イベントは早い者勝ち 4
ベルグリン山脈はDECOで現在実装されているフィールドの中でもっとも難易度が高いエリアのひとつだ。険しい山肌と、レベルの高いMOBによって、来訪者を拒絶している。領都からも遠く、普段は来訪者の数は少ない。だがクリスティーナを攫った飛竜が飛び去ったのはベルグリン山脈の方角だった。来訪者たちは協力してマップを埋めていき、ついに残ったのはベルグリン山脈だけとなった。そして今ベルグリン山脈には数千のカンスト来訪者が挑戦している。
リックと仲間もそんなカンストパーティのひとつだ。固定パーティではない。今回のイベントのために組んだ野良パーティだ。彼らは山脈の中腹で横穴を見つけ、恐る恐るその中に足を踏み入れた。穴の大きさからして飛竜でも通れるだろう。戦闘の予感に彼らは身を引き締めた。
しかし彼らの予想とは反対に飛竜との戦闘は無く、他のモンスターも出現しない。この大きさの横穴が不自然に空いているということはあり得ないだろうから、なんらかの意味があるということは誰もが同意するところだった。雑魚モンスターの巣穴であれば、一定時間で再出現するはずだ。いきなり雑魚モンスターに囲まれるという事態も起こりうる。彼らは最大の警戒を払いながら、奥へと進んだ。
「こりゃ誰かに先を越されたかな」
「その可能性が高そうですね」
クリスティーナを連れた別パーティと遭遇した場合は報酬を求めない共闘の方針だが、向こうが戦闘を仕掛けてくる可能性もある。その場合は応戦することになっていた。
「明かりがある。誰かいるな……」
緊張が走る。友好的に接するつもりだが、相手にその気が無くては意味が無い。100万GはPKを行いたくなるのに十分な額だ。彼らは十二分に警戒して奥へと進んだ。
そしてそこで彼らが目にしたものは……。
「釣れた! 釣れましたわ!」
「おー、よくやった! ここで釣れるなら才能あるぞ」
洞窟奥の水場に二人並んで釣り竿を向ける釣り師装備の来訪者と、ドレスを着たお嬢様だった。
リックはその意味の分からない光景に目眩を覚えた。
「あんた、なにしてんの?」
「ちょっと待て、これが釣れるまで待ってくれ」
ざばぁん、と効果音とともに釣り竿が上がる。釣れたのはカエル型のモンスターだ。
「おわぁ! ヤバい! 助けて!」
リックたち一行は顔を見合わせた。別にここで見捨ててもいいのだが、それだと事情が分からない。
「報酬山分けだ。それで加勢する!」
「オッケー! オッケー! それでいいから早く!」
「<タウント>!」
挑発でモンスターのターゲットはリックに向かう。釣りで出現するモンスターは基本的にそのフィールドに生息する普通のMOBより少し弱い。飛竜戦も見据えていたリックたちにしてみれば、欠伸の出るような相手だ。さっさと倒して事情を聞くことにする。
「なるほどなあ」
聞いてみれば目にした光景から受けた衝撃に比べれば理解の及ぶ話だった。ナハトという釣りプレイヤーは珍しい魚を求めて辺境を端から端まで探索しているのだという。そして偶然この洞窟に入り込み、飛竜とも遭遇せずにクリスティーナを発見した。しかしナハトだけではクリスティーナを領都に連れて行くのは困難だ。だから捜索隊の来訪者がこの場を発見するのを釣りしながら待っていたというわけだ。
「それでモンスター釣って死にかけてたんじゃ意味ないだろ」
「普段ならモンスターのアタリは避けるんだよ。話しかけられたからつい釣っちまった」
「しかしそうなると飛竜はどうしたんですかね?」
「DECOの特定のモンスターはNPCと同じようなAIとステータスを持っていると言われているから、飢えゲージを回復しに狩りに出かけたと言う可能性もあるな」
NMや魔族系のモンスターは度々他のモンスターを狩って捕食している光景が目にされている。飛竜が食事を求めて狩りに出かけているというのは可能性としてはありえる話だった。
「それじゃ急いで出たほうがいいな。お嬢様を連れて飛竜戦はやりたくない」
「お嬢さんもそれで構わないか?」
「ええ、よろしくお願いいたします」
