14話 思議花梨という者
思議花梨。今一番可愛らしい時期な少女。女子高生という全てがなんとなく許される職業についている。それが私、思議花梨だ。
セミロングの髪をした、くりくりお目々の可愛らしい顔立ちの少女。それが私。
女子高生という看板がなくなったら、そこそこ可愛らしい美女となるだろう。きっとそうなると私は信じている。
そんな私はベッドの中でゴロゴロしていた。もう時間的に夜更けであるのに、目が冴えていた。
眠れない。正直全然眠れない。平気そうな顔をして、おちゃらけながら、今日という日を過ごしたが、常にふざけていないと落ち込んで頭がおかしくなりそうだったのだ。
今日という日だから、常にふざけていたのだ。いつもはあまりふざけていないと思う。本人がそういうのだから、間違いないわ。
温かく柔らかい掛け布団をそっと触る。その感触は自分のベッドの掛け布団と何は変わらない。
それが恐ろしい。
温かさを感じることが。
柔らかな感触が。
現実みたいで。
「ここはゲームの世界なのかしら………」
隣で眠る鏡の寝顔を眺めながら呟く。ぐへへ、おっさんの寝顔は良いわ。スクショゲット。
渋そうなおっさんが私は好きなのだ。今は寝息をたてて隣で寝ている。
パシャリと1枚ゲットしたあとに、そうじゃなくってと、頭を振る。違う違う。現実逃避している場合ではない。
隣に鏡が寝ているのは大人な関係になったからではない。たんにベッドが一つしかないからである。襲われる危険性はない。18禁ゲームではないので、そういうことは不可能なのである。いや、この状況なら可能かもしれないが、好感度を上げないと駄目だろう。
お風呂に一緒に入った時に、おっさんの裸を全部見えたので、18禁制限はなくなっていると思う。ゲームならば、謎の光で肝心なところは見れないし触れないからだ。
ベタベタ触れもしたので、たぶん間違いないわ。
それでも襲われることはないと断言する。
なぜならば鏡はゲームキャラだからだ。その思考が限りなく人間そっくりでも、いくつか制限が仕掛けられている。
たしか攻略サイトには結婚をNPCともできるが、昨日はお楽しみでしたね的行動はできないと記載されていた。一緒に寝ましたとログに出るだけだ。結婚しないと、そのログは表示されない。
つまり夜の営みを現在ならできることはできるが、逆説的に結婚しなくてはならないと、ゲームキャラはアクションを起こさないということにもなる。好感度をかなり爆上げさせないとNPCとは結婚できないので、今の私では不可能だ。だから襲われないことに自信がある。
明後日の方向にいきそうな思考を戻す。ゲームの世界に最初は入ってしまい、ログアウトできなくなったと思っていた。新マップに飛ばされたのだと。都市伝説で聞いたことがある、所謂デスゲームにでも巻き込まれたのだと。
だが、それにしては変だ。敵の在り方がゲームのモンスターっぽくない。鏡やアリスはゲームキャラそのもの振る舞いだが。
アリスは至近距離でショットガンの散弾を受けても、多少血が滲むだけで、しかもすぐにその傷は消えた。本人は『全力防御』をしたから当然だと言っていたが、そんな訳はない。人間は身の守りを固めても、ショットガンを喰らえば穴だらけになって死ぬ。
ゲームキャラは部位破壊以外は、全て皮膚が切れた程度のグラフィックとなる。たとえ身体に突き刺さるほどの攻撃でも体力ゲージが減るだけで皮1枚で止まり、貫くことはできないだろう。
敵のボスも穴だらけになると予想していたのだろう。血が滲む程度で、まったくダメージを負わないように見えたアリスを見て、恐怖で顔を歪めたのを私は見落とさなかった。実際はアリスはそこそこダメージを受けたのだが、外からはそんなことは分からない。ダメージを負わなかったと誤解していた。
