15話 まずは準備とおっさんは頑張る
ヒョロリと背の高いおっさんが廃墟ビルにいた。作業用のツナギを着て、片手に木と石でできたツルハシを手にして。
どことなく弱気そうな、無精髭を生やしてやる気のなさそうな表情で。
世界でもっともいらないと思われるおっさんだ。最近宇宙コロニーから、この惑星に引っ越してきたおっさんである。引っ越し屋に頼まなかったので、着の身着のままでこの惑星に引っ越してきた。
本人的には拉致されたと、つばを吐きながら怒るだろうが。
そんなおっさんはため息をつきながら、ビル内を眺めていた。
「セーフティーゾーンじゃないねぇ……。たしかにそうかもな」
鏡の目の中に、一瞬光の回路が走る。人を超えた力を与える『宇宙図書館』より与えられた恩恵。マテリアルにて改造された人間が、人間を超えた力を使える理の力。『スキル』
その中でも、初めてレベルが上がった時に手に入れたスキル『採掘士』である。今はなぜかレベル1に基本レベルはなっちまったけど。なぜかというか、原因は後ろでちょろちょろしている少女のせいだけど。以前はレベル8はあったんだぞ。
ビル内にマーカーが付き光った地点が目に入る。採掘可能なポイントを示しているのだ。
「セーフティーゾーンには採掘ポイントが無いはずだからな。たしかに花梨の言うとおり、ここは危険な場所だったのか」
セーフティーゾーンだと考えて、低層でマイハウスを使っていればヤバいところだった。クリーチャーと顔を合わせたら、おっさんは死んじゃうからな。
意識の中で、アリスがそうですねと『宇宙図書館』の無料アニメを見ながら頷く。なんだか、2つの意識があるのは変な感じだ。俺と精神が融合をしているとは言わないと思います。こ汚いおっさんとは融合したくないと、少女なら文句を言うイメージも湧いてしまう。髭剃ろうかしらん。
「でしょう? 私に感謝をして良いわよ。具体的にはほっぺにチュウとか。ウヘヘ」
「弱パンチ」
「ヘブッ」
花梨が戯けながら頬を突き出して来るので、拳でチュウをしておく。俺ってば優しいね。
「それじゃ、採掘といきますか。銅線が欲しいんだよ」
よいせとツルハシを持って、瓦礫が落ちている床に近づく。採掘ポイントと表示され、光のサークルが瓦礫を囲んでいる。
せいやとツルハシを振り下ろす。振り下ろされたツルハシの一撃は瓦礫を壊すかと思われたが不思議なことが起きた。
コンクリートでできた瓦礫はビクともしなかった。欠片すら砕くことはできずに弾かれた。
瓦礫がそれほど硬いかというとそうではない。実際に壊そうと思えば壊せる。だが、おっさんは『採掘士』のスキルを使っていた。即ち『採掘』をしていた。
『採掘』は物を壊さずに、その場にある物を採掘できていた。光のサークルがなくなるまで。
花梨がその様子を見て、微妙な表情となっている。
瓦礫から半透明の切れた銅線や、錆びた鉄屑がポンポン現れる。しばらくカキンカキンと音をたてながら採掘する。
その姿は鏡に相応しい土方のおっさんであった。汗をかいてしばらく振るい、光のサークルが消えるまでおっさんは頑張った。
「まぁ、鉱山でないからこんなもんだろうな」
周りに散らばる半透明のドロップアイテムを掴み取り感想を言う。
『実体化しますか?』
「ノーだ。しまっとこ。亜空間倉庫って便利だよなぁ」
せっせと周りに散らばったアイテムを拾って、亜空間倉庫に仕舞っていく。無限にアイテムが入れられるのは便利すぎる。手で入れないといけないから、数トンレベルの交易品の取り扱いは難しいだろうが。
「………ねぇ、半透明中のアイテムって、どういう扱いなのかしら?」
近寄ってきた花梨が半透明のドロップアイテムをヒョイと取り上げて、手の中でポンポンと持て遊ぶ。
その様子を見て俺は驚いて、意外に思う。
「あれ、お前も持てるのか。とすると、『宇宙図書館』は本当に俺と花梨を同じ存在として扱っているんだな」
通常、採掘などで手に入れたドロップアイテムは実体化しない限り他の人間は持てないし、触れない。なので、盗まれないようにアイテム枠に放り込んでから実体化させるのが普通のやり方である。ちなみに半透明のまま取得しないと30分でドロップアイテムは消える。
