18話 ハンターの初仕事だよ戦闘少女
「クソッタレが! なんでこんなにロッカーとかが廊下を塞いでいるんだ? おかしくねえか?」
苛ついた声で、廃墟ビルの中で二人の男が通路を塞いでいるロッカーや机を放り投げていた。床にガランと音をたててロッカーが転がっていく。
「そうだな……少しおかしいぞ、サデン」
「だよなぁ。あの女共が通った後だぜ? バリケードを作れるほど逃げる余裕があったように見えなかったがな」
『肉体強化』にて本来の人間の力ではありえない怪力を持つ二人は片手で机を軽々と持ち上げて放り投げる。革ジャンに装甲を貼り付けたような魔法機械の甲冑を着込んでおり、ずんぐりむっくりとした体格に見える二人だ。
女共を追ってきた二人は、廊下の途中でロッカーや机が積み重なって塞いでいたので、仕方なく撤去をしていた。焦りはない。街まではまだまだ遠いし、ここらへんはゴブリン程度しか出ないために儲かるエリアでもない。そのため、女共に助けが来ることもない。
「たまには娼婦以外でも楽しもうとお前が言ったからだろう、ワーシ」
二人共、安物ではある物の魔導甲冑を着込み、中堅の冒険者であった。性格はともかくとして。その二人と、女共を捕まえるために回り込んでいる仲間の片口で、少しだけ遊ぼうと計画した。
いなくなっても魔物に食われたのだろうと、疑問に思われないスラム街出の貧相な体つきの女たち。
親切ぶって近づき、このエリアまで連れてきたのである。追いかけることも娯楽の一つと考えて、弄ぶときにネタバラシをしたのだが……今は少し後悔していた。
あの二人は思ったよりと足が速く、追いつくのに時間がかかっていたからだ。
いや、どうも様子が変である。今頃は回り込んだ仲間の声が聞こえてきても良いはずだ。それか女共の悲鳴が。
だが、薄暗い通路の先からはなにも聞こえない。静寂のみが辺りに広がっていた。
「さっき変な音が聞こえてこなかったか?」
腐っていても中堅の冒険者だ。中堅でも下から数えた方が良いだろう二人だが、それでも勘は鈍っていない。命を掛け金に冒険者をやっているのだから、当然である。
なにかしら嫌な予感が頭をよぎる……。
「まさかさっきの音……火薬式じゃねぇよな?」
「火薬式など持ってたら、あんな貧乏なやつらだ。すぐに売り払っちまうだろ」
「ちげえねえ」
ゴクリとツバを呑み込み、相棒へとサデンは問いかけるが、ヘルメットに守られた頭を振り否定してくれたので、その言葉にワーシは安心をしつつ歩を進める。
火薬式は厄介だ。通常、冒険者は魔力の籠もった武器を持つ。強大な力を持つ魔物相手には魔法の籠もった武器しかほとんど通じないからだ。そして、魔物はこちらの物理防御をやすやすと貫く魔力の籠もった攻撃をしてくる。なので、冒険者は魔力の籠もった攻撃を防ぐ防具を装備する。
と、なると結果はどうなるか?
