案内人にはついていくな 2
アカネが3000Gを稼ぐのに、リアルで三日が必要だった。思っていたほどプレイヤーに焼き魚が売れなかったのが主な要因だ。ハネネイの周辺でレベル上げをするプレイヤーは一定数いるのだが、彼らは彼らで狩った獲物の肉を焼いて食う。わざわざ金を出して焼き魚を買うのは、たまには魚を食べたいという気分になったプレイヤーくらいのものだった。プレイヤーに売れなかった分の焼き魚はNPCに売る。
焼き魚を売って稼いだ金で餌を買ってまた釣りだ。
それをただただ繰り返し、ついに手持ち資金が3000Gを超えた。
「ナハトさん! 3000G超えました!」
「そりゃちょうど良かった。すぐにでも出発するか?」
「それは願ったり叶ったりですけど、ちょうどというのは?」
「こっちの都合だ。ハネネイでの釣りも飽きてきたところだしな」
「もしかして付き合わせちゃいました?」
「まさか。元々の予定通りだよ」
そう言ってナハトは釣り竿を仕舞う。装備が変わり、革鎧に腰に長剣と盾、弓を背負っている。釣りバカにしか見えなかったのに、装備が変わると歴戦の戦士に見えるから不思議なものだ。アカネも慌てて装備を変更した。と言っても釣り竿を初期装備の剣に変えるだけだ。盾すら無い。
「急ごうか。今なら日が落ちる前に辿り着ける」
「分かりました」
ナハトに付いてアカネはハネネイの町の門を潜る。一度だけ振り返った。終わってみれば悪い思い出ばかりでもない気がしてくるのが不思議なものだ。
「すぐに戻ってくるから」
「適正レベルで、な。道中で死んだら即戻ってくることを忘れるな」
「気をつけます」
ハネネイの町を出たナハトは東に向かう。アカネの記憶にあるのとは違う方向だ。
「あの、こっちじゃないんですか?」
「俺の都合で悪いが、今回はこっちだ。別に自分のスタート地点に思い入れがあるわけじゃないだろ。それともおまえが先導するか?」
「お任せします」
わずかに不安を感じなかったわけでない。だがナハトがアカネを騙すつもりだったとするにはあまりにも手が込みすぎている。ナハトは護衛料すらまだ受け取っていないのだ。あいつらと同じ愉快犯ということもあり得るが、アカネはその考えを否定した。どちらにしても3000Gで誰かに護衛を頼むしかないのだ。であれば活路を与えてくれたナハトに頼みたい。
道中は順調に進んだ。戦闘は幾度か発生したが、ナハトが危なげなく倒していった。
そして三十分ほど過ぎた頃だ。森の中で前方から一組のパーティがやってきた。その顔ぶれを見た瞬間、アカネは思わず声を上げてしまう。
それで向こうもアカネたちに気がついた。
「おう、見覚えのある顔だと思ったら、……名前はなんだったかな? レベル上げは順調か?」
「順調か、だって! 人のことを騙しておいて!」
そこでアカネは相手のパーティに見覚えの無い顔が混じっていることに気付く。この場所に似つかわしくない初期装備のプレイヤーだ。
「あんたら、また!」
「なんのことか分かんねーな。俺らは観光案内してんの。ほらほら、さっさと先に進んだほうがいいんじゃねーか?」
「放っておけ。行くぞ」
「でも、ナハトさん!」
自分と同じ目に遇わされようとしている人が目の前にいて、それを見過ごすことはアカネには難しい。
「言葉でどうにかなるような輩じゃない」
アカネは歯を噛みしめた。胸の内から湧き出るその感情を抑え込むため、ではなく、味わうために。辛酸を舐めた。いま目の前の犠牲者を見逃せば、ずっとこの味が忘れられないだろう。
「そこのあんた! そいつらは初心者を危険な場所まで連れて行ってそこで復活ポイントを設定させる愉快犯どもだよ。今すぐ逃げて元の町に死に戻りするんだ!」
「え、う、嘘ですよね」
その初心者は疑いつつも、連中のほうに確認を取る。アカネの時と同じならば先に金を支払っているはずだ。金を払った以上、対価を失うのを惜しむのは当然の感情だ。
「もちろん言いがかりだ。そんなことをして俺たちに何の得がある? 1000Gぽっち稼ぐのにそんなに時間はかかんないんだぜ」
「それも嘘だ!」
釣りで3000G稼いだからアカネには初期1000Gの価値が分かる。釣り具と餌を恵んでもらってさえ、3000G稼ぐのにリアル三日が必要だったのだ。初心者を騙してハネネイまで連れて行くだけで1000Gというのは、連中にとっては良い稼ぎに違いない。
「ウザいヤツめ。見逃してやろうかと思ったが、気が変わった。ハネネイまで死に戻りしな」
連中の一人が剣を抜いて斬りかかってくる。まったく馬鹿なことをしたものだ。と、アカネは苦笑する。これで3000Gがパァだ。それどころかナハトにまで迷惑をかけてしまった。
DECOでは死ぬとほとんどの所持品は死体とともにその場に残る。アカネの場合は初期装備は落とさない属性であるため残るが、ナハトに貰った釣り竿などはドロップする対象のため、事実上失う。ナハトの場合は持っている装備品をほとんど失うだろう。
斬りかかられて次の瞬間には死体になっているだろうと思ったら、そうではなかった。男とアカネの間にナハトが割り込んで、その剣を受け流したからだ。
「邪魔せず逃げるなら見逃してやろうと思ったがな」
「護衛依頼の途中だ。護衛対象を守るのは当然だ」
「いい意気だ。先に逝きなっ!」
ナハトと男たちの戦いが始まる。剣と剣がぶつかり合い、火花を散らす。DECOの戦闘は今のところそれほどテンポが速くない。システムが攻撃力を決定する際に、スタミナの残量が参照されるからだ。スタミナが減っている状態からの攻撃は、それだけ攻撃力が減算される。それ故にプレイヤーはスタミナの回復を待って攻撃、攻撃した後はスタミナを回復させるためにじっとする、ということになる。激しい連続攻撃は見た目は派手かも知れないが、威力は低くなる。
とは言えど1対6である。ナハトにめまぐるしく攻撃が振るわれる。その攻撃をナハトは盾で受け、剣で受け流し、ただの一度も食らわない。ナハトのHPが最大値から微動だにしないのは、彼が完全に敵の攻撃を見切っている証拠だ。しかし反撃に移れるほど余裕があるわけでもない。盾によるガードや、剣を使って受け流す行動でもスタミナを消耗するからだ。ひっきりなしに攻撃を受けて、ナハトのスタミナはずっと0付近で推移している。
なにか状況を覆す一手が必要だ。実力は連中よりナハトのほうが上で間違いないが、今のままではナハトの集中力が切れた瞬間に、滅多打ちだ。なにか、なにか、なにか――。
10話くらいまでは毎日19時に投稿していく予定です。
少しでも興味を持っていただけたならよろしくお願い致します。
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