第七話
家に帰ったユーゴはミリエルにもらったカードを見る。
一見何も書いてないように見えるが、魔力をほんの少し流すと淡く光り輝き、文字が浮かび上がってくる。
店名:ミリエール工房
店主:ミリエル
営業時間:7:00~17:00
「これはすごいな。とんでもない技術を使った名刺みたいなものか……」
過去にも今でも見たことのないカード。
便利なものだが、それだけに作るのにもきっと技術と金がかかるだろうとユーゴは予想する。
「それにしても……」
自分が作ったポーションが思った以上に高評価であるため、もっと効率よく数を作れる方法はないかと思案していく。
道具の見直し、手順の見直し、素材の組み合わせの見直しなどやれること考えていたため、ユーゴが眠りにつくのは深夜になっていた。
翌朝は朝からポーション作成を行う。
昨日の作業の余計な部分を列挙してそれをなくしていく。更には道具の置き場所を見直して動きを最小限にできるようにしてから、作成にとりかかる。
小屋の中には作業音だけが響き渡っていく。
午前中の間黙々と作り続けたポーションの総数は三十本ほど。
もちろん全てを納品するつもりはなかったが、集中していたらいつのまにかこれだけの数ができあがっていた。
「出して二十本だな。効果が高いならバランスを崩すことになるから、それくらいで抑えておいたほうがいいな」
あの店以外にもポーションを提供している店があるかもしれないと考えると、一人で市場を独占するのはまだ早いとユーゴは判断する。彼は今回の人生はのんびり暮らしたいと思っていたからだ。
そのあとは、ポーションをカバンに詰め込んで再びミリエール工房へと向かう。
店が見えてくると、何人かががっかりした表情で店を出ていくのが見えた。
「……なんだ? 何かあるのか?」
その様子を気にしながらユーゴは店の中に入っていく。すると、ミリエルがとびきりの笑顔でユーゴを迎え入れた。
「いらっしゃい! よかったぁ、今日は来ないのかなって思ってたのよね。表の札を閉店に変えてっと。さあ、中に入って!」
ユーゴはぐいぐいと背中を押されて、店のカウンターの更に奥にあるリビングスペースへと案内される。
「それで、わざわざこんなところまで呼び込んだ理由はなんなんだ?」
ユーゴはソファに座るなり質問を投げかける。
あまりにも急なことであったため、状況が理解できないでいたからだ。
「ごめんなさい、何も言ってなかったわね」
ミリエルはいそいそと飲み物を用意しながら、ユーゴに謝罪をする。
飲み物を二人分用意し終えると、ミリエルは説明を始める。
「あのね、昨日のポーションなんだけど、あれは昨日のうちに全部売れたの。それは説明したと思うんだけど……問題は今日の話なの……」
頬を抑えながらため息を吐くミリエルの表情が曇る。
「昨日、ポーションを使って腕がくっついた人がいるって話したと思うんだけど、その人のパーティメンバー……どうやらお喋りな人だったみたいなのよねえ」
そこまで聞いてユーゴは察しがつく。それと同時に嫌な予感を覚えた。
「噂が広まったか……」
がっくりとしながらのユーゴの言葉に、困ったような申し訳なさそうな表情でミリエルが頷く。
「どうやら昨日の夜に、一気にその噂が広まったみたいで、今朝からさっきまでずっと冒険者が殺到しているのよ……」
ミリエルは思わず痛む頭を押さえながら眉間に皺を寄せていた。
「つまり……」
そう口にするミリエルに、次に出る言葉は迷惑だ、なのか? とユーゴは予想する。
「――大繁盛なのよ」
ぼそりと呟くミリエル。
「……えっ?」
予想外の返事にユーゴは間抜けな声を出してしまう。
「だーかーらー、昨日は全部売れたし今日もたくさんの問い合わせがあったから、ユーゴがたくさん納品してくれれば大繁盛になるってことなのよ!」
豊満な胸を揺らしながらミリエルは身を乗り出してユーゴに語る。その目はキラキラと輝いていた。
「あ、あぁ、それは大変良いことなんだけど……その、本数がそれほど」
今回用意できたのは三十本。そのうちニ十本を納品するつもりでいるユーゴ。
大繁盛ほどに期待されても困るというのが本音だった。
「それは大丈夫よ 本数はそんなに多くなくてもいいの。もちろん、多いにこしたことはないけどね」
ミリエルには何か考えがあるらしく、ニヤリと笑う。
「ほう、聞かせてもらおうか」
彼女のその言葉にユーゴも乗っかることにする。
「あのね、正直なところユーゴが持ち込んだポーションはとんでもないものなのよ。普通のポーションの何倍……ううん、何十何百倍の効果があるの。だから、昨日の値段は全然適正じゃなかったわ。それこそ伝説の《エリクシール》っていう秘薬と同等と言ってもいいくらいだわ」
そう言いながら、もしかしてユーゴのこれは伝説とまで言われている秘薬エリクシールなのではないか? とミリエルはふと疑問を持ち始める。
「――ミリエル。俺のはポーションだ。そのエリクシールってやつじゃない、それだけは確実だ」
変に勘繰られても困るので、ユーゴはこれだけは譲れないと断言しておく。
「……なるほどね。了解しました。それで、ユーゴのポーションはもっと高い値段でお店に並べるべきなの。そして、数が限定されることでレアリティが高まるからきっと飛ぶように売れるはずよ!」
更に熱く語るミリエル。
「な、なるほど。確かにそれなら少なくても売れるはずだし、店も繁盛する。加えて、他の商品にも目がいけばより儲かるわけだ」
「ふふっ、その通りよ。ユーゴのポーションが売れて、ユーゴが儲かる。それを目玉商品にしてお客さんがくれば、うちも儲かるっていうわけなのよ」
ユーゴの予想を肯定し、ミリエルは笑顔になっていた。
「それはいいな! そうだなあ、今日は三十本納品しよう。それで、朝半分出して、午後半分出すのはどうかな? 一度に全部出してしまうと、一気になくなって人もさーっといなくなってしまうけど、分割すれば……」
そこまで聞いてミリエルの目がさらに輝く。
「お客さんの滞在時間が長引く――ってわけね! それいいわね! 採用! 早速だけどポーションは今あるのかしら?」
話が決まれば即行動。ミリエルはユーゴにポーションの在庫を確認する。
「あぁ、さっき言った本数は用意してきてる。ほいほいほいっと」
ユーゴはテーブルの上に三十本全て並べていく。
「すごいわね。昨日の今日でこんなに用意できるなんて……うん! 今日はどうやっていくか検討して、明日からスタートしましょう! それじゃあ、ユーゴが可能な納品ペースとか教えてくれるかしら?」
目の前に並べられたそれらを目を輝かせながら見たミリエルは嬉しそうに一つ手に取って機嫌よく微笑んだ。
そこから、明日からのポーション販売に向けての話し合いが始まっていく。
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