案内人にはついていくな 3
デイラは焦っていた。
彼と彼の仲間は一次職のレベル30前後である。戦士3名、盗賊1名、魔法使い1名、神官1名のバランスの取れたパーティだ。最先行とまではいかなくとも、かなり早いペースでレベルを上げていると言える。
それがたった一人のプレイヤーに翻弄されている。相手が現時点でのレベルキャップであるレベル60に到達しているというのであれば、それも納得できたかも知れないが、打ち合った感触からはそうは思えなかった。
おそらくは相手もレベル30前後、にも関わらず4人からの波状攻撃を凌ぎきっている。
DECOの戦闘はプレイヤーの技術がものを言う。攻撃を当てるにしても、実際の腕を動かすように武器を振り回さなければならないし、回避するにしても自分の体を動かして回避しなければならない。上手いプレイヤーは的確に急所に攻撃を当ててクリティカルヒットを連発するし、モンスターの攻撃に合わせて回避行動を取る。
それにしたって上手すぎるだろうがよっ!
デイラは心の中で叫ぶ。デイラたちはPKではない。レベル上げにモンスターは沢山狩ってきたが、対人戦の経験はほとんどない。だがこの相手は違う。明らかに対人慣れしている。4人からの波状攻撃を凌ぎながら、反撃すら繰り出してくる。スタミナ値が無いためか、大したダメージは受けないが、そのいずれもが急所狙いでクリティカルヒットだ。
神官のメナスが神聖術で回復してくれているが、そのMPはじりじりと減っている。ジョルジュの魔法が命中すれば形勢は逆転するだろうが、DECOの魔法は当てるのが難しい上、味方への誤射がありうる。この乱戦状態では狙うのも難しいだろう。普通のモンスターなら足を止めてくれるってのにこの相手は一瞬すら動きを止めない!
実を言えば先の言、半分は嘘ではなかった。1000Gを稼ぐのにそんなに時間は必要ないとかそんな感じの言葉だ。DECOはそのシステム上、安定した稼ぎを得るのは難しい。例外があるとすれば武具の生産職だろうか。どの道具も消耗品という扱いのDECOでは、武具職人は安定した稼ぎが見込める。それに比べると戦闘職で安定した稼ぎを得るのは案外難しい。それでもレベル30前後の6人パーティでレベル上げに適正なモンスターを狩っていれば、最低でも一人につき時給で500Gほどにはなる。つまり初心者を騙くらかして案内料をふんだくるよりよほど稼げるのだ。
つまりデイラたちが初心者を拐かすのは単純に遊びだった。初心者が困って慌てふためくのを見て楽しむ、そんなちょっとした遊び。どうせ始めたばかりなのだ。キャラを消してやり直せばそれでいい。デイラたちはそんなに悪いことをしているとすら思っていない。むしろDECOの世界はそんな甘い考えじゃやっていけないと教えてあげているつもりですらいる。
だからデイラは困惑すらしていた。なぜ自分たちがこんな目に遇わなければならないのか、まったく理解できないでいた。彼らは気付けなかったのだ。狩る側が常に優位であるとは限らないということに。
「うああああああ!」
叫び声とともに意識の外から一撃を食らう。ダメージは少なかった。不意打ちだったというのに急所を狙った一撃ですらない。すぐに理解する。この敵にコバンザメのように引っ付いていたレベル1。あれが攻撃を仕掛けてきたのだ。
「無駄なことをっ!」
無視するのが正解だ。レベル1の攻撃力など知れたものだ。だが背中から斬りつけられる感触というのは不快だった。戦闘中の武器に対して衝突判定があるのは武器と盾だけだから、レベル1の攻撃でも鎧を切り裂いて背中を刃が抜けていく感触はある。鎧の防御力によって実ダメージはそれほどでもないが、感触だけは確かにあるのだ。
「ジョルジュ、ファイアボルトだ! 俺に当てても構わん! この小うるさいのをどうにかしろ!」
DECOの攻撃魔法の使用方法は弓に近い。詠唱待機時間の後に視界に生じる射線を使って打ち出す。狙いは主武器を使って定める。魔法は矢のように飛んでいき、目標、あるいは障害物に着弾する。動かない相手に当てるのは簡単だ。だが動き回る相手に当てるのは、かなりの技量を必要とする。
ジュルジュにその技量は期待できない。だが十発に一発でいい。魔法への抵抗はステータス依存だ。レベル29のジョルジュの攻撃魔法ならレベル1の相手を一撃で屠れる。一方、デイラに当たったところでHPは2割削れるかどうかと言ったところだろう。しかもメナスの神聖術で回復できる。
ぞぶり、と、刃が肉を裂く感触。目をやられた。眼球は急所判定では無い。ダメージに加算は無い。だが刃が眼球を抜けていく感触に何も感じない者はいない。デイラはとっさに手で目を覆った。意味の無い行動だ。分かっていたが、反射的だった。
喉を突かれる。構えていればショックは少ない。が、不意に喉を突かれる感触は耐えがたい。思わず後ずさる。踵が地面に引っかかり、尻餅をついた。人影が頭上を越える。それを追った目が信じられないものを目にした。剣がファイアボルトを切った。魔法は盾で受け止めることができる。同じように衝突判定のある剣でも同じ事が可能だ。可能だと聞いたことはある。理屈上は、だ。ファイアボルトの射出速度は速い。威力が低い分、速度が出るのがファイアボルトの特徴だ。盾で受け止めようとするならともかく、剣で迎撃する。しかもそれを成功させる。どんな反射神経と動体視力だ。
