NMに絡まれたらそこで死ね 2
死体が折り重なって積み上がっている。DECOでは死体は一時間残る仕様だ。古い死体は順に消えて行っているが、直近の死者があまりにも多い。
勇猛のオルレイユはナハトたちの予想通りにHPが40%を切ったところで覚醒した。強力な範囲攻撃を使い出したのだ。回復のために後方に控えている神官がいたとしても巻き込まれるくらいに範囲が広い。当然のごとくマラソンマンが次々と巻き込まれて死んだ。誰かが、多分死んだマラソンマンが領都で応援を呼んだのであろう援軍が次々と来たが、片っ端から薙ぎ払われている。しかしそれでも途切れずにやってくるマラソンマンのツルハシが、援軍の強力な攻撃が、勇猛のオルレイユを瀕死まで追い込んでいた。こうなるともう人を突き動かすのは損得勘定ではない。あいつがぶっ倒れるのを見ることができるなら全財産を出してもいい。そんな歪んだ欲望が人々を突き動かしている。
ラストアタックを取ったのは誰だったのか、DECOではそれを通知するシステムがないから誰にも分からない。だが確実に誰かがいた。勇猛のオルレイユは死亡モーションを残してその巨体を消滅させた。
「うおおおおおおおおお! やったあああああああああ!」
「すげえええええええええ!」
「ひゃっはーーーー!」
歓声があちこちで上がる。ナハトはその場でどすんと尻餅をつくと、そのまま大の字に寝転がった。勇猛のオルレイユのターゲットを取り続けたわけではない。わけではないが、覚醒後の範囲攻撃から逃げ、また接近してを繰り返して精神的な疲労が濃い。
一方、システムは人々の感慨を余所に淡々と事後の処理を行った。つまり経験値の配布とドロップ品を表示したのである。ナハトが手に入れた経験値は100。苦労の割に少ないと思わないではいられないが、これは戦闘参加者の中の最大レベルが基準となって計算されるので仕方ない。それから抽選箱に勇猛の具足、大甲虫の甲殻が三つ、大甲虫の顎が二つ、大甲虫の羽が四つが入った。当たりはどう見ても勇猛の具足だ。フレーバーテキストを見る限り攻撃力が上昇する効果がある。この手の追加効果のある装備というのは少ないので、レアアイテムだと言える。ナハトはすべてのアイテムへの抽選に参加した。DECOでは抽選の際に戦闘への貢献度が参照されて抽選されるので、初期から戦闘に参加していたナハトはかなり有利な抽選を受けられるはずだ。にも関わらずすべてのアイテムが彼の手のひらを滑り落ちた。戦闘への参加者が多すぎたから仕方が無いだろう。
「お疲れ」
声を掛けられてナハトが寝転がったまま目線を向けるとレインが立っていた。
「そっちも生き残ったか」
「弓は射程が長くていいよね」
「楽しやがって。なんか手に入ったか?」
「いんや、なんにも。経験値だけ。そっちは?」
「抽選は全滅した。けど、なんだろうなあ、これ」
ナハトは鞄から一つの指輪を取り出した。名称はオルレイユの指輪。特殊効果はなにもない。抽選箱には入らなかったから、確定でナハトの懐に入ったことになる。
「戦闘中に何かの条件を満たしたか。ラスアタ取ったとも思えないけどな」
「一番タゲられてたとか?」
「あり得るとしたらその辺だよな」
「クエスト関係のアイテムかもね」
「刻印付きだから売れないし、渡すこともできないんだよなあ。死んでもロストしないけど、特に効果も書いてないしな。とりあえず装備しとくか」
鞄には数量限界と、重量限界がある。流石に捨てるのはなんだったので、鞄から装備枠に移動させておく。これで数量限界を圧迫しない。指輪枠も空いていたのでちょうど良かった。
「お疲れさん。勇猛のオルレイユを引っ張ってきたのは君たちか?」