ボスは現実に生きるモノなのだと、その姿を見て悟った。ゲームのクリーチャーなら、恐怖を浮かべることはしない。スキルの『恐怖』でも使われない限り。
即ち、敵のボスは現実に存在するものだと仮定できる。首を折られたら死んだし。アリスはちょうど体力がなくなったと思っているが、普通は首を折られたら死ぬ。
「だけど、『クエスト』やボーナス報酬がわからないんだよね。そこはゲームみたい」
仮定に終わっているのはそこなのだ。後は敵が下の階層にしかいなかったことや、かなりきつい濡れた獣のような臭い生活臭や、グロい肉塊などからも現実だと想像できる。
そもそも朝のハムエッグを食べた時に違和感を覚えたのだ。美味しかったから。VRでは食べ物の味はほとんどしない。それは国の規制の一つだ。特別な場合以外は使用が禁止されている。
当たり前の話だが、VRで料理を美味しく食べれたら現実世界で料理に金をかける必要はないからだ。VRが始まって、すぐに規制された。
栄養剤で現実の食事は済ませて、VRで豪勢な料理を楽しむ人たちが大勢現れたために。飲食業界は未曾有の売上減となり、ガリガリに骨と皮だけになってしまったユーザーが出てきたので。
「現実だとしても困るのよね。両親も心配してるだろうし。というかクリーチャーが普通に住んでる滅びた地球って、現実感なさすぎだし」
私は平凡な女子高生なのだ。バイトをして手に入れたお給料で、大人気のゲーム。『アウターオブハンター』をやろうとしただけだ。
『アウターオブハンター』、通称『AHO』。
世界中で大人気のスペースオペラゲーム。エイリアンやクリーチャーを倒し最強を目指してハンターをするも良し。コロニーを作ったり、未開惑星を開拓して国を建国して大規模な経営ゲームを楽しんでも良し。伝説の武器を作るメカニックを目指しても良し。
あらゆることができるゲーム。数億人がやってるゲームだ。
人気になったのは細かい設定だ。よくそこまで設定をしたと思われる程細かい設定がなされており、リアリティが高いと評判のゲーム。
中でも、ゲームキャラのひとりひとりにAIが搭載されており、生活を実際にしている所が受けた。ゲームキャラなのに、プレイヤーのことを認識していることも驚いた。ゲームキャラはどんどん学習もしていくのだ。プレイヤーは『選ばれし者』と呼ばれ、精神寄生体として恐れられるか、敬意を払われるかしていることも斬新であった。
ゲームでは、誰かゲームキャラに乗り移るといった手法が取られているのだ。課金でもしない限り。そして操作キャラは死ぬとロストする。サバイバルゲームでもあるのだ。中レベルになると、救済措置が出てくるが、趣味の悪い設定だと今なら思う。
彼らはゲームの世界の中で生きていた。ゲームの仕様を世界の常識だと信じて。
だからこそ、当初はゲームの中に閉じ込められたと思ったのだ。私はVRポッドの中で寝たきりなのではと恐れた。
でも違うかもしれない。違和感を覚えるのだ。ゲームでは表しきれないリアリティを感じる。このゲームが初めてのVRゲームではないのだ。最近はリアリティ重視なゲームが多いのだが、それでも限界があった。
眠れないので、ため息を吐きベッドを抜け出す。衣擦れのサラサラした感触を感じながらステータスボードを開いて、外に出るを選択する。いつの間にか、ステータスボードのマイハウスが解禁されていたのだ。もしかしたら、マイハウスに入ったから、解禁されたのだろうか。
マテリアル陣が形成されて、視界が変わり私は瞬時にマイハウスから廃墟ビルへと移動した。
結局、念の為に最上階まで移動した私たちは、そこからマイハウスにテレポートした。私にはどうしてもセーフティーゾーンだとは思えなかったから、アリスに無理を言ったのだ。
