12話 初のボス戦をする戦闘少女
アリスは柱の影からそっと頭を出して敵の様子を確認した。背丈は3メートル程度。ゴブリンガンナーと同じく緑の肌を持つクリーチャーだ。違うのは、はちきれんばかりの筋肉を持ち、雑魚とは全く違う威圧感を持っているということ。
顔は古傷だらけであり、身体にも傷が多い。長く生きており、歴戦の戦士とも思われる。雑魚ゴブリンガンナーたちと違うのは、なんと肩から腕が生えており、4本の腕を持っているところである。
下の両腕はショットガンを持っており、上の両腕は棍棒を左右両手に持っていた。
短剣のような長い牙を生やしたそのクリーチャーはまさしくボスキャラであった。
「なるほど。一階の敵を倒すとリンクするボスでしたか」
結構いるのだ。雑魚が倒されるまで余裕ぶって戦いに加わろうとはせずに、雑魚の殲滅が終わると戦いを挑んで来るやつ。
推測したとおりであると考える中で、敵は部屋の隅に移動して観戦モードに入った花梨を見て、不思議そうにもう一撃ショットガンを放つ。
散弾が花梨を通過して、後ろの壁に弾痕が残るのを見て、合点がいったのか、放置してこちらへと顔を向けてくる。
雑魚とは違い、すぐに花梨が倒せないと判断した模様。そこそこ頭が良いのだろう。
体育座りで観戦モードに入った雑魚とは違い、知性が高いらしい。雑魚な者はポップコーンとサイダーも必要ねと呟いているアホなところも見せてくれた。
「まぁ、良いでしょう。それよりもボス戦です」
『選ばれし者』の思考を読むのは難しいので放置して、目の前にポップしたボードを見て、ふふっと微笑む。
『4腕のゴブリンガンナー、変異種ゴーグを倒せ』
報酬:経験値3000
アイテム報酬:5万ゴールド、ボーナスボックス
「もちろん受けます。さて、敵の戦闘力はいくつなんでしょうか」
楽しそうに呟いて受領をすると、アリスはスキルを発動させる。
『解析の瞳』
敵を瞳に力を籠めて見つめる。マテリアル回路が瞳の中に輝き、敵の力を解析した。
『ゴーグ 総合戦闘力578』
アリスの戦闘力は330。今の自分の倍近い戦闘力をゴーグは誇っていた。タフネスそうな肉体からも体力がありそうな敵であり、本来はパーティーで戦うボスキャラだと私は考える。
「大変よアリス! こいつの戦闘力はアリスよりも遥かに高いわ。逃げないと! ここは私に任せて先に行って!」
花梨も『解析の瞳』を使用したのだろう。飛び上がって驚き、ゴーグの前に立ちはだかった。どうやら予想よりも強い敵に焦った様子。自己犠牲の言葉ではあるが、逃げるのではなく、先に進むと私は追い詰められてしまうのではなかろうか。相変わらずアホな娘であるといえよう。
もちろんゴーグは花梨を無視した。ちょろちょろとゴーグを妨害するようにまとわりつくが、アストラル体の花梨をすり抜けて、こちらへと歩いてくる。
「ソロの場合は銃で地道に敵の体力を削るのが戦いの基本なんですが」
腰につけてあるホルスターに仕舞われている銃を見て、私はため息をつく。
「弾がないんですよね」
5式ハンドガンはパチンコレベルで弱いが、手に入りやすい5式弾を使う。これは簡単に手に入る弾丸であるので、本来はコロニーなどでタダみたいな値段で手に入る。ダメージもゼロに近い5しかないが。
だが、恐らくはメインストーリーの『クエスト』になるだろうイベント、即ちテレポートにおっさんは巻き込まれて、この地球に辿り着いた。なんの装備もなく、準備に時間をかけることもできずに。
そのため、アリスはまったくと言ってよいほど準備ができていない。極めて不利な状況。詰んでいると言っても良い程だ。
