10話 戦闘少女は困っちゃう
廃墟ビルの中。瓦礫が積み重なり山となっている上にアリスは頬杖をついて座りながら、う〜んと悩んでいた。
もはやいつ崩れてもおかしくない鉄筋とコンクリートのみの枠組みだけが残る光景。苔に覆われた机や土の中に半分沈み込むロッカー、床は瓦礫だらけで、2階から上は崩れたのか、もはや存在しない。
見通しも良く、外の様子もばっちり見える。
悩んでいるアリスは外の様子をちらりと眺めて、何もないことを確認すると、コテンと首を傾げてしまう。
「花梨、おかしくないですか?」
隣で腕組みをして、瓦礫を背もたれに目を瞑っている少女へと怪訝に思い話を向ける。
ビクッと肩が動いて、花梨は慌てて立ち上がり辺りを見渡す。
「寝ていません。えっと、どこから読めば良かったんでしたっけ?」
女子高生は教科書何ページと確認したい模様。
「自分の記憶から読んだ方が良いでしょう。真っ白で無ければですが」
口元の涎を手でゴシゴシと拭きながら、花梨は赤面をして私を見て、手を振って弁解を始めてきた。
「違うのよ。疲れていたの。環境が変わったから、疲れていたのよ。だから、寝ていたの」
「そんなはずは……。うん? 本当に寝ていたのですね。そうですか」
目を見開いて、マジマジと花梨を眺めて、本当に寝ていたみたいだと少し驚く。睡眠を自ら選択しない限り、酒でも飲んで酩酊状態になるか、睡眠系攻撃を受けない限り、睡眠状態にはならないはずなのに寝ていた。
攻撃を受けた様子はない。自身で睡眠を選択した様子もない。それが指し示すところはつまり……。
「『選ばれし者』はクリーチャーかエイリアンと同じなんですね。無意味に様子を見てきたり、寝ちゃうタイプ」
クリーチャーやエイリアンの中にはそんな敵が存在しているのだ。攻撃してこないで、寝始めたり、様子を見てくるやつが。
新発見だと驚く。これは学会に発表できるかもしれない。題名は私は見た! 『選ばれし者』はクリーチャー! でどうだろうか。きっと大反響間違いなし。
強欲なアリスは、鏡の意識も合わさって、学会の発表の場で学者たちに囲まれる夢を想像しちゃう。一回の講義代は幾らが良いかな。
「メモをしておきましょう。『選ばれし者』はよだれを垂らして道路で寝る」
アリスはステータスボードにあるメモタブに忘れないように書いておくことにした。
「酷い内容をメモらないでよ! クリーチャーでも、エイリアンでもないから! 人間は自然に寝、れ……そうね、少しおかしいかも……」
反論しようと唇を尖らす花梨だが、話途中で黙り込んでしまう。何か気になることがあったのだろうか。
『選ばれし者』はまだよくわからない所が多い。彼ら、彼女らはどこから来るのか、なにを考えているのか、様々な事柄が不明だ。油断はできない。なにしろ身体を乗っ取る術を得意とする種族だからだ。
私としては、『宇宙図書館』のアーカイブに仕舞われている精神体だと考えているが、どうだろうか。良い線いっていると思うが。
「まぁ、それは帰ってからで良いと思います。それよりも、変なんですよ。1時間も経過しているのになにもないんです」
「んん? あ、たしかにそうね。もう1時間も経ってたんだ」
私の言いたいことを悟った花梨もステータスボードに表示されている時間を確認して驚く。
そうなのだ、先程ゴブリンガンナーを倒してから、1時間経過している。
「エイリアンはレアだから24時間ポップですが、フィールドのクリーチャーはだいたい長くて30分ポップです。短くて15分。1時間経過してもポップしないのはおかしくないですか?」
「たしかに……。どこからか釣りをされて来たんじゃないの? それか巡回型で、かなり離れた地点がポップ場所とか」
