NMに絡まれたらそこで死ね 1
三津崎秋夜は釣りが好きだ。
現実の、ではない。
彼が好きなのはゲームの中に実装された釣りというミニゲームだ。愛していると言ってもいい。釣りがメインコンテンツのゲームではなく、あくまでサブコンテンツ、メインストーリー上で必要になることがあってもいいが、おまけ程度。やってもやらなくてもいい。だけど釣りをすることによってなんらかのちょっとした見返りはある。そんな立ち位置の釣りが超好きだ。
とは言っても彼がゲームそのものを楽しまないわけではない。釣りだけやっていれば楽しいというわけでもない。ちゃんとクリアまでゲームを遊ぶし、そうしたらよほどの理由でもないかぎり、釣りのためだけにそのゲームを起動するということもない。だが釣りができるゲームで釣りをしないという選択肢は彼には無いし、なんならメインコンテンツを遊んでいる時間より、釣りをしている時間のほうが長かったりする。
彼にとって釣りは目的ではない。手段でもない。
娯楽なのだ。
ゲーム自体が娯楽なのに何を言ってるんだと思われるかも知れないが、ゲームをプレイする上でクリアに向かうことが義務なのだとすれば、釣りは寄り道であることが多い。どうでもいいが、一応見返りはあるよって感じが、彼にはとてもいいのだ。楽しい。
そんな彼であるからDECOをプレイすることになって最初に興味を持ったのは当然釣りだった。前作であるDEC6でも散々釣りをしたので勝手は分かっている。DECシリーズなら釣りで世界が救える。こともある。
流石にオンラインゲームで個人が釣りで世界をどうこうってのは起こらないであろうけれども。
そんな秋夜だから特にレベルを上げるわけでもなく、今日も適当に釣りスキルが上がりそうな辺りに釣り糸を垂らしている。そんな彼の視界に人の列が映っている。ろくな装備も身につけず、ただツルハシだけを手に、人々は追い立てられるように駆け足で鉱山へと向かい、そして駆け足で町へと戻る。黙々と走り続けるその姿はまるで長距離走のようだ。
「あれ、なにか知ってる?」
秋夜と同じように釣り竿を構える隣人は彼の目線を追いかけて、ああ、と頷いた。
「鉱石マラソンらしいよ」
「鉱石マラソン?」
「領都で魔鉱石の研究者から受けられる採掘クエストは知ってる?」
領都で発生する常時クエストはあまりに多くて、秋夜は記憶を掘り起こすのに少し時間がかかった。
「えーと、たしかあれだ。ゴゴ・ガンボとか言うドワーフの研究者。クエストを受けると採掘できるようになる未鑑定鉱石を納品するやつ。あれって、そんなに報酬良かったかな?」
「それがクエストは受けるけど納品はしないんだ」
「納品しないんだ? でもそれだとクエストクリアにならないよな」
「そう、あえてクリアはしない。未鑑定鉱石はクエストを受けないと手に入らないレアアイテムだ。これをNPCに売り払うんだ」
「ああ、なるほど。でもあれだけの人が売りさばいてたらすぐに在庫がだぶつきそうだけど」
「それが運営の設定ミスなのかなんなのか、未鑑定鉱石ってアイテムは買い取り価格の下限設定が高いんだ。DECOは店側に資金がある限りは売りつけられるし、物々交換も事実上可能なシステムだからね。来訪者たちはここぞとばかりにシステム側から資源を絞り出すつもりなのさ」
「やり過ぎるとこの世界滅ぶんじゃね?」
「その辺の懸念はネットでも上がっているね。鉱石マラソンマン殺すべきって過激派もいるようだ」
「マラソンマンたちは見たところ防具つけてないみたいだけど、PKしにいくと数の暴力で逆PKされそう」
「ツルハシで殴ると人は死ぬからね」
なんとも言えない感慨がこもった言い方を聞くに、すでにそういう光景を見たことがあるのかも知れない。
「で、その鉱石マラソンって時給どれくらいなん?」
「8000くらいで安定って話だよ」
「すご、というか、完全にバランスぶっ壊れてる。流石に調整入るな」
「だね。だからみんな今のうちに稼いどこうってなるんだろうね」
その時、視界の端から無数の影が現れてマラソンマンの列に突っ込んでいった。
「おー、行った」