「まぁ、なんとかするんですが」
普通の人間なら死んでしまうに違いない。だが、アリスは超古代文明が創りし生命体。『宇宙図書館』がその危険性から封印していた存在である。
このような場合でも勝てる道筋は作れるのだ。なので、アリスはその眠そうな可愛らしい顔をニッコリと見る人を魅了するスマイルへと変えて、柱の陰から歩み出るのであった。
ゴーグの周りには花梨がうろちょろして、手を敵の顔の前に振ってなんとか注意を引こうとしている。
「アリスたん、逃げて! 殺されちゃうよ!」
花梨が必死になって、ゴーグの妨害をしようとしているのを見て、私は優しく微笑み少し見直す。
「良いところもあるじゃないですか、花梨」
『アリスの花梨への好感度は1上がった』
見直したことで、好感度が上がる。クスリと微笑み、アリスは右足を一歩踏み出して、ダラリと剣を持つ右手を垂らす。
「花梨。教えたはずです。総合戦闘力は頼りにならないと。武器などの合計値でもある総合戦闘力は指針程度にしかならないのです」
眠そうな目で花梨に告げて、ゴーグへと余裕の笑みを見せる。その様子を見て、ゴーグはピクリと不愉快そうに顔を歪めてきた。
「戦闘力が全てではない。な、なるほど! さすがはオラの師匠だぜ亀仙女のばっちゃん!」
花梨はアリスの余裕あるセリフに安心をして、拳を握りしめて笑顔で言う。
『アリスの花梨への好感度が100下がった』
美少女ハンターをばっちゃん呼ばわりする花梨は好感度を失った。
「ねぇ、今のなしにしてくれない? なにか嫌な感じがしたわ」
「気のせいでは。ではゴーグさんとやら。お相手しましょう」
アホなコントをしている隙にゴーグがこちらへとショットガンを向けてきたので、アリスは左手を胸の前に持ってきて対抗せんとする。
『全力防御』
身体全体に力を込めて立つ。相手からは身体を強張らせて動けないように見えたのだろう、ニヤケながらショットガンの引き金を躊躇いなく撃ってきた。
向けられた銃口から円形に高速で無数の弾丸が放たれてきた。ショットガンの散弾は今のアリスでは回避などできない。
だが、アリスは冷静に迫る散弾を見ながら右手に意思を送る。右手に持つ長剣。くの字型の刃が無数に柄から伸びるワイヤーで組み合わされた特殊剣。その名は鎖剣。新たに『宇宙図書館』が解放した武術スキル。鎖剣術にて操れる蛇腹剣である。
脳波に従い、一瞬光の回路が剣を走り抜け、ジャラリと剣は鞭のように分解された。想定通りの機能を見せる鎖剣を手首を捻りまるで生きた蛇のように動かす。
それと同時に散弾がアリスの身体に命中した。バババと鈍い音がして、アリスの身体が弾ける……はずであった。
「ギャギャ?」
散弾を受けた小柄な体躯の少女は肉が弾けバラバラになると想像していたゴーグは起きた事象に戸惑う。
なぜならば、命中はしたものの、少女の身体は揺らぐことはなく、吹き飛ぶこともなく、ただ僅かに肌に血が滲むだけであったからだ。
戸惑うゴーグへと薄っすらと酷薄な笑みを浮かべると大きく右手を振り上げる。ジャラジャラと鎖剣は大蛇が首をもたげるように先端をゴーグに向けて、瞬時に襲いかかる。
『武器破壊』
アリスは身体を捻り、その回転を右手から鎖剣へと伝えて操る。そうして、鎌首を持ち上げた鎖剣はゴーグの持つショットガンに絡みつき何重にも巻き付く。
「しっ!」
鋭い呼気を吐き、右手を引き上げると、巻き付いていた鉄製の蛇は正確にその力を発揮した。引っ張っられることにより、ショットガンへと直接鎖剣が這う。切れ味鋭いその刃はショットガンを傷だらけにしながら、アリスの手元へと舞い戻る。
