11話 潜みし戦闘少女
ゴブリンガンナーたちが、突如として現れた少女を追って窓際に集まっていた。楽しそうな玩具だと、窓枠すら残っていない単なる四角い穴とも言える廃墟ビルの窓へと近づく。窓から飛び降りたが、すぐに追いつくだろうと嗜虐の笑みを浮かべながら銃を手に持ち集まるが、意外なことに少女は逃げもせずに外で待ち構えていた。
腰に手をあてて、クールに見せようと顔を顰めながら、足を多少震わせて。半透明の身体にて。
「フフフ、無敵な私を倒せるかしら。これってバグ技っぽいけど、修正が入るまでは活用することにするわっ」
なんだこいつと、ゴブリンガンナーたちは不思議に思うが、すぐに本能が打ち勝った。即ち、この少女を甚振りながら殺すと。
骨の銃を向けて、せせら笑いながら引き金を引く。目の前にいる少女もせせら笑いながら、放たれた骨の銃弾をその身に受けて、足をバタバタと動かして正拳突きをしていた。
「私の華麗なるダンスはいかがかしら? 全ての攻撃を回避する舞いを見せてあげる」
ふんふんはあっ、と鼻息荒く正拳突きを放つ花梨。花梨の脳内では華麗なる舞いにより、敵の銃弾を回避しているらしい。さすがは特性アホを持つ少女だ。その華麗なる正拳突きによる回避の舞は、敵の放つ弾丸が全弾命中という驚きの雑魚っぷりも見せていた。
ゴブリンガンナーたちは、その様子を怪訝に思いつつも、いつかは倒せるだろうと知恵の足りなさを見せつけて銃を夢中になって撃ち続けていた。
その背後から、静かに迫る小柄な影には気づかずに。
廃墟ビルの入口から背を屈めて、こっそりと足音をたてずに、アリスは中へと侵入をしていた。敵の位置を素早く見定めて、どのような順番で倒すのかを瞬時に判断して動き始める。
窓から一番後ろにいるゴブリンガンナーの背後へと静かに忍びよると、その口を塞いで素早く喉を手に持つ剣にて掻き切る。一瞬、ゴブリンガンナーは驚きの表情を浮かべるも、すぐに力を無くし倒れ伏す。
その様子を確認して、するするとアリスは次のゴブリンガンナーへと近づき、同じように倒していく。
ゴブリンガンナーは20匹はいる。今は窓から外を覗き、花梨へと攻撃をしているが、アリスに1匹でも気づいたら、叫び声をあげて全員にばれる。それか、アリスが倒すのに失敗しても、うめき声を聞かれて気づかれる。
今のアリスでは戦闘力が倍とはいえ、数の暴力で殺される可能性は極めて高い。であるのに、その動きには微塵も淀みがなかった。
気づかれないとはいえ、恐るべき胆力をアリスは見せていた。無感情でなにも恐れずに、緊張もすることなく、機械のように目の前の敵を次々と倒していくのである。
『潜み攻撃』は2倍のダメージを相手に与える。クリティカルならば3倍である。ゴブリンガンナーたちはその恐るべき攻撃によって数を減らしていった。
だが、殺された仲間が半分を超えた時点で、偶然にも倒れない花梨に苛立ちを覚えて、仲間へともっと銃撃を激しくしろと文句を言おうとして振り向いたゴブリンガンナーが仲間を殺していくアリスの存在に気づいた。
喉から血を噴水のように噴き出して倒れゆく仲間の後ろから現れた小柄な体躯の死神を見て、大きく口を開けて牙を剥き出しに叫ぼうとする。
しかし、アリスを見つけたゴブリンガンナーはまず銃口を向けるべきであった。そうすれば、アリスはまず回避か防御を選び、そのゴブリンガンナーの寿命は延びたであろう。
無論、ほんの数分の違いであったが。
「ヒュッ」
呼気を吐き、アリスは身体を低くして一瞬の間に敵との間合いを詰めて、剣を首元へと差し入れた。
「グギャ」
断末魔をあげて、死んだゴブリンガンナーを剣を差し込んだまま、剣を支点としてその声に気づいた周りの敵の中でもっとも近いやつに投げつける。
