希望の光(1)
闇に暗躍し、ターゲットの命を奪い取る裏稼業・殺し屋。
これは、その中でも最強と謳われた1人の殺し屋の始まりの物語。
両親の蒸発後、他に身寄りがいない龍は一度施設に送られそうになったが、両親が反省して戻って来るかもしれないという淡い期待と、彼の想いを汲んだ大家や同じマンションの住人の願いによって、なんとかそれは免れた。
龍があんな薄情な親に期待を抱くことになった理由は、程なくして送られてきた生活費・10万円である。
『中学入学までは出す』とだけ書かれた手紙と額から察するに、おそらく奏か周囲の人に言われて、渋々送金したのだろうが、龍にとって月1で来るそれだけが、自分と家族を繋ぐ唯一の希望の光だった。
もちろん龍の考えは甘いとしか言いようがなかったが、それでも幼い少年の意思を尊重した大家と住人達は、家族がいなくなった彼を経済的にも精神的にも支えた。
が、学校はそうはいかなかった。平成11年6月12日。龍は小学2年生になったが、正人らクラスメートは彼を親に捨てられた不幸せ者として扱い、いじめや無視を繰り返した。
その度に教師達が彼らを叱りつけるのだが、それがかえって逆効果になり、いじめっ子らの行為はどんどん悪質なものになっていった。
そんな日々が続いたこの日の朝。すっかり暗い性格になった龍に転機をもたらす1人の少女が転校してきた。
「今日はまず、みんなに転校生を紹介します。神戸の南甲小学校から転校して来た叶未来さんです」
「叶未来です。よろしくお願いします」
そう言って未来は、礼儀正しく一礼した。
彼女の整った容姿と丁寧な口調に、男子達の一部は一瞬でメロメロになったが、担任が龍の隣りの席に行くよう促すと、生徒達は未来を不憫に思い、彼女に聞こえないように龍の悪口を言い合った。
1時間目終了後。未来は隣りということで、龍と仲良くなろうと話しかけたが、そこを正人らいじめっ子は見逃さず、
「おい、未来。やめとけ。そいつと一緒にいたら不幸になるぞ」
「そうだそうだ。そいつは親に捨てられた不幸者なんだぜ」
「今の内に、席替えしてくれるよう先生に言った方がいいぞー。でないと叶さんも不幸になるからー」
と、未来に忠告しつつ、龍をけなした。
こういう時の龍のとる行動は、だいたい決まっている。唇を噛み締めてじっと堪えるだけだ。
というのも以前、我慢の限界に達し、反論したことがあったのだが、その何十倍の罵声をクラス全員に浴びせられ、それ以来、刃向かう勇気を失ってしまったのだ。
今日も耐えよう。龍はそう心に決めていたが、こんな陰湿ないじめを見過ごす気など、未来には更々無かった。
「それだけで不幸だって、誰が決めたの?」
「はぁ?」
「確かに、親に捨てられるのはすごく辛いことだけど、だからって、全部が不幸だって決めつけるのは間違ってる。それに、不幸は風邪とは違って人にうつらないよ。そんなこともわからないの? バカ」
未来に正論で返された挙げ句、『バカ』とまで言われた正人らは激昂し、彼女を殴ろうとした。
が、運良くチャイムが鳴り、入ってきた先生が現行犯で目撃したことで、未来は事なきを得た。
いじめっ子らはその後、2時間目終了と同時に担任と龍と未来と一緒に職員室に連れて行かれ、先生達にこってりと絞られたあと、彼らに頭を下げた。
未来が通っていた小学校は、私立の名門小学校です。




