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私の名前は清浦菜摘。中学三年生。今日は高校受験に来ているのですが、このタイミングで人生最大のピンチが訪れました。
――消しゴムがありません。
先ほど筆箱をひっくり返した時に、どこかへ行ってしまったのでしょうか。周りの床も探しましたが、見当たらないです。
試験はあと一科目で終わりですが、消しゴム無しはキツイです。他の科目の手応え的に、合格は大丈夫だと思いますが、最後で失敗したらダメかもしれません。
どうしましょう。友達に借りようにも、この教室は知らない人ばかりです。そして、試験開始まであと二分くらいしかありません。
「なぁ、何か探し物でもしてるのか?」
そんな時、不意に声をかけられました。左隣に座っている男の子です。金髪でチャラい感じがしますが、すごく優しい目をしています。私もそうですが、ほぼ全員マスク着用しているので、顔全体はわかりません。
こういう外見の人は苦手な場合が多いのですが、この人は直感的に悪い人ではないと思いました。
「……消しゴムを失くしてしまって……」
「なんだ、そうなのか……ちょっと待ってくれよ」
そう言うと、男の子は自分の消しゴムとカッターナイフを取り出しました。消しゴムはこの入試のために新調したのでしょう。ほぼ新品です。そして、迷わずカッターナイフで消しゴムを半分に切り分けて、片方を私に差し出してきました。
「ほら、これ使えよ」
「え、いいんですか?ありがとう……ございます」
「いいってことよ。俺は頭悪いから、受かるかわかんないけど、受かったらまた学校で会おうぜ」
「はい、私はこれのおかげで大丈夫だと思います。あなたも頑張ってくださいね」
「お、おう……」
マスクしてるのでわかりにくいと思いますが、私はニコっと微笑んで言えたと思います。男の子はちょっと顔が赤いですが熱でもあるのでしょうか。
そして、消しゴムを受け取ると同時くらいに、試験官の人が入ってきました。
消しゴムがあるという安心感もあって、試験は問題なく解けたと思います。ただ、試験を回収する時に、隣の男の子の解答用紙が少し見えましたが、空白が結構あった気がします。大丈夫ですかね……心配です。
「あ、あの……」
「お~い、浩介!帰ろうぜ~」
消しゴムを返そうと声をかけようとしたのですが……彼の友達でしょうか。数人の男の子がやってきて、ワイワイ騒ぎながら行ってしまいました。
結局、消しゴムは返せないまま受験は終わりましたが、彼の名前は知ることができました。
「浩介さん……か」
私はポツリと呟くと、先ほどの優しい目をした男の子を思い出していました。
無事に合格して、入学式の日がやってきました。
私は身長も低いですし、小柄で子供っぽいので、高校の制服を着ても高校生には見えませんね。
ちなみに身長は約150センチです。これ以上の追及は認めません。
私と同じ中学出身の人は少ないので、知らない人ばかりです。周りを見ていると、本当に同い年なのかと思うくらい大人っぽい人もいます。身長高くてスタイル良い人とか、普段から何を食べているのでしょう?世の中不公平ですね。
入学式が終わって、クラス分けの通りに教室に入ると、先に教室にいた人達から注目されました。男子が騒いでるのがわかりましたが、私、何か変なのでしょうか?身だしなみなどはキチンとしてきたはずなんですが。
とりあえず、自分の席に座って待っていると、一際大きな歓声が上がりました。一体何が?と思って教室の入り口を見てみると、とても綺麗な女の子がいました。
長くて綺麗な黒髪に整った顔立ち。手足も長くてスラっとしていて、制服の上からでもスタイル良いのがわかります。顔も小さくて見ていて羨ましくなりますね。私に少しずつでいいので分けてもらいたいくらいです。
周りの女子も私と同じように見惚れている人が多いです。その気持ちは良くわかります。こんな綺麗な人が同じクラスだなんて、毎日目の保養になります。
ただ、男子はみんなガン見していて、正直気持ち悪いです。よく見れば、教室の外からも見ている人がたくさんいます。
男の人はみんなこうなのでしょうか?
同じクラスにあの浩介さんはいないようで少し残念ですが、たくさんいた野次馬の中にいなかったのはホッとしました。
あれ?なぜホッとしているのでしょう。
私はあの時のお礼を言いたいだけ――そう思っていました。
どうやら、自分でも知らないうちに、浩介さんの事を気にするようになっていたようです。
今日は授業がないので、午前中で終わりです。特にすることもないので、さっさと帰ろうと思って外に出ると、ずっと会いたかった人がいました。
初めて見る素顔の浩介さんは、私が想像していた以上にイケメンでした。私はチャラい感じの人はちょっと苦手なので、特別顔が好みというわけではないです。背も高くて、近くに寄ると見上げないと顔が見えません。ただ、この人はモテそうだというのはわかります。
「あ……」
「ん?」
「あの……入試の時はありがとうございました。おかげで助かりました」
「えっ?俺?どこかで会った?」
この場には私と浩介さんしかいないのです。あ、もしかしてマスクしてないからわからないのでしょうか。早速マスクを取り出してつけてみます。
これでわかってもらえなかったら、私は浩介さんにとってその程度の存在だったのでしょう。
「これならどうですか?覚えてませんか?」
「あ~!思い出した!入試の時の隣の子だよなぁ?」
「はい、そうですよ。浩介さんのおかげで合格することができました」
「お~良かった良かった。俺は結構ギリギリだったと思うけど、何とか合格したぜ……って俺、名前言ったっけ?」
「いえ……あの、入試の終わった後、友人の方にそう呼ばれていたので……」
「あ~そうか。しっかし良く覚えてるなぁ。ちなみに俺は風間浩介かざま こうすけ。クラスは違うけど、良かったら……その……友達になってくれないか?」
「はい、よろしくお願いします。私は清浦菜摘です。あ、浩介さんは何組ですか?」
「清浦さんか……うん……俺は一組だな」
「そうですか……私は二組なんです」
同じクラスじゃないのは残念ですが仕方ないですね。浩介さんは少し照れているのか、顔が真っ赤です。私も同じくらい赤くなってるかもしれませんが、気にしたら負けです。こんな風に男の子と話すのは初めてなのです。
「じゃあ、体育の時は一緒になるかもしれないな……なぁ、良かったら……連絡先、交換してもらってもいいか?」
「え?はい、いいですよ」
良かったです。私もいつ言おうかとタイミングを計っていたことを、浩介さんが言ってくれました。浩介さんから言ってくれたという事は、私に悪い感情はもってないと思っていいですよね。
連絡先を交換して、顔がにやけそうになるのを我慢していると、遠くから浩介さんを呼ぶ声が聞こえてきました。
「あ~、わりぃ。連れと一緒に帰る約束してたんだ」
「そうなんですね。わかりました。あとで、メッセージ送ってもいいですか?」
「え?もちろんいいぜ。じゃあ、またな」
後で聞いた話ですが、浩介さんはこの後、奇声をあげてガッツポーズしていたらしいです。可愛いですがキモイです。その時、側にいなくて良かったです。直接見ていたら、好感度が少し下がっていたかもしれません。