DECOだからってなにしても許されると思うなよ 3
絶望の壁と呼ばれる長城がある。辺境の南端に魔族が築いた城壁だ。DECOにおけるマップの南端という言い方もできるだろう。これに対し来訪者は登攀を試みることはできる。だが城壁は高く、カンスト勢でも登り切るにはスタミナが足りない。登攀はスタミナを使う行動なので、スタミナが切れるとそれ以上壁面に捕まっていることができなくなる。これはシステム上の制約だ。制作者は今のところ絶望の壁を登攀で越えさせるつもりはない。
問い、正々堂々と城門を攻めるとどうなるのか。
答え、数とレベルで蹂躙される。
絶望の壁に詰める魔族の軍勢はその数、数万とも数十万とも言われている。そしてその軍勢のレベルは70から80と推測されている。来訪者の最大レベルが60である現在、絶望の壁はその名前の通り来訪者を拒絶する。
だが絶望の壁付近を訪れる来訪者は決して少なくはない。絶望の壁に詰める魔族の本陣はともかく、そこから斥候に出てくる魔族はレベルが50から60というところで、カンストちょっと手前までレベルを上げるにはちょうどいいからだ。なお、カンストを目指すときはベルグリン山脈が利用される事が多い。
そんなわけでレベル45の狩人であるアゼルは野良で集まったレベル上げパーティで絶望の壁付近にやってきていた。道中でした打ち合わせの最終確認を取って、アゼルはMOBを釣りにパーティから離れた。狩人のアビリティには野外で身を潜めるものや、敵を発見しやすくなるものがあり、遠隔攻撃手段である弓矢を装備していることもあって釣り役に適している。この場合の釣りとは、ちょうどいいレベルっぽい敵MOBを見つけ、何らかの手段で敵意値を取って味方の待ち受けている場所まで引っ張っていく行為のことだ。なのでアゼルは釣り役というよりは餌役であるが、DECOではこういう役目のことを釣り役と言う。
アゼルは別の職業で絶望の壁でのレベル上げは経験しているが、狩人では初めてだ。ここで釣り役をするのもそうだった。だからだろうか。非敵対的なMOBは見かけるが、魔族の姿が見つからない。他のレベル上げパーティが近くにいて、魔族を狩っている可能性もある。魔族の姿を探してアゼルはずるずると森の中を絶望の壁に近づいて行った。そちらの方が魔族の出現数が多そうだったからだ。やがて森が切り開かれて平野になった。絶望の壁が見える。そこでアゼルは思わぬものを見ることになった。慌ててパーティのところに戻る。
「すまん。敵は連れてきてない」
さっと戦闘態勢を取ったパーティメンバーにまず謝る。
「それよりも質問なんだが、絶望の壁ってこちら側に魔族の軍勢が並んでたっけ?」
「いや、聞いたことないな」
「門の中には唸るほどいるって話だけど、外には斥候しかいないんじゃなかった?」
「俺もそんな感じだと思ってた」
「前にここで釣りやったことあるけど、別にそんなことはなかったな」
「それがいるんだよ。軍勢が。パッと見えただけでも数千はいそうだった。見える範囲に全部軍勢が並んでる感じで。野球のスタジアムって観客5万人くらいだっけ? あんな感じ」
アゼルの話を疑い半分で聞いていたパーティメンバーもだんだんアゼルが嘘を言っていないことが分かってきたのか、顔色が悪くなってくる。
「おいおいおい、まさかイベントか?」
「軍勢のレベルは分かったか?」
「装備がカンスト勢で見たことある感じだったから60からってところじゃないかと思うんだが。一体釣って様子を見たいところだけど、そんなことができる感じじゃなかったな。びっしり集合してて、一体釣ったら全部来るぞ」
「疑うわけじゃないが、自分の目で確認したいな。本当だったらレベル上げどころじゃない。皆はどう思う?」
「俺はそれでいいぞ」
他のパーティメンバーも同意する。アゼルが言ったことが本当ならどちらにしてもレベル上げをしていられる状況ではないからだ。一行はアゼルの先導に従って森の中を移動し、絶望の壁が見える辺りまでやってきた。
そこには絶望の壁を背に無数の魔族が整列している。ラッパかホラ貝でも吹き鳴らされれば今にも前進してきそうだ。
「マジだな。どう思う。攻めてくると思うか?」
「リアルならともかく、いや、リアルでも国境線にこれだけ軍隊集めりゃもう有事だろ」
「ログアウトして掲示板なりSNSなりで警告したほうがいいかもな」
「とりあえずスクリーンショットは撮っておくか」
