DECOだからってなにしても許されると思うなよ 9
野営地が燃えていく。
その光景をデイラは見張り台で呆然と眺めていることしかできなかった。来訪者による夜襲があるかも知れないとは思っていたし、将官にも伝えてあった。夜行性の魔族が夜警に立っていたはずで、そのお陰でいち早く警告のラッパは鳴ったし、後は目覚めた魔族たちによって来訪者は八つ裂きになる、はずだった。実際、野営地に深入りしたらしき来訪者はほとんどが倒されたようだ。ほとんどの場合、炎の蹂躙は野営地の途中で止まっている。だがデクスタント北門攻略にこの地に残った5000の魔族を突破して炎の一筆を残した来訪者がいる。来訪者のはずだ。こんな決死の作戦にNPCを送り出すようなことを、普通の来訪者は良しとはしないからだ。こんなことは起こりえない。だが現実は悪夢よりなお悪かった。いるのだ。数百の魔族の敵意値を取ってなお生き残れる。そんな来訪者が。
「どうする?」
見張り台に共に立っていた魔族がデイラにそう尋ねた。一般の来訪者にはあまり知られていないことだが、魔族の中にはNMと呼ばれる個体で無くともNPCと同等のAIを持っている者がいる。
「グ・ラ・ラザンに進言する」
選択肢は他に無い。倒した来訪者たちもデクスタントのログインチューブで復活して再び夜襲を仕掛けてくるだろう。来訪者には睡眠を取らないことの弱体化は無い。そもそも全感覚没入型VRはダイブ中に眠るとセーフティが発動して自動的にログアウトされてしまうからだ。これはゲームの仕様ではなく、全感覚没入型VR自体の仕様である。
「閣下を付けろよ。来訪者。しかし考えただけでゾッとするぜ」
「俺は来訪者だからな。蘇生掛けてもらえりゃ幸運だ」
「閣下の前じゃ死なないってのも呪いに聞こえてくるぜ」
「殺されて、蘇生されて、もう一回殺されるくらいは覚悟しとかなきゃな」
グ・ラ・ラザンは魔族のNMだ。デクスタント攻略の指揮官でもある。性格は今更説明する必要があるだろうか? ここまでの会話で理解してもらいたい。それでも南門攻略軍と合わせて魔族1万の指揮官はグ・ラ・ラザンだ。ただでさえデクスタントの攻略に手こずり、フラストレーションが溜まっているところにこの夜襲だ。機嫌が良いはずがない。
デイラは見張り台を降り、グ・ラ・ラザンの寝所に向かった。
一際大きい天幕は敵からすれば格好の標的になるはずだったが、今のところまだ無事だ。見張りの魔族にデイラは告げる。
「グ・ラ・ラザンに話がある」
「そこで待っていろ。来訪者」
「構わん。入れろ」
デイラが天幕に入ると、そこには魔族の死体が転がっていた。先に報告に来た誰かだろう。それを斬り殺して少しは溜飲が下がった後であったようだ。デイラは自分の幸運に感謝した。
「貴様の言う通りになったな。デイラよ」
「つまりデクスタントは追い詰められてるってことだ。領軍が来るならともかく、それも望めない今、デクスタントの住民は脱出するしか道が無い。これはその布石だな。だが、何もかも想定通りってわけじゃない」
「分かっている。たかが来訪者一人殺すのに手こずっているとは。貴様の話では来訪者の強さは我が軍の一般兵程度ではなかったか?」
「そのはずだ。それ以上に強くなる方法なんてないはずだ」
来訪者にはまだ一次職までしか解放されていない。よってレベル上限は60だ。魔族軍の一般兵のレベルが60だから、強さは対等なはずだ。だがどんなところにも規格外というものは存在する。デイラの脳裏をとあるプレイヤーの顔が過った。
「いや、まさかな。そんな偶然……」
「思うところがあるなら話せ」
「腕のいい来訪者もいるってことだ。つまり戦い方の上手い来訪者が」
