DECOだからってなにしても許されると思うなよ 8
月明かりのある夜だった。
隠密行動には適していないと思うかも知れないが、狩人のアビリティ“ハイディング”は効果時間中、野外に限り敵からの視覚発見を防ぐことができる。巨大蝙蝠のような視覚以外の情報で敵を察知している敵には有効では無いが、魔族には効果的だ。
デクスタントの北門に集まった来訪者たちは、夜の見張りについた衛兵に軽く手を上げて町の外へと散っていく。ナハトとアカネもそんな来訪者だった。
デクスタントの周辺は辺境では珍しく木々の少ない丘陵地帯になっている。身を潜める場所が少ない。稜線を越えたその向こうに魔族の大軍が控えていてもおかしくない。というか、確実に控えているのだ。なぜ丘の上では無く下に町を作ったのか問い詰めたいが、DECシリーズでNPCが自ら開拓を行う場合、水場の近くを選ぶことが多い。NPCも水を消費するため、川の近くのほうがなにかと便利だからだ。
ナハトとアカネは丘を登り切らずに手前で待機した。狩人の来訪者がハイディングを使用して丘の向こうへ消えていく。
「いいか、アカネ、戦おうと思うな。とにかく火を付けて回るんだ」
「その話三度目です。分かってます」
ナハトが繰り返すのはアカネが落ち着いていないように見えるからだ。彼女には感情的で猪突猛進なところがある。いま必要とされている冷静に計算高い、というのとは真逆の性質だ。だがそれでもナハトはアカネを連れてくることを選んだ。戦闘面で信用しているということもある。だが一番の理由は楽しいからだ。この何をしでかすか分からないびっくり箱みたいな女の子をナハトはナハトなりに気に入っている。でなければリアルの連絡先を教えたりはしない。
不意にラッパの音が遠く聞こえてきた。遅れて狼煙のように黒煙が何筋か夜空に向かって伸びていくのが見える。
「行くぞ。アカネ」
「はい。ナハトさん」
ナハトは火打ち石を使ってアカネの松明に火を付けると、それで自分の松明に火を移した。二人は松明を手に丘を上がっていく。果たして稜線の向こうに見えたのは無数の天幕と、慌てて駆け回る魔族たちの姿だった。その数は数千くらいだろうか。思っていた最悪よりはずっと少ない。それでも今夜打って出た来訪者は北門組が60名ほどだ。戦力差はあまりにも大きい。
「天幕を狙え!」
ナハト自身近くの天幕に松明を押し当て燃え移らせる。防水のために獣脂を塗り込められたという設定でもあるのかと思うほど天幕は勢いよく燃え上がった。DECOのシステム上可燃物と設定されているものは火を近づけるだけで燃焼する。
魔族たちは装備品を探して駆け回っていた。どうやら武具を装備したまま寝るような習慣は無いようだ。朗報だと言える。
ナハトは次々と天幕を燃え上がらせながら魔族の野営地の奥に踏み込んでいく。アカネには魔族が天幕を使って野営していた場合は、外周の天幕を狙うように言い含めてある。三回くらいは言ったはずだ。アカネとは離れたことを確認してナハトは右手で持っていた松明を左手に持ち替える。魔族の武器が立てかけられているところから長剣を拝借する。
DECOの敵は傷を負ったからと言って怯みはしない。敵意値がある限り、その相手を死ぬまで攻撃し続ける。しかし敵意値は揮発する。通常、戦闘していれば敵意値が揮発し切るようなことはないが、逃げ回っている場合は別だ。ある一定以上、敵を引き離せば敵意値は揮発し切って、敵は通常の行動へと戻る。この要素のお陰で敵陣に突っ込んだとしても、敵意値を取った敵がナハトを永遠に追いかけ続けるようなことはない。武器は取ったが、使わないのが正解だ。
魔族は組織だった行動が取れていない。ナハトの存在に気付き、攻撃してくる敵もいるが、剣で攻撃をいなして駆け抜ける。ダメージを与えなければ敵意値の揮発は早い。
ナハトの狙いは街道上の天幕の一掃だ。
いざ脱出の時になって、敵陣が道を塞いでいたら馬車が進めなくなる恐れがある。この辺りは丘陵地帯なので、道を外れても馬車は走れるかもしれないが、その辺の判定がどうなるのか今のところ来訪者たちには未知の領域だ。
なお一度街道上の天幕を焼き払ったとしても翌日には張り直される可能性があるので、ナハトはこの考えのことは誰にも話していない。無駄足になる可能性がある程度あったからだ。
だがDECOがDECシリーズであるというのなら、敵の持つリソースにも必ず限りはあるはずだ。絶望の壁以南からの補給という要素はあるだろうが、今この場にある資材は限られている。その点においてナハトはDECOの運営を信用すらしていた。
炎の航跡を残してナハトは征く。月明かりに煌めく刃を躱し、打ち払い、より敵陣の深くへと。
釣り馬鹿だと一般的に認識されているナハトではあるが、彼はゲームにおける他の要素を楽しまないわけではない。大規模会戦を一兵卒として経験するというのはDECシリーズではよくある出来事だ。そしてナハトはこういうイベントが結構好きである。直接切った張ったするのも楽しいし、裏方として従事するのも嫌いではない。オフラインゲームだったこれまでのDECシリーズだと、割りとプレイヤーの行動が戦局を左右するのだが、オンラインゲームであるDECOでそれを行うのは至難の業だろう。それが楽しい。ゲームバランスとして無理と設定されている壁であるからこそぶつかりたくなるというゲーマーは一定数いるのである。
そしてナハトは駆け抜けた。抜けてしまった。敵陣の向こう側へと。振り返れば敵陣は真っ赤に燃え上がっている。そしてナハトを追いかけてくる多数の魔族たちが見える。
「うーん、これくらいなら何往復かできる、かな?」
ナハトにしてみれば5,6匹の魔族が連携して襲ってくるほうがよほど怖いという感想だった。混乱した敵陣で浮き足立った敵が散発的に仕掛けてくる攻撃など、無手でもなんとかできるという自信がある。
「まあ、スキル上げスキル上げ」
戦技はその武器のスキルを上げないと習得できないので、来訪者は通常レベル上げとは別にスキル上げを行う必要がある。その点、ナハトはほとんどスキル上げを行っていないので、長剣の戦技をレベル相応な程度に覚えていない。せっかくなのでここでスキル上げを兼ねるか、というのがナハトの判断である。
『ナハトさぁん、死にました』
『戻ってゾンビな』
『ひぇぇ』
アカネに冷酷無比な命令を下して、ナハトは駆け出した。再び敵陣へと、炎をまき散らすために。
ついに書き上がったのが18時50分とかになってしまった。ギリギリすぎぃ。
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