まだ形が残っている廃墟の高層ビル。分厚い鉄筋コンクリートで建てられており、ゲームの世界でなくとも壊れそうには見えない。
瓦礫をジャリジャリと踏む音を耳に入れながら、窓へと移動する。真っ暗に思えたが、実際は僅かに明るい。最上階のひび割れて、穴が大きく空いた箇所から光が差し込んでいるからだ。
空を仰ぐと満天の星が目に入る。
「こんな綺麗な星空初めて見たわ……」
自分がちっぽけに感じる程、その光景は感動的であった。東京に住んでいる私は、天の川が流れる様子が見える程の星の瞬く夜空なんか見たことがない。
旅行でだって見たことがない。それは街の光がまったくないからだ。視線を地上に移すと、光のない暗闇の世界が広がっていた。廃墟ビル群の中に人の営みたる光はまったくなかった。
窓枠に知らず知らず力をこめて、ザリっという感触が手に広がる。
「もう2日目だよ……」
涙が滲み出てきて、声音が震える。ログアウトできない。いや、そもそも私はゲームキャラにはなったみたいだが、本当に生きているのだろうか。
本当の私はゲームを止めて、フリーズしたとか文句を言っているのでは? 私は単なる意識の残滓とか、コピーではないのだろうか。
不安が尽きず、悲しみで心が押し潰されそうになる。ここで心が折れたら立ち上がれないかもしれない。
「『選ばれし者』も泣くんだな」
後ろからいきなり声がかけられて、ビクッと身体を震わす。慌てて振り向くと鏡が困り顔で立っていた。
「ったく。『選ばれし者』はそんな不安な顔をしないと思っていたのにな。調子狂うぜ」
頬をポリポリかきながら言ってくるので、涙を見られたくない私はゴシゴシと目を擦って誤魔化そうとする。
「『選ばれし者』でも泣くこともあるのよ。知らなかったの?」
「あぁ、知らなかったな。いや、知ってはいたが見たことないしな」
ゲーム初期地点の一つ。交易コロニーオリハルハは初心者が多い。新しいゲームをやることに心が一杯で泣くことなどないだろう。
「で? おっさんに言ってみな? なぜ泣いてたんだ?」
気まずそうに横を向きながら聞いてくる鏡に、私は多少意外に思い驚く。
「もしかして……心配してくれたの?」
「……あぁ、アホな行動が多かったが、どこか無理をしているように見えたからな。アリスの時は俺は第三者視点になるから、人の機微がよくわかるんだよ。俺たちはコロニーに戻るまでは一蓮托生だからな。俺も不安で仕方ないんだぜ?」
「………そっかぁ……」
ゲームキャラの癖にまるで生きているようだ。私を心配してくれるなんて……。仄かに心が温かくなり、不安が少しだけ押し流されていく。
「正直に言うと、帰れないの。私たち『選ばれし者』が生きている世界に。だから不安で仕方ないのよ。両親も心配してるだろうし」
「俺は家族がいないが……帰れないで不安なのはわかる。俺もさっさと帰って栄光の勝ち組人生を送りたいからな。……まぁ、なんとかなるだろ。なにせ俺たちは普通じゃない。『選ばれし者』と同じ成長ができるし、アリスは物凄い性能だしな」
慰めの言葉をかけてくるが、ゲームキャラではないのだ、私は。…………それでも嬉しさを感じてしまうのは何故だろうか。
「そうね、私のアリスたんは圧倒的だもんね! きっとなんとかなるわ!」
なんとかなるのだろうか? 不安も疑問も尽きぬ泉のように湧いてくる。
だが、チートなスキルを持って、一人でこの地にいなくて良かったと思った。仲間がいた方が何倍良い。
「まずは素材集めからだけどな」
「大丈夫! 『選ばれし者』の私が先行してあげるから安心することねっ」
鏡に近寄り、思い切り背中を叩いてやって、私は笑顔を向けた。