敵が慌てて投げられた死体を抱えるために手を突き出したときには、地を蹴り横滑りをしてアリスは隣へと移動をしていた。
「はっ」
細く吐息をして、アリスは剣を下から斜めへと振り上げて、死体を押し付けられて混乱しているゴブリンガンナーを斬る。
「クギャギャ」
「ギャギャ」
「ヒギャ」
その様子を見て、慌てて銃口をアリスへと残りのゴブリンガンナーたちは向けてくるが、倒した敵の死体を掴み、身体を屈めて駆ける。
ボスボスと掴んだ死体に銃弾が命中して穴が空き、血が吹き出す中でも一匹に近づき死体を捨てると、床に強く踏み込み、身体を回転させて力を乗せた横薙ぎを放ち頭を叩き斬る。
「残りは6匹ですか」
『潜み攻撃』にて、敵のほとんどを倒したアリスは冷静に判断を下す。
彼我の距離は5メートルもない。しかも半円状に敵はバラけており、先程と違い直線上に全ての攻撃はない。全てを回避することは不可能だと。
もはや素人でも外さない近距離である。だが、慌てることなくアリスは敵の立ち位置を確認して、片手を突き出して、ゆらゆらと振る。
『雷火の粉』
己の中に眠る理外の力。ハンターをハンター足らしめる能力。理外を超えし力、超能力を意思の力により生み出して、ちっこいおててから放出する。
空中にパチパチと小さな火花の群れが弾け、囲んでくるゴブリンガンナーたちへと向かう。
常ならば、多少バチリとするだけの痛みも感じるかどうかわからないほどの弱い威力。レベル1ならば敵へのダメージなどは入るかどうかもわからない。
しかして、火花にしかならない超能力をアリスは的確に巧妙に使う。口を開けて叫ばんとする者。牙を剥き出しにして威嚇をする者、目を見開いて驚きを見せる者。
その全てにパチパチと今にも消え入りそうな火花は飛んでいき、目や口へと入り込む。小さな火花ではあるが弾けた瞬間に敵は痛みを感じて蹲るか、手足を振って混乱した。
『雷の熟練度が0.3上がった』
熟練度上昇のログが表示される中で、アリスは血のついた剣を構え直し、混乱する敵の横を剣を振るいながら通り過ぎて行く。
混乱の中、抵抗もできずにいるゴブリンガンナーたち。その中を剣閃を走らせながらアリスは通り抜け、後には身体を斬られた死骸が積み重なるのであった。
「こんなものでしょう」
満足げに剣をひと振りして血を弾き落とすと鞘に仕舞う。
『ゴブリンガンナーの群れを撃破した。経験値200、200ゴールドを手に入れた。宝箱を敵は落とした』
『アリスはレベルが上がった。基礎戦闘力が10上がった。スキルポイントが3手に入った』
むむ、と戦闘終了のログを見て私はムフフと微笑む。ログと共に敵の死骸の中心に半透明の木箱が光とともに現れて、コトンと床に鎮座する。
「宝箱が出ましたよ。やりました。中身はなんでしょうか」
目をキラキラとさせて、アリスは餌を見つけた子犬のように嬉しそうに木箱にとりつく。その様子は幼気な少女であり、先程の殺戮機械なような恐ろしさは微塵も見えない。
「盗術2、電子工作にスキルポイントを1振ります」
木箱を開ける前に、タタンと素早くステータスボードを叩き、新たなるスキルを手に入れておく。
まだ序盤とはいえ、盗術は将来的に絶対に必要なのだ。宝箱を開けるには盗術と電子工作スキルを最初から持っていたほうが良い。アナログな鍵や電子錠がかかっている宝箱がたくさんあるのをアリスは知っていたので。
尻尾があればぶんぶんと振っていたかも知れない。アリスは将来設計もできる少女なのである。
木箱をペタぺたと触りまくると
『盗術が0.2上がった』
『盗術が0.2上がった』
あっさりと熟練度が上がったことに満足する。支援系は使う機会が少ないので、そこを考慮して『宇宙図書館』は簡単にスキル上げできるように理を設定している。