「行かせるな!」
「倒れてるお前が言うなっ!」
ファルス、アルド、シデンがそれぞれ敵を追いかける。敵の狙いは明確だ。後衛の排除。ジョルジュはともかくメナスが戦線を支えているのは明らかだ。回復魔法の射程の関係で後衛との距離はそれほど離れていない。せいぜい十メートル。デイラが起き上がるより早く到達される。さすがに一撃で倒されることはないだろう。しかし攻撃を受けると魔法や神聖術は詠唱待機がキャンセルされる。メナスは攻撃されている間、回復ができない。
「メナス、逃げろ!」
「だ、ダメだ。動けない。身動きが取れないっ!」
デイラはメナスの足下に一本の矢が突き立っていることに気付いた。
「影縫いだ! 狩人が潜んでるぞ!」
狩人のアビリティ<影縫い>は対象の移動を阻害する。一定時間の経過か、ダメージを受けると解除されるが、それまでの間、移動することができない。思わぬ伏兵の存在に誰もがその姿を探して足を止めた。ただひとり、メナスに迫っていた敵を除いて。
「お、おい、誰かっ!」
敵はご丁寧にもメナスの前で足を止め、スタミナを回復させる時間すら取った。そしてファルスたちが追いつく前にメナスの首を狙って一撃。メナスのHPが三割ほど削れる。意外と少ない。思っていたよりレベルが低い? しかし次の瞬間、何処かからか飛来した矢がメナスの頭に命中する。メナスのHPが一気に減り、残り三割ほどに。
「俺は狩人を押さえる。そいつをなんとかしろ!」
矢の飛んでくる方向は見えた。デイラはその方向に向けて疾走する。狩人は遠距離戦が得意だが、近距離戦にはめっぽう弱い。デイラひとりでも押さえられる。木々の向こうにフードを被って弓を構えた女の姿が見えた。
「ぬあああああああ!」
矢が放たれた瞬間、横っ飛びに避ける。同時に女は背を向けて走り出す。慌てて立ち上がり、その背を追う。次はこっちが狩る番だ。デイラはそう思った。接近してなぶり殺しにしてやる。
DECOの移動速度はステータス依存ではない。ある速度を超えると走っていると判定されてスタミナが減っていくものの、最大速度はその個人がどこまで体を上手く動かせるかによる。つまり現実世界で足が速いヤツのほうが速い。その点で言えばデイラは足の速いほうではなかった。現実世界で全力疾走したのなんて、もう何年前になるか分からない。
まるで山猫だ。とデイラは思った。先を行く女は木々がまるで邪魔にならないように駆けていく。時折こちらを振り返っては相対距離を確認する余裕すらある。スタミナが尽きる。こうなると一定速度を超えることができない。足に重りがついたようになって、強制的に減速させられるのだ。だがそれは向こうも変わらないはず。にも関わらず距離が離れていく。つまり女は強制減速がかかるギリギリの速度を感覚で捉えているのだ。どうしたって距離を詰められない。
それでも見失うほどではない。そのことがデイラをずるずると森の奥へ引っ張っていく。仲間たちから引き離されていく。分かってはいるが、ここで女を見失えば、今度は不意打ち状態からのヘッドショットがあり得る。六倍ダメージだ。戦士のデイラなら一撃死はしないかもしれない。だがそれだけだ。次が無い。デイラは女を追う他ない。
どれくらい追いかけっこを続けただろう。女が足を止めてデイラに向けて弓を構えた。避けない。体で受ける。怖いのは影縫いを食らうことだ。だが影縫いは影に当てなければ効果がない。だから飛んできた矢にあえて当たりに行く。その上でそのまま女に接近するのだ。矢が放たれ、デイラは矢に向かって当たりに行った。運良く構えた盾に矢が当たり、弾く。勝機だ、と思った。その瞬間、横から飛び出してきた刃がデイラの首を切り裂いた。不意打ちの急所狙い、六倍ダメージによってデイラのHPが半減する。
そしてデイラは気がついた。森の中を散々引っ張り回されて、挙げ句、スタート地点に戻ってきたのだと。地面には仲間たちが倒れ伏している。誰一人生き延びていない。立っているのは剣を持った男と、狩人の女、レベル1がふたりだ。
「へへ……」
変な笑いが漏れた。両手を上げてふらふらと彼らに近づいていく。
「参った。俺たちの負けだ。――とでも言うと思ったか! 戦技<ファストブレード>」
片手剣で最初に覚える戦技<ファストブレード>は出の速さが特徴だと思われがちだが、もうひとつ見逃せない効果がある。それは手にしている剣よりいくらか射程が長いという点だ。発生するエフェクトにも当たり判定があるのである。
レベル1だけでもハネネイに死に戻りさせる!
しかしその悪あがきの剣筋より速く、男の剣がデイラの首を狩った。それは戦技でもなんでもないただの通常攻撃。ファストブレードに割り込めるのだとすれば、デイラがファストブレードを使うことをあらかじめ予測して攻撃を開始していたと考える他ない。
クソがっ! その顔、忘れねぇからな!
死亡状態の真っ暗闇の中でデイラは男の顔を深く心に刻み込んだ。
10話くらいまでは毎日19時に投稿していく予定です。
少しでも興味を持っていただけたならよろしくお願い致します。
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