だが、その理は花梨に適用されないみたいであった。たしかに同じ存在だと誤認識されていれば、そうなるのだろう。俺が『選ばれし者』の力を扱えるようになったのも、そこらへんが原因か。
「通常ドロップアイテムは他の奴らには見えない。もしもレアなドロップがあって場合、持てなくても実体化するまで待って、貰おうとしたり、盗もうとする輩がいるからな」
粘着質な輩はしつこくまとわりついて来るだろう。実際に過去にあったので、『宇宙図書館』が他人に見えないように理を変えたのだ。
「そうよねぇ……。だとすると、鏡は瓦礫にツルハシを振り下ろして、破壊もできずにいるのに、それでも延々とツルハシを振るっている変態に見えるということね」
腕組みをして、うんうんと頷く花梨。
「普通に採掘だとわかるだろ。何言ってんのお前?」
採掘しているなんて、子供でもわかるだろ。わけわからん事をいうなぁ。
「……今は他の人には会ったことがないし良いけどね。ま、その時はその時で考えれば良いか。それともやはりゲームの中なのかしら」
言っている意味がわからない。『選ばれし者』は変人揃いだ。昨日の夜の泣いている姿は幻想だったのかもしれない。
「頭がアホだもんな。仕方ないか。それよりも実体化、と」
亜空間倉庫内でアイテムを次々に実体化させていく。
『石ころ』『スクラップ』『屑銅線』『ガラス片』………。
しばらく階層を歩き回り、採掘ポイントを見つけては採掘していく。もちろんのこと、クリーチャーがいないか確認するためにデコイを先行させて。
「私の扱いが酷いことについて」
なにかデコイが呟いているが、きっと役に立っているから嬉しいのだろう。おっさんはクリーチャーに一撃で殺される可能性があるから仕方ないだろ。
少女を先行させて危険度を図るおっさんである。酷いことこの上ない。虐待だと事案になってもおかしくないのであった。お巡りさん、こっちです。
採掘ポイントから、かなりのドロップアイテムが手に入り、俺は満足げにアイテムリストを眺める。
ふむと、俺は無精髭を擦る。ジャリジャリとした感触を感じる中でその結果に満足する。
「これなら高炉が作れるな。なんとか弾丸も作れるだろうし。マイハウスに戻るぞ」
ここは危険なのだ。セーフティーゾーンでなければ、ここはいつクリーチャーがポップしてもおかしくないのだ。実のところ、さっきから怖くて仕方ない。
小心で怯懦な特性をつけられたおっさんだから、仕方ないよな。元からそんな性格だっただろうとか、そんなことはないから。
マイハウスから、小島に移動して簡素な高炉を作ることにする。小島の施設設置用の空き地の地面に座る。これからが肝心なところだ。上手くいけば良いが。
「『鍛冶』発動。作成アイテム高炉」
鉄のインゴットを手にしてアイテムボードからレシピを叩く。
『作成方法を選択してください』
『マニュアルモード』
『セミマニュアルモード』
『オートモード』
「マニュアルモードだと、俺の鍛冶スキルだと失敗の可能性が高い。オートモードもだな」
マニュアルモードは、いちから手作りだ。高品質の物ができる可能性は高いが、手順を失敗すれば終わりだ。腕が必要な手順である。
オートモードは無意識でアイテムを作成できる。ノーマルしかできないが、短時間で多くのアイテムを作るときに必須だ。この場合、レシピよりも上のスキルレベルが無いと失敗の可能性は高い。
最後のセミマニュアルモードは品質が良いものもできるし、失敗も少ない。一番ポピュラーな手順である。
「セミマニュアルっと」
『セミマニュアルモードで高炉を作成します』
「オーケーだ。それじゃ、おっさんの力を見せますか」
腕まくりをして舌なめずりで唇を濡らして、高炉の作成を俺は開始するのであった。
「………ねぇ、なにやってるの? いや、わかるんだけどさ」
花梨が横からジト目でなにか言ってくるがスルー。今はそんな暇はないんだよ。集中しているのが見えないのか?