クリスティーナが優雅に礼をする。リックは驚いた。その流暢な動きで彼女のAIが普通のNPCより優れているのだと分かる。
「彼女は神聖術が使える。レベル41戦士の俺よりはずっと役に立つぞ」
「なんであんたが偉そうなんですかね?」
一行は洞窟を後にする。結局、飛竜と出会うことはなかった。
ベルグリン山脈から領都までは直線距離で80キロほどある。来訪者がスタミナを最大活用して走ったり歩いたりして、大体片道で12時間ほどかかる。普通なら途中の町で復活ポイントを設定してまた翌日という風に移動するのだが、クリスティーナはNPCなのでログアウトできない。また彼女を置いて全員がログアウトしてしまうという選択肢もあり得ない。
「町に立ち寄ってトイレや飯休憩を入れつつ、一気に走破するしかないか。こっちの皆は大丈夫なんだけど、ナハトさんは?」
「明日は日曜だから俺は大丈夫なんだが、お嬢さんが無理じゃないか? NPCは夜になったら寝るだろ?」
「一晩や二晩は頑張って見せますが、それ以上は……」
DECOのゲーム内時間はおおよそ現実世界の二時間半で一日だ。つまり領都まではどんなに頑張ってもゲーム内五日はかかる。
「時間を見ながら宿を取るなり野営するしかないか。まあ交代で飯休憩入れたら30分くらいすぐ過ぎるか。これ完全に夜が明けるパターンだな」
「こっちはまだ土曜の昼間だから余裕」
2117年現在、同時翻訳ツールのおかげで言語の壁というものはほとんどない。DECOのプレイヤーも国際色豊かだ。
「そこからでも深夜越えるからな。15時間くらい見といたほうがいい」
「とにかくアシリドルの町を目指そう。そこで最初の休憩だ」
一行はベルグリン山脈を下り始めた。道中では戦闘が避けられない。クリスティーナは案外有能だった。NPCとは思えない的確なタイミングで神聖術を発動させる。一方、ナハトという釣りプレイヤーは本人の申告の通り大したことはなかった。装備もレベルもリックたちに比べると二回りくらい下だ。ソロでベルグリン山脈を探索していたという事実は驚くべきだが、ハイドアンドシークが得意なプレイヤーもいないわけではない。戦士だが、たぶん盗賊のほうが性に合っているのではないだろうか。
「なあ、ナハトさん、報酬の件だが、5分じゃなくて64じゃダメか? 6人できっちり分けたいし……」
あんたあんまり役に立ってないし……とは流石に言いづらい。
「あん? 7等分じゃねーの? 山分けってそういうことだろ? いや、7等分ってできないか。割り切れないな。なんなら俺は10でいいぞ。90なら6で割れるし」
「そりゃ俺たちはありがたいが……」
「じゃ、それで決まりな。まあ、最初に来たのがあんたらみたいなパーティで良かったよ」
「それはどういう?」
「お、アシリドルが見えてきたぞ。流石にトイレ行きたくなってきてたんだよ。こればっかりはログアウトしないとどうにもならんからな」
「復活ポイントの設定を忘れるなよ」
「ログインしたら別の町に飛んでましたとか洒落になんねぇからな」
DECOはログイン時に最後にログアウトした場所には出現しない。最後に設定した復活ポイントの金属チューブの中にログインする仕組みだ。だからこういう集団での移動時は復活ポイントの再設定を忘れないようにしなければ悲劇が起きかねない。ログアウト自体はどこでもできるし、全感覚没入型ということもあって外的要因でのログアウトも起こりうる。ついうっかり遠い町にログインワープしてしまったということは度々起きているのだ。
そしてアシリドルまで辿り着けばもうMOBの強さは気にしなくとも良い。ここから気をつけなければならないのはむしろ他の来訪者だ。その点、彼らは慎重だった。クリスティーナにフード付きのローブを着せて顔と服装を隠したのだ。
後はひたすら眠気との戦いだ。
10話目まではってこれが10話目じゃないか!
あと1話書きためがあります。明日19時投稿します!
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