鍵はもちろんかかっていない。罠もなさそうだと、パカリと開けると半透明の緑のハーブが一房入っていた。
『薬草を手に入れた。実体化しますか? Y/N』
「もちろんイエスです」
そう呟いいた私の手の中にハーブが光る粒子となって収まると、半透明から普通のハーブへと変化をしていくのであった。
「ゴブリンガンナーからは薬草が手に入るのですか。結構助かるんですよね、これ」
薬草の回復力は100から80。序盤では使える回復アイテムだ。やったねと、ルンルン気分で薬草を大切にアイテム枠に入れておく。30枠しかないが、空っぽなので問題ない。
薬草一つで喜ぶ少女であった。強欲なので仕方ないだろう。
「後で鏡に加工してもらいましょう。できれば高品質になれば儲けることができるのですが」
「あー。薬草とはまた序盤のアイテムね」
窓に足をかけて、半透明の花梨がヨイショと乗り越えてきた。その様子を見て、アリスは小首を傾げる。
「花梨。アストラル体でも壁の通り抜けはできないのですか?」
「うん。肉体とかは貫通するけど、障害物とか建物の壁とかは無理よ。当たり前だけど、それを許したらゲームのフラグが崩壊しちゃうしね。当然の設定だわ」
悔しがる様子もなく花梨が肩を竦めて言ってくるので、私もそういうものかと納得するが、残念でもあると落胆した。壁などの通り抜けが可能だったら、無限の可能性が手に入ったのに。
「だから、私が捕まったら助けに来てよね。封印されちゃうかもだから」
「もちろんです。前向きに検討をします」
「政治家の答弁なら、助けに来ないということね。まったくもう。本当に危険のときは頼んだわよ」
呆れる花梨は半透明の身体を少し目を瞑ったと思うと、再び受肉をして蘇る。クールタイムとかなさそうな便利なスキルだ。アストラル体になれれば、壁抜けなどできずとも色々な活用ができるに違いない。
花梨は死んだ方が役に立ちますねと考える非道な少女がここにいた。
「花梨は死んだ方が役に立ちますね」
口にも出したりしちゃった。極めて容赦がない。
「たしかにそのとおりよね。でもこれ数分しか死ねないみたい。色々役に立ちそうなのに、残念よね」
う〜んと残念がりながら、それを認めてしまう少女もここにいた。
「花梨に期待はできないと理解しました。仕方ないので、次の階層に行こうと、っ!」
ジト目になり残念な娘を見る視線になっていたアリスだが、なにかに気づき、大きく飛んで身体を天井を支えるコンクリート製の柱の影へと飛び込ませる。
「げげっ。アリスたんのその行動は! ぐはら」
嫌な予感に顔を顰める花梨であったが、予感は当たり、轟音がすると同時に、その身体はボロ切れのように吹き飛び床をバウンドして壁に激突して血溜まりを作るのであった。
「前言撤回をします。花梨は役に立ちますね。敵のファーストアタックを防げるのはかなり有利です」
本人的には防いだとは思っていないだろうが、アリス的には敵の攻撃を防いでくれたと感謝をした。
「そう? やっぱり私って役に立つわよね。もっと褒めても良いのよ。体を張って敵の攻撃を防いだんだから」
テヘヘと頭をかいて照れながら死体がアストラル体となって立ち上がった。ゾンビよりもたちの悪い不死っぷりである。ダメージ軽減50分の1は死ぬほどのダメージも赤ん坊に叩かれた程度の痛みに抑えていたりするので、花梨的には何度死んでも気にならなくなった模様。
メンタルが鉄のような少女である。
「どうやらあちらから出向いてくれたみたいで助かりますね」
アリスが階段へと目を向けると、ショットガンを持つ巨大なゴブリンガンナーがこちらへと銃口を向けて歩いてくるのであった。




