DECOだからってなにしても許されると思うなよ 5
DECO内での一日はリアルではおよそ2時間半だ。2時間半で太陽が昇り沈みまた登るという忙しないスケジュールで動いている。そしてNPCは2時間半の間に30分前後の睡眠時間を必要とする。つまり衛兵はずっと戦い続けることはできない。多少の無理は利くが、睡眠を取らなければステータスに弱体化がかかってしまう。各町にはある程度余裕を持った数の衛兵がいるが、休み無しに戦い続けられるほどではない。
幸いだったのは魔族も同様であるらしく、DECO内で日が沈むと魔族は波が引くように後退していった。衛兵たちも最低限の見張りと交代し、休息を取りに下がっていく。
だが来訪者たちは休めない。残っている死体からルートし、装備品を修理し、消耗品の補充をする。日本人時間になったが、その分他の地域の来訪者が減って、来訪者の総数はそれほど変わらない。そもそも数少ないカンスト勢を除いて、戦闘職の来訪者がそれほど役に立っているとは言えない。肉盾がせいぜいだ。
アカネ自身も何度かの死を経験した。ナハトに買ってもらった装備品もすべて失い、死体からルートできる装備に入れ替わった。剣だろうが、斧だろうが、槍だろうが、あればそれを使った。スキル値が足りていなくて戦技を使えないものも多かったし、レベル41戦士の攻撃力では有力なダメージソースになれているとはとても言えないが、それでも肉盾としてくらいは役に立っている、と思いたい。
お手洗いに行くために一度ログアウトすると母親から夕食を食べに来なかったことを怒られる。謝って夕食をかっ込んで、その食べ方にまた怒られて、それでもアカネは再びDECOに舞い戻った。
日が昇り戦闘が再開している。
「行かなくちゃ……」
「ちょっと待った、お嬢ちゃん」
アカネに声がかかる。振り返ると知らない男性だった。
「なんですか?」
「さっきも突撃班に参加しているのを見たけど、カンストしてないだろ。後方支援に回ってくれないか?」
「でも私、戦闘技能以外はからっきしで」
「運搬でもなんでもいいから。正直に言っちゃうとさ。邪魔なんだ。君が早く死ぬ分、戦線の崩壊の危険が高まる」
「そんな……」
良かれと思ってやっていたことなのに、邪魔だったというのか。
「それじゃ俺は行くから。突撃班には参加するなよな」
男性はそう言って行ってしまう。後に残されたアカネは呆然と立ち尽くした。辺りには他にも立ち尽くしている来訪者が何人かいる。アカネと同様にカンストしていない人たちなのだろう。
「まあ、今のヤツの言うことも一理ある」
「ナハトさん!」
いつの間にかナハトがアカネの近くに立っていた。装備品がしっかりしているところを見るに、まだ前線に参加したことはないようだ。
「私、邪魔だったんでしょうか?」
「そうかも知れない。敵のレベルは60くらいなんだろ。カンストとは言わないけど、レベル50は欲しいところだな」
「そう、ですか……」
ならばさっきの男性が言うように運搬に従事するべきなのだろう。それだって大事な役割だ。アカネにもそれくらいのことは分かる。
「でも見りゃ分かるぞ。頑張ったな。アカネ」
ナハトの手がアカネの頭に置かれて、ゆっくりと頭を撫でた。
「というわけで、だ。レベル50に達してない来訪者諸君。俺たちは釣りをするぞ」
ナハトは唐突に周りの来訪者に向けてそう発言する。一同は同じようにきょとんとした顔をした。
「釣り、ですか?」
「そう、釣りだ。重要な任務だ」
「ちょっと、意味が」
「この町、そのうち食料が尽きる。前線は衛兵に任せておいても耐えられるという話だが、それだって食料があればの話だ。食料が尽きて弱体化が付くとそうも言ってられなくなる。かと言って食料が外から運び込まれることはない。となると町の中にある食材でなんとか凌がなければならなくなるわけだが、料理って結構食材の消費が激しい。小麦粉1に対して1食分ができるかというとそうでもない。他の食材も消費するしな。その点、釣りはどうだ? 小麦粉1に対してできる餌は基本33個だ。まあ他のアイテムも消費するが、食材じゃないし、無限ではないけど補給がなくとも補充される系のアイテムだ。そして釣れた魚は1匹につき1食分になる。小麦粉1に対して33食分の食料が手に入るって寸法だ。どうだ。お得だろう? 他の作業をやるよりはずっと役に立てるぞ」
DECOでは来訪者もNPCも食事を必要とする。今この町にいる総人口を考えると、消費される食料の量も膨大になるだろう。
「簡単な釣り竿ならスキル無しでも材料さえあれば合成できる。簡単な餌も同様だ。レシピは教えるから、やりたいヤツはついてこい」
そういうわけでアカネとナハトと何人かの来訪者は釣りを始めることになった。デクスタントは町の中に水路があるので釣り場には困らない。フナが簡単にかかる。そうこうしているうちに事情を聞いて釣りを始める非カンスト勢の来訪者は増えていき、その数は数十人になった。そのほとんどが釣り初心者だったが、ゲーマーではあるので、ゲーム的なDECOの釣りにはすぐに順応していった。
そんなことをしているとあっという間に深夜を過ぎ、アカネとナハトはそろそろログアウトしなければならない時間になった。
「それじゃ俺は落ちるけど後からログインしてきたプレイヤーにも周知しておいてくれ」
「任せておけ。最低でも衛兵の分の食料は尽きさせないからよ」
そうしてナハトがログアウトしようとする。そこでアカネはハッと気付いた。ナハトにウィスパーを飛ばす。
『ナハトさん、リアルでも連絡取れるようにしておきたいんですけど』
『SNS見られるのはちょっと嫌だなあ。メッセージアプリのID教えるからそれでいい?』
『はい。お願いします』
ナハトが言ったIDを頭に刻み込んでアカネもログアウトする。すぐにPAでそのアプリのIDを登録すると、相手からも承認された。メッセージアプリ上に新しい名前が現れる。
三津崎秋夜という名前のアカウントだ。
「どう見ても本名じゃん!」
最初に会ったときに本名じゃないよな?とか聞いてきた人のアカウントとは思えない。ちなみにアカネのアカウント名は“ゆっひー”になっている。
【ナハトさん、ですよね。アカネです。よろしくお願いします】
【こちらこそよろしく。それじゃおやすみ】
【はい、おやすみなさい。ナハトさん】
その晩、アカネはPAを抱きしめて眠りについた。緩んだ顔は幸い誰にも見られなかった。
着実に距離が縮まってきてますね。別にアカネがヒロインってつもりではなかったのですが。
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