純粋な物理攻撃を防ぐ防具を冒険者は持たなくなるのである。そのため、『肉体強化』の力と魔法の籠もった攻撃を防ぐ『魔導障壁』を持つ『魔導甲冑』が冒険者たちの主流であった。
高性能の『魔導甲冑』は物理攻撃も防ぐ機能があるが……。
なので、火薬式武器によりあっさりと冒険者は殺される。今では火薬などは量産できる技術も無く、また物資もないことから、火薬式武器は極めて高価となっていたために、持つのは殺し屋とか金持ちの護衛、即ち対人戦が主の者たちだけだ。
それでも高価なことと、魔法が便利なこともあり、滅多に見ることはない。
サデンはちらりとよぎった、あの女たちが火薬式武器を持っていると考えた自分を笑った。馬鹿馬鹿しい。ワーシの言うとおり、もしもあいつらが持っていたならば、売り払うはずだからだ。
瓦礫を踏み、ガラス片を砕きながら、これからサデンは隣を歩くワーシへと、あの女共をどういたぶるか尋ねようとした。
「なあ、あいつらは…」
横へ顔を向けて話しかけようとして、顔を強張らす。
「ガッ、ガガッ」
「は?」
ワーシは喉から血を吹き出してうめき声をあげていた。
サデンは見ているものが信じられなかった。
なぜワーシは喉から血を流しているのだろうか? 先程までは普通に話していたはずだからだ。
見ると喉にはぎらりと光る銀色のなにかが食いついていた。機械系魔物かと顔を青ざめる。こんな敵はこの周辺にはいなかったはずだと考える中で、シャラリと金属音を奏でて蛇らしきものは首をもたげる。
そこで初めて気づいた。蛇ではないことに。
その先端は鋭角の刃であり、ワイヤーで繋がっている金属片の集まりだと気づく。ワイヤーの先へと目を向けると、廊下にいつの間にか小柄な子供が立っていた。ワイヤーの先はその少女が掴んでいた。
眠そうな目をこちらへと向けて、手に持つ柄をくるりと捻り呟く。
『毒蛇狂牙』
引き戻され始めた鞭のような金属片はその瞬間、再度ワーシの喉元へと蛇のように襲いかかる。止める暇などなく、その刃にワーシは喉を今度こそ貫かれて絶命するのであった。
血が吹き出し、自らの顔にかかるのを感じて、サデンはすぐに近くの部屋へと飛び込む。
ガシャンと放置されていた机が身体に当たるが気にせずに38式魔導小銃を構える。
「くそっ、何だあいつは? どこから現れやがった?」
壁に背をつけて、銃を少女がいた場所へと向けて引き金を引く。
フルオートにしていた38式は、タラララと軽やかな音をたてて、風を弾丸に纏わせて高速で発射させた。
風の弾丸群が廊下を飛んでいき、壁に着弾していく。砕けて穴だらけとなるが、既に少女の姿はなかった。
「なんだ? どうしてワーシの『魔導障壁』が発動しなかったんだ?」
床に伏して血を流すワーシを見て混乱と恐怖が襲う。あれ程の攻撃力を持ち、不自然極まる動きをする鞭モドキならば必ず魔力がこもっているはずなのだ。なのに、『魔導障壁』はその障壁を発動させることもなく、ワーシはあっさりと倒されてしまったのだ。
混乱するサデン。だが、その混乱はさらなる恐怖によりかき消された。
パン
乾いた音がしたと思ったら、僅かに壁から突き出していた肩に銃弾が炸裂したのだ。
「ぐっ、いてえっ」
今度も『魔導障壁』は発動しなかった。焼けるような痛みと共に、敵の持つ銃が火薬式だと理解した。
パンパンと連続で発砲音がして、壁が削れていく。慌てて身体を壁の影へと引き戻す。
「なんでこんなところに火薬式を持っている奴が? なんだ? どうしてだ?」
火薬式の前には安物の『魔導甲冑』など、薄い鉄板を貼り付けた革ジャンに過ぎない。かなり危険なことになったと歯を食いしばり悔しく思うサデンであった。
アリスはなかなか壁の影から出てこない敵を見て、むむっと困り顔になる。
「盗賊といったら、無駄に前に無防備で出てきて殺されるだけなのに、あの人は少し面倒くさいですね」
普通、狩りのできるフィールドに出てくる盗賊は正面から仁王立ちをしながら攻めてきて、そのまま蜂の巣にされて死ぬ。もしくは近接戦闘でパンチで負ける。即ちアホなのであるが、あの雑魚な盗賊は違うらしい。戦闘力も少しだけ高い。
『盗賊A』
総合戦闘力1121