『全力防御』と『武器破壊』。アリスはその2つを活用することに、戦う前に決めていた。
どう考えても、銃を持たないアリスは遠距離戦では不利になる。なので、アリスは遠距離戦を捨てた。
『全力防御』はその場を動かず防御をするアクションだ。盾があれば6分の1のダメージとなるが、無くても3分の1となる。
ゴブリンガンナーたちを観察して気づいたが、奴らはリロードを行わなかったし、弾が尽きることもなく、弾丸をドロップすることもなかった。それの意味するところは自動生成の弾丸ということだ。そしてだいたい自動生成の弾は他の弾丸と比べると恐ろしく弱い。
恐らくはゴーグも同じ種類ならば同じだと推測して、防御状態で受け止めた。ショットガンの威力がどれほどかはわからないが、多少ダメージを負ってもショットガンを破壊したいために、賭けに出たのだ。
賭けには勝ち、アリスの受けたダメージは僅かなものであった。そしてショットガンを破壊するために、『武器破壊』を使用。武器、肉体の部位破壊系統の技。そこそこの確率で狙った部位を破壊する。無論、狙った箇所以外に攻撃が当たり、失敗場合は1割程度のダメージしか与えられないペナルティも存在するので、使い方に注意が必要な技である。
ショットガンを受けても鼻歌混じりにアリスは攻撃を防いだ。どちらにしても、かなりの至近距離でないと、ショットガンは攻撃力が大幅に減衰するし、賭けはかなり有利であった。
後はショットガンが破壊されるまで、『武器破壊』を繰り返すのみだと、再度しなる鎖剣を引き寄せて攻撃をしようとするアリスであったが、予想外のことが起こった。
「グギャァァァ」
悲鳴をあげてゴーグがショットガンを取り落としたのだ。ガシャンとショットガンが地に落ちて、悲鳴をあげてゴーグは手を抑えて苦しんでいた。
「む? まだ武器破壊はできないのになぜ?」
その光景に怪訝に思い、アリスは敵の手を見据えると、血を吹き出して抑えており……。
「指の部位破壊に成功した?」
ゴーグの手には、いや、引き金を引くはずの人差し指は存在しなかった。血と共に床に落ちていた。指の部位破壊など聞いたことがないと驚く。恐らくは鎖剣がショットガンを這うように斬った際に引き金にかけていた人差し指が引っかかったのであろうが……。
すぐになにかが起こったことを悟る。超古代戦闘生命体のアリスはこのような想定していない状況でもすぐに推測にて理解する。
「なるほど。大幅バージョンアップで密かにマスキングされたバージョンアップもあったのですね」
今までの理を捻じ曲げて『宇宙図書館』は指の部位破壊も行えるようにしたのだろう。よくあることだ。公表はしないが理がバージョンアップにより、密かに変更されていることなどがある。攻撃力20%の付与がされるゆで卵の効果が、1%に変えられていたり。
「ならばチャンスです」
身体を大きく前傾にして、走り始める。苦しむゴーグはすぐに憤怒の表情を浮かべて4本の腕に力を込めて身構えた。
『強欲発動 ステータスが30%向上します』
『宇宙図書館』がボス戦となったことを示して、強欲が発動したことを教えてくれる。その瞬間に駆けるスピードが上がり、身体に力が漲るのをアリスは感じ、ふふっと笑う。
「シッ」
ゴーグの目前にて左足を支点に止まり、ダッシュの速度を力に変えて、身体を捻り右腕を大きく横に振るう。
コンクリート床を削り、火花を散らしながら鎖剣が大きくしなりゴーグの胴体を横薙ぎに、鮮血を撒き散らす。