「ほっ、さっ、ととっと」
おっさんは汗を流しながら、懸命に高炉の制作をする。手を懸命にリズムよく動かす。
ステータスボードには、なにかの音楽が流れて、赤や青の丸ボタンが上から下へと通り過ぎる。
画面の真ん中に引かれている線を通る寸前で、色に対応したボタンを押下していくのだ。失敗したらまたもや素材集めからである。失敗はしたくない。
「それ音ゲー。いや、わかるけど。わかりたくないけどわかっちゃうけど!」
絶叫する花梨。変なやつ。なにか変なことがあるのか? 所謂音ゲーをやらないとアイテム制作できないじゃないか。おっさんはスキルレベルも低いし、難易度が高くなっているんだ。邪魔するんじゃない。
ほいさ、とやさと、下手くそな踊りを見せる鏡。中年のおっさんが音ゲーをやる姿は極めてシュールであったが、コロニーではよく見る光景であった。
多くのエンジニアがずらりと並び音ゲーこと、セミュマニュアルでの制作をしているのは普通の光景であった。
おっさんが大勢踊っていたりするのだが。
花梨がなんだかなぁと、呆れるように呟いているのを背景に、長い長い歌は終わった。
『高炉が完成しました』
目の前に光のサークルが生まれて、空間から押し出されるように高炉が姿を現す。新品ピカピカの高炉である。小型タイプであるが、この施設を使えば、複雑なアイテムも作れるのだ。
『鍛冶の熟練度が0.3上がった』
『鍛冶の熟練度が0.3上がった』
『鍛冶の熟練度が0.3上がった』
…………。
『鍛冶のレベルが3に上がった』
「あ〜、やっぱり高炉は少し厳しかったか。一気に3になったぞ」
一気に熟練度が上がった。さすがは『選ばれし者』だとも思う。普通なら同じことをしても、これだけの熟練度が上がることはない。
鉄を溶かし、アイテムを作れる高炉は初期施設の一つとはいえ、高炉を作るにあたり、スキルレベルが10は欲しかった。が、作れたから良しとしよう。
「鏡はスキルとかにやけに詳しいわね。なんで?」
ぴょこんと隣から顔を突き出して聞いてくる花梨が不思議そうに尋ねてくる。が、当然の疑問だろうことも理解できる。
「アリスを通して、『宇宙図書館』にアクセスできるんだ。俺も情報を検索できる訳だな」
「チートねぇ。私にもヘルプ参照スキルがあるけど」
この機能だけでも持っていれば金にはなりそうだ。早くコロニーに帰りたいぜと思いながらも、今度は銃弾を作成することに決める。
初期なので、火薬式だ。隠密に行動できないので嫌だが、仕方ない。鉄のインゴットとスクラップを選択してと。
再びセミマニュアルを選択すると、音楽が流れ始める。
「今度は楽だろ。なにせ5式弾だからな」
これを作れば、次は修理キットに砥石。化学キットとメディカルキットも作ろうと思いながら、おっさんは再び腕を振り上げて、音ゲーをやり始める。
リズムよくボタンを叩いていき、なんだなぁと半眼に花梨はなっていたが、なんだろうね?




