名探偵は追い詰めない
携帯電話もつながらぬ鄙びた山荘で、一人の男が殺された。東京で不動産会社を営む佐木竜造(51)。昨夜から続く吹雪によって町へと続く唯一の県道は閉ざされ、警察への連絡もままならない。休暇で偶然この場に居合わせた警視庁捜査一課の九鬼義知警部補は山荘の宿泊客の中に犯人がいるとにらんで捜査を開始するものの、何の手掛かりも得られなかった。雪が止めば犯人を逃がしてしまう。焦る九鬼に一人の少年が声を掛けた。少し生意気そうな中学二年生、横溝ドイルは九鬼に幾つかの質問をすると、納得したようにうなずき、確信をもって告げた。
「謎はすべていつも一つ。九鬼警部補、関係者を全員リビングに集めてくれ」
九鬼の呼びかけにより、関係者が全てリビングに集められた。被害者の秘書、弁護士、医者、山荘のバイト、オーナー。全員の姿を確認し、ドイルはおもむろに一人の人物を指さした。
「犯人はお前だ!」
指さされた人物――被害者の秘書、関根 雨良美は動じることもなく反論する。
「発見時、部屋には鍵が掛かっていた。私には部屋に入る方法がないわ」
「そーーーおだなぁ」
ドイルは納得したようにうなずく。
「第一、死亡推定時刻には、私はあなたとトランプをしていたでしょう?」
「そーーーおだなぁ」
ドイルはひどく納得したようにうなずく。
「だいたい、私には動機がないわ。私は社長の個人秘書だから、社長が死ねば仕事も失うかもしれないのに」
「そーーーおだなぁ」
ドイル少年はふっと笑みを浮かべ、九鬼を振り返ると、確信をもって告げた。
「これは周到に計画された密室殺人じゃない。外部犯による行きずりの犯行だ! 警部補、緊急配備を敷いてくれ! 犯人はまだ遠くへは行っていない!」
「分かった! 吹雪の中を突っ切って麓の町まで行き、緊急配備を要請するぜ!」
九鬼は吹雪の中、山荘を飛び出していく。唖然としていた関係者たちは白けたように各々の部屋に戻っていった。リビングを出ようとした関根に、ドイルは声を掛ける。
「さっきはすみませんでした」
翌日、吹雪は止み、山荘にいた面々はそれぞれ帰路についた。さらに翌日、匿名の情報提供により、佐木竜造が二十年前に犯した強盗殺人が明らかになる。そして同日午後、関根雨良美は警視庁に出頭した。
自首の動機を問う九鬼に、関根は小さく笑って答えた。
「名探偵の坊やの推理が、あまりにもバカらしかったからよ」
関根の目には、わずかに光るものが浮かんでいた。