「私もその可能性は考慮したんですが、ここはかなり見通しが良いんですよね。巡回型でも、近くにポップすればわかると思うんです。もしかして、ここはダンジョンエリアなんですかね」
ダンジョンエリアは最低3時間ポップなので話はわかる。だが、どう見てもここはフィールドエリアにしか見えない。
「と、すれば、ここらへんでレベル上げはできないわね。どうするの、クエストを探そうにも街も見当たらないし」
花梨も腕組みをして、困った表情になる。
『クエスト』は基本的に街で、もっというと人間が困っている内容が『クエスト』となる。もちろん、他にもたくさんクエストは存在するが、序盤のレベル上げに相応しいクエストは街でのクエストだ。
街がない以上、クリーチャーを倒しまくってレベル上げをしなくてはならないが、ポップしないのでアリスは困っていた。
「新マップはポップ仕様が変わったのかもね〜。ほら、新素材とかたくさん出るから、ポップ待ちでハンターがその地区を占有しないように」
「住みにくいマップであるのは間違いないですね。この惑星はその他にも変なんですよ。さっきよだれを垂らして寝ていた花梨を放置して、ウサギでも狩ろうかとしたのですが、少し近づいただけで逃げちゃったんです。クリーチャーがその間にポップしても花梨を殺そうと攻撃をするから大丈夫だと思って」
攻撃をしなければ、普通ならのんびりと草を食んでいるだけなのに、ウサギは私が近づくとあっという間に逃げてしまったのだ。『宇宙図書館』の戦闘データにアクセスできるアリスは戸惑っていた。
草食動物が攻撃を受けないで逃げるなんて驚きである。
「ねぇ、今なにか私にとっては大丈夫じゃないことを言ってなかった? ねぇ?」
私の袖をグイグイと引っ張ってくるが、何か変なことを言っただろうか。まぁ、花梨は変な娘だから気にしなくても良いだろう。
「それよりも、この惑星は経験値稼ぎが難しい場所なのかもしれません。それならば、そのように動くのみです」
「私をごく自然に無視するそのスタイルは気になるけど、それじゃアリスたんはどうするわけ?」
花梨がジト目で聞いてくるので、一つの廃墟ビルを指差す。草木生い茂り、平原が広がる中で、ぽつりぽつりと存在する廃墟ビル。その中で少し遠くにある比較的形を保っている高層ビルがあった。
「あのビルになにかあるの?」
「あのビル。ここらへんでは比較的ビルの形を保っています。それの意味するところは、この地域のボスキャラがいるかもしれないということです」
目立った建物には、必ずなにかがある。お決まりのパターンだ。フィールドならばボスキャラがいる可能性は高い。所詮トリガーアイテムも使わないで、普通にポップするボスキャラだ。期待はあまりできないが、それでも多少良いアイテムがドロップする可能性は高い。
「おーけー。初回バトルならクエスト発生するしね。良いと思うわっ」
花梨も立ち上がり賛成をしてくるので、賛成ですねと私は目的地へと歩き始めるのであった。
意外と平和な道のりを二人は歩いて、敵とのエンカウントもなく目的地の高層ビルへと到着した。20階程度の高層ビル。比較的形を保っており、壁も所々が欠けている程度で、びっしりと苔むした緑の大木にも見える。
すぐそばの焼け崩れたと思わしき店らしき建物の影に隠れて、二人はビルを壁の隙間から覗いていた。
「ふむ……やはり想像は当たっていましたね」
こっそりと覗いて私は敵の様子を確認していた。
「そうね。ここから巡回型のクリーチャーが出ているみたい」
花梨も、コソッと覗いて頷く。
「新しいシステムね。よりリアリティを追求したシステムになったかしら。でもこれだと初心者お断りになっちゃうから、この惑星だけの仕様ね、きっと」
