報酬がケチられそうだと思った瞬間に鏡から身体の操作権を取り戻した強欲少女である。
グハッと、鏡が身体から弾き飛ばされて、仮想ルームのテーブルに頭をぶつけて痛がっていたが、仮想なので問題ない。たとえ痛くてもおっさんだから我慢するに違いない。
そして依頼人が報酬をケチって払わなかった場合、もれなくハンターはその依頼人から財産を奪うことができる。その命すらも。『宇宙図書館』はその権利を認めて、そのハンターの罪を問わないので、金持ちほど報酬をけちるような命知らずなことはしない。
一応親切に教えてあげて、トリガーを引き、引き金にちっこい人差し指を添えておく。アリスは優しいので、最後通牒だけはしてあげるのだ。慈愛の精神があるのだからして。
反対にいうと、この程度しか相手への慈愛は持たないアリスである。慈愛の方向は自分自身に向いているので仕方ないと戦闘少女は嘯いていた。
その冷たい視線に、少女A、Bは慌てて手を振って敵意のないことを示して口を開く。
「ち、違うの。報酬はもちろん渡すよ? でも1万円程度でいいのかなって思って」
その言葉に表情を和らげて、アリスは鏡へとバトンタッチする。それなら問題ない。交渉の出番だと、クフフと可愛く笑っていた。
「あ〜……それならもう少し報酬に色をつけてもらえませんか? 街の場所も知りたいので教えてもらればと思います」
「そ、そうだよね。それならもう1万円渡すよ! それに街の場所だよね。街の場所は霞が関元警視庁を中心にした地域だよ。西に3時間ほど歩くと壁が見えてくるからわかると思う。通称霞が関シティね」
「えとさ、私は市、こっちは茶々。あなたのお名前は? どこから来たの?」
「私は銀河を跨ぐハンター、アリス・ワンダー。格安確実に依頼を達成します」
右手をびしっと伸ばして、左足を斜めに突き出して、ポーズをとってご挨拶。インパクトがハンターにとっては大切なのだ。次からはクエスト受けますと書いた幟を作って、背に背負う予定。
その姿は幼い子供のごっこ遊びに見えて、可愛らしかった。
アホっぽいなぁと、茶々と市は顔を引きつらせるが気にしない。この娘たちも都市伝説の類いだからだ。いつの間にか現れて、主に山賊、盗賊に襲われている。助けても、守りきれず死んでしまっても、いつの間にか消えているので、きっとクリーチャーの擬態だとお偉い学者は提唱していた。なんでもクリーチャーのせいにすれば良いと学者たちは考えている可能性有り。
とはいえ、ここで報酬を貰ったら二度と会うことはないはずだ。
茶々は茶髪のセミロングの活発そうな少女、市は黒髪のボブカットの大人しそうな少女である。
ま。覚えても仕方ないだろと思いつつ、2万円を受け取る。
「どーよ、どーよ。アリス、俺の交渉術を。少し話しただけで報酬2倍だぜ。さすがは俺。狡猾すぎるな」
「さすがは鏡です。その狡猾なところは私の及ぶところではありませんね。食っちゃ寝ばかりしてウザいとか思ってすいませんでした」
「あれぇ? なにか変なセリフがあったように聞こえたぞ、アリスさんや?」
念話にて、ムフフと鏡少女は胸を張って威張っちゃう。どこらへんに狡猾なところがあったのか、相手にはアホだとしか思われなかったように思えるが、本人的には狡猾だった模様。
そして、アリスはキラキラとしたオメメで毒舌を吐いてきた。おっさんにも花梨にも容赦ない少女である。
とはいえ、おっさんの役目は終わりである。おっさんはアリスへとバトンタッチしておく。
「さて、街の場所もわかりましたし、お別れですね。さようなら」
身体の主導権を戻したアリスは片手をあげてさようならと告げて、てこてこと歩き始める。
「宇宙港がある街だと良いのですが。ところで花梨はいつ合流するんですか?」
もうとっくに合流してもおかしくないのに、花梨がいつまでたっても来ないので不審に思いながら尋ねるアリス。
花梨はアリスの問いかけに微妙な表情になり、答えてくる。
「あのね、私はこの人たちに前に顔を出さない方が良いと思うの。少し考えていることがあってね」
「ふむ……。そうですか。壊れたハードディスクみたいな花梨が考え事とは、よほど重要なことなんですね」
「私のハードディスクは壊れてないからねっ! それよりも重要なのは間違いないの」
「でもこの人たちには二度と会わないと思いますよ?」
ちらりと少女ABへと視線を向けながら答える。こちらを見ながら挙動不審な様子なので、そっと剣に手もかけておく。ないとは思うが、たまに引っ掛けクエストがあって、助けを求めてきた者も盗賊の時があるからだ。
「二度と会わなければそれで良いんだけどね。念の為よ。それとこれからの指針も伝えたいと思うわ」
「………それは『選ばれし者』の情報からですか?」
私たちの知り得ぬ情報からかと、少し目を細めて尋ねる。
「えぇ。そう思ってもらっても構わないわ。想定以上に準備を整えて、街には向かいたいのよ。鏡の姿でね」
「う〜ん……鏡はどうしますか?」
あまりにも自信がありそうなので、鏡へと問い掛けると、かなり迷う素振りを見せてくる。
「危険だが……俺は百戦錬磨の戦士だが花梨に戦闘スキルを消されてしまったからな……。戦うことが機械がないとできない。機会がないとな」
「わかりました。鏡にお任せします」
おっさんギャグをスルーして、鏡の決意に応えてあげる。決意なんかしてないよと、おっさんの抗議が入るが雑音はシャットアウト。
そうして、話しながらアリスはその場を離れていくのであった。
残された茶々と市は顔を見合わせる。
「ねぇ、この男たちの武器、貰っても良いのかな?」
おずおずと死体を指差して市が聞くと、茶々はアリスが消えていった方向を見ながら答える。
「良いんじゃないかな? 火薬式弾丸をたくさん持っていて金持ちそうだったから、男たちの武装なんて見向きもしなかったんだよ。まだ無事な『魔導甲冑』あるかな?」
「この男の首を貫かれているだけだから綺麗だよ。さっきの男も額を貫かれているだけだし、あたしたちで使えるかも!」
「うんうん。これなら冒険者として一人前よね。お金も稼げるようになるわ。後で彼女に会ったらお礼を言わないとね」
喜びの声をあげて、二人は死んだ冒険者たちの武装を剥ぎ取り、ようやく冒険者として一人前のラインに立った。それが幸運だったかは、未だ若い二人はわからないが。