まともな装備の人たちがナハトたちに話しかけてくる。領都から駆けつけてきた援軍組だろう。一方マラソンマンたちは死体漁りを終えるとマラソンに戻っていった。死体からアイテムを取る行為は犯罪扱いではないので自由とは言え世知辛い。
「最初にぶち当てたのは俺らじゃないけど、こいつがマラソンから引き剥がして、俺がマラソンマン巻き込もうって提案した」
「ん? よく分からないな。君たちはマラソンの妨害行為を画策したわけじゃないのか?」
「それをやったのは別の奴。俺らはマラソンに対しては中立。オルレイユを領都に引っ張っていくわけにもいかないだろ」
流石に領都の衛兵ならオルレイユを倒せるだろうが、NPCに死者も出ただろう。NPCは死ぬと復活できないので、NPCの死を狙う行為はほとんどの善良なプレイヤーから嫌われる。勝てないモンスターに絡まれたからと言って町に逃げ込むのは一番やってはいけないプレイだ。なにも知らない初心者がたまにやらかすので、各町の門の前にはプレイヤーの志願兵がいることも多い。
「でも死にたくもないからマラソンマン巻き込んで倒すってことにしたわけ」
「ふむ。実はトレインが領都のほうにも流れてきたんだ。なんとかNPCに死人は出さなかったが、肝が冷えた」
「ああ、それで、領都防衛隊の人?」
「別にそういうクランがあるわけではないがな」
「そういうことなら犯人は俺らじゃないから」
「まあ、生きて戦ってる時点でそうじゃないかとは思っていたよ」
時間を取らせたと言って彼らは去って行った。領都の防衛に戻ったのだろう。
「どうするナハト。装備品がガタガタだから一度領都に戻ろうと思うんだけど」
「俺も武器修理してもらわないとなあ」
「そんじゃ領都まで行きますか」
辺境はその名の通り人類国家のひとつであるアゼキア王国の端に位置している。そこを治めるエルナンデス辺境伯の領地がDECOの舞台であり、辺境伯の住まう城があるのが領都エルネキアだ。プレイヤーからは単に領都と呼ばれている。辺境ではもっとも大きな人類の都市だ。魔族に対する人類の最前線でもある。NPCだけで5000人を超えていると言われる巨大都市を端から端まで探索したプレイヤーはほとんどいないだろう。そもそもその必要も無い。プレイヤーが必要とするような店舗などは領都の西部に集中しており、その辺りだけ把握していれば事は足りる。
ナハトとレインも領都の西門から町に入って、それぞれの目的地に散っていった。
ナハトが懇意にしている鍛冶職人は来訪者でヘクトーという名前だ。目抜き通りの店舗に間借りする職人が多い中、一本、いや二本ほど裏通りでひっそりと営業している。人事ながら儲かっているのか心配になるが、本人は金稼ぎという行為があまり好きではないようだ。鍛冶スキルが上がるのが楽しい。新しい武具を作れるようになるのが楽しい。というタイプで、稼いだ金で強化するより、自らの足で素材を採ってくることを選ぶ。それ故に不在であることも多いのだが、今日は幸い在宅のようだった。とは言ってもヘクトーの店というわけではない。NPCの鍛冶屋の軒を勝手に借りているのである。
「やあ、ヘクトー、手は空いてる?」
「誰かと思えばナハトかぁ。こんなに早く来るなんて珍しいね。この前修理したばかりだと思ったけど。手は空いてないけど、仕事はするよ」
「ちょっと大立ち回りがあってな。いつもの剣が壊れる寸前だ」
「君はレベル上げないくせに剣だけは酷使するね。ほら、貸して」
トレード画面が開き、ナハトはそこに愛用の剣と修理代金を放り込んだ。普通なら持ち逃げ対策に鍛冶職人側もトレードされた装備と対等の対価を置くものだが、ヘクトーにその必要は無い。
「いつも言ってるけど、修理じゃ耐久100%まで戻らないからね」