ふんふんと訳知り顔で花梨が頷くが、たしかにハンター初心者には優しくない。初心者ハンターはポップ沸きするクリーチャーを倒してレベルアップするのだ。少ないクリーチャーを効率よく倒していかないとレベルはサクサク上がらない。
ビルの中には大勢のゴブリンガンナーたちがたむろしてるのが見えた。ビルのあちこちにいて、獣の死骸や骨が散らばっている。ゴブリンガンナーたちは、獣の死骸にかぶりつき、顔や身体に血がベッタリとつくことも気にせずに食べている。
死臭や獣臭さが空中を漂ってきて、離れた場所にいる私たちにもその臭い匂いを嗅ぎとることができて顔を顰めてしまう。
見る限りでも20匹はいる。普通の初心者ハンターならば、大量にいるあんな集団と戦うのは躊躇うに違いない。恐らくは上の階にも敵は存在しており、戦いを始めるとリンクすると予測もする。
「ですが、この大量の敵を倒せばレベルは上がるに違いないです。クエストも発生したようですし」
ふふふと悪戯そうに笑う私の目の前にステータスボードが浮かんできたのだ。
『ゴブリンガンナーの巣を破壊せよ!』
経験値報酬:2000
アイテム報酬:15万ゴールド
もちろん受領する。これなら、レベル3にはなるに違いない。
「ちょっと、アリスたん。相手の戦闘力は150近いのよ? 倍の戦闘力を持つアリスたんでも、あの数は厳しくない?」
私のステータスボードを横から見てきた花梨が心配そうに忠告してくるが、たしかにそのとおり。私でなければ。
「私は超古代の戦闘生命体アリス。あの程度なら相手ではありません。最上階にボスもいるでしょうし、誰かに倒される前に倒さないと」
むふふと口元を可愛らしく笑みへと変えて、アリスは胸を張りドヤ顔になる。胸を反らしすぎて、すってんころりと転がっちゃうが、イテテと立ち上がりまたもや胸を張っちゃう。
傲慢なアリスは常に威張っちゃうのだ。可愛らしい少女のドヤ顔なので、反感は持たれないだろう。おっさんの場合は呆れられてもおかしくないので、美少女はお得である。
「とはいえ、たしかに危険な数ではあります。なので、秘策を使いましょう」
「秘策?」
どんなのかしらと、ドヤ顔のアリスたんも可愛らしいわとニヤニヤしていた花梨が耳を近づけてくるので、私はムフフと秘策を告げてあげるのであった。
高層ビルの元受付ロビーであろう瓦礫だらけの場所にたむろしているゴブリンガンナーたちは、ギャッギャッと鳴き声をあげて、思い思いに過ごしていた。獣の死骸を齧り、転がっている骨に銃を狙い、骨が砕けるまで狙い撃つ。
いつもどおりの暮らしを楽しんでいる異形のクリーチャーたちであったが、彼らの声ではない、人間の少女の声がロビーに響き渡った。
「私の名前は思議花梨! 黒目黒髪の花梨! 貴様らを倒すために空より舞い降り、凄腕ハンター! ババーン」
擬音まで口にする残念ぶりを見せる少女か窓の縁に立っていた。右手を伸しポーズもとっている。口元が僅かに引きつり多少恐怖を見せながら。
ゴブリンガンナーたちは騒ぐのをやめて、お互いの顔を見合わせて戸惑うが、すぐに醜悪な笑みを浮かべる。
「ギャッギャッ」
「ゲヒヒ」
「ギャッギャッギャッ」
だがすぐに玩具を見つけたと、喜び昏い嗤いを見せて、手に持つ銃を向けて引き金を引く。
チュインチュインと少女の周囲に着弾して壁に小さな穴が開く。
「あひょー。窓から素早く脱出! あ」
花梨は素早くよじ登った窓から飛び降りて、地面に降りる時に失敗して足をグキリと挫いて死んでしまうのであった。あっという間に戦いから退場した模様。
どっかの冒険家のようにひ弱すぎる少女である。
ゴブリンガンナーたちが外に出た少女を追って行く中で、後ろからこっそりとゴブリンガンナーたちへと近づく影があった。




