帰郷
込み合っていた車内は少しずつ席が空いていき、いつの間にか周りの人々はまばらとなっていく。
この空き具合なら他人に迷惑は掛からないだろうと、少しだけボリュームを上げた。
拙いような、物足りないような音楽が頭の中を占め、私は口元を弛める。
そこに、ふわっと鼻腔をくすぐる匂い。
久し振りの潮の匂いで、わたしは窓から外を眺めた。
少しだけ懐かしい風景。
「変わらないね、ここも、キミの歌も」
この町の風景も、キミが送って来る音楽も、まだまだ未完成で、相変わらず、もどかしさの残るものだった。
だけど、何故か安心出来た。
「全く、キミらしいか」
そう呟く。
そのメロディは、わたしがのんびり過ごしていた、あの時代へと誘う。
都会のしがらみや喧騒が、少しだけ、嫌に成ったのかも知れない。
いや、違うか。
きっと、キミが、あんなことを言ったからだ。
「もう、言うなら、ここを出て行く前に言ってほしかったよ!」
頬を赤らめながら、キミを責めた独り言の声が大きかったのか、前の座席のお姉さんが、横目でわたしを見ていた。
わたしは姿勢を正してから、再び外を見る。
もうすぐ目的地だ。
どうせ、キミはホームで待っているだろう。
それが、少し………ほんの少しだけ嬉しかった。
変わることの無い街並み。
変わることの無い君の歌。
あの時と変わることの無い、わたしの想い。
駅が近付く。
わたしはキミに伝えないといけない事が有ります。
この作品の舞台は、平塚の方かな。
いわゆる湘南のちかくのイメージです。
細かい所ですが、作中の少女を19歳辺りに設定したかったので、(前の座席の女性)ではなく、(前の座席のお姉さん)と書く事によって、若いかたをおねえさん呼ばわりすることで、この子がさらに若いと思わそうとしたのですが、伝わってますかね。
恐怖。
田舎を出て、都会で暮らしている少女。
しかし、世間の荒波に揉まれ、疲れたところに、昔から気になる幼馴染からの告白で、戸惑う。
そんなイメージ。
一番は、単純に女子に、「キミ」という呼ばせたかっただけかも。
え?
病んでないよ、普通だよ?