「分かってる分かってる。レベル上げパーティに参加するときはミスリルを二本持っていくさ」
「君の場合はスチールでも二本持っておくべきだと思うけどなあ」
そう呟きながらヘクトーは剣の修理を開始する。ナハトが愛用しているのはヘクトーが作った鋼の剣だ。ヘクトーはミスリルの剣も作れるが、ミスリルの剣は攻撃力こそ高いが耐久の減りが早い。それにヘクトーの鍛冶スキルでは耐久を40%までしか回復できない。ナハトの剣の酷使の仕方からすると、60%まで耐久を回復できる鋼の剣のほうが有用だ。
とは言え、レベル上げパーティではDPSが高いほうが好まれるので、ミスリルの剣も持っていないわけではない。レベル上げパーティに参加しないので、ギルドに預けたままになってはいるのだが。
「正直、僕よりスキル上げてる鍛冶職人を見つけるべきだと思うよ」
「うーん、金がねーんだよなあ」
先行している鍛冶職人の依頼料はそのレア度に応じて高い。ヘクトーを超える鍛冶職人となると、ナハトの資金のほうが追いつかない。では普通のプレイヤーがどうしているのかと言えば、その分、金策に時間を割いているわけである。じゃあ、その金策がなにかと言われると職人向けの素材を採ってくることだったりするわけで、狭い範囲で経済が回っているのがゲームと言えばゲームである。
「釣りばかりしてると聞いているけど?」
「釣りばかりじゃないぞ。釣り竿修理用に伐採もやってるし、釣った魚の調理もしてる」
「持ち出しが少なくて逆にお金余りそうだけどなあ」
「いやー、他のプレイヤーには負けるわ。鉱石マラソンの話聞いた?」
「知ってるよ。おかげで普通の鉱石があんまり出回らなくなって価格が上がって困ってる」
「そういう悪影響もあるのか。やはりマラソンマン殺すべきか?」
「やはりって何かあったの?」
「MPK。誰かが勇猛のオルレイユをマラソンマンにお届けしてた」
「むちゃくちゃするなあ。NMってまだ誰も倒してないんでしょ」
「倒してたぞ」
「え?」
「勇猛のオルレイユなら倒れた。たぶん二百か三百人がかりで。もしかしたらもっとかも」
「それは……、素直に賞賛に値するね」
「そういうわけで多分NMの素材が競売にかかるぞ」
「相場が謎すぎる。僕には扱えそうもないなあ。スキル的にも」
「ちなみにヘクトーさんが想像する落札価格は?」
「甲虫系だよね。甲殻が初値で三百から五百の間くらいかな。実際できあがるもので上下すると思うけど」
「単位キロじゃないよな?」
「万だよ。残念ながら。最先行組はそれくらいの素材じゃないともうスキル上がらないんじゃないかな? そう考えるともうちょっと上がるかも」
「そうなのか。でもまあ、今回でネタも割れたし、カンスト組なら一パーティで倒せる気もするけど」
「NMって初めて倒されるからリポップ間隔も不明だよね。リポップしない可能性もあるし」
「流石にそれは無いだろ」
「でもDECOだし」
「DECOだったな」
DECOプレイヤーは理不尽なことがあってもDECOだからで大体通じる。
ヘクトーは手を止めて、ナハトへ修理の終わった剣をトレードした。
「いつもながらいい仕上がりだ」
「ゲームなんだからいつも通りだよ」
「ロールプレイだよ。そういうゲームだろ」
「そうだね。じゃあ、こう言おうか。次はもっと大事に使いなよ」
「釣りしてるだけなんだがなあ」
「そういうことにしておこうか」
そう言ってヘクトーは苦笑する。どうやら剣は持ち主以上に雄弁に語ったようだった。
10話くらいまでは毎日19時に投稿していく予定です。
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