影はそのほとんどがモンスターだ。しかも一際大きい影も見える。この辺りに出現して、まだ誰も狩ることができていないと言われているNM、“勇猛のオルレイユ”という昆虫型のモンスターに違いない。おそらくは誰かがモンスターの注意を引きつけ、モンスタートレインを作り、マラソンマンたちにぶつけたのだ。おそらく主犯はモンスターの攻撃で死んだはず。まさしく自爆テロである。流石に超級モンスターまでぶつけられればさしものマラソンマンと言えど……。
「崩れない、だと!」
勇猛のオルレイユ他多数のモンスターによってマラソンマンに被害は出ている。にも関わらずほとんどのマラソンマンは我関せずとばかりにマラソンを続行している。モンスタートレインがマラソンに飲み込まれた形になった。
「ちょっとあいつら欲望に忠実すぎんよ」
「勇猛のオルレイユって結構大きいモンスターだったと思うけど、鉱山の入り口で詰まるんじゃないかな?」
「うーん、阿鼻叫喚ってところか」
「ちょっと見てこようかな」
隣人、レインは釣り竿を仕舞って武装を整える。なかなかの野次馬根性だと言えるだろう。秋夜も顛末は気になったが、わざわざ渦中に飛び込む気にはなれなかった。
「後で結果だけ教えてくれ」
「スクリーンショット撮ってくるよ」
そう言ってレインは鉱山のほうに向かって行く。ひとりになった秋夜はのんびりと釣り竿を振った。
二十分ほどが過ぎた頃、秋夜は自分のほうに向かってくる巨大な影に気がついていたが、あえて知らんぷりをしていた。
「絡まれた! 助けてくれ、ナハトォ!」
レインだった。その背後には巨大なクワガタムシのようなモンスターが付いてきている。
「おかえりはあちらです」
「し、死なば諸共!」
「MPKって言うんだぞ、それ」
仕方なく秋夜は釣り竿を仕舞う。
「神聖術」
秋夜の足下に魔法陣が時計回りに描かれ始める。これが一周すれば詠唱待機状態だ。それから目標を定めて魔法名を口にすることで魔法が発動する。なお二周、三周と重ねることで消費MPを増やしつつ、威力も上げられる。
「ヒール」
半分くらいまで減っていたレインのHPがぐっと回復する。と、同時に勇猛のオルレイユの注意が秋夜に向いた。
「ちっとは敵意値稼いどけよ!」
「無茶言うなよ。こんなの直撃食らったら即死だよ!」
「それを人に押しつけたヤツがいるんだけど」
勇猛のオルレイユが秋夜の目の前に突っ込んできて足を止める。この巨体が勢いのまま突っ込んできたら、ただの人間にはどうしようもなかっただろうが、そこはゲームである。走ってきたことで消費したスタミナを回復しているのだろう。
「てか、こんなのどう攻撃しろってんだよ」
横に回り込もうとしても勇猛のオルレイユは秋夜を正面に捉えようとしてくる。そして正面には巨大な二つの顎。頭部は急所判定になりそうだが、そのためには顎の中に飛び込まなければならない。
試しに顎に向けて剣を振ってみる。ガツンと鈍い感触があって剣が弾かれる。巨大な顎は武器として衝突判定があるということだ。別の言い方をすればダメージが通らないということでもある。
「つまり顎の中に飛び込んで攻撃しろってことね」
オルレイユが勇猛なのではなく、挑む者が勇猛でなければならないということなのだろう。勇猛のオルレイユがぐっと頭を下げた。攻撃予備モーションだ。DECOのモンスターは基本的に予備モーションの後に攻撃を仕掛けてくる。攻撃の種類も予備モーションで見分けられる。勇猛のオルレイユが同種のモンスターの巨大版なのだとすれば、これは顎挟み攻撃の予備モーションだ。秋夜はバックステップで挟み込んでくる巨大な顎を避ける。
連続して予備モーション、振り回し。突進。飛行攻撃。なんとか紙一重で躱す。
連続攻撃が止まる。流石にスタミナを使い切ったようだ。
「ここっ!」
前にダッシュ。勇猛のオルレイユの頭部に一撃を加え、すぐに離脱。回避行動とダッシュでスタミナを使ったこともあってか、ダメージは少ない。というか、勇猛のオルレイユのHPが多すぎて減ったかどうかすら分からない。一応、ゲージ色が緑から青に変わったのでHPは減ったのだろう。
「とうっ!」
