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第一話 君からの手向け花

初投稿ですので至らないところもあるかとは思いますが、ご了承ください。

シナリオ的にはありがちな内容になるかとは思いますが、楽しんでいただければ幸いです。

 机上には白い花が無造作に置かれている。繊細な花柄かへいが小ぶりな頭花の重みでしなった花だ。特に変わったところもない。今日が何か特別な日であるわけでもない。格別花が好きなわけでもない。この花のこともさして詳しくは知らない。


 ああ、でもそういえば、故郷にはこの花に特別な呼び方があった。いつの日かに聞いた記憶がある。だがどうにも不明瞭なままだ。彼女が以前に教えてくれた気がする…。


  …彼女の大好きな花


 かつて実家にいた頃に、何度か目にしただけの花。久しく目にしていないこの花は、故郷を想起させる。


  あの日のことを


 日々の忙しさにかまけて目を背けていた。大学進学に際して、周りの目から逃げるように上京してきた日からずっとだ。


 この花は花屋で何故か目に留まり、思わず買ってしまったのだ。不思議な話だ。特に好きでもないし、思い入れはなかった。いやむしろ、疎ましくさえ思っていた。彼女が見せたがっていた花。あの日彼女は、何を思っていたのだろうか。僕は、故郷に全てを置いてきてしまった。あの日の事も、彼女の事も…。

 僕はいつも逃げてきた。周りに甘え、壁にぶつかればすぐに、踵を返してきた。今もずっとそのまま、何も変わってない。また今も逃げ続けている。この花との再会は何かの因果だろうか。きっと彼女が僕に伝えているのだろう。


  あの日と向き合えと


 ふと雨音が耳に入る。朝方のさわやかな空で忘れていたが、昨日梅雨入りが発表された事を思い出した。あの日もこんな雨が降っていた。雨はやはり心が曇る。また現実から目を背けたい思いが生じる。それでも、思い出さずにはいられなかった。あの日からまもなく一年が経とうとしている今、この花の出会いと雨は偶然には思えない。

 僕は冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注いだ。それから買ってきた華奢な白い花を少し大きめなコップに生けてみる。それらを机上に置き、ゆったりと椅子に腰かけた。麦茶をちびちびと飲み、花と雨を眺めながら孤独に夢想を始めた。

  

  あの日何があったかを


 あの日、昨年の6月11日、梅雨入りするかしないかといった頃だった。その日は朝方こそ晴れてはいたが、昼間からは次第に雨脚が強まり、夕方には土砂降りとなっていた。

 そんな陰鬱な日に、彼女-颯希さつき-は行方不明になった。その日は町はずれの山-与白山よじろやま-で大規模な土砂崩れが起こった。それから2日ほどしたころだ。颯希はその跡地から見つかった。見た目は無残な様相になっていたが、そばで泥にまみれた彼女の携帯が見つかった。

 町はずれの山だったこともあり、他に死傷者はいなかった。その辺りには特に民家もなく、あまり開拓もされていなかった。ましてその日は、昼間から雨が降っていたのだ。よほどの用事でもなければ、あの山には近づかないだろう…。

 颯希の死は瞬く間に町中に広まった。小さな町だ。彼女の事を知っている人も多かった。だが彼女が与白山に行った理由を知る者はいなかった。行方不明になったあの日から発見までの間、警察は調査を行っていた。当日の足取りはもちろん、その頃の彼女の様子(悩みやトラブルの有無など)を調べていた。同じ高校に通っていた幼馴染の僕の元にも当然警察が来た。又、颯希の両親からも色々と質問を受けた。…僕は知らないと伝えた。

 

 当時の事を思い出していると、次から次へと記憶が蘇ってくる。おそらく全てを振り返るには随分と時間がかかるだろう。先に昼食を済ませてしまおう。一から何かを作るのは時間も掛かるし、今はそんな気分ではない。あまり褒められた事ではないが、インスタントで済まそう。湯を沸かし、注いで3分で完成する。出来上がったラーメンを席にもつかず、洗面台の前でさっさと食ってしまう。ひたすらに静寂な空間。僕が麺を啜る音だけが響く。これから自分が現実に向き合う事を考えると妙に落ち着かない。これまで自分が経験した事をただ思い出すだけなのに…。無味なラーメンをただ喉に流し込み、箸と容器を洗い、それらをゴミ箱に放り込む。再びコップに麦茶を注ぎ、元の場所に座りなおす。

 あの日、6月11日、颯希に何があったのか。皆が分かっていないこと。僕と颯希だけが知ること。

 固く閉ざしていた封を開けてしまおう。しまい込んでいた一切と向き合おう。


 ことのきっかけはいつからだったろうか・・・。


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