「なるほど。火攻めも確かに戦上手だと言えるだろう。我々は考えもしなかった。数で押せばいずれ勝てると思っていたからな」
「数は正義だよ。大将。いくら一人抜きん出た実力があったところで戦では押しつぶされる……はずだ」
「だが現実として我々は一人の来訪者に振り回されておる。他の来訪者もすぐに戻ってくるであろう。来訪者は殺しても死なん。まったく厄介な話だ」
「大丈夫だ。睡眠不足で弱っても数では圧倒的に勝ってる。これまで通りのやり方でデクスタントは落ちる。それは間違いない。それにその来訪者、火を付けるだけで後は逃げ回ってるんじゃないのか? こちらに犠牲者は出てない。だろう?」
グ・ラ・ラザンが斬り殺した魔族を除いては。
「今のところ犠牲者が出たという報告は無い」
死体を前にグ・ラ・ラザンは言う。デイラは苦笑いを堪えられなかった。
「これはただの嫌がらせだ。相手が思ってる以上に被害がでかいが、相手は嫌がらせ以上の意図は無いはずだ。だから俺たちは今まで通りにデクスタントを攻める。動揺を悟らせない。それが一番だぜ」
「だがやられっぱなしというわけにもいくまい。兵を出して門を攻撃する。出口を塞いでしまえば不死身の来訪者と言えど、こちらの陣地に手は出せまい」
「こちらの犠牲も増えると思うが、まあ、アンタは気にはしないよな」
確かにこのまま手をこまねいていても、魔族軍は疲弊していくだけだ。グ・ラ・ラザンの考えは悪いものでも無い。
「それじゃ俺は自由にやらせてもらうぞ」
「構わん。もとより来訪者を御せるとは思っていない」
グ・ラ・ラザンはそう言って低くうなり声を上げる。それが彼の笑い方なのだ。
デイラはグ・ラ・ラザンの寝所を後にすると、デクスタントの町が見える場所まで歩を進めた。デイラは来訪者だ。にも関わらず魔族に与するのには理由がある。まず第一に彼がPKであること。かつてはそうではなかったが、ある出来事をきっかけに彼はPKとしてのプレイを始めた。そして失敗した。NPCに現場を見られ、犯罪来訪者となってしまったのだ。こうなっては服役をこなさなければ人類側の施設を利用できなくなる。町に入ろうにも衛兵に見つかると捕縛されてしまうのだ。そこでデイラは魔族側に取り入ることに決めた。魔族が犯罪来訪者を迎え入れることは、すでに別の来訪者によって明らかになっており、一般的にはそうなることを魔族落ちと呼ぶ。
デメリットが多そうだが、意外にそうでもない。絶望の壁にもログインチューブは用意されており、魔族落ちしたプレイヤーはそこからログインや復活ができる。絶望の壁には魔族の商人や職人もおり、便利さは領都とさほど変わりはない。魔族を倒してレベル上げはできなくなるが、人類側のNPCを倒してレベルを上げることができる。人間の交易商を襲って根こそぎ商品を奪うようなプレイは、魔族落ちしなければ難しいと言えるだろう。
そして魔族の大侵攻が始まったときに犯罪来訪者たちが考えたのは、魔族の侵攻に同行して町の資材を略奪することだった。デイラもそのひとりである。他の犯罪来訪者たちはもっと先の町への略奪に行ってしまったので、デクスタント攻略軍に残っているのはデイラだけだ。つまりお宝を独り占めできるということである。来訪者による抵抗もあったが、彼自身が語ったとおり、最後の悪あがきに過ぎないし、デイラとしてはNPCが逃げ出しても別に良いのだ。金目のものが町に残っていればそれでいい。
かがり火に照らされた町を見下ろしてデイラはほくそ笑んだ。
最後に美味しいところを持っていくのは自分だと、そう思って。
今日は余裕で更新できるだろうと思っていたら、ところがどっこい。ギリギリでした。
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