レインが少し離れた場所から矢を放つ。レインの職業は戦士だが、確か虫系モンスターは刺突属性が特攻だったはずだ。弓矢という選択肢は悪くない。元々弓矢は威力が高いし、これだけ巨大な的なら外さない。
「というか、戦士なら挑発してタゲ持ってくれよ」
戦士のアビリティ<タウント>は敵を挑発して敵意値を大きく上昇させ、攻撃対象を自分に向けるものだ。
「弓で狙ってる時は回避行動取れないし、DPS考えたらこのままが最善だよ」
「俺ばっかり負担がでかいんだよなあ」
勇猛のオルレイユはスタミナの絶対量が大きく、連続攻撃を仕掛けてくるが、その分スタミナの回復に時間がかかるようだ。スタミナを消費しないギリギリの速度で近づいて攻撃しても離脱できそうだ。
「うーん、レベル60パーティなら倒せそうだけど」
「えっ、勝てないってこと?」
「この程度の強さならもう誰かが倒してるだろって話」
「そういうことかぁ。じゃあHP減ったら覚醒するパターンかな。諦めて死ぬ? マラソンマンにぶつける?」
「わざわざ引っ張ってきたってことはなんか理由があったんじゃないのか?」
「マラソンのことを知らないっぽいレベルの人たちが巻き込まれそうになってたからさ。つい、ね」
「レインさん、かっけーっす。流石にこれだけ経ってりゃ敵意値消えてるよな。……正直、倒せたとしても旨みがないんだよなあ」
しばらく戦闘を繰り広げているが、まだ勇猛のオルレイユのHPは一割も削れていない。覚醒しなかったとしても一時間では倒しきれないだろう。仮に二時間かけて倒したとして得られるのは上限があるせいでレベル差に比べればほんの少しの経験値と、あるかどうかも分からないNMのレアドロップ品だ。
死ねば釣り竿や装備品、ここ一時間ほど釣りをしていた釣果を失うが、いずれも消耗品だ。取り返しがつかないことはない。が、懐が痛いと言えば痛い。
「こっちは弓の耐久は保ちそうだけど、矢が足んないかな」
「作れるか?」
「材料持ってきてないなあ。1パーティとは言わないからせめて2,3人、まともな装備の援軍がいれば」
「実は俺も武器の耐久ヤバいんだよな。よし、やっぱりマラソンマンにぶつけよう」
「死なば諸共って?」
「いや、マラソンマンに協力してもらう。ツルハシで殴ればNMは死ぬ」
「それでいこう。<タウント>」
有効射程ギリギリまで離れてからレインがタウントを使う。これまでレインはナハトが稼いだ敵意値をギリギリ超えないように攻撃を加減していたため、タウントの一発で勇猛のオルレイユのターゲットはレインに向く。それを確認するより早くレインは駆け出していた。スタミナ値の関係でマラソンマンの列に辿り着くまでには絶対に何度か勇猛のオルレイユには追いつかれる。攻撃を受けた際、生き残れる可能性が高いのは戦士のレインのほうだ。いくらナハトでも背後に目は無い。
敵に背を向けて逃げる場合、定期的に振り返って敵を視認することが大事だ。そうしなければ敵が不意打ちの条件を満たしてしまい三倍ダメージを食らうことになる。もちろんわざわざ警告しなくともレインはよく分かっている。マラソンマンのところからナハトのところまで無事に辿り着けたのがその証拠だ。
となるとナハトとしてはレインより先行してヒールするための神聖術の魔法陣を作っておきたい。このゲームはスタミナ値が残っていない場合、最大速度に制限がかかるが、スタミナ値が残っている間はその限りではない。そしてナハトの足はレインより結構速い。全感覚没入型VRの良いところはどれだけ運動しても疲れないところだ。スタミナ値の縛りこそあれ、そのおかげでナハトはレインに先行できる。
「さあさあ、小銭のためにせっせと走る野郎ども。勇猛のオルレイユがやって来るぞ。レアドロップの抽選参加権が欲しけりゃツルハシを持て! 神聖術」
レインのHPはもう残り少ない。だがナハトは魔法陣を二周させる。単に射程に届いていなかったということもあるし、ここからのことを考えると強めに自分に敵意値を集めておきたかった。
「ヒール!」
光り輝く神聖術が開戦の狼煙になった。
10話くらいまでは毎日19時に投稿していく予定です。
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