「とりあえず最低でも1人は今すぐログアウトしてリアルで警告したあと、ウォルテナーにログインしなおしてギルドに報告したほうがいい。領都に帰還ポイント設定したままなんて都合のいい話はないよな?」
「ないな」
一同は首を横に振る。
「逆に最低でも1人はこの場に残って連中が動き出すまで監視しておきたい。動き出したらその情報をリアルとウォルテナーに報告。それまではフレンドに状況報告して、それぞれのいる町のNPCに情報伝達してもらおう。まず誰が最初にログアウトするかだけど」
「それなら俺が落ちるわ。掲示板も勝手は分かるし、SNSのフォロワーはそんな多い方じゃないけど、タグ付けてスクリーンショット投稿しとく。けど掲示板で書き逃げしてもそんな信用されないだろうから、もう1人ウォルテナーへの報告だけでも頼みたい」
「じゃあ自分かな。魔法使いが残ってても仕方ないと思うし。まあ誰でも一緒だけど。名声値は多分高い方だよ。NPCの信用は得られてると思う」
DECOはゲーム内でゲーム外の情報には基本的にアクセスできない仕様だ。PAと同期させて通知を表示させるくらいはできるが、電話が掛かってきたことが分かっても、DECOをプレイ中は電話に出ることはできないし、もちろんSNSや掲示板に書き込むこともできない。それらの行為をするためには一度VRロビーにまで戻る必要がある。
「じゃあ盗賊さんと、魔法使いさんがログアウトするってことで、伝達は頼んだ。俺たちはフレンドにウィスパー飛ばそう」
盗賊と魔法使いが待機時間後にログアウトしていき、それを見送った一行はオンラインのフレンドにウィスパーを送り始めた。それらの作業を始めてしばらく経ったが、どうやらNPCの反応はあまり芳しくないようだ。ゲーム的仕様によってNPCにスクリーンショットを提示できない以上、魔族の軍勢が集結しているというのは伝聞でしかない。ウィスパーを聞いたフレンドたち自体が半信半疑なのも良くないだろう。フレンドたちから返ってきたウィスパーによると、NPCたちは自分たちで斥候を出すなりして情報収集する構えのようだった。
「どう思う?」
「レベル60の魔族が5万いるとして、領軍が動き出すのが遅れればウォルテナーは確実に落ちるな。いや、今すぐ動いたとしても怪しい」
「そもそも領都にだって5万もいないぞ。NPC。いや、衛兵はレベル60の相手なら無双できるくらいレベル高いって言われてるけど」
「DECOの戦闘システムだと数は暴力だからな。普段それで格上ボコって経験値稼いでる俺たちが言うんだから間違いない」
「ブリーチングタワーとか見えないから、城壁は越えてこないんじゃないかと思うんだが」
「ぶりーちんぐなに?」
「ブリーチングタワー。映画とかで見たことない? 城壁に取り付くために車輪のついた塔を押して運んでいくの。あったとしても間に森があるから運べないと思う。現地で木材伐採して合成してくる可能性もあるけど」
「へぇ、見たことないな。ハシゴじゃダメなん?」
「上に弓や槍持った兵士が待ち受けてるところにハシゴで登っていきたいか?」
「DECO的には攻撃は肉体透過するからダメージさえ覚悟すれば一気に登れるような気がする」
「そりゃ復活できる俺たちならそうだが、NPCは復活できないからな。……あ、魔族はそういうわけでもないのか。無限にリポップするもんな。やべえ、ハシゴなんか簡単に合成できるんじゃね?」
「ウォルテナーが落ちたとして、ウォルテナーに帰還ポイント設定してる人はどうなるんだろう?」
「分からん。過去に例が無いからな。このイベントがAI主導か、運営主導かは分からんけど、流石にプレイヤー詰ますようなことはしないだろ。DECOのマップの広さを考えたら5万の軍勢で全体を占領するなんて無理だしな。まあ、攻め込まれても領都には届かないだろ」
「5万ってのもなんとなく見える範囲の話だけどね。2倍、いやもっといてもおかしくない」
「流石に領都落とすようなことはせんだろ」
「でもDECOだからな」
「あり得るような気がしてきたな」
一同が顔を見合わせたその時、高らかにラッパのような音が鳴り響き、魔族の軍勢がその一歩目を踏み出した。辺境への魔族の侵攻がついに始まったのだ。
ちりんちりんちりん!
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