「グギァ」
ゴーグも負けてはおらず、4本の腕を振るってくる。上の両手に持つ棍棒を左右から。
ザリとコンクリート床を擦るように踏み込むと、アリスは横にずれるように移動させ、右から迫る棍棒を躱す。外れた棍棒が床にめり込み、コンクリート床に大きくヒビを入れるのが目に入るが、冷たい眼差しにはその恐ろしい威力を持つ光景を見ても特になにも思わない。
タンッと、斜め後ろに下がりながら左からの棍棒を躱しつつ、左、右、と連続で鎖剣を振るいアリスは敵を切り裂いてゆく。
素手の両腕を唸るようにゴーグがフック気味に繰り出してくる。
『移動防御』
この攻撃は躱しきれないと悟り、移動しながら身体を固めるように意識する。全力防御と違い『移動防御』はダメージ軽減が場合によって違うし、それほどの威力は持たないが使用すれば継戦能力が違う。
小柄なアリスにとっては、一撃でも食らえば致命傷にも思えるゴーグのパンチが腹に叩き込まれる。身体が僅かに弛み、美しい長髪がたなびく。
「ゴォォ」
命中したことに気を良くして、ゴーグはフックを繰り返し繰り出す。
1撃
2撃
3撃
4撃
くの字に折れて、少女の内臓は破裂するだろう。いや、それよりも先に吹き飛んで、肉塊になるかと狂気の笑みを浮かべるゴーグは息を切らして攻撃を止める。
「4撃。スタミナが尽きましたね」
冷たい凍えるような無機質な少女の声がその口から聞こえ、自分の豪腕を食らったはずなのに、相手が吹き飛ぶこともなく、くの字になり内臓を破裂させて苦しむこともなく、平然とした口調で見てくることに混乱してしまう。
この少女は人間ではない。手応えが人間ではない。これは人間の形をした他のモノだと悟る。
今まで多くの人間たちを殺してきたゴーグの表情が恐怖に彩られる。
平然としたその姿に、無意識に後ろへと後退るゴーグへと、鎖剣をアイテム枠に入れて、タタンと床を蹴り、アリスは肉薄する。
そして、あろうことかゴーグの胴体を踏み台にして、頭の上に逆立ちをし、その頭を掴む。
ゴーグの頭をピシリと綺麗に身体を伸ばした逆立ちにて掴み取り、アリスは超能力を発動させた。
『反重力首捻』
ゴーグの頭の周囲の空間が僅かに歪み、手に持つ感触が変わる。
重力の超能力。レベルが低く数キロ程度の重さを変えることしかできないが、アリスはその力をゴーグの頭のみにかけたのだ。
重さを無くし、軽くなった頭を掴んだまま、全力で身体を横回転させる。ギュルリと勢いよく回転させて、コルクを抜くようにゴーグの頭を捻る。
ゴキリと骨が砕ける音がして、ゴーグの頭が180度回転させて、手を離しフワリと羽のように身体を浮かせて、アリスは床へと降り立つ。
「頭の部位破壊が成功したようですね。これからが戦いの本番です」
頭が破壊されたら、命中率から始まり、あらゆるステータスが大幅に下がるのだ。素早く鎖剣をアイテム枠から取り出して、近接戦闘を挑むべく身構えるが
「あれ?」
ボスはなぜか口から血の混じる泡を吹き出して、大きく音をたてて砂埃を起こして、よろめき倒れるのであった。
「なんだ、見掛け倒しだったのですね。体力が無い敵でしたか」
拍子抜けして、アリスは構えを解く。タフネスそうな敵であったが、その体力は雑魚よりも少し多かった程度だったんですねと。
『ゴーグを倒した! 経験値1000獲得。1000ゴールド獲得。エネルギーマテリアル10を獲得』
勝利を示すログが表示されて、初ボス戦としては、まぁまぁですねと、フワサと髪をかきあげ笑みを浮かべる戦闘少女であった。