序盤に出てくるには、すこーしだけ戦闘力か高い。ガガガと隠れている壁に敵の銃弾が当たり、砕けた破片が舞う。敵の武器はアサルトライフルっぽいとアリスは推測する。それにしては発砲音が少しおかしいが。
「盗賊かぁ。フィールドエリアの盗賊なんざ人権ないからな。サクッと倒しちまおう」
「私も昔はぶいぶい言わせて、盗賊を狩ったものよ。汚物は消毒だ〜ってね」
モニター越しに鏡と花梨が話しかけてくる。花梨のセリフはなんだか盗賊が使いそうだと思うのだがどうだろう。ちなみに花梨はアリスの足の速さに追いつけなくて、今現在は歩いて追いかけてきています。
そして盗賊はエリアフィールドでは人権がない。比喩とか差別ではなく無い。
なぜならば盗賊たちは、何処からか現れては旅人を襲い、ハンターに殺られて死ぬ。不思議なのは殺したら数時間後にクリーチャーたちと同じく死体が消えるところ。
そしてランダムでどこからか産まれるように現れては旅人を襲うのだ。
都市伝説のような存在なのだ。偉い学者はエリアフィールドの敵はクリーチャーが擬態したものだと提唱していたりした。クリーチャーと同じくポップをしているのだと。なので、クリーチャーかエイリアンだと提唱していた。
そのため、盗賊には人権がない。ハンターにとってはボーナスクエストでもある。小銭と経験値が手に入るので。
壁を削る音が途絶えて、カチャカチャと小さな金属音がするのをアリスは聞き逃さなかった。僅かに眠そうな目を細めて、クスリと笑みを浮かべちゃう。
チャンスだと判断して、身を乗り出して前傾姿勢にて突撃する。
「リロードは隙だらけになるので気をつけた方が良いですよ」
「こ、こいつっ!」
アリスが声をかける通り、敵は弾が尽きてマガジンを変えている真っ最中であった。通路を走り抜け躊躇いなく迫るアリスを見て、慌ててマガジンのリロードを終わらせて、こちらへと銃口を向けてくる。
が、既に廊下を半ばほども駆け抜けていたアリスの攻撃範囲内であった。
「シッ」
小さき呼気と共に、鎖剣を鞭のようにしならせて、敵の手元へと迫らせる。敵は躱せないと判断するや否や、アサルトライフルを剣に向けて投げつけると、蛇のように襲いかかってきた鎖剣へとぶつけて動きを妨害させる。
すぐさま手元を引いて、アリスは鎖剣を長剣へとモードを戻して、くるくると縦回転をしながら胴体へと蹴りを繰り出す。
盗賊Aは負けじと右腕でアリスの繰り出した蹴りを跳ね除ける。その迎撃により弾き飛ばされたが、アリスはその勢いを利用して、空中で身体を小さく屈めて回転をすると、反対の脚を矢のように盗賊Aへと放つ。
「ぐふっ」
顎を蹴られて仰け反る盗賊A。その動きが鈍り、隙ができたと判断したので、着地した戦闘少女は鎖剣を大きく振りかぶった。
『加重強撃』
そうして手に持つ鎖剣に加重の超能力を掛けると、ずしりと剣が重くなる。その重さを攻撃力へと変えて、力を込めて振り下ろす。
「な、なぜ、『魔導障壁』が発動しねえんだ……」
サデンのうめき声と共に、グシャリと鉄板入りのスーツは切り裂かれる。
『魔導甲冑』はその強力なはずの『魔導障壁』を発動させることなく、盗賊Aの身体を袈裟斬りにするのであった。
鮮血が舞き、盗賊が倒れ伏したことを確認して、アリスは鎖剣をひとふりして鞘に仕舞う。
『鎖剣術の熟練度が0.4上がった』
『体術の熟練度が0.4上がった』
『銃術の熟練度が0.3上がった』
『重力の熟練度が0.3上がった』
『盗賊たちを倒した。経験値300、300ゴールドを手に入れた』
『クエスト盗賊たちを倒せをクリア。報酬1500、15000ゴールドを手に入れた』
『アリスのレベルが上がった』
『総合戦闘力が560になった』
『スキルポイントを3手に入れた』
「盗術、電子工学の成長率を3に上げます」
間髪入れずにスキルポイントをすべて消費しちゃうアリスである。そこには躊躇いなどはちっともない。お小遣いを貰ったらすぐに使い果たす子供と同じである。
「ランダムクエストは美味しいですね。交渉もありますし」
「そうだな。交渉なら俺に任せな。きっとぼったくってやるぜ。夕食に一品増えるぐらいにな」
フフフと笑い合う少女とおっさんであった。交渉が本当に上手く行くかは定かではない。
二人共アホっぽい得意げな笑みなので。




